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4-5

短いエピソードと連続投稿します(1/2)

「――ありがとうございました」


 メビア総合病院。メビアの中でもっとも大きな病院であり、救急でセーリッシュとダヤンが運び込まれた先である。二人の様子を説明してくれた医者に頭を下げたナナセは、二人が寝ている病室に入った。

 やや設備に古さは感じさせるものの清潔さを感じさせる部屋の中で、二人は静かに眠っていた。その傍らでアルカが椅子に静かに座っていた。いつも姉さま姉さまと付きまとってくるアルカを知っているナナセにとっては、今の彼女はすっかり生気を失ってしまっているように見えた。


(ま、無理もないか――)


 あらましは既にアルカから聞き出してはいた。ハーディを呼び出した事。会話にならず、攻撃を受けた事。助けにきた二人が一蹴された事。止めに竜骸の<竜の吐息>まで使われた事。

 幸いだったのがハーディが全力で撃たなかった事、そしてセーリッシュが<聖典降臨>を用いて強力な防御結界を張れた事だ。自身も攻撃を受けて戦線を離脱したもののハーディの魔力の高まりを感じたセーリッシュが咄嗟に張ったものであり、決して万全な防御が出来たものでは無かった。それでも何とか三人を守りきれた。が、前衛の攻撃を後衛が受けた後に高位防御魔法を使った事でセーリッシュにも限界が来た。体を引き裂かれたダヤンも倒れたまま。皮肉にハーディが狙った相手であるアルカが最も軽傷であったため、危機が去った後に早々に連絡を入れて二人を病院に担ぎ込めたのだった。

 命に別状はないものの、深い傷を負った二人は病院のベッドで寝かされ、安静にするよう言われたのが今である。すっかりと落ち込んでいるアルカに何か言葉をかけようとして言葉が見つからなかったナナセは懐から煙草を取り出したが、ここが病室である事に気づいてクシャリと握りつぶすとまた懐に戻した。

 床を呆然と眺めたまま身じろぎもしないアルカを見ながら、ナナセは(こんなアルカを見るなんていつ以来だろう)と思い返していた。


 ナナセにとってアルカは可愛い妹だった。すぐに姉さま姉さまと慕ってくれたし、その尊敬の度合いはナナセが若干引くことに今の年齢になっても続いている。

 勿論アルカとて常にナナセを全肯定していた訳では無い。姉さまばかりずるいと怒りだしたこともあるし、年相応の喧嘩もしたことがある。だが、すぐに後悔して顔をベショベショに涙で汚しながら「姉さまごめんなさいー」とアルカが謝ってくるのが常だった。

 そんなアルカがここまで落ち込むのを見たのはいつだろうと考えると、ナナセが思い至ったのは自分が留学に出る時の事だった。慕った姉であるナナセが遠くに行ってしまうという事に反発し泣きじゃくり、行かないでとしがみつかれたのだ。その挙句、留学が止められないと知った時には今と同じように落ち込んでいたのだったと思い出した。なおその時は結局、ナナセが出発するその日になってからようやく何らかの折り合いをつけたのか、また泣きながらも見送ってくれたのだった。


(あたしは姉で、ハーディは兄だったからな……)


 血縁である自分と同等であるというのには少し複雑な気持ちだったが、アルカがハーディを兄と慕っている事は当然ナナセだって知っていた。ナナセは自分には骸装士としての才能は無かったが、その部分を補って余りあるほどに、ハーディはアルカにとっての骸装士としての憧れの対象をやってくれていたのだった。


(そのハーディに裏切られた訳だからな)


 自分の時とは違い、アルカ一人が納得すれば済むという話でもない。故にアルカもどうすればよいのか分からずショックの中にいるしかなくなっているのだろうな、とナナセは感じていた。

 ――そんなアルカにどんな言葉をかけてあげられるのか。

 その役目は自分しかできないであろうことは自覚しつつ、ナナセはかける言葉を見つけられない自分に失望していた。なにせ彼女はこれまでの人生、自分の為の勉強と研究開発しかしてこなかったのだ。他人の機微を感じ取れるならば、ディアニス・エンタープライズだって首になっていない。しかし、会社はともかく実の妹に対してまでかけてやれる言葉が無いというのは、さすがに自分でも自分に失望せざるをえなかった。


 ――色々考えてみたが、結局ナナセはアルカを元気にさせるような言葉は思いつかなかった。が、何も話さない訳にはいかないとも感じていた。口に出せたのはごくごく平凡な言葉でしかなかった。


「これから、どうする?」


 何の励ましにもなっていない意味のない言葉だ、という自己嫌悪がナナセの中を暴れ狂う。が、そんな言葉でもアルカは反応してくれた。それだけでもナナセにはありがたかった。


「…………え?」

「お前は、これからどうしたい?」

「これ、から……」


 それ以上の言葉はアルカから出てこない。当然だと思いつつ、ナナセは言葉をつづけた。


「普通に行けば、あたし達はこれから何もしない。あたし達は仕事を請け負ってるわけじゃないし、骸装具の件もハーディの仕業と判明した。潔白が証明されたようなもんだ。で、おまけに大事な社員であるセーリッシュとダヤンは重症だし、お前だって一人でスタンピードを対処した後だ。トドロト事務所は戦線離脱ということで休業したところで誰も文句は言わんよ」


 まあギルドへの情報提供くらいはするけどな、とナナセは付け加えた。今はギルドの人員の大半がスタンピードの後始末のためにソルケ村に行っているが、メビアに人員が残っていない訳でも無い。その彼らの仕事として頑張ってもらう、というのは言ってしまえば当然の話ではあった。

 が、それも創造の埒外だったのだろう。アルカの目が想定外の事を聞いたかのように見開かれる。


「乗りかかった船、という言葉はあるにせよ、もう十分だ。ここから更に頑張る必要はない。ハーディの事は他の人に任せて、傷が治ったらまたいつもの日常に戻ればいい」


 それは仕事としてやる上では順当な未来予測だった。ナナセの言葉は、アルカの心情とは違うだろうと予想はできたが、それでも冷静な見方ではあったのだ。


「それに――もう一つ選択肢がある」

「もう……一つ?」

「ああ。――骸装士を辞めて、遠くに逃げてもいい」


 その言葉があまりに予想外だったのだろう。アルカは顔に驚愕の表情を浮かべながら立ち上がった。座っていたパイプ椅子が音を立てて転がる。


「骸装士を――辞めるっ!?」

「ああ。……もしかしたら、それがお前が一番幸せになる方法かもしれないな」


 ナナセは嘘偽りをいうつもりもない。心底そう思いながら、眼を見開いてこちらを見てくるアルカの目を見返した。


***


 骸装士を辞めるという選択肢がある。それを聞かされたアルカは、想像以上に動揺している自分に気が付いた。今までそれを考えた事が無かった自分にも気が付いたからだ。

 アルカの動揺を知ってか知らずか、ナナセは淡々と言葉を紡いできた。


「今思い悩んでいるのも、全ては骸装士だからじゃないか? 大体、ハーディへの憧れだって理想の骸装士としてみたからだろ? 一級骸装士に成れないのを悩むのも、やっぱり骸装士に拘るからじゃないか。そんなに骸装士である事が悩みの種になるって言うんなら、いっそのことやめてしまうのも選択肢だろ、普通に」

「で、でも、あたしには、これしかなくて」


 自分の中でうっすら浮かび上がる事はあってもすぐに打ち消してきた。自分にはこれしかできないからと。しかしナナセは冷静に言葉を突きつける。


「そんなことは無いさ。まだ若いんだ。戦闘とかそんなのから全く離れた仕事を選ぶ事だって出来るんだ。料理の道に行ったって良い、事務職になったって良い、なんならあたしみたいに情報系の仕事をしたっていい。他のなんだっていい。そりゃ、経験0の所から始めるし、どうなるか分からないけど。もしかしたらそれなりになるかもよ?」


 呆気からんとナナセに言われて、アルカは絶句した。が、少しこれまでとは違うショックの受け方だった。

 アルカはナナセを心底尊敬している。ナナセが才能を見せているという情報系の仕事をする、というのは本来もっと喜んでも良い事の筈だ。なにせアルカが頼めばナナセは教えてくれる事だってしてくれるだろうから。敬愛する姉に教えてもらって仕事を身に着ける事ができるなど、理想とも言っても良いはずだ。

 ――だが、アルカはそう感じる事ができなかった。そうなったら困る、とさえ思えてしまった。そんな自分に愕然とした。


「……やめないのか?」


 メガネの奥からナナセの目がアルカを見る。


「特級はもとより、一級骸装士に成れないことはもうわかってるだろ? 七骸と呼ばれるのは嫌なんだろ? ……だったら骸装士をやめたら良いじゃないか」

「……でも」


 ナナセの言葉に反発しようと口を開いた自分がいる事自体にアルカは驚愕した。否定する言葉以前に、否定したいと思う気持ちが自分の中にあった事に。


「でも? なんか言いたい事があるのか? ――辞めたくないのか?」

「っ!」


 それは、そうなのだ。アルカは骸装士を辞めたくない。骸装士でない自分ではありたくないのだ。自分でも驚愕するほどに。


「なんでだ? 骸装士を辞めた方が理由は散々言っただろ。それでもなお、骸装士を続けたいってなんでだよ。そんなに素晴らしい職業ってもんでもないだろ。凄い儲かるって訳でもないしさ。大体人気があるのはセイワーズくらいだぞ。……なのに、なんでそんなに骸装士に拘るんだ?」


 何故、骸装士に拘るのか。アルカは考えた事も無かった。何故なら当然だったから。当たり前すぎたから。骸装士はかっこよくて、皆の味方で、憧れだった。

 ――だが一方で、ナナセのいう事も確かではあった。全世界の人間が憧れる職業という訳でもない。どちらかと言えばマイナーな方で、憧れるとしてもセイワーズの子供位のものだろう。


(そうだ……あたしは、セイワーズで生まれ育ったから、骸装士に憧れたんだ)


 セイワーズは骸装士の活躍によって建国された国だ。探せば骸装士の英雄譚はいくらでも転がっていた。民の為に働く、英雄としての骸装士の物語が。それを見て育ったのならば、骸装士に憧れるのは当然だろうと思うくらいに。

 セイワーズの子供の心には、少なくともアルカの子供心には、英雄の、正義としての骸装士の姿が焼き付いている――。

 ふとアルカは考えてみた。仮に骸装士で無い場合はどうなのだろう、と。例えば自分はハーディが骸装士でなかったらどう思うのか、と。

 ハーディは子供の頃からの知り合いだ。そりゃ犯罪者になるなんてことは辞めてほしい。そんな事は当たり前だ。

 ――だが。

 ハーディが骸装士として悪事を働く、という事により強い嫌悪を感じている事にアルカは気が付いた。


(じゃあ、ハーディ兄じゃなくてあたし自身の場合は?)


 同じギルドの仕事をするのでも、例えば偉大な魔法使いとして活躍するのと、偉大な骸装士と呼ばれるのはどちらが良いだろうか? アルカの中で答えはすぐに出た。後者だ。魔法使いとして名声を得ているのは違う、と思ってしまう程に。

 特級骸装士に成れたとして犯罪に手を染めなければならないのと、一般人を守り助ける二級骸装士のどちらになりたいだろうか? アルカの中で答えはすぐに出た。後者だ。そんな事で特級骸装士に成れても意味が無い、と思ってしまう程に。

 骸装士ではない何か別の職業につくのと、骸装士であり続けるのはどちらがよいであろうか? アルカの中で答えはすぐに出た。後者だ。惰性だなどと言葉を付けたのが浅薄な嘘で、ずっと骸装士に執着してきたのだと認めてしまう程に。

 そして、ここまで考えたアルカは気が付いた。気が付けた。アルカがかつて憧れたのは、ただひたすらに”正義の骸装士”だったのだと。骸装士として戦いたい、骸装士として助けたい、骸装士としてあり続けたい。それがアルカの正直な気持ちだったのだと。

 他のどんな職業があろうと関係ない。なぜならアルカがかつて憧れ、目指したのは骸装士だから。皆の為に力を振るって戦う正義の骸装士だから。


(――ああ、そうか。それでわかった……)


 惰性だなんだと言い訳して自分は骸装士であり続けた。それは、骸装士であり続けたかったからだ。大きな出力を操れる一級骸装士に成れなければ意味が無い、なんてかつての自分は思わなかった。何故ならばそれは手段であって、求める結果ではないから。求める結果は、骸装士として皆を助ける事だったから。

 だからハーディが骸装士として悪事を働こうというのに動揺した。ハーディというかつての知り合いが犯罪を犯しているという事も勿論大きかっただろう。だが、骸装士を正義の職業と自分の中で定義づけてしまっていたからこそ、より許せなくなっていたのだと。だから二重の意味で今のハーディを許すことができないのだと。


(じゃ、今のあたしは?)


 犯罪を犯した訳ではない。骸装士として力を振るい続けている。そして、その結果として皆から感謝されている。すごいと言われている。――正義の骸装士として動けている。


「なんだ……じゃあ、あたしは……あたしは……」


 アルカの目から涙が溢れる。確かに一級骸装士に成れない事はショックだった。しかし元々自分が求めていたのはそれではなかった。自分は確かに今正義の骸装士でいられている。

 少し見える景色の角度は変わったのかもしれない。骸装士として現実を歩くために、当然と信じていた道からは少しそれたのかもしれない。だが、結局は同じだったのだ。同じところに立っている。目指していた所のすぐ近くに自分はいたのだ。

 それを認められないのは自分だけだった。七骸、という言葉を中途半端と解釈し、蔑称だと反発したのは自分だけだったのではないか。冷静に考えれば字名として与えられたそれは、尊称では無かったか。これまでの骸装士としては違うかもしれないが、それでもオリジナルの戦い方を編み出したアルカへの尊敬の念が篭った言葉ではなかったのか。


「認められなかったのは……あたしだけだ――――」


 そう。アルカは今、かつて自分が理想として描いていた、その憧憬の中にいる――――。


 しばらく黙ってアルカの様子を見ていたナナセが、表情の変化を見て気づいたのか、言葉を投げてきた。


「ハーディは、もう一回同じ事を起こそうとしている」

「え?」

「今度放っておけば、村人が蹂躙される以上の悲劇が起こるかもしれない。お前は……どうする?」

「どうする……って」

「さっき言った通りだ。ハーディに叶わないなら、気づかなかった振りをするのも選択だ。誰もお前を責めやしない。だが――お前はどうしたい? お前の理想は、どこにある?」


 言葉自体は最初に投げられたものと似通ったものだ。だがナナセのその声は、アルカにそれ以上に重要な問いかけに聞こえた。


「あたしは……止めたい」

「ハーディを? だが特級骸装士であるあいつを止める事は、できないんだろ?」

「止める。止めてみせる。だってあたしは――七骸だから。七骸のアルカだから」


 だからアルカは目に強い光を宿してナナセに伝えた。自分が理想として骸装士であるが故に。

 しばらくアルカの目を見ていたナナセは、ふっと息を抜くと「わかったよ」と両手を降参の形に挙げた。


「わかったわかった。骸装士の事になるとお前は頑固だからな。これだけは昔からあたしと話してても譲らなかった」

「はい!」


 涙がまだ残る顔で。しかしアルカは強い確信と信念と共に、ナナセの言葉を肯定した。


「まあそれはそれで良いとして――現実問題としてアルカ一人だと厳しいが……」

「僕達ならば大丈夫ですよ」


 ナナセが頭をかき混ぜながら考えようとしたところで、それを一つの声が遮った。セーリッシュだ。傷を負いながらも、いつ間に目覚めていたのだろう、セーリッシュがベッドで上半身を起こしてこちらを見ていた。少しきつそうには見えても、セーリッシュはこれでも治療回復を得意とする聖神教の騎士なのだ。不得意分野ではあるから効きは悪そうではあるものの、自らの身体に治療魔法を施すことで、会話できるほどに無理矢理体を回復させていたようだ。そして気が付いたのはダヤンも同じようで、二人はしっかりとした意思を宿した目でアルカを見てきた。

 無理をするな、という言葉がでかけてアルカは口をつぐんだ。セーリッシュとダヤンが自分達でできると決めた。ならば、それはアルカが口を挟む事ではない。アルカにできるのは、彼らを信じる事だけだから。

 その二人の視線を受けて、改めてアルカはナナセの方を見てハッキリと告げた。


「戦う。そして止める。ハーディ兄を、今度こそ」

「そうかい分かったよ。じゃ、これ」


 言われたナナセは一枚のメモを渡してきた。そこには走り書きで一軒の住所が記載されていた。


「これは?」

「次にハーディが出没する場所だよ」

「えっ!?」


 あまりの事にアルカは驚愕してナナセの顔を見た。あまりにタイミングも都合も良すぎる。


「どうしたそんな事を、知ってるんですか?」


 驚愕そのままに言うアルカに、ナナセはニヤッと笑って言った。


「何、実はお前さん達に戦わせるだけじゃなくてあたしの方でも色々調べててね。ソルケ村に厄介なしかけをしてそうな集団があるのに気づいて、それの調査をしている内に割り出したのさ」

「ど、どうやって――」

「それこそあたしの得意分野だ」


 何でもない事かのようにナナセは告げた。その自信に満ちた様子はそのままアルカが憧れているナナセの姿そのもので。


「さすがは姉さまです!」


 細かい疑念を全て姉への尊敬の念で塗りつぶし、アルカはそう破顔した。


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