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329話「ノクティア VS.ミラク」-後



 ――しかし。


 

 ミラクが想像していたような余裕ある防衛戦を、ノクティア自身が展開できていたかと言えば、答えは"ノー"であった。


(――っ! デタラメな威力の魔法ね、"七人の虚人"……!)


 硝子の兵士たちの視界の向こう側で、ノクティアはドレスの胸元を激しく上下させ、額から大量の冷や汗を流しつつ、自らの脳内回路を限界まで過熱させていた。


 正面から突進してくる、本物の"姫"と同等の身体能力を持った七体の分身体。


 彼女たちは個別の魔力技こそ使ってこないものの、その一挙手一投足から放たれる圧倒的な物理的質量と速度は、一瞬でも意識を逸らせばノクティアの身に迫るだけの力を秘めている。


 これまでの数々の激闘の中で、ノクティアは自らの行使する硝子の魔法が、単純な力押しに対して脆いという弱点を嫌というほど思い知らされていた。


 だからこそ、真っ向からの力勝負を極力回避し、遮蔽物を無数に生成して敵の直進ルートを削り、足元をすくって速度を殺し、連続の援護射撃によってミラク本体の集中力を削ぐという、極限の精密操作を展開せざるを得なかったのだ。


(……でも、こんな綱渡りの戦術、いつまでも続けられるわけがないわ……! 私の魔力も……。脳の処理能力(リソース)も、もう限界よ……!)


 一瞬の油断も、コンマ一秒の判断ミスも許されない超極限の防衛戦。


 それはノクティアの脳神経から膨大な思考リソースをガリガリと削り取り、彼女の精神に途方もない疲労と負荷を蓄積させていた。


 気を抜けば、次の瞬間に七体の分身に包囲され、押し潰される。ノクティアもまた、脅威を感じながら、必死の思いでミラクの猛攻を押し留めていたのが現実だったのだ。


 ドガガガガガガッ! パリィィィンッ!


 回廊のあちこちで、破砕された硝子の結晶がまるで雨のように降り注ぐ。


 壁の表面は分身たちの太刀筋によって惨惨たる切り傷を刻まれ、天井から吊り下げられていた美しい照明器具が激しい衝撃波によって落破し、石畳の上で派手な音を立てて砕け散った。


 白熱する殺陣。一歩も引かぬ攻防。


 激突する二人の"姫"。


 相克する思考の波形は、拮抗の果てに、ゆるやかに一つの同じ結論へと引き寄せられていった。



(――このまま戦いを長引かせたら、埒が明かないわ……!)


(――思考リソースと魔力が完全に底を突く前に……、次の一撃で勝負を決める……!)



 ギリッ……と。


 お互いの手に握られた剣の柄に、破砕せんばかりの強い力が込められた。


 互いに、次なる一撃に全存在を賭けるという無言の決意。


 その瞬間、二人の脳裏には、同時に一つの成約が、思考の前提として浮かび上がっていた。



(……この回廊のすぐ近くの病室には、重傷を負ったバナビーが寝ている……。周囲広域を不可逆の熱量で融解し尽くす"根源"の力は……絶対に使うわけにはいかないわ。ミラクごと焼き切ってしまうかもしれないし……!)


(……"根源"の力を解き放てば、この晶潮館全体が崩壊しかねない……。バナビーやあの子(メロフィ)を巻き込んで殺してしまう危険がある以上、"根源"だけは使えない……!)



 仲間を想うがゆえの、共通の了解。


 二人は示し合わせたかのように、自らの最大最強の札を自らに強く封印した。


 ならば――。


 お互いが選択すべき着地点は、自ずと一つに絞られる。


 "根源"に次ぐ、己の物語が誇る第二の切り札。


 残されたすべての魔力と誇りをその一撃に集中させ、正真正銘のラストチャンスへと臨むこと。


 ノクティアは深く息を吸い込むと、己の身体の奥底に残されたすべての魔力回路を全開に開放した。


 彼女が注ぎ込んだ膨大な魔力が、前線に展開していた硝子兵たちへと、怒涛の濁流となって流れ込んでいく。


 シュアァァァァァッ……!


 魔力を注ぎ込まれた数十体の硝子の兵士たちが、目眩のするような目眩く輝きを放ち始めた。


 その表面の硝子の硬度が、ダイヤモンドをも凌駕する密度の結晶へと変貌を遂げていく。


 さらに――硝子の兵士たちの無機質だった輪郭が、滑らかな幾何学模様を描きながら、劇的な形状変化を開始した。


 そこに現れたのは、もはや単なる無個性な兵士たちの群れではなかった。


 アルトの如く、聖剣を構えて不屈の威風を放つ騎士の造形。


 ザラの如く、冷徹な眼差しで細剣を構える兵士の造形。


 カノンの如く、不敵に佇む少女の造形――。


 ノクティアがこれまで共に修羅場を駆け抜けてきた、大切な仲間たちの姿を模した、高密度かつ、特異な硝子兵の群れ。


 勿論、彼らの力が、本物のアルトやカノンたちの領域に届くはずもない。


 しかし、先ほどまでの脆弱な硝子兵たちとは比較にならないほどの物理的質量と、硬度、そして高度な連携機能を備えた、ノクティアの生み出し得る最強の軍勢であった。


 一方――ミラクもまた、自らの切り札の術式を発動させていた。


 ミラクは前方に展開させていた七体の分身たちに対し、消去の命令を下した……のではない。


「――来なさい!!」


 ミラクの叫びに呼応し、七体の分身体が本体であるミラクの肉体目掛けて、一直線に飛び込んできた。


 七体の分身が、まるで鏡合わせの像をひとつひとつ重ね合わせていくかのように、ミラク本体の身体と完全に同化していく。


 七体に分配していた魔力と膂力を、すべて本体であるミラクの一点へと極限集中させる強化魔法。


 分身を全滅させ、そのすべての質量を自らの肉体へと物理的にフィードバックさせることにより――ミラクの全身には、常時の実に八倍という、圧倒的な膂力と運動エネルギーが宿っていた。


 メリメリメリメリッ……!


 その重圧に耐えかね、ミラク自身の骨が軋み、筋肉が自壊しかける激しい激痛が彼女を襲う。


 生身の肉体がこの圧倒的な過剰負荷に耐えられるのは、精々が数十秒という極めて短い時間に過ぎない。


 けれど――その数十秒の間、ミラクはあらゆる障害を力任せに打ち砕く、無敵の絶対破壊者と化すのだ。


 二人の"姫"が、自らの魔力を極限まで過熱させ、お互いの瞳を真っ直ぐに見据える。




「――"シンデレラ城の舞踏会(ヴァルツァー・)最高潮(クライマックス)"っ!!!!」



「――"七人の虚(セブン・ドワーフズ)人・統一(・ユニフィケイション)"!!!」




 限界を超えた二つの叫びが、晶潮館の回廊に同時に轟いた。 


 仲間たちの姿を象った高密度の硝子兵たちが、踏み込みの大地を爆砕しながら前線へと突撃する。


 アルトの姿をした硝子兵が、前傾姿勢から猛烈な一撃を繰り出す。


 それに対し、慮外の膂力を宿したミラクは、避けることすら拒絶して正面から聖剣を振り下ろした。


 ガギィィィィンッ! パリィィィンッ!


 衝撃波が一瞬で回廊の空気を吹き飛ばす。


 アルト型の硝子兵が掲げた高硬度の剣ごと、その胴体を真っ二つに叩き割り、破片となって四散させた。


 続いて側方から飛び込んできたザラ型の硝子兵の高速の突刺攻撃に対し、ミラクは自らの左腕の甲冑で直接それを受け止めると、強引に腕を支点にして蹴りを叩き込み、一瞬で砕き散らせた。


 さらに後方から鋭い襲撃を放つカノン型の硝子兵。


 ミラクは自らの足を石畳へと深く刺し込むと、筋肉の隆起と共に聖剣を横一文字に一閃させた。


 ドガァァァァンッ!


 豪快な音を立てて、その脚部は破砕され、無数の透明な砕片が晶潮館の回廊全体へと豪雨のように降り注ぐ。


 破壊音と、舞い散る硝子の眩い煌めき。


 "晶潮館"の美しくも幻想的な背景の中に、無数の赤い光の粒と、透き通る硝子の結晶が、まるで美しくも惨劇の花吹雪のように乱舞し、飛び散っていく。


 勇士たちの形をした硝子兵を片端から打ち砕き、破片の嵐を掻き分けて前進するミラク。


 その破片の旋風の最深部で、硝子の細身の剣を構え、真っ直ぐに自分を待つノクティアの凛とした姿。


 互いの残されたすべての想いと、感情のすべてを注ぎ込んだ、最後にして最高の衝突。



 そんな、凄まじい衝突の末――。



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