5-4
「さすがですね、アルカさん」
呪縛蛇の魔法で意識を奪った為にすぐ目を覚ます事はないだろうが、それでも余計な所で目を覚まして邪魔されても困る。ハーディを動けないように縛っているアルカに、セーリッシュがいつもの笑顔を浮かべて声をかけてきた。
そちらに目をやれば、工場との間にはゴブリンの死体が散乱しており、セーリッシュの後ろからはダヤンも追いかけてきていた。
「僕達三人がかりでもダメだったのに、アルカさん凄いです、強いです!」
妙に目をキラキラさせて興奮したようにダヤンが言ってきたが、アルカはため息をついて頭を振った。
「違う。強いっていうなら、ハーディ兄の方がよっぽど強い」
「え? でもあっさり勝ったように見えましたけど……」
「そりゃ、そうしなくちゃ勝てなかったからな」
事実としてパラメータだけを比較したならば、アルカがハーディに勝てる目はない。体力も筋力も霊力も魔力も、何もかもがハーディの方が優れている。結局アルカは小細工を弄するしかなかったし、その為の速攻だったのだ。もし戦いが長引くようならば、アルカの敗北は決まっていたようなものだ。
そうならないように動いた結果なのだが、それをわざわざ説明する気も起きず、アルカはセーリッシュの方を向いた。
「全部やれたのか?」
「そうですね。あれで全部と思います。……存外、追い立てられてたみたいで」
奥にいる強大な何かに、追い払われるように急いで出てきたのがゴブリンの集団だった。逃げ出してきたゴブリンを迎え撃つ形になってしまったアルカ達に言えた義理ではないが、彼らにとっても災難だったことだろう。
しかしそれは同時に、これから現れる何某かが同類のゴブリンにすら恐れられているものであるという事が分かる。畏怖であろうとも。
縛ったハーディに少し視線をやり、すぐに目を外して立ち上がる。思うところはある。感傷もある。だが、今はそんなことをしていられる状況ではないとアルカは割り切った。割り切るしかなかった。
「――聖典の弾、何発撃てる?」
「一発なら――いえ、二発何とかします」
アルカの問いにセーリッシュが顔を少し引き締めて答えた。その顔に少し疲れが見えるのは仕方がないことだとアルカも思う。実際、ハーディの<竜の吐息>を不得意な防御結界で受けた事を始め、自身とダヤンのダメージもこれまた不得意な治療魔法で何とかしている状況なのだ。そこから病院のベッドで多少の休息が取れてはいえ、セーリッシュがベストコンディションではないのは当然の事だった。
そしてそれはセーリッシュの後ろで佇みつつ、工場の方を気にしているダヤンも同じ事だ。怪我という意味ではセーリッシュから一際ひどいのをもらっていたし、それが回復し切ったとは言えない状況だろう。
(結局、一番マシなのはあたしか……つってもな)
怪我が無かった分アルカが一番マシなのはそうなのだが、そんなアルカとてハーディとの闘いで体力的にも精神的にも削られてきており、コンディションは良いとは言えない。
(けど、そうも言ってられ――)
再度アルカが気合を入れなおそうとした時だった。
――空気が、変わった。
工場の奥。そこから、何かが近づいて来るのが、分かった。
(これ――よく隠してられたな)
アルカが流れる冷や汗をぬぐう。まだ多少の距離があるというのに、ビシビシと肌が痛くなるようなプレッシャーを霊覚に感じる。
霊覚とは人間の六番目の感覚とされている。生体に備わった器官を用いて感じる五感とは違い、自身の霊体を用いて外界の魔力情報を感じ取る感覚である霊覚。
いまアルカ達三人はその霊覚に、これまで感じた事がないほどの重苦しい圧を感じていた。恐らくこれを隠しきる為に工場の地下辺りに、特別な施設でも作ったのだろう。そこから解き放たれた魔力がこれでもかと叩きつけられているのだ。
「――セーリッシュ。お前は聖典弾を使う事だけ考えろ。うちらの中で最大の攻撃力だ。あたしとダヤンで当てさせる」
「はい」
「ダヤン。敵の攻撃はハーディ兄の一撃だくらいに思って、受ける事よりも避ける事を優先して立ち回れ。攻撃はその都度指示する」
「はい!」
「じゃあ行くか――今回のラストバトルだ」
口早にアルカが二人に指示した直後。バゴン、と重い音を立てて工場の扉が蹴り破られる。そして、”それ”が姿を現した。
***
一般的にゴブリンは、小鬼と称される事がある。小さい鬼。そう、一般的なゴブリンは背が低く、子供の如き大きさながら、全身緑色の肌に腹が出て皺が寄った中年のような外見をしている。そうした小ささが数多のゴブリンの容姿に沿っているからこそ小さい鬼、小鬼と称される事がある。
しかし目の前に存在する”それ”は決して小さいとは形容できない存在感をもっていた。身長で言えば2m半ば程だろうか。筋骨隆々な立派な体格をしており、とても小鬼とは呼べない程に体躯であった。小鬼と呼ばれるようなゴブリンと共通するのは肌の色と全体の雰囲気くらいである。恐らく身体能力の高さを求めるとこのような形に収束するのだろうというのが見て取れる姿かたちであった。
またその手には一本の大剣が握られていた。自身の上半身と同じ程の長さをもったそれは、材質は骸装具である以上、ゴブリンの遺骸なのだろうが、それでも一本の武器としてとても美しく見えた。やや重そうに見えるそれを軽々と振るう姿は、歴戦の戦士にも見えた。
「あの、あれってゴブリンキングですか? ゴブリンエンペラーですか?」
緊張のためかゴクリと大きく喉を鳴らした後、ダヤンが問いかけてきたのをアルカは首を振ってこたえた。
「分からん。が、どっちだったにせよ、あの骸装具のせいで、一段階上の力を持っていると考えた方がいい。そうだな、なんならゴブリンロードとかはどうだ? どっちにしても油断するなよ」
「は、はい」
そんなゴブリンロードが手にした骸装具、巨剣は独特の妖気を放っているように見えた。そしてそれが彼自身の魔力を共振し、お互いを補完しあっているようにも見える。
その上昇幅の底知れなさに顔をしかめようとしたアルカは――ゴブリンロードがやや眩しそうにあたりを見回しているのに気が付いて、地面を蹴った。
「アルカさん!?」
「地上の光に慣れてない今がチャンスだ!」
戸惑うダヤンにハンドサインで指示を出しつつも、速度を殺すことなくアルカはゴブリンロードに疾駆する。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
わざとらしくも大声を張り上げて注意を引くと、ゴブリンロードもこちらに気が付いて顔を向けてくる。アルカはその顔に向かって、骸装具のペンで発生させた光の粒子を飛ばしてぶつけた。
「ガアッ!?」
恐らくこのゴブリンロードは、どうやったかは知らないがずっと工場の地下にいたのだろう。だから太陽の光の眩しさを初めて体験して戸惑っていたのだ。で、あればそれ以上の光量をぶつけて更なる目つぶしを狙う。勿論、殺傷能力などないし、戸惑わせるしかできない。が、それでもアルカには十分だった。
「おおおおおお!」
まだ叫びながらゴブリンロードに向かって突進。そんなアルカに向かってゴブリンロードが、眼が見えないながらも剣を向けようとした時だった。
アルカは突然叫ぶのを辞めると、そのままスライディングをしてゴブリンロードの足元を滑り抜けた。そして次の瞬間、体を反転させて思いっきりナイフを膝裏に突き立てる。
が。
ガリッとでもいうような音を立て、ナイフがゴブリンロードに通らない。ナイフの先が皮膚に食い込む事もできずに押し返される。皮膚自体の強さもあろうが、その全身を覆う魔力による防御力向上、それが更に骸装具の装備により強化された結果、アルカの渾身の力を込めた一撃は、膝裏という身体の中でも柔らかいであろう部位ですらも、傷つける事ができなかった。
勿論それでも、傷はつけられなくともゴブリンロードには伝わってしまう。こいつはうるさいだけで自分を殺しうる力を持たないモノなのだ、と。
そんな非力な獲物であるアルカに対してゴブリンロードが体を向けようとした時だった。
「ハァ!」
アルカを追いかけるように走り込んできたダヤンが跳躍、その拳を視線をそらしていたゴブリンロードの顔面に叩きつけた。
「ガッ!」
これまた致命的なダメージを与えらえるものではない。しかしアルカのそれとは違い、ダヤンの纏霊術の重さをしこまれた拳は、ゴブリンキングにたたらを踏ませよろめかせる程度の事はできた。
――それは、アルカ達三人が作り出そうとしていた隙だった。
「食らっとけ!」
更に後方から放たれるセーリッシュの聖典弾。体勢を崩したゴブリンロードには回避行動をとる事はできない。完全に直撃するタイミング。
そこでゴブリンロードがとった行動は、大剣を聖典弾に向ける事だった。防御の為に垂直に大剣が構えられたところに、聖典弾が直撃。そこでセーリッシュが降臨させた聖神器が一つ聖典の力を込められた神聖なる魔法の弾と、骸装具により強化されたゴブリンロードの魔力が活性かされて、ぶつかり合う。
聖典弾の神聖なる白銀の輝きと、ゴブリンの大剣から立ち上る黒き妖気がせめぎあう。強力な魔力同士の干渉によりバチバチと辺りに衝撃がまき散らされる。
そして――そのぶつかり合いは、セーリッシュの聖典弾をゴブリンロードの剣が切り裂く形で決着がついた。神聖な色を帯びて輝く光は、ゴブリンの妖気により二分され、ゴブリンロードの身体を割けるように飛び去ったのちに、霊的存在として保ち続ける事ができずに雲散霧消した。
「――嘘だ」
少し離れたところにいるダヤンの声が響く。アルカ達がもつ最大の攻撃力が、ゴブリンロードには通じない――ー。
***
聖典弾を構成していた霊子が粒子となってキラキラと辺りに舞い散りながら消えていく。そのある種、幻想的な光景を前にしてダヤンは纏霊術の鎧の奥で、顔を青くして固まった。
「――嘘だ」
ダヤンとて聖典弾が世界最強の攻撃だとは言わない。だが人知を超えた超越存在である聖神の力の一端を借りて放たれる攻撃が、妖魔に効かないとは考えていなかったのだ。躱される可能性のみ注意していたが、その選択肢を奪った時点で自分たちの勝利を確信していた。
しかし結果として、ゴブリンロードは真向から聖典弾を防御し、防ぎきってしまった。妖魔の力が聖神の力の一端に打ち勝った事になり――。
(いや違う、そこじゃない)
ダヤンは慌てて思考を切り替えた。ダヤンも自覚していた通り、聖神の力を借りているとはいえ、所詮は人間が放つ攻撃である。その時点である種の制限が課せられれば、神の力とて防ぎきる事は可能になるのだろう。
が、問題はそこではない。ダヤン達が取る事ができる選択肢の中で、最大の攻撃力を持つ魔法が利かなかったという事が一番の問題だった。
(一体どうすれば――)
「馬鹿野郎、後ろに飛べっ!」
思考の沼にはまりかけたダヤンの身体を暗い影が覆う。同時に響いてきたアルカの焦った声に反射的に体が反応し、全力をもって後ろへ跳躍。その直後、ダヤンが今までいたスペースに、ゴブリンロードが飛んできて、剣の一撃を地面に叩きつけた。
ゴブリンロードの一撃で空気がゆるも、一定の重さをもった鎧をまとったダヤンは姿勢を崩されることは無く、なんとかアルカの横にまで退避しれこれた。
「ぼっとするな」
「すいません」
そんな僅かな会話の間にも、二人の視線はゴブリンロードからは離れない。巨体に似合わぬ俊敏さで跳躍してきた彼から目を逸らすなど、自殺行為にも等しいと理解せざるを得なかったのだ。
だがゴブリンロードはすぐにこちらに襲い掛かってくる事は無かった。それどころか辺りを少し見回している。
何が、と思って良く見てみればそこは先ほどセーリッシュと一緒にノーマル級のゴブリン達を倒した辺りだった。いかにゴブリンが半霊生物だからとて風化するには早く、辺りには急所を砕かれたゴブリンの遺体が散らばっていた。
自分の部下の死を悼んでいるのか?とダヤンが考えた瞬間だった。ゴブリンロードが徐にその手を、ゴブリンの死体に突き刺した。
「なっ?」
手はすぐに引き抜いたようだったが、それでも何かを観察するように自分が損壊したゴブリンの死体を見ているゴブリンロード。と、その死体の一部が、突然膨らみ始めた。プクゥ、と空気によって膨らんでいるというにはやや歪ながら、どんどんと膨らんでいき、やがてある時点で裂け目が生じると――中から腕が突き出された。
「っ!?」
その膨らみの中から這い出てきたのは、ゴブリンだった。ノーマルゴブリン。それが、ゴブリンの死体から生じたのをみて、ダヤンは混乱する心を静められなかった。
「え? ゴブリンを蘇生させた? そんな馬鹿な……」
「違う」
硬い声でアルカがそれを否定してきた。
「あれは蘇生じゃない。……新しく、生まれたんだ。あいつ、ゴブリンの死体を母体にして、新しいゴブリンを産みやがった!」
「え? あれが、繁殖?」
性器すら用いず、ただ腕を突き刺しただけのことを繁殖行為と言われ、ダヤンは更に混乱する。
「ああ。だが性行為って意味でやった訳じゃないだろう。あれは魔法だ。ゴブリンの根源の衝動は、繁殖だ。だから魔法もその延長上にある」
「生命を生み出す、魔法――」
それは人類すら踏み込んでいない禁忌の領域だ。まさかそこに妖魔が踏み込んでいるとは――。
「違う。やってることは、言ってしまえば物理的な種か卵だかを用意して、それを魔法で植え付けているだけだ。魔法はサポートってだけだ。生命誕生だなんて馬鹿げた事ができてるわけじゃない」
「卵、ってことはその卵がかえって、ゴブリンの死体を食べて……」
「ああ、それで誕生させたってことだ。だからゴブリンの死体はあるままだろうが」
アルカの指摘通り、確かに体の大部分を食されたのか失いながらも、ゴブリンの死体はまだそこに在り続けた。それを足で踏みつけながら、いま新しく生まれたばかりのゴブリンが立ち上がる――。
それを見たダヤンは、わずかにアルカの前に出た。アルカを守る為の行動だったが、後ろ頭に冷たい声が降ってきた。
「おい、どういうつもりだ」
「だ、だって、アルカさんは女性です。危ないじゃないですか」
「馬鹿野郎。どっちかというと危ないのはお前の方だ」
「え?」
「そもそもゴブリンの繁殖は、母体をえり好みしない。人間だろうが豚や牛だろうが、生体であればなんでも構わないんだ。一方的に種を植え付けるだけだからな。雄雌すら関係しない」
「ゴブリンにも、雌がいないってことですか?」
「いや、確かいたはずだ。だが、”複数の子供を同時に孕む事ができるし、産んだ後も死なない”くらいの扱いだった気がする。後は、自分が産んだゴブリンに対しては一定の命令ができるんだったか?」
アルカはガジガジと頭を手でかき回した。
「まぁどっちにしろ、生体であればなんでもいいんだよ。母体の生死さえどうでもいいならな。で、それでいくとあいつの攻撃を避けるあたしよりも、防御しがちなお前の方が危ないだろうがよ」
ダヤンは攻撃を受けて、その隙にゴブリンの種だか卵だかを植え付けられる自分を想像してしまった。そして内部から身体を食い破られ、やがて複数のゴブリンが生まれていく光景を――。
ウプッとこみあげるものをなんとかこらえるダヤンに、アルカはまだ冷静なまま言った。
「今はまだいい。直接的に植え付けてるみたいだったからな。だが、もし魔法で遠隔でやり始めたら――」
アルカの言葉の途中で、ゴブリンロードの行動が変わった。手を直接使うのではなく、ゴブリン達の死体に対して何かを手から魔法で飛ばした。すると、それを受けたゴブリン達の死体の一部が次第に膨らんでいき、また新しいゴブリンが誕生した。
その様子をしげしげと眺めつつ、何かに納得したのだろう、ゴブリンロードは視線をダヤン達に向けてきた。その手をこちらに伸ばし――。
「ちっ」
狙われていたアルカが身をひるがえす。と、ゴブリンロードから飛んできた何かがそのまま背後の車の残骸を派手な音を立てながら突き破った。
ダヤンは何が飛んできたのかが見れてしまった。飛んできたものは頭蓋骨だった。歯と顎に申し訳程度に肉がこびりついたそれが、肉を噛みちぎらんと飛来する仮初の生命となっていた。生体具現系の遠隔攻撃魔法――。
「――やばくなってきたな」
そう呟くアルカの顔を冷や汗が伝うのを、ダヤンは見てしまった。
***
アルカ達とゴブリンロードとの闘い――ではなく、また新たに現れたゴブリン達を含めての戦闘になっているのを見ても、セーリッシュは歯がみをしてみているしかなかった。なにしろ彼は、本日二度目の聖典弾を行使するべく魔力を活性化させることしか余裕が無かったのだから。
一日に何度<聖典降臨>を使えるかというのみであったならば普段のセーリッシュであればまだ余裕はあった。だが今の最悪なコンディションでは、正直一回だけしか使えないというのが本当の所だった。それでも二回と言ったのは、泣き言を言っていられる状況ではないというのが分かっていたからだ。そして、本当に最後まで絞りつくせば後一発は行けるだろうという目論見はあった。
が、それは同時にそれ以外の事は何もできなくなるという事と同義であった。今目の前で苦戦を強いられているアルカ達を援護すらできない自分に、セーリッシュはただ耐えるしかできなかった。
新しく生まれてきたゴブリン達自身の戦闘力は大したことは無い。ソルジャー級にすら至らないノーマル級なのだから、アルカにしろダヤンにしろ、普通であれば苦戦する相手ではない。だが、その後ろにゴブリンロードが控えているのだから話が違う。
倒したとしてもその死体を元にゴブリンロードがまた新しいゴブリンを生み出してしまうのだから実質的に敵は無限にいるようなものだ。また、ゴブリンロードが隙を狙っている気配を感じてしまえば、ただのゴブリン相手とは言え、必要以上の集中力が費やされてしまう。実際、時折先ほどの放ってきていた生体具現系攻撃魔法による援護がゴブリンロードから飛んでくるのを、アルカとダヤンは必死に避けながら戦っていた。
このままではじり貧だし、体力が尽きるのも時間の問題となってしまう。そして、時間をかけてはいけない理由がもう一つあった。それは、ゴブリンロードの成長だ。
先ほど来、ゴブリンロードはたまの援護をするだけで、積極的に戦闘には加わっていなかった。やられたゴブリンの再生成をしているくらいだ。だがそれは、決してゴブリンロードがアルカ達をなめてかかって油断しているという訳では無かった。
(観察している――!)
離れた場所から見ているセーリッシュには分かったが、ゴブリンロードはアルカ達とゴブリンの戦いを見て、学んでいたのだ。
ハーディがどうやってあのゴブリンロードをこんな都市部の真ん中に閉じ込めておけたのかは分からない。だが言えることは、ゴブリンロードは間違いなく今に至るまでに戦闘経験が無く、未熟な個体であるということだった。キング級やエンペラー級に並ぶ程の力を持ち骸装具をもってそれを強化してはいるものの、単純な経験値が少なすぎるのが分かるのだ。
日差しに目をやられたり、もしくは単純な体の動かし方なども少し戸惑っているのが見えたのだ。また、ゴブリンを増殖させる魔法についても”初めて試してみたがうまくやれた”という状態なのだろうなというのが、挙動からわかるのだ。その意味で、彼は自分が未熟であることを自覚し、体の動かし方魔法の使い方を含めて、現在急激に学習しているのだ。
つまり、時間をかければかけるほど、彼は成長してしまう、強大な個体となってしまう。これまでアルカ達がジェネラル級などにも早々と勝ってこれたのは、彼らにその実力を発揮させる隙を与えなかったというのも大きかった。だが今、彼に接近できない事で、刻一刻とゴブリンロードには時間を与えてしまっている。それは時間が経てば経つほど勝ち目が薄くなっていくということであった。
そして仮に彼が”アルカ達に拘らずにどこかに行けばよい”と感づいてしまった時点で――メビアという街自体が終わってしまう。現在はゴブリンの死体しか母体に使えるものがないから、戦闘に参加できるゴブリンの数も限られている。だがもしゴブリンロードがここを離脱してしまえば、そこには何もしらずに生活をしている人々が住んでいるのだ。もし彼らを母体にされてしまえば、指数関数的にゴブリンが生まれてしまう事になる。それは数人の犠牲に留まるどころか、街全体が滅びる危機と言えた。
また、今はまだゴブリンを新生させる魔法と攻撃魔法は別のものとして扱っている。だが、もし”傷を負わせたらそこからゴブリンを新生させる魔法”でも使い始めてしまったら、ますます手が付けられなくなる。ゴブリンが実際に生まれるかは別として、攻撃魔法がかするだけでそこの傷口から肉がはじけ飛んでしまう可能性だって生まれるのだ。
だからこそ、ゴブリンロードが成長し切る前に倒さなければならないのだが、次々と生まれるゴブリン達がそれを邪魔するという状況はいかんともしがたかった。アルカに何か策があったとしても、ゴブリンロードまでたどり着けなければどうしようもない。
――それを眼前にしながらも、全く援護できない自分にセーリッシュは苛立ちを止められなかった。
アルカとダヤンには、ゴブリンを母体に使えない程に損壊することも燃やし尽くす事もできない。だからゴブリンの数を減らす事ができないのだが、セーリッシュならば可能だ。しかしそれをやってしまえば、同時に<聖典降臨>の使用を放棄することになってしまう――。
悔しさに顔をゆがめつつ聖典弾の準備をするしかないセーリッシュに、一匹のゴブリンが気づき近づこうとする。が、アルカが目ざとくそれに気づき、真空刃の帽子を投げることで命を刈り取る。その際にこちらを向いたアルカに、セーリッシュは目で訴えかけたが、アルカから帰ってきた応えはセーリッシュについては現状維持だった。
確かにここで下手に動いて聖典弾が使えなくなれば、それこそ致命的だ。だが、刻一刻とアルカ達の体力は削れ、ゴブリンロードは成長していく。
(このままじゃ――)
セーリッシュの焦りが頂点に達しそうになった、その時だった。唐突に炎球の魔法がゴブリン達の真ん中に投げ込まれ、爆発した。
「えっ!?」
戦っていたダヤン達も驚き、何があったのか目を向ける。するとそこにいたのは、ダニエル達ギルド職員であった。おっかな吃驚であり、どこか腰が引けながらも、それでもやってきてくれたのは街に残っていたギルドメンバー達だった。
「み、味方には当てるなよ。ゴブリン達を、攻撃しろ!」
前線にはあまり立つことが無いのだろう、裏方職員たるダニエルのやや震えが残る号令に従い、ギルドメンバー達がゴブリン達に攻撃を加えていった。
(そうか、ナナセさんの連絡だ!)
ゴブリンロードの危険性については事前に事務所所長のナナセからギルドの方へ連絡が行っていた。だがその言葉だけではギルドメンバーを動かすことができず、しかたなしにアルカ達だけで動いたのだった。
が、ゴブリンロードが現れ、その魔力を感じられるようになれば話は別だ。それは例えば町中に大火事が現れたことと等しい。火事が起きるかもしれない、では動けなくとも実際に火事が起きてしまえばそれに対応せざるをえない。そうしてゴブリンロードの強大な魔力を感じ取ったギルドメンバーが急行してきてくれたのだ。もしかしたら、ナナセの連絡から準備してくれていたのかもしれない。
しかしいずれにせよ、この状況においては紛れもない天の助けだった。
「でかした、ダニエル!」
アルカもそう快哉を叫んでいた。と、直後にセーリッシュとダヤンの方に指示を飛ばしてくる。セーリッシュはすぐさま頷いて<聖典降臨>に備え、ダヤンは一瞬逡巡したもののすぐさま指示に従って走り出した。
アルカはそれらを見ると、魔脚鳥のブーツの魔法を発動。ギルドメンバーに攻撃されて混乱するゴブリン達の上を飛び越え、ゴブリンロードの前にまで一足で辿り着いてみせていた。
「さあ、待たせたな。――そろそろ決着をつけようじゃないか」
そうゴブリンロードの顔を見上げて、アルカは不敵に笑った。




