第五十二章 動きだした朝廷
ある朝、朝廷には、すべての大臣と各部署の役職者たちが召集された。
何のための集まりなのか、事前に知らされていない者も少なくなかった。いつもとは違う大がかりな召集に、皆、何事が起きたのかと訝しみながら参集していた。
やがて、朝議の時刻となった。
居並ぶ官僚たちを前に、太政大臣が口を開いた。
「本日の朝議では、帝より勅命がございます。皆、心してお聞きいただきたい」
その言葉に、広間のざわめきが静まった。
ほどなくして帝がお出ましになり、御座にお着きになった。
帝は一同を見渡すと、勅命を読み上げられた。
「此度の一件、朝廷に恨みを抱く者の私怨に端を発した騒動であり、まことに遺憾である。
しかしながら、その企てに加担した者も少なからずいた。朝廷を騒がせたこと、その罪は決して軽いものではない」
ここまで読み上げられたところで、広間にざわめきが広がった。
「お静かに!」
左大臣が鋭く制した。
帝は、再び口を開かれた。
「されど、此度の騒動に加担した者たちは、朝廷を恨み、現政権を覆そうと企てたのではなく、朝廷の腐敗を憂い、世を正そうとしたものと、朕は考える」
官僚たちは、互いに顔を見合わせた。
「もちろん、その志をもって、朝廷を騒がせたことが許されるわけではない。だが、彼らの訴えに耳を傾けることなく、ただ罪を問うだけでよいとも思わぬ」
帝は、言葉を区切り、一同を見渡した。
「よって、今後二年にわたり、朝廷の政における腐敗の原因を明らかにし、より正しき政を行うための改革を進めることとする」
広間は静まり返っていた。
「そのため、東宮を中心とした新たな組織を設ける。この組織は朕の直下に置き、朕の指示のもと、改革を進めるものとする」
帝の声が、広間に響いた。
「大学寮より優秀な文章生を選び、主要な国々へ派遣する。現地の受領や国司と面会し、政の実情、民の暮らし、賄賂や不正の有無などを調査させる。
調査の結果は東宮のもとに集め、取りまとめたうえで、関係する部署へ報告する。その内容を踏まえ、必要な対策を朕に奏上し、制度の見直しを含めた改革の方針を定めるものとする」
そして、最後にこう告げられた。
「この改革は、ただ罪を問うためのものではない。朝廷が自らを省み、民のために正しき政を行うためのものである。各々、その責を自覚し、協力するように」
勅命が読み上げられると、広間は再びざわつき始めた。
「帝は、いったい何をお考えなのだ……」
「今回の騒動に加担した者たちを、地方へ派遣するということか?」
「それでは、罰を与えるどころか、役目を与えるようなものではないか……」
官僚たちの間に、戸惑いと不満が広がっていった。
すると、右大臣が一歩前へ出た。
「皆、何を騒いでおる!」
その声に、幾人かが口をつぐんだ。
「申したいことがあるのなら、帝のお耳に届くよう、筋を通して申し上げよ。ここで不平を並べ立てたところで、何の解決にもならぬ!」
続いて、左大臣も口を開いた。
「皆の申したいことは、よくわかります。此度の勅命に異議のある者もおりましょう。ここで意見を述べることが難しい者もいるはずです」
左大臣は、広間を見渡した。
「そこで、今より三日間、私と右大臣が皆の意見を聞くことといたします。異議があるのなら、何を懸念しているのか、どこに問題があると考えるのか、きちんと申し出なさい」
そして、静かに言葉を結んだ。
「ただ騒ぐだけでは、何も変わりません。意見があるのなら、言葉にして伝えることです」
広間は、しんと静まり返った。
右大臣と左大臣は、互いに目を合わせ、小さく頷いた。
その様子を見ていた太政大臣は、満足げに目を細めた。
二人の大臣が、ただ勅命に従わせるのではなく、異論を受け止める場を設けてくれたのである。
これならば、改革を一方的な命令で終わらせずに済む。
一方、帝と東宮は、初めて経験する朝廷の緊張に、胸の高鳴りを覚えていた。
自分たちの決断が、これほどまでに人々を動揺させるとは思っていなかった。
果たして、皆は協力してくれるのだろうか。
それとも、この改革は何の成果も得られぬまま、終わってしまうのだろうか。
帝は、傍らに控える東宮へ、ほんのわずかに目を向けた。
東宮もまた、不安を抱えていた。
そのとき、二人の脳裏に、先日、太政大臣から聞かされた言葉がよみがえった。
「帝、東宮。よろしいですか。お二人は、まだお若い。そして、世間を知らぬのも事実です。ですが、それが罪でございましょうか。
世の若者たちは、皆、世間を知らぬところから始まります。ならば、世間を知ればよいのです」
太政大臣は、二人をまっすぐに見つめていた。
「世間は、この清涼殿や都の中だけではございません。もっと広く、さまざまな人々が暮らしております。土地が違えば、言葉も、習わしも、常識さえも違いましょう。しかし、朝廷が政を行う以上、そこに暮らす人々にとって何が大切なのか、何を必要としているのかを見極めなければなりません」
そして、穏やかに微笑んだ。
「だからこそ、学問が必要なのです。書物から学ぶだけではなく、世を知り、人を知り、自ら考える。そのためにこそ、学ぶのです。
私たちは、お二人が成長なさるのを楽しみにしております。どうか、今は若いことを恐れず、学び続けてください。私たちは、その歩みをお支えいたします」
東宮は、これまで周囲にいた大人たちとは、まるで違う太政大臣の言葉を思い返していた。
権力を得るために自分を利用しようとする者は、これまでにもいた。
しかし、太政大臣は違うのかもしれない。
若いからこそ学べばよい。知らないからこそ、知ろうとすればよい。
そう言って、自分たちの未熟さを責めるのではなく、成長する機会を与えてくれた。
東宮は、改めて太政大臣の姿を見つめた。
この人を、信じてみよう。
帝もまた、同じ思いを抱いていた。
若さを弱みとせず、学びながら進めばよいのだ。
この朝の勅命が、やがて朝廷のあり方を、少しずつ変えていくことになる。
そして後世、この勅命が平安の世にどれほど多くの優れた人材を育てたか、その数は計り知れない。
なぜなら、彼らは己の名を歴史に刻み、英雄と呼ばれることを望んだのではない。
ただ、今よりも少しでもよき世の中にしたい――。
その一心で、学び、考え、行動した者たちだったからである。




