第四十八章 太政大臣と皇太后
「保忠殿、本日はご足労いただき、かたじけない」
太政大臣は、保忠をねぎらった。
「いえ。この度の一件、私ども陰陽寮の失態につきまして、お詫び申し上げるとともに、今後のことをご相談したいと存じておりました」
保忠は深々と頭を下げた。
「うむ。とにかく、今後のことはよろしく頼む。それで、申し訳ないのだが、これから入道殿の屋敷へ赴き、皇太后様に今回の一件をご説明申し上げようと思っておる。保忠殿も、同行していただけるだろうか」
「はい。私でよろしければ、喜んでお供いたします」
保忠は、迷うことなく答えた。
「そうか、それは助かる。私怨から始まったこととはいえ、陰陽師もこの一件に加担していた。皇太后様に対しても、そのあたりをきちんとご説明せねばならぬからな」
「承知いたしました。父も私も、今回のことは、なんとも申し開きのできぬことと覚悟しております。いかようなご処分であろうとも、甘んじてお受けする所存にございます」
保忠は、再び頭を下げた。
「いや、そこまで先走ることはない」
太政大臣は、静かに制した。
「今後どうなるかは、皇太后様のお考え次第でもある。だが、此度の一件を、陰陽寮だけの責として済ませるつもりもない。まずは私に任せてもらえぬか」
保忠は顔を上げ、太政大臣の目を見つめた。
「……承知いたしました。何卒、よろしくお願い申し上げます」
「うむ。では、参ろうか」
太政大臣はそう告げると、静かに立ち上がった。
入道の屋敷では、静養中の皇太后の回復が目覚ましかった。
今日は太政大臣が訪れるとのことで、皇太后も身なりを整え、待っていた。
予定どおり太政大臣が到着すると、奥の部屋へと通された。
皇太后の前に太政大臣と陰陽寮の保忠が座ると、案の定、皇太后は保忠を鋭い目で睨んだ。
太政大臣は、それに気づかぬふりをして、深々と頭を下げた。
「皇太后様におかれましては、この度の一件にて、たいへんなご迷惑をおかけいたしました。誠に申し訳なく存じます。
これもひとえに、私の政治が至らぬゆえと、深く反省しております。
また、入道様や北の方様が、これまで私どもの至らぬところを、どれほど支えてくださっていたか、今さらながら痛感している次第でございます。
この度の件につきましては、陰陽寮も深くお詫び申し上げるとともに、組織の見直しも含め、今後このようなことが起こらぬよう、改めて整えてまいる所存でございます」
太政大臣は、息つく間もなく、よどみなく挨拶を述べた。
「そうですか。組織の見直しとは、よい考えです。私も大賛成です」
皇太后はそう答えながら、再び保忠を睨んだ。
保忠は、ただひたすら頭を下げていた。
――ここは、太政大臣を信じてお任せするほかあるまい。
そう腹をくくったのである。
「ところで、皇太后様。その後、お加減はいかがでございましょうか」
「ええ、すっかりよくなりました。御所にいた頃より、むしろこちらのほうが居心地がよいくらいです」
皇太后は不思議そうにしながらも、微笑んだ。
「それは何よりでございます。私も安心いたしました。
「ところで、皇太后様を命懸けでお救いした陰陽寮へのお礼は、もうお済みでございましょうか」
「え……? 命懸けで救った……とは?」
皇太后は訝しげに聞き返した。
太政大臣は、わずかに眉を動かした。
「まさか、あの日、何があったのか、どなたからも詳しい説明を受けておられぬということは……」
皇太后は、はっとしたように表情を変えた。
「い、いいえ。もちろん、聞いておりますとも……」
そう答えたものの、その顔からは、先ほどまでの笑みが消えていた。
太政大臣は、静かに言葉を続けた。
「それならば安心いたしました。当日、皇太后様のお世話をしていた女御や側近の方々は、怨霊を恐れ、皆、皇太后様のお部屋から最も遠い場所に身を寄せていたと聞いております。
そのような中、皇太后様をお部屋からお移ししたのは、右近中将の大伴英嗣殿。そして、命を懸けて皇太后様をお守りした陰陽師の幸殿、ならびに陰陽寮の方々だけであったとか。たいへんよく働かれたと聞き及んでおります。」
それにもかかわらず、皇太后様へのご報告がなされていなかったなどということは……まさか、ございませぬな」
最後の言葉とともに、太政大臣の目が、すっと皇太后を捉えた。
「もちろん、聞いております!」
皇太后は、わずかに声を強めた。
しかし、すぐに顔を曇らせると、静かに言い直した。
「……報告は受けておりました。ただ、礼を伝えるのが遅くなってしまいましたね。あの者たちも、怨霊を恐れていたのでしょう。そのような中で、十分に務めを果たせなかったこともあったのでしょうから……。私にが変わり、この場でお詫びいたします」
保忠は、思わず顔を上げそうになった。
――お詫び? それでは、まるで皇太后様に非があるかのようではないか。
そう思ったものの、もちろん口には出せなかった。
「皇太后様に、そのようなお言葉をいただくなど、滅相もございません。
この度の一件は、すべて私どもの不手際にございます。皇太后様の寛大なお心に、ただただ感謝申し上げるばかりでございます」
保忠が深々と頭を下げると、皇太后はようやく表情を和らげた。
「保忠殿。私も、このように回復してまいりました。
此度のことは、もうよいでしょう。ただし、二度とこのようなことが起こらぬよう、今後は十分に励みなさい」
「ははっ。ありがたきお言葉、肝に銘じてまいります」
保忠は、深く頭を下げた。
こうして、皇太后から陰陽寮への許しが与えられたのであった。
頭をさげながら、太政大臣の立ち回りには驚くばかりであった。
しかし、陰陽寮でおきたことは、きちんと始末しろと言われたようで、身の引き締まる思いだった。
また、皇太后様も話てみれば、話のわかる方で、意外だった。
すると
「そうですね、ちょど保忠いるので、太政大臣に相談を・・・」と皇太后からいってきた。
「帝のことですが」と皇太后がいうと
「帝の?」太政大臣が不思議な顔をした
「そうです、帝の后の話で、太政大臣に相談を・・・」と皇太后がいった
「帝の・・」と太政大臣は皇太后の顔を見返した。
「そうです、帝もそろそろ后を迎えねばならぬ時がきたと思い、色々と考えていますが・・・・これといって、見つからず、ふっと、弟の安信の娘、菜々子はどうかともい・・いかがであろう」と皇后の顔が緩んだ
太政大臣はそこを見逃さなかった。
「よろしいのではないですか?きけば、菜々子殿は大変母親思いだとか、帝も
母親思いのお優しい方ですから、きっとよいご夫婦になると思いますよ。」とほほ笑んだ。
「帝が母親思いなんて・・・まあ太政大臣はお上手だこと」とますます皇太后は上機嫌となった。
「それだけでは、こちらは内密に進めますので、左大臣殿には、あたしから伝えます。」
「それがよろしいかと、右大臣や大納言様には私よりお伝えします」
「では、あくまでも何密に・・・」と念を押した。
太政大臣はとりあえず安堵した。
こちらも東宮の后を瑞穂ときめた以上、うまく取り計らい進めるしかないのである




