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間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
22章「鼓動と破壊と動き出す影」
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313話「各々の役割」


 プレアデス聖教国、大広間。


 白亜の柱が立ち並ぶ広い空間には、私やリラ、ギエナだけでなく、私の目覚めを待ってくれていた特使団の仲間たちが、全員顔を揃えていた。


 いつもの無邪気な表情を取り戻した私の侍女、シャウル。


 聖剣アルシャインを振るい、怪我を押し押して教国での死闘を駆け抜けてくれた不屈の騎士、アルト。


 相変わらず冷徹な兵士としての眼差しを崩さない、頼れる騎士のザラ。


 そして――壁際にポツンと一人、腕を組んで目を閉じたまま、思考の海に沈んでいるカノン。


 私は集まった仲間たちの顔を一人一人、その目を真っ直ぐに見据えながら、作戦室でギエナやアルトからもたらされた最悪の戦況を、漏らさず丁寧に説明し終えた。



「――というわけよ。一万の帝国軍が、すでにエリダヌス連邦の首都フォーマルハウトを包囲している。事態は文字通り一刻を争うわ。私たちヴァルゴ特使団も、すぐにエリダヌスへ急行するわよ」



 私の決意に満ちた宣言。


 広間を重苦しい緊張の波が包み込む中で、最初に動いたのは、静かに話を聞いていたザラだった。


 彼女はすらりと背筋を伸ばし、自らの細い手をすっと高く掲げて挙手してみせた。


「お嬢様。状況の深刻さは理解いたしました。……ですが、そうなると今から私たちが向かう先は、これまでの局地戦とは一線を画す、無数の火器と砲声が飛び交う本物の戦場ということになりますね」


「……ええ、そうなるわね。綺麗事の通用しない、生存を賭けた全面戦争よ」


 私の返答に、ザラは一切の逡巡もなく、続きを淡々と口にした。


「ならば――シャウル様を次の戦場へ伴うべきではありません。恐らく、これから始まるエリダヌスでの決戦は、これまでのように会話の裏の腹の底を探り合ったり、敵の嘘を暴くような泥臭い交渉、一対一のやりとりがメインになることはありませんので」


 ザラの言葉は、冷たい。


 だが、その指摘に対し、私は何一つ異論を挟む余地を持っていなかった。


(……ええ。ザラの言う通りだわ)


 私は傍らに立つシャウルへと静かに視線を向けた。


 シャウルが持つ才能――相手の嘘や、発言の違和感を鋭く嗅ぎ分ける嗅覚。それは政治的な謀略や潜入戦においては何よりも頼もしい武器だ。けれど、一万人もの帝国軍が近代兵器の雨を降らせ、爆煙と鉄の暴風が荒れ狂う戦場においては、その能力が発揮される機会など存在しない。


 何より……私は、このプレアデス聖教国での滞在中、自らの不甲斐なさのせいで、彼女をとんでもない危険に直面させてしまったのだ。


 これ以上の死線へと、ただの侍女に過ぎない彼女を連れて行くことなど、主としての私の矜持が絶対に許さなかった。


 危険な前線からシャウルを下げさせること。それは誰の目から見ても、疑いようのない最適解だった。


 当の本人であるシャウルは、大袈裟にふうっと息を吐き出すと、肩をすくめておどけて見せた。


「ふう、そうっすねぇ。流石にそんな血生臭い戦いのド真ん中じゃ、フォーマルハウトの屋台街の美味しいお魚料理も期待薄っすし……。あたしはここらで一足先に、懐かしのグラスベル邸へお暇して、優雅にランチタイムといくっすよ」


 いつもの軽妙な声色も、どこかかすれて聞こえる。


 私に余計な心配をかけまいとするあの子なりの優しさに、私は胸の奥が温かくなるのを感じながら、ザラへと再び向き直った。


「ザラ。シャウルをヴァルゴ王国……私たちの生家であるグラスベル領まで、責任を持って送り届けてもらえるかしら?」


「……私が、ですか?」


 ザラは一瞬だけ意外そうに目を見開いた。


 彼女自身、特使団として、そして一人の訓練された騎士として、ノクティアの剣となってエリダヌスの最前線へ赴く覚悟を固めていたのだろう。戦場から遠ざけられる配役に対し、騎士の性ゆえか、かすかな難色の色がその瞳に走りかけた。


 けれど、私は彼女のその想いを引き取るように、力強い言葉を重ねた。


「ええ、ただの護衛だけじゃないわ。あなたにしか頼めない、極めて重要な大役があるのよ」


「……私にしか?」


「ええ、あなたにはシャウルを送り届けた後……そのまま王都へと走り、ヴァルゴ王へ向けて全軍の緊急動員と救援の要請を届けてほしいの」


「……王への、援軍要請……?」


「そうよ。事態は一万人規模の国家間戦争に発展している。流石に、私たちが現地で集められる遊撃戦力と、リラが動かしてくれるプレアデスの千人の聖教騎士団だけでは、帝国の軍勢を退け、包囲を完全破砕することは難しいわ。どうしても、ヴァルゴ王国の正規軍――つまり、人数が必要なのよ」


 私の説明を聞き、ザラは一瞬で自らの役割の重大さを理解したようだった。


 彼女は厳密には近衛騎士団の所属。つまり、王国の要職や騎士団と交渉できる立ち位置だ。加えて、冷徹な状況説明で王を動かせる人物――兼ね備えるのは、特使団の中でもザラをおいて他に存在しなかった。


「……承知いたしました、お嬢様。その大役、確実に果たしてみせます」


 ザラが胸に手を当て、深く膝を折って拝礼する。


 その時だった。


 これまで腕を組んで黙って話を聞いていたギエナが手を上げた。


「お嬢様、お言葉ですがねぇ。おじさんは……王国だけじゃなく、ガーランドにも同時に使いを送っておくべきだと思いやすよ」


「ガーランドに……?」


「へえ、いくら弱っていても、ガーランドの騎士隊は精強でさぁ。しかも、純粋な戦力としての足しになるのは勿論ですが……何より我々三国が結んでる同盟が生半なもんじゃねえってことを大陸全土に示しておけば、流石の帝国もおいそれと調子に乗った大規模作戦なんざ、やりづらくなるでしょうからねぇ」


「……ええ、全くその通りね。ギエナの言う通りだわ」


 本物の戦場を知る"砂の鬣"の智謀。


 外交の牽制と、二大国からの挟撃の布石。完璧な戦術提案だった。


「なら、ガーランドへの使いには、一体誰が――」


「――私が行きます」


 私が問いかけるよりも早く、迷いのない透き通った声と共に一人の青年――アルトが真っ直ぐに手を挙げた。


「私ならば、先のレグルス砦での防衛戦やレグルス攻略戦において、ガーランドの騎士たちやリゲル公の側近……ウェルギウス卿とも立ち会いました。少しばかりですが顔も利きますし、私の言葉ならば公国の幹部たちも即座に動いてくれるはずです」


 アルトの覚悟に満ちた強い眼差し。


 彼とウェルギウスの間にあったやり取りを、私は知らない。それでも、その瞳を見れば無条件に、彼のことは信用できた。


「決まりね。……王国へ向かい、全軍の動員を要請するのはザラとシャウル。ガーランドへと走り、公国軍を動かすのはアルト。……そして残った私たち――私とギエナ、それにカノンは、リラの作ってくれた教国部隊と共に、エリダヌスへと突入するわ――」


 これで、私たち特使団の役割は決まった。


 少数精鋭による現地への急行と、二大国からの大規模な援軍の手配。


 私が決意を新たに言葉を区切り、全員へ向けて出発の合図を締めくくろうとした――まさに、その刹那だった。


 スッ……。


 それまで大広間の冷たい白亜の壁に深く背を預け、腕を組んだまま一度も会話に加わることなく目を閉じていた彼女。


 その黒髪を乱暴に揺らし、こちらを見据える"不帰の姫"――カノン・ドロテア=エメラルダが、静かに、けれど恐ろしいほどの冷徹な明度を宿して、その両目をゆっくりと開けたのだった。



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