259話「墜落跡地にて」
朱き流星がすべてを焼き尽くした後の"遺棄層"には、耳が痛くなるほどの完全な静寂が横たわっていた。
先ほどまで戦場を狂暴に満たしていた焦熱の熱波は、急激にその温度を下げ、代わりに肉と鋼とが超高熱によって融解した不気味な白煙が、ドロドロと地表を這うようにして広がっている。
かつて無数に積み上げられていた、なり損ないの"姫"たちの屍の山は、跡形もなく消滅していた。
そこにあるのは、まるで天空から巨大な隕石が容赦なく墜落したかのような、広大で無慈悲な凹地――巨大なクレーターだった。クレーターの底部は大理石がガラス状に融解し、まだ淡い朱色の燐光を放ちながら波打っている。
その中心に鎮座していたはずの、ボロボロの、けれど豪奢だった怪人の玉座は、一片の形すら残さずに灰燼へと化していた。
周囲に散らばり、蟻の群れのようにアルトたちを圧殺せんとしていた異形の騎士たち――"禁忌衆"の姿も、もはや戦力としては完全に瓦解していた。
生き残った僅かな個体も、その大半がメロフィの放った絶大なる破壊の余波によって四肢を吹き飛ばされ、あるいは床に転がったままピクリとも動かない。未だに微かに駆動しようとする呪いの回路は、ギエナとザラの容赦のない追撃によって完全に断ち切られ、無力化されていた。
戦場は、ほとんど完全に制圧された状態だった。
「――どうやら、本当にやったみてえですね」
ドサリ、と重々しい足音が響く。
魔力を霧散させながら、巨軀の野獣から元の屈強な人間の姿へと戻ったギエナが、アルトのすぐ脇へと着地した。彼の衣服には消火活動の際に付着した灰と煤が不気味にこびり付いており、肩を荒く上下させながら、手にしたナイフを鞘へと収める。
そのギエナの分厚い背から、音もなく滑り降りたザラ・シューエは、細剣を逆手に持ち替えたまま、鋭い眼差しで周囲の全方位を索敵していた。硝子の鎧の隙間から漏れ出す彼女の魔力は、依然として戦闘態勢を維持していたが、どれほど目を凝らしても、白煙の向こうに新たな敵の影を感知することはできなかった。
焦土と化した遺棄層の景色。
これほど圧倒的な勝利を収めたというのに、アルトたちの胸中を占めていたのは、達成感とは程遠い、胸を締め付けられるような重苦しさだった。
「……バナビーの旦那」
ギエナがぽつりと呟き、視線をクレーターの中央へと向けた。
アルトとザラもまた、引き寄せられるようにして同じ場所へと視線を固定する。
融解したガラス状の白石の上、バナビーは、鏡の大盾を傍らに投げ出し、静かに膝を突いていた。
彼の大きな、何千回と剣を握ってきた無骨な両腕の中には、力なく折れ曲がった――まるで、壊れた人形のようにも見えるそれが横たわっている。
――メロフィだった。
彼女の全身からは、先ほどまでの圧倒的な朱き魔力は完全に消失していた。
だが、その代わりに彼女の肉体は、見るも無惨に変わり果てていた。足先から始まったという磁器のような血管状の赤いヒビ。それは、今回の最大出力を叩き出した代償として、すでに彼女の華奢な太腿の付け根にまで、網の目のようにびっしりと伸びてきていた。
ヒビの隙間からは、未だに制御を失った魔力の残渣が、パチパチと不快な音を立てて火花を散らしている。そのヒビが、もしも彼女の心臓に、あるいは頭部にまで達してしまえば――その瞬間に、彼女の"器"は文字通り粉々に砕け散り、物語の霧となって消滅してしまうだろう。
彼女の呼吸は、驚くほど浅く、弱かった。
胸元の微かな上下運動だけが、彼女の命の灯火がまだ完全に消えていないことを証明している。今にも途絶えそうな、あまりにも危うい境界線。バナビーは、自らの手袋を外した年老いた手で、彼女の血の気の引いた頬を、まるでもの凄く壊れやすい硝子細工に触れるかのような手つきで、そっと撫でていた。
「……ば、ばなびー……さま……わたし、は……」
メロフィの白紫に乾いた唇が、微かに動いた。
その声は、消え入りそうなほどに掠れており、自身の喉の奥から溢れ出る痛みに耐えるように、小さな歯がカタカタと震えている。
「……喋らなくていいですよ、メロフィ」
バナビーは遮るように、静かに、けれど有無を言わせぬ優しさを持って首を振った。彼の低い声は、激しい悔恨の情を堪え切るように、僅かに震えている。
「よくやってくれました。あなたの戦いは、ここで終わり。……ここからは、私たちの仕事です。だから、あなたはもう、その脚を動かそうとしてはならない」
メロフィはまだ死んではいなかった。
死んではいないが、それは単に、彼女の魂が強引に肉体を引き留めているに過ぎない。バナビーは懐から硝子瓶――恐らくは傷薬であろうそれを取り出し、その蒼い液体を彼女の唇へと慎重に流し込んだ。魔力の暴走には何の効果もないであろう応急処置。
しかし、気休め程度にはなったようであり、液体が喉を通り抜けると、メロフィの太腿のヒビの発光が、僅かにその輝きを鈍らせた。
「……ちっ、こりゃあ、素直に勝利を喜べる感じでもねえですね」
ギエナが、バツが悪そうに後頭部をガリガリとかきむしりながらぼやいた。
戦いには勝った。不死の番人を打倒し、教国の暗部を一つ、力ずくで叩き潰した。だが、その代償として支払われたのは、まだ自分の意思すら満足に持たない少女の、あまりにも過酷な命の摩耗だ。騎士として数々の汚い戦いを見てきたギエナであっても、この結末を快勝と呼ぶには、あまりにも胸の味が苦すぎた。
アルトは"アルシャイン"を鞘に収め、メロフィの痛々しい姿を静かに見つめた。
"硝子の眼"はすでに閉じているが、肉眼であっても、彼女の体内で物語がどれほど乱暴に渦巻いているかが痛いほどに伝わってくる。守るための力が、守るべき者を破壊していく。その理不尽な反転に、アルトは奥歯を噛み締めた。




