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177話「虚報-開戦前」


 朝陽は残酷なほどに明るく王都を照らしていたが、そこに昨日までの浮かれた喧騒は欠片もなかった。


 "髪長姫"アルフェッカの急死――。


 その報せは、夜明けとともに王都の隅々まで、文字通り風に乗るような速さで伝播していった。


 色とりどりの旗は降ろされ、代わりに窓辺には黒い布が掲げられている。


 パレードのために用意された花の山は、行き場を失ったかのように王城の門前に積み上げられ、市民たちは声を潜めて、王国の守り神であった"姫"の"死"を悼んでいた。市のざわめきはナリを潜め、王都ヴァルゴは、巨大な棺の中に閉じ込められたような静寂に包まれていた。


 そんな街の様子を、地上から遥か高みにある"星の塔"の最上階から、当の本人が眺めていた。


「……それなりに長生きしてきたけど。流石に、自分が死んだのはこれが初めてよ」


 アルフェッカは、どこか魂の抜けたような声で、窓の外を見つめながら呟いた。


 彼女は生きていた。ただ、その表情には隠しきれない疲労と、自らを弔う人々を観測するという奇妙な状況に対する困惑が浮かんでいる。


「嘘をおっしゃい。あなたは"姫"としてこの世界に現れる前に、一度はその身で死を体験しているでしょう?」


 私のツッコミに、アルフェッカは弱々しく肩をすくめてこちらを振り返った。


「まあ、それはそうだけど……。でも、こうして自分の死んだあとの世界を、生きたまま特等席で観測するのは、人生……いえ、"姫"生で初めての経験よ。なんだか、ひどく悪いことをしている気分だわ」


「必要な嘘よ、アルフェッカ。……今はまだね」


 室内には私の他に、セファス王が重々しい足取りで立っていた。階下の回廊には、不測の事態に備えてザラや近衛騎士団の精鋭たちが、息を潜めて控えている。


「ふむ、一応だが、アルフェッカの死は"姫"としての力が枯死したためだと、臣下たちには伝えている。長きに渡り、王国全土を支え続け、なおかつ先日のガーランドの変事にまでその身を削って力を割いては……老いぬ"姫"といえど、その根幹が保たなかった、とな」


「……随分と、私をか弱いお姫様に仕立て上げてくれたものね」


「これ以上ないほど説得力のある死因だ。民も、そして敵も、これならば納得せざるを得まい」


 セファス王はそう口にしつつ、私へと鋭い視線を向けた。


「ノクティア、本当によいのだな? 彼女の死を偽装するなど、発覚すれば王室への信頼は地に墜ちる。まさに劇薬だぞ」


「――ええ、いいのよ。私たちは今から、"狼少年"になるのだから」


 私は、自分が慣れ親しんだ寓話を思い浮かべる。


 『狼少年』。


 幾度も「狼が来た」と嘘を重ねてしまった結果、本当に狼が現れた時には誰にも信じてもらえなくなる、という警句を内包した物語。


「大人たちは、少年の嘘に何度も振り回された。それはつまり、最初の数回は、どれほど大きな嘘であっても人々は信じてしまうということ」


「……しかし、腑に落ちん。どうしてそれをわざわざ、街場の情報屋伝手に流させる必要がある……?」


「ふふ、それは、この後話すわ。公式発表にできない理由が、ちゃんとあるの」


 私はそう、王に言うが、アルフェッカはまだ、難しい表情をしていた。


「『狼少年』か。なるほどね……。だが、相手も馬鹿ではないわ。こちらの嘘を見抜いてくる可能性も、あるいは私が政治的に表に出られないよう、死を利用して工作してくることも考えられるんじゃない?」


 アルフェッカの懸念はもっともだった。けれど、私はあえて不敵な笑みを浮かべてみせる。


「ふふ、そこは私に考えがあるわ。とにかく今は、あなたの死を偽装することで、闇に潜んでいる連中を炙り出すのが先決よ。……結果はどうでした、陛下?」 


 王は肩をすくめ、手元の書状を机に置いた。


「いささか乱暴な策だがな、効果は覿面だ。昨晩、噂を流してすぐに、こちらに細かく探りを入れてきた連中がいた」


「……そいつらが、反"姫"派の貴族ということですか?」


「恐らくな。大半の臣下たちは、"銀髪祭"の今後の運びや、葬儀の日取りについて涙ながらに聞いてきた。……だが、特定の数名だけは違った。そいつらは、やれ死因は何だの、やれ遺体を見せろだのと、やけに医学的、あるいは法的な細かい細部ばかりを気にしていたよ。……悲しみよりも、その"事実"の確認に躍起になっていた」


「案外、簡単に尻尾を出しましたね。これで、私たちが真っ先に警戒すべき顔ぶれが定まったわ」


 リストアップされた名前を頭の中でなぞる。彼らが、グリスと繋がっている"協力者"であることはほぼ間違いない。


「……だが、これで終わり、というわけでもないのだろう?」


 王が、値踏みするように私を見つめてくる。彼の瞳には、私の"知恵"がどこまでこの事態を読み切っているのかを測るような色が宿っていた。


「はい、勿論です。ひとまず、今夜のセレモニーはアルフェッカ様の国葬……そうでなくとも、その死を悼む厳かなものに変えてもらいます。表向きは喪に服し、敵の油断を誘う。そして――」


 私は、窓の外で揺れる黒い布を見つめながら、さらなる二の矢を番える。


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