5-3
ナナセが突き止めたというハーディの次の目的地。それはメビアの中心街から道一本外れただけの場所だった。急激に成長したためなのか、大通りを一本ズレただけでまるでメッキが剥がれるように都市街ではなく昔の工場街が匂うような街並みを感じ取れるようになる。その一角、古びた工場がアルカ達の目的だった。
ナナセが言うところによると、昔はある企業の工場だったらしいが、今は倒産し工場も閉鎖されたが、数年前に別の会社に買われたのだという。が、調べたところによるとペーパーカンパニー、つまり実体がない会社であり、何某かの後ろ暗いものを感じるとのことだった。その言葉を裏付けるように、工場にはまだ昼間だというのに人が見当たらない。それどころか、工場の敷地に近づくにつれ、次第に強い不穏な魔力を感じるようになってきた。
何故そんな所に強力なゴブリンが生まれるのか、という点についてはナナセも分からないようだった。まさかこんな町中に昔からダンジョンがあったならば、それこそ町になる前に完全に破壊されている筈だ。もしこんな町の中心地でスタンピードが起きようものならば、被害はソルケ村の数倍では済まないのだ。
(が、今はそんな事は良い)
ハーディが強力なゴブリンに強い骸装具を渡す実験をしようとしている。止めなければメビアに甚大な被害が出る。だから止めなければならないし、止められるのは自分達だけ。
アルカが今理解しなければならないのはそれだけだし、そしてハーディとゴブリンを潰すことだけに全力を尽くそうと決めたのだ。それ以外の事はナナセを頼ってしまおう、と思考放棄をして安心していられる程にアルカはナナセに絶大な信頼を寄せていた。
そして何より、アルカに余所事を考えていられる余裕が無いのも確かだった。
工場の敷地に入り込んだ所で車を止め、三人であるいて広い敷地内を歩きつつ工場の建物の方に向かっているところで、ゴゴゴゴ、と重い音を立てて工場の扉が開いた。そこから出てきたのはつい先刻見たばかりのハーディの姿――。
ハーディの方でもこちらを認めたのであろう。顔を険しくするとアルカの名前を怒鳴りつけてきた。
そのままハーディは顔に怒気を登らせ、アルカ達の方に歩いて来る。アルカ達も歩を進め、やがて両者は広い敷地の中央辺りを挟んで足を止めた。昔は整備されていたであろうアスファルトはところどころにひびが入り、中には裂け目から草が伸びているものもある。それを踏みつぶしながら、ハーディはいら立った声をぶつけてきた。
「――良くここが分かったな。何しに来た」
「姉さまが見つけてくれた。――あんたを止める為に来た」
アルカの応えに不快気に眉間に皺を寄せるハーディ。
「ナナセの事は置いておこう……が、お前が俺を止める? 三人がかりで敵わなかったのを忘れたか?」
「三人じゃないよ。まだ怪我が治ってないんでね。あんたとは……あたしだけがやる」
「は?」
あまりにも静かな表情で告げるアルカの言葉に、ハーディの顔が呆ける。次いで、その顔が怒りに歪んでいく。
「馬鹿にしているのか? それとも油断を誘う罠のつもりか? 三人が連携すれば届くかもしれんぞ?」
「この二人には別の役目があるんだよ。……ほら、それだ」
アルカがハーディの後ろの工場を指す。そのハーディが開けた入口の扉からは、わらわらとゴブリン達が湧いてきていた。数はスタンピードという程多くはない。だが、この後の事を考えれば無視できる数でもない。
アルカの言葉を肯定するかのように、セーリッシュとダヤンの二人がアルカから離れる。そして彼らはハーディと距離を保ったまま、少しずつ工場の入り口の方、ゴブリンの方へ歩いて行った。その動きを見てアルカの言った事が嘘ではないと理解し、ハーディが再度アルカを睨みつけてくる。
「何のつもりだ」
「さっきも言ったよ。あんたを止めに来た」
「俺には敵わんと、さっきも教えた筈だっ!」
ハーディが剣を抜き放つ。骸装具ではないただの剣に目を走らせつつ、アルカはそれでも静かに言った。
「確かにあたしは、どんなに頑張っても骸装具は70%くらいしか力を引き出せない。だから上級骸装具は回ってこない」
才能がある人間であれば努力し続ければ骸装具を120%以上の力を引き出せる。それができないアルカが、いくら70%の力を使えるからといって120%引き出せる可能性がある人間よりも優先して渡される事は当然ない。
だが。
「あんたは特級骸装具である竜骸の力を120%引き出せるのかもしれない。あたしはそれより低級な骸装具を70%くらいしか力を引き出せないかもしれない。だけど――」
アルカはすらりと呪縛蛇のナイフを抜いた。自分の骸装具の刃を。
「だけどあたしは、骸装具の力を120%引き出す代わりに、120%使いこなしてみせる。それがあたしの戦い方。”七骸”アルカの在り方だ」
***
「結局、一級にすらなれなかった骸装士の分際で!」
「それは使える骸装具の等級の話で、強さとは違う話だとあたしは言った!」
「骸装士の歴史すら愚弄するか!」
ハーディが大上段から振り下ろす剣を、アルカが横に体を回転させつつ回避してくる。次いで左手で翻ったコートの裾を掴むと、それで殴りかかってくる。同時に魔力を流したそれは、鉄棘を纏った拳となってハーディを襲う。それを手甲で受けつつ、蹴りで応戦するとアルカは器用に後ろにバク転して回避。
そのまま遠ざかっていくアルカを追撃しようとしたハーディは、彼女の頭に帽子が無い事に気づく。次の瞬間、軽く飛ぶ。足の下を真空の刃をまとったアルカの帽子が通り抜けていった。その空中にいる僅かな隙間にアルカが反転して接近すると、ハーディの胸に向かって蹴りを放ってくる。ブーツの魔法で脚力を強化されたそれをハーディは剣の腹で受けると、そのまま体を後ろに飛ばして衝撃を吸収する。その隙にアルカは、手元に戻ってきていた帽子をはたいてかぶりなおしていた。
「小賢しい真似をするんだな」
「出力だけで勝負しないで、戦術や武術を使うからこその人間でしょ?」
「如何に己の骸装具をうまく活用するか。その為に戦術や武術を身に着けるのが骸装士だろうが」
ハーディが口にしたそれが、骸装士としての当然の戦い方だった。人間に行使しえない強力な魔法を、魔獣の遺骸を用いて使えるようにすることこそ骸装具の始まり。故にそれを最大化することこそが骸装士のあるべき姿。ハーディはそれを疑った事など無い。
が、目の前のアルカはそれを簡単に否定してきたのだ。それがハーディを苛立たせる。
「でも、あたしの戦い方は骸装具が無いと成り立たない。これも骸装士の戦い方なんだよ」
「戯言をっ」
「……随分と骸装士かくあるべし、って拘っているんだね」
言われてハーディの心臓が跳ねる。
「その割にはあっさり国を出奔するし。今は骸装具の技術を売り渡そうとしているし――やろうとしている事がグチャグチャだよ」
「――黙れ」
「あたしが骸装士としてどうのという前に、自分はどうなのさ。あなたは自分の理想の骸装士をやってるの?」
――そんな訳はない。かつて夢見ていた骸装士は、もっと正々堂々としていて。だからそれに反する動きをしているアルカが許せなくて。……ならば、自分の姿は許せるのか?
ハーディが今手にしている剣は骸装具ではない。竜骸の剣は、国を出奔する際に持ち出せなかったが、それまでに身につけた剣術を活かすように持たせているものだ。そんな自分の姿は、見るに堪えうるものなのか?
かつての子供の頃の自分が、今の自分を見る姿を幻視する。その視線はハーディには耐えがたかった。
「黙れっ!」
剣を持たない左腕を振り上げ、アルカに向かって飛び掛かる。<竜の一噛み>、すなわち竜の牙がアルカを引きちぎらんとするも、彼女はそれを後ろに飛ぶことで回避。地面のアスファルトを容易く砕き、破片を辺りにまき散らすが、アルカは既に遠くにいた。
アルカはコートを脱ぐと、胸のあたりでぐるぐると丸め、まるでボーリングの球のように構え始めた。
隙だらけだと思い、ここで<竜の咆哮>を使う事も考えたが、それをハーディはすぐに打ち消した。そうした出力勝負をしたところでアルカがのってこないことは明白だ。こちらをスピードでかく乱し、隙をつくことばかりを考えているようだから、隙を晒す技など使える筈もない。
「どうしてそうなっちゃったのさ。いくらだって後戻りはできたでしょ?」
「できはしないんだ。お前に何が分かる」
「そうやって混ぜっ返して、答えようとしない。――分かってるんでしょ? 本当は出奔したのがダメだったって。そして今からでも国に戻って沙汰を待った方が、余程理想の骸装士になれるんだって」
「理想の、骸装士だと?」
「昔語ってくれたじゃん。特級骸装具である竜骸を身に纏って皆の前で戦う、最強のご先祖様の話をさ。――ああなりたかったんでしょ?」
言われて思い出した。特級骸装具は代々ドミニク家に受け継がれていた。当然その伝説伝承もさかのぼる事ができる。そうして知る事ができた先祖の活躍を、眼を輝かせてアルカに語っていた自分を想起する。
それは今のハーディには直視できない、あまりにも眩しい姿。その眼差しが向く方向とは違う方角に立っている今の自分に、膝から崩れ落ちそうになる。今の自分は間違っていないと、この過去の自分に語れるだろうか、と。
(――だが、それを認める訳にはいかないんだ!)
「お前に何が分かる、俺はもう止まれないんだよ!」
「あたしには分かる、あなたはまだ止まれる」
「――なんだと?」
「自分で止まれないというなら、あたしが止める。だってあなたは……ハーディ兄だから!」
アルカが手にしたコートの玉をポンと投げると同時に軽く飛び、ブーツの魔法で強化した渾身の脚力でハーディに向かって蹴り飛ばす。と同時にコートへ魔力が通り、魔法が発動。飛来するそれは、魔力によって鋼化して鉄針をまとった鉄球となり、ハーディへと襲いかかる。
「なめるなっ!」
それに対してハーディは剣で切り払う事を選んだ。アルカの、出力が低い骸装具による攻撃など骸装具ではない剣でも十分だと。――その判断は正しく、そして間違いでもあった。
ハーディが切り払うと同時に、鉄球が割れた。いや、切り裂いた訳ではない。魔力が解け、鉄球の形を維持できなくなったコートが広がったのだ。と同時にコートの中から膨大な光の粒子があふれ出す。
「何っ!?」
ハーディに知る由は無かったが、アルカはハーディへと言葉をかけている隙に、羽ペンの骸装具によって生じる光の粒子をコートの内側にため込んでいたのだ。それを切り払ったハーディは突如として襲われた目くらましの中に溺れる――。
全く想定していなかった事態にハーディは剣を振り回すも、鉄球を蹴った後に地面に着地したと同時に強化した脚力で飛び出していたアルカが、低い姿勢でその剣をかいくぐっていた事など気づけなかった。
「がっ!?」
眼をくらませたハーディの横を低姿勢で通り抜けたアルカの右手のナイフが、軽装であるが故に骸装具でカバーできていなかった脇腹に突き刺さる。と同時に流し込まれる呪縛蛇の魔力。
(馬鹿な、こんな。こんな事などっ!)
体内に入り込んできた魔力により体の自由が奪われていくのを感じながら、ハーディは特級骸装士たる自分がアルカに負けようとしている事が信じられなかった。魔力による麻痺が身体だけでなく意識にまで及び、次第にハーディの意識が遠くなっていく。
(こんな……こんな……)
必死にあがこうとするハーディは、その意識が消える瞬間に、アルカの声が聞こえたような気がした。
「自分の憧憬を裏切り、ただ骸装士であればいいという理屈にのみ執着してしまった時点で――国に戻るという勇気を出せなかった時点で間違ってしまったんだよ、ハーディ兄」




