↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/48

第三十章 将之の災難

「右大臣家からの使い?」

冬弥は、届いた文を見て首をかしげた。

「しかも、若君に……いったい何であろう」

不思議に思いながらも、将之のもとへ文を届ける。

将之は文を開くと、しばらく目を走らせ、

「ふーん……今度、中宮様の姫様の生誕の宴をするらしい。ぜひ私にも出席してほしいと、中宮様がおっしゃっているようだ」

そう言って、脇息にもたれた。

「まあ、右大臣家のことだ。断って角が立たぬよう、一応声をかけておいた、というところかな。どうしようかな……」

すると冬弥が静かに言った。

「今回は、出席されたほうがよろしいかと」

「?」

「噂では、都の名だたるお家には、広くお声がけなさっているようですよ。それだけではありません。今回は陰陽寮にも声がかかっているとか」

「……陰陽寮に?」

将之の顔が、ぱっと上がった。

「では……幸殿も?」

「たぶん」

冬弥が頷く。

「……そうか」

将之の顔が、みるみる明るくなる。

「じゃあ、会えるかもしれない」

「……」

冬弥は思わず苦笑した。

先ほどまで「どうしようかな」と脇息にもたれていた男が、今や身を乗り出している。

「使いの者に、返事を」

「かしこまりました」

冬弥はすぐさま返書をしたため、家人を呼んだ。

「これを右大臣家へ」

「はい」

使いの者が出ていくと、将之はすっかり機嫌がよくなっていた。

冬弥はその様子を見ながら、ふっと笑う。

「……わかりやすいお方だ」


ところが――。


翌日、出仕した将之のもとへ、思いもよらぬ呼び出しがあった。

「皇太后様がお呼びです」

「……私を?」

将之は思わず聞き返した。

皇太后…

「何か……落ち度でもあったのか?」

いくら考えても思い当たることがない。

昨夜の返事か。

いや、それなら右大臣家から何か言ってくるはずだ。

それとも、何か朝廷のことで失礼をしたか。

考えれば考えるほど、不安になる。

やむなく御座所へ向かうと、そこには帝の母である皇太后がいた。

「……」

将之は緊張した面持ちで、深く頭を下げた。

「お召しにより、参上いたしました」

「将之殿」

皇太后が口を開く。

「この度の、中宮殿の宴のことは聞いておろう」

「は……はい」

「そなたは、どう思う?」

「……どう、と申されましても」

将之は困った。

宴をする。

ただ、それだけの話ではないのか。

「中宮様も、姫様を慈しんでおられます。昨年は入道様のご病気をお気遣いになり、ご遠慮されたようですが……今年は姫様も楽しみにしておられるとのこと。私には、よろしいことかと存じます」

すると皇太后の表情が曇った。

「では、今年は……入道がお亡くなりになったとしても、宴をしてよいと申すのか?」

「……は?」

将之は、一瞬言葉を失った。

なぜ、そういう話になるのだ。

「いえ……私は、そのような意味で申し上げたのでは」

「では、どういう意味じゃ?」

「どういう……」

将之は困惑した。

姫君の生誕を祝う宴をする。

ただ、それだけではないのか。

昨年は入道の病気を理由に控えた。

今年は、その入道が亡くなったから、また控える。

では、いつまで控えればよいのだ。

そもそも、自分がそれを決める立場なのか。

将之は恐る恐る尋ねた。

「では……皇太后様のお考えは、今年は入道様がお亡くなりになった場合、姫様の生誕の宴は取りやめるべき、ということでございましょうか」

「取りやめよとは申しておりません」

皇太后は、静かに答えた。

「自粛するよう、中宮に伝えてほしいと申しているのです」

「……はあ」

思わず、気のない返事が漏れた。

取りやめるのではない。

自粛しろ。

違いが、将之にはよく分からなかった。

「将之殿、私が直接申せば、中宮殿にも角が立ちましょう」

「……」

「ここは、そなたに穏便に収めてもらいたいのです」

将之は目を瞬いた。

――なるほど。

ようやく分かった。

自分に判断を求めているのではない。

自分を使って、中宮に言わせようとしているのだ。

しかも、断れば自分が悪者になる。

「……」

将之は、なんとも言えない顔になった。

なぜ私が。

そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。

すると突然――。

「母上!」

御簾の奥から、声が響いた。

将之が振り返る。

次の瞬間、御簾が上げられ、帝が姿を現した。

「いい加減にしてください」

「……え?」

将之は目を見開いた。

皇太后は一瞬言葉を失う。

帝は皇太后を真っすぐ見つめていた。

「なぜ、将之殿にそんなことを言わせるのです」

「帝……」

「中宮殿の宴でしょう」

帝はそう言うと、今度は将之を見る。

「将之殿も、困っているではありませんか」

「…………」

将之は、返す言葉もなく、その場に固まった。

――いや。

困っているどころではない。

なぜ自分がここにいるのかさえ、もう分からない。

ただ一つだけ、はっきりしていた。

昨日までは、

「幸殿に会えるかもしれない」

と胸を弾ませていたのに。

今日はなぜか、帝と皇太后の間に立たされている。

「……私、何か悪いことをしましたでしょうか」

思わず小さく呟く。

それを聞いた冬弥なら、きっとこう言うだろう。

――いいえ。

ただ、巻き込まれただけです。

「……家に帰りたい」

将之は、渡り廊下をとぼとぼと歩いていた。

帝が機転を利かせてくださったから、何とかその場は収まったものの、とんだ災難である。

朝から皇太后に呼び出され、訳の分からぬまま中宮殿の宴の話をさせられ、挙げ句の果てには、御簾の奥から帝までお出ましになった。

もう、すっかりくたくただ。

「今日はもう帰って、ゆっくり休みたい……」

そう呟きながら、将之は詰所へ戻った。

すると、待っていた侍従が声をかけた。

「将之様、お戻りでしたか」

「うん……」

「先ほど、東宮様のお使いの方がお見えになりまして」

「……え?」

嫌な予感がした。

「将之様に、東宮様の御座所まで来るようにとのことでございます」

「…………」

将之は、しばらく黙って家人を見つめた。

「帝の次は……東宮様か!」

思わず天を仰ぐ。

「全く……今日はついてない」

そうぼやきながらも、将之はすぐに衣の乱れを整えた。

「東宮様がお呼びなら、急がないとな」

その背中は珍しく疲れていた

将之は、まだ知らない。

今日という一日が、まだ終わっていないことを――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。