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碧い航海日誌   作者: 松本朱海|徒然なるままに
続きの話

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44/44

44、 恋人じゃない、けれど

間に合わなかったはずの気持ちが、少し遅れて、やっと形になった。

きれいじゃなくても、

うまくできなくても。

それでも、ちゃんと受け取ってくれる人がいたから。


二月十五日。


そう、今日は十五日。

本当は、もっと前から決めていたはずだった。

ちゃんとバレンタインに用意しようって。


でも気づけば二月十日。

意を決して売り場に行った時には、棚はもうほとんど空いていて、

残っているのは、どこか選ばれなかった顔をしている箱ばかりだった。


ーー出遅れた。

みんな、二月に入ったらすぐ準備しているらしい。


ーーこれじゃない。

理由はうまく言えないけれど、そう思った。


だから、帰り道に決めた。

作ろう、って。


フォンダンショコラ。

動画も見た、レシピも調べた。

分量も量った。手順も守った。

なのに、オーブンから出てきたそれは、

想像をはるかに超えた、少しくぼんだ、平たいチョコレート色の何かだった。


カップから出すと、少し分離している感じがする。

しばらく台所で立ち尽くして、それから小さく息をついた。


……まあ、いいか。

味は、たぶん、悪くない。

たぶん。


きれいな袋に入れて、リボンを結ぶ。

見た目は、案外それらしい。


十四日に渡すつもりだったんだけど、勇気が出なくて。

どうせなら作り直せばいいのに。

でも、他の人からもらってたら、喜んでもらえなかったら……。


それで、今日になってしまった。

ダンスに送ってもらう日。


いつものように、ダンス教室の近くで降ろしてもらう。


「じゃ」


って言って、何もなかった事にしようと思ったんだけど。

頑張れ、わたし。

伝えなきゃ、伝わらない事が、あるんだから。

大丈夫、大丈夫。


「あの…」


振り向く横顔は、いつも通りで、少しだけほっとする。


「これ。あの……友チョコ、みたいなものなんです、け…ど」


言ってる途中で、自分で変だと思った。

友チョコ"みたい"って、なに。


朱海さんは一瞬、袋と私の顔を見比べて、

それから静かに受け取った。


「手作り?」

「はい。たぶん失敗してる」


先に言っておく。

中を見て、笑われてもいいように。


朱海さんは、笑った。

とっても嬉しそうに。


「当たりだね」

「なにそれ」


「もらえないと思ってたから、当たり。

完璧より、そっちの方が好き。たかこちゃんらしくて」


さらっと言うから、冗談なのか本気なのか分からない。

でも、その声はやわらかかった。


「ありがとう」


短いひと言。

それだけなのに、胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「来月、期待してる?」

「べつに、恋人じゃないし」

「そっか」


それ以上なにも言わなかった。

ただ、大事そうにしまって、エンジンをかける。


背中を見送りながら、思う。


恋人、じゃない。

そう言えば、たぶんまだ、そう。

大好き、と、愛してる、の違いがわからない私だけど。

でも、でもね。


それでも、ほんの少しだけ。

ほんの少しだけ、今日で何かが変わった…かな?

しぼんだフォンダンショコラみたいに、不格好でも。


ちゃんと、きっと。

まだ、恋人じゃない、けれど。



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