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コツンコツンと靴音を響かせながら、ハーディは暗闇の中を歩いていた。少し前に実験の最終段階を仕込み終わったのだ。後はどこかに腰を落ち着けて待つだけでその成果は見える事だろう。
(これで終わりだ……)
そのハーディの感慨は、一つの大きな仕事を終えたという意味は当然ある。しかしもう一つ、自分が決定的な何かを踏み外すのだ、もう戻れない場所に来てしまったのだという思いもあった。
セイワーズから逃げ出した後、ハーディは裏社会で生きてきた。が、そもそもそれまで骸装士に成る事しか知らなかったハーディは社会の事を知らな過ぎた。
何度も黙された。何度も罠にかけられた。何度も死にかけた。そしてその度に少しずつ、人を信用することを忘れていった。いや、忘れるという表現は正しくない。人を信じない事が正しいのだと学び続けた、というのがハーディの理解としてはしっくりと来ていた。
その中で試行錯誤した結果が骸装士としての用心棒であり、それで立ち行かなくなったからこその今回の実験だ。
自分のやれる事を提案した祭にクライアントとの相談で決まった今回の事件。ハーディは当初想定していた以上の結果を得る事ができた事には安心していた。
確かにスタンピード自体は止められた。各所に散らばっているゴブリンに骸装具を与えたのも、大して被害を出した訳でもない。しかしあくまで目的は、自分が作る骸装具で何がなせるか、どこまでの事ができるかの確認に過ぎない。骸装具がゴブリンを強くしたのだという確認ができれば、ゴブリンが死のうとどうでも良かったのだ。
そうして人的被害がそう出ていないという事を知った時――それにホッとしている自分がいる事をこそ、ハーディは憎悪した。自分はもう後戻りできない所まで進んだのではなかったか。ならば被害の少なさを喜ぶ事など、欺瞞でしかない。
そんな甘さが自分にある事を、ハーディは弱さとして嫌悪したのだ。
もう実験は最終段階だ。であればもう一線は超えた、ということだ。これがうまく行けばどれほどの被害が出るか分からない。そんな事に手を付けてしまった自分はもう、戻れないのだ。後はクライアントと一緒に、その仕事の道をいくだけだ。これまでの死と隣り合わせの生活からは少しばかりマシなものになるだろう。
(クライアント、か……)
ハーディにとっては、自分のアイデアを補強した上で予算まで出してくれるありがたい存在だった。が、正直なところ一番ありがたいのは、ソルケ村にせよ最終段階にせよ、ゴブリンの情報まで流してくれることだった。これが円滑に実験が進んだ要因と言っても良い。
(もう一蓮托生なんだ)
クライアントがどれほどの悪を働くのか。それはもう、ハーディには関係がない。ただ自分はひたすらに自分のやれることをやり抜くだけだ。そう決めた。ハーディはそう、決めたのだ。
暗いからだろうか。ハーディの頭がどうどう巡りになってきたところで、出入り口に行き着いた。取っ手に手をかけて扉を開く。暗闇の中にいた自分に太陽の光が降り注ぎ、それに手をかざしたところで――。
ハーディは光の中、敷地の中に乗り込んできた車から三人の人影が下りてくるのに気が付いた。
まだ目が慣れないハーディでは黒い塊にみえる。が、それでも分かった。その動き、しぐさ、そしてこちらに向かってくるあゆみからハーディには察せられた。
「アルカ――!!」
ハーディの口から思わず漏れたその叫びには、振り切った筈のものがまとわりついてくる事に対する憤怒が混じっていた。




