27、 まっすぐな人
まっすぐな言葉に、まっすぐな気持ち。
それを受け取るには、少しだけ、自分の中が曖昧すぎた。
答えを出せない理由に、まだ気づいていないだけで。
放課後の廊下は、夕方の光で色が薄くなっていた。
俺は無駄にきれいに磨かれたガラス扉の前で、ほどけかけた靴ひもを結び直していた。
「みーくん」
名前を呼ばれて振り向くと、三年の先輩が立っていた。
背が高くて、髪がきれいで、誰が見ても“大人っぽい”人。
委員会でも有名な先輩だった。
そう、いつかのカラオケで耳元でささやいた、あの人。
「今、少し時間ある?」
断る理由もなくて、俺はうなずいた。
並んで歩き出すと、先輩は微妙な距離で隣に立つ。
近すぎない。
でも、遠くもない。
「みーくんってさ、いつも落ち着いてるよね」
「そうですか?」
「うん。みんな騒いでるのに、一歩引いて見てる感じ」
褒められているのかどうか、よくわからない。
この間のカラオケは、失態とは言わないけどかなり弾けていたし。
返す言葉も思いつかず、曖昧に笑った。
中庭のベンチに座ると、先輩は足を組んで、こちらを見た。
しぐさまで大人の女性っぽい。
そして、まっすぐで、迷いのない目。
「ね、みーくん。この間も聞いたけどさ、付き合ってる人、いる?」
一瞬、答えに詰まる。
はっきり「いる」と言える関係じゃない。
でも、「いない」と言うのも違う気がした。
「……特には」
先輩は、その答えを待っていたみたいに、少しだけ笑った。
「そっか。なら、よかった」
その言い方に、胸の奥がざわついた。
“よかった”って、どういう意味だろう。
「私ね、キミみたいな人、好きなんだ」
軽い口調なのに、言葉だけはまっすぐだった。
「騒がしくないし、変に期待もしないし。安心する」
すぐに返事ができなかった。
先輩は嫌いじゃない。
むしろ、魅力的な人だと思っている。
でも、その「好き」は、今の自分の中に、うまく収まらなかった。
「すみません」
やっと、それだけ言えた。
「今は……ちゃんと考えられなくて」
先輩は驚いた顔をして、それから小さく息を吐いた。
「正直ね。でも、そういうとこ、やっぱりいいな」
立ち上がって、軽く手を振る。
「答え、急がなくていいから。今日はこれで」
先輩が去ったあと、しばらくベンチから立ち上がれなかった。
胸の中に残ったのは、嬉しさよりも、妙な重さ。
どうにか大学にも行けて、バイクも買えて、委員会も楽しい。
毎日が充実している。
だから、ふと忘れていることに気づく。
なにか大事なもの。
それを思い出しそうになると、なにかが邪魔をする。
――なんだろう。
胸の奥に、小さな石が落ちたみたいだった。
理由は、まだわからない。
ただ、気になってしまった。
それだけ。




