表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/37

5-5

 間近にくればよくわかる。身長は下手したらアルカの二倍はありそうだ。そしてその身に宿る魔力も大きい。もし彼の一撃を受ける事があれば、仮にコートの鉄針鼠のコートを使ったとて、両断されてしまうだろう。百歩譲ってコートが無事だったとしても、アルカ自身がその殴打に耐えらえるとは思えない。

 また、その顔には傷一つもなかった。先ほどダヤンが顔面に叩き込んだ筈の傷は既に癒えてしまっていた。ゴブリン達半霊生物は、肉体が霊的性質を強く帯びているため、霊体を活性化させることで傷の修復力を高める事ができる。それとゴブリンロードの防御力を合わせれば、少ないダメージを積み重ねて倒す事すらもできないほどの圧倒的な力の差があるのだ、という事が実によくわかる。

 ――だが、それはアルカが戦いを辞める理由にはならない。

 たった一筋だろうと、勝てるチャンスがあるのだ。勇気と無謀を切り分けた上で、それでもなおか細い道行きを辿るため、アルカはふるえそうになる自分を押さえつけながら、上から見下ろしてくるゴブリンロードに向かって不敵な笑みを浮かべてみせた。


「さあ、待たせたな。――そろそろ決着をつけようじゃないか」


 アルカからそう見えるという事は、逆にゴブリンロードからすればアルカなどは風が吹けば飛ぶような雑魚に見えているというこでもあった。自分の攻撃が辺りさえすれば蹴散らせるほどの弱者でしかない。それが今、自分を見上げて挑発的に笑って見せるなど、ただの蛮勇にしか思えなかったのだろう。

 激昂する、というよりは単純にこちらを恐怖に落とし込もうとしたのか、叫び声を上げつつゴブリンロードは大剣をアルカに向かって振り下ろしてきた。大剣の重量やゴブリンロードの筋力などもあり、その一撃は鋭く重い。


(だけど、単純すぎる!)


 完全にそれを見切ったアルカは身をひるがえして回避。少し余分に距離を取ったが、それはギリギリで回避しすぎると当たらずとも衝撃に巻き込まれる可能性があるからだ。それくらいの実力の差がある事はアルカも理解していた。そして、同時にゴブリンロードの攻撃に未熟さがあるのもアルカは見て取った。多少はアルカ達を見て身の動かし方を学んだとしても、アルカ達は大剣といった重量武器を扱う訳ではない。故にただの力任せにしか振るう事ができなかったのだが、それであればアルカに避けられない理屈はない。

 もっとも、楽々という訳でもない。人間が積み上げた技術を持っておらずとも、本能的に剣の振り方を理解し、段々と振りが鋭くなっていくのが分かる。魔法の扱いだけではない、剣の扱い方についても、いまゴブリンロードは急激に成長しているのだ。


(なら、成長しきる前に倒すだけだ)


 ゴブリンロードが振り下ろし、または水平に薙ぎ払う大剣を避けつつ、アルカはペンの骸装具を発動。ゴブリンロードの目に光の粒子を叩きつける。が、既に学習していたゴブリンロードは霊体を活性化させることで対処。光の粒子に自身の霊体を干渉させて、魔法としての存在を保てなくするほどに弾き飛ばした。

 それでも少しは生まれた隙でアルカは後ろに下がりつつ、コートを脱ぐ。それをふわりと中に浮かせつつ、体を左足を軸として独楽のように回転させる。コートを右足の先に引っ掛けると同時に、ブーツとコートの魔法を発動。頼りない服に過ぎなかったコートの毛が鋼化して連なり、一本になっていく。それを回転する足先から伸ばせば、あたかも一本の刃と化し、ゴブリンロードの胸を切り裂いた。


「ガアッ!?」


 致命傷とは程遠いのは変わらない。だが、ただの取るにたらない雑魚だと思っていたアルカに傷を負わされた事に驚き、激怒するゴブリンロードは、視線の先にいたアルカがコートを着ようと手間取っているのを見て取り、跳躍。渾身の力を込めて大剣を振り下ろしてきた。

 筋力と魔力を込めた渾身の一撃はアルカにこそ当たらなかったが、地面に直撃させ、砕いた。爆発が如き風が巻き起こり、砕かれた石や岩、そして砂煙が辺りに飛び散る。

 そうしてアルカの姿も砂煙で見失ったゴブリンロードが見渡すと、空中にアルカのコートの影があった。それをめがけて反射的に剣を振るうも、その斬撃はコートを切り裂くこともできなかった。というのも、コートだけが空中に漂っていただけだった為だ。力の限り振られた剣に巻き起こされた風によってコートが飛ばされていくだけで、そこにアルカの姿は無かった。

 と、何かに感づいたのか振り返ったゴブリンロードの、視線の少し上。そこにはゴブリンロードが先ほどの斬撃で吹き飛ばした岩に対してオーバーヘッドキックをしようとしているアルカの姿――。

 振り向きざまのゴブリンロードが、アルカに向かって叫ぶように魔法を発動。口腔内から生体具現系攻撃魔法<頭蓋顎牙>が発動し、生じたゴブリンの頭蓋骨がアルカを噛みちぎらんと飛来する。


「甘いっ!」


 空中での逆さの態勢のまま、アルカは指輪の骸装具の魔法を発動。手を振ると同時に構築された霊的障壁が、飛来する魔法を弾き飛ばした。直後、ブーツの魔法を発動。強化された脚力により蹴り飛ばされた岩が、ゴブリンロードの顔を直撃した。

 再度言うが、この程度は大したダメージにはならない。しかし画面にて砕かれて石や砂と化せば、目つぶしの役目は十分に果たしてくれた。


「いまだ、撃て!」


 アルカの指示によってセーリッシュが発動していた<聖典降臨>からの聖典弾を発射。直後、姿勢を保てておけず崩れ落ちる事になったセーリッシュだったが、彼が放った聖典弾は過たずゴブリンロードの背後に迫る。

 ただ姿勢を崩すだけでなく、背後からの射撃という形で対処を困難にさせられたゴブリンロード。もし彼が工場から出てきた直後であれば、これで終わっていたかもしれない。

 が。


「ガァァァァアアァァァァッ!!」


 ゴブリンロードは強引に体を反転させると同時に、大剣を再度垂直に立てて防御。魔力を活性化させて防御力を高めたところへ、聖典弾が直撃した。

 再び巻き起こる聖典弾の神聖なる輝きと、ゴブリンロードが振りまく妖気との干渉。もし近くに見る者がいれば、剣ごとゴブリンロードを消し飛ばそうとする聖典弾に抗うゴブリンロードの大剣が発生させる魔力が、生体具現魔法の形をしている事に気づいただろう。つまり聖典弾を食い破らんとする頭蓋骨が発生し、直後に消滅する。だがその刹那に、わずかずつ聖典弾の魔力を浸食していく。

 対処をさせないために更なる大きな隙を作ったにも関わらず、結果は変わらなかった。妖魔の大剣による浸食が一定を超えると、聖典弾が存在を保ち切れなくなり、切り裂かれる。再度分割された聖典弾が霊子となって雲散霧消してく図が再演される。

 そう、それはまさしく再演。聖典弾による攻撃も、剣による防御も、その結果も全て同じ。故に、これで終わったのだとゴブリンロードの精神にわずかな油断が生まれてしまったのも仕方ないだろう。

 ――だが、それを狙っていたアルカは見逃さない。


「残念、こっからだ」


 いつのまにかゴブリンロードの足元に滑り込んでいたアルカが、足を畳んだまま逆立ちの姿勢をとる。直後、ブーツの魔法を発動させると同時に、ゴブリンロードが握る大剣の柄頭を足を延ばして思いっきり蹴り上げた。通常であればその握力でアルカの蹴りなどでは揺るがなかったかもしれないが、強力な一撃を防いだ直後というタイミングこそが、握力を緩めてしまった。結果、ゴブリンロードの大剣はその手から離れ上に蹴り飛ばされた。

 混乱したゴブリンロードの視線が一瞬大剣を追い、そして何が起きたのかを確認するために視線が下がる。その視線と交差するように、アルカはブーツの魔力で強化された脚力で地面を蹴り、直上に飛んだ。

 そして空中にあるゴブリンの骸装具である大剣の柄を掴む。

 本来骸装具はそれを使いこなすのにも時間がかかるものだ。能力を発動させるのにもある程度の習熟が必要となってしまう。

 ――だが。


(それがどうした。あたしは七骸だぞ? 骸装具だったら、なんだって扱って見せる!)


 それができるからこその七骸。骸装具を極める事が出来ない代わりに、どんな骸装具ですらある程度までは扱う事ができる、アルカだけが持つ特性――。

 アルカの力の本質は一言で言えば”解析と理解”にあると言って良い。手にした骸装具の霊的情報に接触することで読み取り、最適な魔力の活用法を分析することに長けていると言える。魔力の強さについて制限があるために一定以上の出力を出せない。しかしどんな骸装具であろうともただ”使う”事であれば、誰よりも優れている。それがアルカ個人の性質であると言えるのだ

 掴んだ大剣の霊的情報を認識、解析し、すぐさま”掴む”。出力は同じ程度に出せる訳はない。それどころか数段下がる威力しか出せない事は分かっている。それでも、アルカが七骸であったからこそ打てる一手がそこにあった。この場における、最強の攻撃力を誇る一手が。


「食らえやっ!!!」


 空中でクルリと回転しながら大剣の骸装具の魔法を発動。しつつ、アルカはゴブリンロードの頭部を狙って大剣を振り下ろす。

 それにはさすがにゴブリンロードも気づくも、頭をわずかに斬撃から逸らすしかできなかった。結果、アルカの振り下ろした大剣はゴブリンロードの肩を割り、鎖骨にまで食い込み切り裂くこととなった。アルカの発動した魔法による浸食もさることながら、大剣を手放した事によるゴブリンロードの能力の低下も相まって、斬撃が確実にゴブリンロードに食い込んでいく。

 が――足りない。

 そもそも決定的に、アルカに大剣を扱うだけの技量も体重も足りない。確かに重傷を与えはしたが、ゴブリンロードであれば耐えれてしまう――。


「やっちまえ!」

「はいぃぃぃ!」


 そこに更なる追い打ちがしかけられた。アルカの指示により、工場の屋根に上らされていたダヤンが、ゴブリンロードへ向けて飛び降りていく。そしてその勢いと纏霊術の鎧の重さをもったままの足の一撃が、刃を食い込ませている大剣の峰に直撃。その勢いのまま、大剣を押し込んでいく。


「ガァァァァァァァァァッ!?」


 その威力にゴブリンロードの防御力は耐えきれなかった。アルカが振るい、ダヤンが押し込んだ大剣は、ゴブリンロードの肉体を二つに引き裂くことに成功した。


***


「ガァァァァァァァァァッ!?」


 身体が引き裂かれるあまりの痛みゴブリンロードは叫び声をあげ、倒れかけた。が、片膝をつくだけでなんとか耐えたが、それでも身体中に走る痛みは消え去ることは無い。

 雑魚の筈だった。自分には全力で武器を突き立てても、皮膚すら傷つけられぬ弱小だった筈だ。だからこそ自分に何ができるのかを学習するための糧とするだけの存在だった。

 それがこんな――、今自分が死の淵に立たされている事にゴブリンロードは愕然としていた。

 そう、死の淵である。まだ死んではいなかった。左肩から入った刃はろっ骨を砕き、腰辺りまでを両断した。まだ身体から切り離されてはいないもの、腰の部分でしか左半身が繋がっていない状態だ。それでもゴブリンロードが生きていられるのは、彼が上位の半霊生物だったからだろう。また、彼は生体具現系魔法の使い手でもある。損傷した臓器などの生体部品を作り上げ、回復する事はまだ可能だった。

 霊体を活性化させ、割けた身体から流れ落ちる体液をとどめ、回復に注力しようとしたその時だった。


「――残念、まだ終わりじゃなかったんだよ」


 アルカが逆手に呪縛蛇のナイフを構え、体を回転させつつ、身をひねり肩越しにゴブリンロードへ突き込んできた。前述の通り、アルカの力では皮膚すら貫通できなかった。が、それは万全だった時の話だ。大剣を奪われ、そして引き裂かれた傷から体内へ直接ナイフを突き立てられれば、それを防げるはずもない。


「ガァァァァァァァァァッ!?」 


 あまりの激痛にゴブリンロードは身を捩ったが、アルカは即座にナイフの魔法を発動。呪縛の魔法がナイフから触手をゴブリンロードの全身へと伸ばしていく。

 これはまずい、というのが本能的にゴブリンロードにも理解できた。このナイフの魔力で呪縛されてしまえば、身体の自由は勿論、霊体の自由すなわち魔法を使っての治療すらままならなくなってしまう。ゴブリンロードはその呪縛の触手を防ぐことに魔力を使う必要があった。だがそうすると、折角治療をしかけていた傷口から、再度血が溢れ出す。どんどんと自分の生命自体が失われていく。

 自身の魔法ではどうにもならないと判断し、唯一自由になる右腕でアルカを薙ぎ払おうとしたゴブリンロードだったが――そこにしがみついて来る者があった。


「さ、させません!」


 最後の一撃に全ての力を注ぎ込んだダヤンだった。もう戦闘をするほどの体力は残っていなかったが、纏霊術を最低限維持することと、腕にしがみつく程度の事はできると言わんばかりに。その重量を、重傷を負ったゴブリンロードははねのける事ができなかった。

 霊的な治療を優先すればナイフの呪縛の魔法が、ゴブリンの全てを麻痺させてしまう。しかし魔法の防御へ魔力を使えば、治療ができずに傷口から生命が零れ落ちていく。

 どうすればよいのか、何をすればよいのか。

 その答えを出すには、このゴブリンロードには経験が無さ過ぎた。やがて魔力防御が弱まった事から、アルカの呪縛の魔法がゴブリンロードの全身へといきわたり、その肉体と霊体の自由を奪ってしまう。

 そして流れる血が止められる事も無く――ゴブリンロードの生命は、終わった。




 ゴブリンがまき散らした血だらけになりながらも。ゴブリンロードの生命が完全に終わっている事を確認したアルカは、その場に倒れ込んで大の字に広がった。

 文字通り、死力を尽くした戦いだった。アルカだけではない。セーリッシュも少し離れたところで倒れているし、ダヤンなどはゴブリンロードの腕にしがみついたまま意識を失っている。

 放っておけばただのゴブリンにもやられてしまうだろうが――そこはダニエル達ギルドメンバーに任せても良いだろう、とアルカは思った。


 ――決して、華々しい終わり方では無かった。

 必殺技で圧倒するでも無く、超威力で消し飛ばすでも無く……どこまでも泥臭い勝利。

 だが、それでも。


「それでも――あたし達の、勝ちだ」


 倒れたまま手を上に伸ばしたアルカは、その手で何かをつかんだようにぎゅっと握りこんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ