32、 約束のいらない時間
約束していないのに、会える。
それだけで、特別だと思ってしまうのは、どうしてなんだろう。
変わらないはずの毎日の中で、少しずつ形を変えていく気持ちに、まだ名前はつけられない。
今日からダンス。
半年?それ以上ぶりだね。
胸の奥が、そわそわする。
本棚の時計に目を向ける。
5時45分。
もうすぐ私を迎えに来てくれる。
時計の横には…あの日のイラスト。
写真は朱海さんが持っている。
「写真かイラスト、どっちがいい?」
聞かれて迷わずえらんだ。
理由はカンタン。
イラストの方が、可愛いから、
わたしが!
朱海さんはとってもきれいな顔立ち。
それに比べて私は…。
もっと可愛く生まれたかったな。
あの日の学園祭はいろんな事があった。
朱海さんとは漫研に行って、
お昼ごはんを食べた。
二人で。
キッチンカーでお弁当とクレープを買って、ベンチで並んで食べた。
そうやって話すのは、すごく久しぶりで、だから色々話したい事はあったんだけれども、
私の失恋の話はしなかったし、藤原さんの事も聞かなかった。
彼女じゃないって言ってたよなぁ。
何となくそういう話はさけたくなってしまう。
はっきりすると、何かをなくしてしまいそうで…。
でも、話したかったこともある。
春に見た富士山のはなしとか、
バイトで失敗しちゃった話とか。
お昼休憩はあっという間で、
そろそろ戻ろうかって時に、
しんちゃん先輩が来たんだっけ。
「こんにちは、たかこちゃん」
「あ…しんちゃん先輩、母がお世話になってます。」
「はは、うちの母もね。朱海、俺が休憩戻ったら、おまえ上がっていいぞ。」
「なんで?まだ当番残ってるよ。」
「俺が代わる、んでお前はたかこちゃん送ってけ。
そのかわり、明日は7時集合な。」
「そんな、悪いよ。なんで?」
「ばばあに脅さ…、いや、俺の都合。質問は受け付けない。
ってことでたかこちゃん、一時間くらい待ってられるよな?」
「あ、はい、待てます。」
またもや訳の分からない展開に、こくこく頷くしかできなかった私は、
当初の予定通り、しばらくブラブラして、朱海さんと帰ることになった。
「おまたせ、母さん達は3人で一緒に帰るってさ。」
「はい、連絡きました。朱海さんと帰りなさいって。」
そんなカンジで駅のホームについたら、示し合わせたように先頭車両に向かうから、
なんだか運命を感じちゃって。
ダンスに通う事とか話したんだっけ。
そしたら、バイクで送ろうかって言われて…。
バスと電車で1時間。
バイクなら15分。
それはとってもありがたい。
でも迷惑だからって断ったんだけど、朱海さんもバイトに行く時間だからって。
確かに毎週のように電車で会ったんだよね。
ママに相談したら、是非そうさせてもらいなさいって。
ママから朱海さんのママにも言っておくからって。
仲良しなのかな、知らなかった。
5分前、そろそろ出よう。
きっと、もう、着くころ。
今日は久しぶりにとても幸せな気分。
ふわふわしてる。
約束をしなくても会える。
それがすごく特別なことみたいで…
ふわふわの出所が、久々のダンスのせいなのか、どうなのか。
それとも……
気になって玄関をあけたら、
ヘルメットをとった美青年が、とびきりの笑顔で言った。
「おまたせ、さぁ、行こうか」
ふわふわがドキドキに変わった、
ような気がした。




