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181話「宵の口の雷光」


 空には深く藍色が溶け、王都ヴァルゴの影が長く伸びていた。


 "星の塔"の前。そこに立ち塞がる巨躯は、ただ存在するだけで周囲の空間を歪ませ、重圧を撒き散らしていた。


 屹立するは、かつての大戦で、その名を轟かせた戦神。


 彼から伝わってくるのは、かつて公国で対峙した"人類到達点"ヴェルギウスと同じ、あるいは質を異にするが同格の、理不尽なまでの超越者の気配。


 全身の産毛が逆立ち、胃の底が冷たくなる感覚。私は無意識にドレスの裾を強く握りしめた。


「……お初にお目にかかるな、グラスベル嬢。……いや、今はノクティア・グラスベル全権大使と呼ぶべきか?」


 先に沈黙を破ったのは、怪物の方だった。


 彼は深く、古びた大木が擦れるような声でそう口にすると、私の目を真っ直ぐに見据えた。


「元帝国軍中将、強襲戦闘部隊"(トゥース)"所属、グリス・トール=レオンテスだ。……もっとも、今となっては全てに"元"がつく、ただの亡霊に過ぎんがな」


 グリスはそこで、信じられないほど恭しく、完璧な礼法で頭を下げた。


 その動作には一片の隙もなく、かえって彼が積み上げてきた凄惨な軍歴と、絶対的な自信を際立たせている。


 周囲には近衛騎士団が幾重にも包囲網を敷き、目の前には"壊刃"ザラと、日没を迎え、魔法の力を十全に振るえる私がいる。だというのに、彼はまるで自庭を散歩しているかのような余裕を崩さない。


 それは慢心などではなく、彼我の実力差という冷徹な事実に基づいた"平静"だった。


 私は、自分の心臓が早鐘を打っているのを悟られないよう、あえて挑発的な笑みを口元に張り巡らせた。


「……こちらこそ、会えて光栄よ。"雷帝"サマ。歴史の教科書からわざわざ這い出てくるなんて、随分と律儀なことだわ」


「がっはっはっは……! 世辞はよい。それこそ、教科書の中の話だ。貴様のような小娘は、まだ生まれてもおらんだろう。儂が戦場で最も輝き、そして最も多くの敵を殺し尽くした、あの忌まわしき戦の時にはな」


「ええ、そうね。確かにそうだわ。そんな古強者が、こんな夜更けに何の御用かしら? 残念だけど、今夜の私はとっても忙しいの。これから友達とパジャマパーティーの予定があるのだけど」


 私の軽口に、グリスは深く刻まれた顔の皺をさらに深め、好々爺めいた笑みを浮かべた。


「おお、そうか。それは悪いことをしたな。なあに、すぐに済む。貴様が、そこを空けてくれればな。儂の用事は、その塔の頂上にいる"古い知人"に挨拶をすることだけだ」


 その笑みが、次の瞬間には全てを(くび)り殺す凶器に変わることを、私の本能が告げている。全身に冷や汗が滲み、指先が微かに震える。


「……悪いわね。オジサマはお呼びじゃないの。うら若い女子の集いに、無理やり首を突っ込んでくるのは趣味が悪くてよ。少しはTPOを考えたらどうかしら?」


「……くはっ、はははははっ! うら若い、か。一人、随分と可愛げのない()()が混ざっているようだがな!」


「あら、知らないの? 女の子はいつまでも、乙女なものなのよ。たとえそれが、死なずの呪いをかけられた、銀色のお姫様であってもね」


 一歩も退かない言葉の応酬。


 黄昏の光が消えゆき、塔の周囲に配置されたカンテラが灯り始める。


 張り詰めた静寂。糸が切れるようなその瞬間を、最初に破ったのはザラだった。


「――ハァッ!!」


 気合の咆哮とともに、ザラが爆発的な踏み込みを見せた。 


 石畳が砕け、肉厚の大剣が、グリスの首筋を目掛けて最短距離を奔る。


 "壊刃"。


 その異名に違わぬ、全てを両断する剛剣。恐らくは、ギエナやアルトですら受け止めることも叶わないほどの、凄まじい威力を持った一太刀。


 だが、グリスは動かない。


 ただ、その武骨な右腕――旧時代の遺物"ミョルニル"を無造作に掲げた。


 ガキィィィィィィィィン!!


 耳を劈くような金属音が響き、ザラの大剣がグリスのガントレットに弾かれた。


 グリスの足元。石畳には蜘蛛の巣状の亀裂が走ったが、彼自身の身体は一ミリたりとも揺らいでいない。


「……ほう。良い太刀筋だ。近衛の腑抜け共とは、魂の鍛え方が違うな」 


「――っ、そう易易と防がれては、皮肉にしか聞こえませんがね」


 苦々しげに、ザラは吐き捨てる。 


 一拍の間も空けずに、グリスのガントレットから、青白い火花がパチパチと漏れ出し、周囲の空気をイオンの匂いで満たしていった。


 この異国情緒(ファンタジー)な世界に似合わない人工物めいた香りに、私は思わず、顔をしかめた。


 それに構わず――グリスは、拳を腰溜めに構える。


「……久し振りに、血が沸くというものだ。楽しませろよ、硝子の姫君。貴様の創り出すその物語が、儂の雷撃に耐えうるか……試させてもらうぞ!」


 グリスが怪しく笑う。

 その瞳に宿ったのは、純然たる闘争への狂喜。

 

 日没が終わり、夜が訪れる。


 私の指先から、硝子の結晶が星屑のように溢れ出した。


「ええ、望むところよ。最高のエンディングを用意してあげるわ……おじいちゃん!」


 "シンデレラ"の魔法が、夜の帳とともにその真価を現す。


 伝説の老兵と、虚飾を纏った姫。

 王国の運命を分かつ、絶望的な防衛戦が今、本格的に幕を開けた。

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