第五章 小乃葉と出会う瑞穂
左大臣家の北の方へのご挨拶を終えた瑞穂は、次に右大臣家へ向かった。
――そういえば。
右大臣の北の方は、私とそれほど年が変わらないと聞いている。
ずいぶんと年の離れたご夫婦なのだこと。
そんなことを考えながら、瑞穂は右大臣の北の方の居所へ向かった。
やがて、侍女が御簾の前で声をかける。
「藤原瑞穂様がお越しでございます」
しばらくすると、別の侍女が姿を現した。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
案内されて中へ進むと、左大臣家とはどこか違う、ゆったりとした空気が流れていた。
瑞穂は北の方の前へ通された。
「まあ……瑞穂様。ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」
そう言って小乃葉が微笑んだ。
その所作は、幼い頃から身につけてきたものなのだろう。
手の運び、座り方、顔を上げる角度。
どれも自然で、少しの隙もない。
しかも、それを本人は意識している様子さえない。
さすがの瑞穂も、わずかに緊張した。
「本日はお目にかかれますこと、楽しみにしておりましたのよ」
小乃葉が柔らかく声をかける。
「北の方様におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしのことと存じます。また、本日はお招きにあずかり、ありがたく存じます」
瑞穂は深々と頭を下げた。
小乃葉は、ふっと笑う。
「まあ、そんなに堅苦しくなさらなくてもよろしいのですよ。宮中をあちこちお回りになって、お疲れになったでしょう?」
「宮中に限らず、初めて訪れる場所というものは、右も左も分からず、戸惑うものにございます」
瑞穂は微笑んだ。
「ましてや、今日は初めて目にするものばかり。まだまだ知らぬことが多いようです」
そして、ほんの少しだけ頭を下げた。
「これから、北の方様にはいろいろとお教えいただけましたら、ありがたく存じます」
小乃葉は、その言葉を聞くと、優しく微笑んだ。
「本当に、その通りですわ。初めての場所では、誰でも戸惑うものですもの」
そして、少し考えるように瑞穂を見る。
「わたくしでお力になれることがあるか分かりませんけれど……聞きかじったことくらいなら、お教えできますわ」
「まあ、それは心強いことでございます」
瑞穂も笑った。
「ありがたくお言葉に甘えさせていただきます。それでは本日は、このあたりで失礼いたします。また日を改めまして、ご指南いただけましたら嬉しゅうございます」
「ええ。いつでもいらしてくださいな」
小乃葉はそう言って、穏やかに微笑んだ。
瑞穂もまた笑顔を返した。
ほんの短い時間だった。
けれど二人とも、なぜかもう少し話をしてみたいと思っていた。
――しかし、そうするわけにはいかなかった。
左大臣家への挨拶と同じほどの時間で切り上げなければならない。
宮中の女たちは、人の出入りや滞在時間までよく見ている。
少し長く話しただけで、
「あら、ずいぶんお気に召したようね」
などと、あることないこと囁かれる。
それがどれほど面倒なことになるか、小乃葉はよく知っていた。
瑞穂もまた、今日一日で、そのことを少しずつ学び始めていた。
二人は、それぞれに名残惜しさを感じながらも、早々に席を立った。
御簾の向こうへ姿を消す瑞穂を見送りながら、小乃葉は微笑んだ。
瑞穂もまた、廊下を歩きながら思った。
――あの方……面白い方かもしれない。
初めて顔を合わせた二人は、まだ知らない。
この出会いが、やがて自分たちの運命を大きく変えていくことを。




