294話「災厄の女神」-前
視界の全てが、目も眩むような純白の閃光によって完全に埋め尽くされていた。
大聖堂の最上階、崩落した天井から覗く夜空の真ん中から放たれた無数の閃光。それは、私たちの魔法ともどこか違う、形容するのなら、太陽光や月光がそのまま牙を剥くような、そんな攻撃だった。
「ぐっ……、ああああああっ!!」
私は悲鳴を上げる両足を踏ん張り、ヒビの入った剣を前方へと突き出し、"根源"の流動硝子で層を形成する。何十重にも重ね合わせた即席の城壁が、迫りくる白銀の光条を激しい金属音と共に弾き落としていく。
私のすぐ隣では、カノンが"ブリキの木こり"と化し、その鎧で閃光を防ぎ切っていた。さらにその後方ではリラが、幾匹もの小夜啼鳥を高速で羽ばたかせ、光の弾道を逸らし続けている。
私を含めた三人の"姫"が、それぞれの持てる手札を尽くして、身を守ろうとしていた。
それなのに、頭上高くから私たちを見下ろしている全身鎧は、ただそこに静かに浮遊しているだけで、指先一つ動かす素振りすら見せていなかった。彼の装甲から際限なく溢れ出る光の粒子が、ただ自動的に私たちの防壁を削り、ひたすらに迫ってくるのだ。
「……っ、こんな、むちゃくちゃな……! あいつ、"姫"でもないのに、どうしてこんなとんでもない魔法が使えるのよ……っ!」
私は激しい風圧に顔を歪めながら、喉が裂けるほど叫んだ。
これまで戦ってきたエレクトリアも、リラも、そしてあの極寒の地で私を完敗させたアダーラですら、宿す"物語"に従って、その奇跡を行使していた。けれど、目の前の全身鎧の男が放つ輝きには、そのような文脈の縛りが一切感じられない。ただ、物理法則そのものが彼に味方しているかのような、圧倒的な魔力の暴力。
私の戸惑いに対して、答えたのはリラだった。ヴェールの奥から必死に声を張り上げる。
「……男であってもさぁ。魔法の力をその肉体に宿すこと自体は、理論上不可能じゃないんだよぉ……!」
「な、何ですって……!? だって、この世界のルールでは、物語を受け入れる器になれるのは――」
「うん、基本は女の子だけだよぉ! でもねぇ、このプレアデス聖教国はさぁ、長い歴史の裏側で……"聖典"の物語を、無理やり男性の肉体へと宿すことに成功しているんだ!」
「じゃあ、あいつは……あの鎧の男は、教国の実験によって、物語の力を与えられたっていうの!?」
私は信じられない思いで全身鎧の騎士を睨みつけた。教国の技術がこれほどまでの領域に達しているとは思わなかった。
あの全身鎧は、並の"姫"よりも遥かに強い。そんなものを作り出せるのであれば、流石に戦いようもない。
だが、そんな私の推測を、カノンが激しく首を横に振って否定した。
「違え、ノクティア! そんな生易しいもんじゃねえぞ! あいつはそんな、小手先の実験で作られた、セコいもんじゃねえ……! あいつは、この世界のシステムそのものに認められた公式チートなんだよ!」
「公式、チート……!?」
「そうだよぉ、さっきも言ったじゃん、あいつは世界の仕組み側の存在なんだって……! "原初の姫"の意のままに、この世界の盤面を力ずくでコントロールする――"千の騎士"は、そのために次元の違う力を与えられているんだよぉ……っ!」
リラが悲鳴のような声を上げながら、"小夜啼鳥"の魔法を限界まで稼働させた。
しかし、どれほど彼女が卓越した魔法の使い手であろうと、全身鎧の男から放たれる白銀の閃光の力は、彼女の処理能力を遥かに超えていた。
――バササササッ!
リラの周囲を旋回していた漆黒の小鳥たちが、光の矢の猛烈な圧力に耐えかねて、次々と内側から爆裂し、無残な黒い霧となって霧散していく。
「あ、――う、くあぁぁっ!?」
魔法による防御を突破されたリラが、光の矢の威力に耐えきれず、強引に押し切られた。そこへ、容赦のない数条の閃光が直撃し、彼女の身体を灼き焦がしながら後方へと吹き飛ばしていく。
「リラ……っ!?」
ほんの一瞬、彼女の被弾に私の意識が奪われた、まさにその極小の空白。
正面から迫りくる光の矢を見切ることができず、私の展開していた融解硝子の防壁が、ガラス細工のように呆気なく粉砕された。
「しまっ――!」
防壁を突き破った純白のエネルギーの奔流が、私の肉体を正面から容赦なく直撃した。皮膚が、翼の硝子を遥かに超える高熱に灼かれ、骨が軋むほどの打撃圧が容赦なく襲いかかる。
私の悲鳴が気を引いてしまったのだろう、一瞬こちらに視線を向けたカノンが、続くように体勢を崩すのが見えた。
私たちは同時に大理石の床の上を転がり、最果ての壁へと背中から激しく叩きつけられた。手から剣が滑り落ち、床に赤い鮮血の点描が派手に飛び散る。
床に這いつくばり、激しい過呼吸に胸を上下させる三人の敗北者。
全身鎧の男は、そんな私たちの無残な姿を一瞥すらせず、ただ中空から静かに、壇上で怯えている最高司教カリオペの方へと、その無機質な面頬を向けた。
「……カリオペ、いまのうちに……。ぎしきをすすめるといい」
彼の唇から溢れ出る声は、未だに壊れた機械のように幼く、辿々しい。けれど、その言葉に伴う絶対的な威圧感は、祭儀場の全座標を完全に凍りつかせていた。
「ぼくのおもしにしていた、まりょくののこりで、ちからはじゅうぶんに、たりているでしょう?」
「……え、ええ……っ! 勿論、勿論です!!」
カリオペは這いつくばっていた床から弾かれたように立ち上がると、乱れた法衣の裾を掴みながら、再び聖壇の中央に置かれた椅子の側へと駆け寄った。
座らせられたシャウルは、未だに意識を深い霧の底へと沈められたまま、ぐったりと項垂れている。カリオペは彼女の無防備な頭部へと両手を押し当て、ボソリと呪詛のような呟きを漏らした。
「……よし、あの子の意識は、予定通り精神の深層の底まで完全に沈みきったようですね。物語を書き込む余白は完成しました。あとは……"聖典"を用いて、彼女の魂の形を、上書きしてしまえば――」
「――させ、ない……っ! カリオペ、その汚い手を……今すぐその子から、離しなさい……っ!!」
私は壁に背を預け、軋む肉体に強引に命令を下して、無理矢理に立ち上がる。




