表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
間に合わなかったシンデレラは、硝子の靴で戦場を踊る  作者: 入江 鋭利
21章「信仰と舞踏と零落の聖女」
PR
294/342

277話「不穏の流星」-後


 それに、とセラエナはさらに思考を高速で展開する。


 数日前、大聖堂の晩餐会の余興において、カノンは教国の騎士を弄びながら、性質の全く異なる三種類の魔法を何気なく披露してみせた。


 そして、ここまでの戦いで彼女が見せてきた、こちらの最大出力を前にしても僅かな傷すら負わない、あの"ブリキの鎧"という絶対防衛。


 しかし、彼女の本質はそこではない。さらにもっと奥。見透かすことすら叶わない水底に、彼女は何かを隠している――。


「――あなた、まだ、他に……。仲間たちにすら見せていない、本物の爪牙(ものがたり)を、その裏側に隠し持っているのでは――」


 セラエナがその、怪物の深淵の核心にまで言葉の切っ先を突き立てようとした、まさにその刹那。


 カノンは不敵な笑みをその端正な顔にじわりと戻しながら、自らの右の人差し指を一本、パッと立ててセラエナの唇の前に突き出した。


「あー、ストップストップ。そこから先は課金コンテンツ(ゆうりょう)な」


 カノンはわざとらしくウィンクをして見せると、皮肉たっぷりに唇元を歪ませた。


「“A secret makes a woman, woman.” ――しーくれっと、めいくす、あ、うーまん、うーまんってやつだぜ、バレリーナちゃん。いい女ってのはさぁ、他人に明かさない設定(ひみつ)がいくつもあるからこそ、ミステリアスで美しく見えるもんなんだよ。全部のステータスを開示しちまったら、攻略サイト見てるみてぇでつまんねえじゃん?」


 結局、彼女ははぐらかした。


 けれど、その態度そのものが、セラエナにとっては推測の裏付けでもあった。


 彼女は、まだ何かを隠している。教国のすべてを根底から解体し得る、最悪の裏技を、その懐に仕込んだまま笑っているのだ。


「……さてと」


 カノンは、自らの指先を引っ込めると、不意にその視線を、自分たちの背後にそびえ立つ白亜の大聖堂の巨大な尖塔の方向へと向けた。


 その金色の瞳の奥に、戦闘の高揚感とは異なる、冷徹な観測者としての光が宿る。


「そろそろ、向こうのメインシナリオも、いい感じに動き始めた頃かねぇ。んじゃ、あたしもそろそろそっちに移動して、楽しい楽しいバトルに混ぜてもらいに――」


 カノンが、自らの銀の靴に魔力を込め、その場から跳躍しようとした、まさにその瞬間だった。



 チカッ!!! と、夜空の果てが、異常なほどの白銀の輝きによって一瞬だけ爆発的に明滅した。



「……!? な、何ですか、あれは……っ!?」


 床に倒れ伏したままのセラエナが、その光の不条理さに、弾かれたように顔を上げた。


大聖堂の外周を包んでいた深い濃霧が、その光の波動の直撃を受けて、まるでモーセの海割りのように一瞬で真っ二つに引き裂かれていく。


 光の出処――それは、プレアデス聖教国の絶対的なタブーであり、清廉な女性の聖職者しか立ち入ることを許されないこの中央都市の、遥か外縁。


 陽の当たらない、うらぶれた男たちの囚われの巣窟である"男性領"。その中でも、さらに最底辺に位置し、この国のあらゆる廃棄物が集まるとされる絶望の領域――"遺棄層"。


その暗黒の底から、物理的な常識を置き去りにした速度で、白銀の光の流星が、夜空へ向けて狂暴に、一直線に飛来してきたのだ。


 キィィィィィィィィィンッッッ!!!


 空間そのものが悲鳴を上げるような、凄まじい風切り音。


 その白銀の光は、地上で戦うカノンやセラエナの頭上を、凄まじい衝撃波と共に通過すると、そのまま教国の心臓部である大聖堂の、最も高い上層の祭壇へ向かって、一切の躊躇なく、弾丸の如き弾道で飛び込んでいった。


「……な、に……? 男性領の、遺棄層から、あのような大魔力の光が……? あり得ない、あそこには、ただの不浄な男どもの成れの果てしかいないはずなのに……っ!」


 セラエナの頭は、今夜何度目かも分からない致命的な混乱によって揺さぶられる。


 教国の暗部――しかし、それ故に完璧に管理されている"遺棄層"。そこから、この聖堂まで届くような眩い光が飛来するなど、彼女がこの世界に来てから身につけた、聖教国内の知識をひっくり返しても、該当の項目を見つけることは叶わなかった。


 恐怖に震える聖女の横で、カノンもまた、いつもの軽薄な笑みを完全に消し去り、その美しい眉を不機味なほど深く顰めて、白銀の光が吸い込まれていった聖堂の上層を見つめていた。


 彼女の瞳が、その流星の正体を、あるいはその光の裏側にある、文脈を一瞬で察知したかのように、鋭く明滅する。


「……おいおいおい。なんだ、ありゃ……。まっさかザラちゃんたち、下手打ったわけじゃねえだろうな……」


 カノンは自らの前髪を乱暴にかき上げると、その唇の端を、これまでにないほど狂暴に、そしてどこか愉しげに吊り上げた。


「――キナ臭くなってきやがったぞ、こいつは……! おいバレリーナちゃん、ゲームの仕様変更(アップデート)だ。あたしはちょっと、上のおもしろイベントを観戦しに行ってくるわ!」


「ま、待ちなさい……カノン……ッ!!」


 セラエナの制止の声など、カノンは最初から耳に入れていなかった。


 彼女が"銀の靴"に、魔力を最大出力で叩き込んだ次の瞬間――ドンッ! と回廊の大理石を爆砕するような凄まじい衝撃と共に、カノンの身体は重力を置き去りにして、夜空へ向かって一直線に跳ね上がった。


 深い濃霧を突き抜け、白銀の流星が消え去った大聖堂の上層へと、彼女は弾丸となって消えていく。


 後に残されたのは、抉られた床と、深い霧の中に一人取り残された、動くことすらできない教国の聖女だけ。


 聖教国のすべてを懸けた、少女たちの夜の決戦。


 それは、男性領から飛来した一筋の不条理な光によって、すべての登場人物の予測を裏切りながら――今、真の、そして最悪の最終局面へと、向かって加速を始めるのだった。



◆◇◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ