55、 彼氏、か
たった一言なのに、思っていたよりずっと重くて、
思っていたよりずっと嬉しかった。
僕は、その言葉を受け取った。
「…彼氏、か」
その一言で、世界が少しだけ傾いた。
堂々とした宣言と、初めて腕を組まれた感触。
あの瞬間、頭が真っ白になったのは内緒だ。
皆の前で、「彼氏です」なんて。
俺が言うつもりだったのに。
腕に残る体温を思い出して、少しだけ息を吐く。
一人になってから、首から下げていたデジカメを外す。
再生ボタンを押すと、今日の時間が小さな画面に並んだ。
そして、すぐに気づく。
……多い。
風景より、他の子より、たかこちゃん。
笑ってる顔。
むっとしてる顔。
俺を見つけて、少し安心した顔。
無意識で追ってる。
年下なのに。
いや、違う。
俺は、たかこちゃんを年下だと思っていない。
確かに背は小さいし、時々無茶も言う。
でも、今日みたいに迷いなく俺を選ぶ。
あんなふうに、真っ直ぐに。
守りたい、と思う。
同時に、守られてる気もする。
あの宣言に、背中を押されたのは俺のほうだ。
「彼氏」
口の中で転がす。
悪くない。
むしろ、嬉しい。
正直、めちゃくちゃ嬉しい。
でもそれだけじゃなくて。
少し悔しい。
先に言われたことが、じゃない。
あんなふうに覚悟を決められたことが。
俺は、ちゃんと覚悟できてたか?
彼女が誰かと楽しそうに話していたら、
きっと少しムッとする。
他の男が近づいたら、平気な顔はできない。
でもそれは、独占欲というより、隣にいたい、っていう気持ちだ。
振り回されている自覚はある。
急に真顔で核心を突いてきたり、突然距離を詰めてきたり。
今日だって、完全にやられた。
でも嫌じゃない。
むしろ、その勢いに引っ張られている。
俺が守るつもりでいるのに、気づけば俺のほうが動かされている。
対等でいたい、と思う。
年上だからとか、男だからとか、そういう理由で上に立つのは違う。
彼氏って、並ぶものだろ。
デジカメの画面に映る彼女の笑顔を見て、ふっと笑う。
削ろうと思えば削れる。
でも、やめた。
これが俺の視線だ。
今日、俺が見ていたもの。
堂々と「彼氏です」と言われて、嬉しくて、少し焦って、でも誇らしかった自分。
全部、嘘じゃない。
過去に背伸びしたこともある。
大人ぶったこともある。
でも今は違う。
格好つけなくてもいい相手がいる。
強くなりたい、と思う自分がいる。
守りたい。
でも、並びたい。
振り回されてもいい。
それでも隣にいたい。
「……負けないからな」
小さく呟く。
誰に向けた言葉でもない。
でもきっと、あの堂々とした彼女に釣り合うための決意だ。
彼氏、という名前に飲まれない。
でも逃げない。
年下だと思わないのは、対等でいたいからだ。
選ばれたなら、選び返す。
ちゃんと。
デジカメの電源を落とす。
暗くなった画面に映る自分は、
少しだけ照れていて、でも確かに嬉しそうだった。




