43、 パンダより、目を離せないひと
理由なんて、きっと何でもよかった。
一緒に出かけるための、ちょうどいいきっかけがあれば。
人混みの中で触れた距離と、ふとした瞬間に近づく心。
でも、その本当の理由は、まだ胸の中にしまったままで。
「パンダ、いなくなるらしいよ」
いつものように、ダンス教室へ送った別れ際、挨拶くらいのつもりで、何気なくそう言った。
たかこちゃんは少し考えてから、
「……見に行きたい?」
って、控えめに笑った。
その言い方がもう、ずるい。
週末の動物園は、想像以上の人混みで。
入場ゲートをくぐった瞬間、波みたいに人が押し寄せてくる。
「うわ……すごいね」
「はぐれたら大変だな」
そう言った次の瞬間、気づいたら、たかこちゃんの肩をそっと抱いてた。
「あ、ごめん……」
「……ううん」
否定しない。
逃げない。
でも、ちょっとだけ耳が赤い。
それだけで、胸が熱くなる。
パンダ舎の前は特に人が多くて、前からも後ろからも、ぐいぐい押される。
「大丈夫?」
「うん、でも何も見えない」
俺の目線だと見えるんだけどな。
どこかのお父さんが、女の子を抱っこしてる。
それでひらめいた。
「たかこちゃん、こっち」
パンダから離れようとする俺を、不思議そうに見る。
人の波から外れたところで、手をとって抱き上げる。
「ちゃんとつかまっててね」
腰に手を回して、ぐっと持ち上げる。
「え…ちょ…あ、朱海さん!」
これで目線の高さは俺より上。
パンダも良く見えるはず。
白黒の背中が、のんびり葉を揺らす。
「どう?見える?」
「あ…うん!よく見えるよ!はっぱ食べてる、朱海さん、みてる?」
「もちろん。あの、あんまり動かないでね」
俺よりかなり小さいとはいえ、高校生。
さすがにさっきのお父さんのようにはいかない。
腕に少し力が入るの、たかこちゃんには気づかれないように。
白黒の背中がもそもそ動くのを見て、
「かわいいね」
って笑う横顔が、パンダよりずっと可愛いなんて、言えるわけないだろ。
人混みを抜けて、パンダ舎からでると、通り過ぎる人からの視線。
「朱海さん…そろそろ…」
目線を戻すと、ちょうど胸のあたり。
「ご…ごめん」
落とさないように、そっとおろして、腰から手を離す。
……離した途端、ふれていた体温が、急に遠くなる。
「よく見えてよかったね」
「うん。ありがとう、朱海さん」
少し歩いてから振り向く。
「じゃあ、パンダ見せてくれたお礼に、お昼、ご馳走します!」
「え、悪いよ、それは」
「お弁当、作ってきたんですけど…」
え?そうなの?知らなかった。
「それじゃ、ご馳走になります。」
「はい!よろこんで!」
抱き上げたのは、見せたかったからだけじゃない。
でも、それはまだ言わない。
帰り道、
自然に手を繋いで歩きながら、心の中で思う。
ーーまた、どこか出掛けよう。
理由があれば、こうして一緒にいられるから。




