42、 見えているものと、気づけなかったこと
いつも見ていたはずの景色なのに、近くで見たら、まるで違っていた。
当たり前だと思っていたことが、少しだけ揺らぐ。
自分のことも、同じ。
嫌いなところばかり見えてしまうけれど、それでもいいと、言ってくれる人がいた。
「ごめんね、勝手に決めちゃって」
「ううん、ご迷惑でなければ、助かります」
近所なのに、送ってくれる。
こんな優しさも、嬉しい。
坂の上からも見える、富士山。
部屋で見たのと、同じなのに、違う。
今なら、聞いてもらえるかな。
言えるかな。
「あのね、私、小学生の林間学校で、初めて富士山のそばに行ったんですけど、すごくびっくりしたんです」
何?って、私のことを覗き込む。
いつも話を聞いてくれる時の仕草。
「富士山が、普通の山だったから」
だから何、って思われるかな。
「私がいつも見ていた富士山は、全部青かったから。黒い色の山を見て、そうだったのか、って。当たり前のことなのに」
そう、当たり前でも、気づかないこともある。
きっと、今も、ある。
「たかこちゃんはさ、人が見落とすような、小さな変化とか、空気とか、ちょっとした事に気づける子なんじゃない?
天然だけど」
「褒めてます?けなしてます?」
「褒めてる、褒めてる。たかこちゃんのそういうところ、好きだよ」
「好きですか?」
「うん」
「…そうですか。私は、あまり好きでは、ないです」
「どうして?」
「だって…」
「大した事でもないのに、ずっと気になったり、深読みしすぎて、へんなこと言ったり…」
「うまくいかなくて、辛いんだ」
「そうなんでしょうね、きっと」
嫌いなところはいくらでも出てくるのに、好きなところが、見つからない。
いつもいつも悩んでいる。
しまった、涙が出てきた。
みんな知らないけど、私、いつも泣いてるんだ。
授業中も、電車の中でも。
「みんなみたいに上手くできないから」
ーー辛いんです。
「自分を認められないから」
ーー苦しいんです。
「でも、いいんじゃない、それで」
ーーどこがでしょうか。
「それが、たかこちゃんでしょ」
ーーまぁ、そんなもんですよね。
「あー、納得してない顔だな」
まぁ、ね。
「え…とね、例えばさ、小さい頃、小学生でも幼稚園でも、悩んでいた事って、全て思い出せる?」
「んー、あんまり、いくつかなら」
「それは悩みがなかったって事?」
「そんな訳では…」
「じゃあ、いくつかは解決できて、いくつかは覚えていて、大体は、忘れられる程度の事だった」
ーーそれは、あるかも。
「時が解決することもある、とか?」
「それもあると思う。もちろん努力も大事だけどね。努力で、解決策が増えることはある。それは保証する」
「保証してくれるんですか」
「そ、大学受験がそうだった」
ーーそうだった、この人も努力の人。
「うまくいったり、いかなかったり、そんなことに気付かないだけだったり」
ーーそうか、山の青さも。
「悩んでも、いいって事ですかね」
「そう、できる事なら、悩む、落ち込む、を、考える、に変換する」
「考える?」
「そう、落ち込むのはしょうがないんだけどね。ある程度落ちたら、じゃあどうしようか、何ができるか、って考える」
そうできたら、いいのかな。
「そう、周りにたかこちゃんを大事に思っている人が、ちゃんといるでしょう?
それは、たかこちゃんだからだよ」
「じゃあ、それで、いいんだ」
「そう、いいの、それで。だから、泣かないで、たかこちゃん」
「うん」
「泣きたくなったら、一人で泣かないで。朱海さんのとこに来なさい、ね」
「はい」
ガードレールのそばで、朱海さんは私が泣き止むのを待っててくれた。
「少し、しかわかんないかも」
「少しでいいんだよ。少しずつでね」
「はい、なんか、ありがとうございます」
「俺もね、自分に言い聞かせてたかも」
「そうなんですか?じゃあ、次は朱海さんの話を…」
「聞いてくれるの?嬉しいな。でも、今日は帰ろうか、暗くなったし」
朱海さんみたいな、完璧な人にも悩みがあるんだ。
すごく気になる。
富士山の黒い影と、朱海さんの横顔を見比べながら、
少しだけ長い坂道を下りて行った。




