4-4
(ほ、本当にハーディ兄だ……)
アルカは目の前にいる男を見て、確かにかつて自分が兄と慕った男であると確信した。黒いコートに身を包み、フードの奥から見える目の光には冷たさが宿っていたし、どこか荒んでいる雰囲気には見えても、昔の面影があった。
「その……久し、ぶり」
何かを言わなくてはいけない。そう思って口にした言葉ではあったが、アルカは即座に後悔した。自分はこんなことを言いたくて狼煙などというものを使ったのか、と。だが何を聞きたかったのか、と考えてまたアルカの思考が止まる。会いたかったのか、と言われればそうなのだろう。だが、ただ旧交を温める為に呼んだわけでは無かった筈だ。
それでもなお言葉を紡げずにいるアルカに、ハーディの方から声がかかった。
「そんな事を言いたくて呼び出したのか?」
その声に昔は含まれていなかったであろう冷たさが載っている事に気づけた事が、アルカの頭を少し冷静にした。そうだ、自分はハーディに聞きたいことがあったはずなのだ、と。そう決心してハーディの目を見たが、その瞳には何の感情も浮かんでいないようにアルカには見えた。
「ゴブリンに骸装具を…渡したの?」
「ああ、そうだ。俺が渡した」
ハーディはあまりにもあっさりと肯定した。問いかけたアルカの方が戸惑う程に。心のどこかでハーディは関係ないのだだと信じていたアルカの純粋な部分が砕けていく音が聞こえる。
「なんで……なんでそんなこと」
「実験だよ」
「実験?」
「ゴブリンの遺骸から作った骸装具をゴブリンに渡した時にどうなるのか、という実験だよ。ゴブリンが生来使える魔法をゴブリンが使えるようになっても意味が無いとは思ったのだがな。どうやらゴブリンが普段使用している身体強化などを底上げしてくれたらしい。おかげでゴブリンが強化されるという興味深い結果が分かった」
何でもない事でアルカのように、ハーディはただ淡々と語った。あまりに素直に語るため一瞬惑う物の、それ自体が重大な犯罪に繋がる事をアルカは見過ごせなかった。
「野生の妖魔を強化し、それで村を襲わせるなんて……許されると思ってるの?」
「許される? 知ったことでは無いよ。それに私が襲わせた訳では無い。ゴブリンが習性として襲っただけだろう」
自分はただゴブリンの巣の前に骸装具をばらまいただけだ、とハーディは静かに語る。
「ゴブリンを強くして……どうするの? 何になるの?」
「例えばある国のゴブリンの巣にばらまけば、それだけゴブリン退治に手を焼くことになる。国力低下に繋がるかもしれないしな」
「だから、そんなことしてどうなるの!」
「ビジネスだよ。ゴブリンじゃなくてもいい。クライアントが望む骸装具を作り、それをクライアントが望むところにばらまく。それが有用かの実験なんだよ」
そう語るハーディの口元はアルカには歪んで見えた。骸装具を作る、というというのは骸装士であれば一度は経験することだ。最低限のメンテナンスをするために身に着けておく必要がある事なのだ。そして骸装士として一流を目指していたハーディが、骸装具を作る方向でも努力をしていた事はアルカも知っていた。
だから”できる”という事は分かっていた。それでも納得できないのは、理由だ。
「だからどうして、そんな事を……」
同じことを繰り返すアルカに、ハーディは一つため息をついてから答えた。
「骸装士で、あり続けるためだ」
***
ハーディの目の前にいるアルカに最後に会ったのはもう十年ほど前だろうか。その顔は不安に揺れ、10年程前の壁に突き当たり相談を持ち掛けてきていた少女そのままであるようにハーディには思えた。ハーディという昔に出会った存在に再会したことで、精神的にその頃を思い出しているのかもしれない。
そしてそれは、ハーディも同様だった。
骸装士になる。それはハーディにとって子供の頃から疑った事も無い決定事項だった。努力はしたが、それはより良い骸装士になるための努力であり、成れないなどと考えた事すら無かった。
幸いなことに、そう、ハーディの自覚としては幸いな事に、ハーディの家すなわちドミニク家はセイワーズにおいては特級骸装具を受け継いできた名門であった。それが自分に受け継がれるのだ、という未来図を聞いたときハーディはそれを幸運として捉えたし、故にもっと骸装士であろうという努力を重ねた。より竜骸装具を受け継ぐに足る実力を身に着けるために。
思い返してもその頃の自分は充実していたと思う。夢がただの夢ではなく明確な目標であり、更に目指す事は決して夢物語で無かった。それを成すに十分な素質と才能を示し続ける事もできたし、努力により少しずつ近づいているという実感もあった。
全てだった。そう、竜骸を受け継ぎ特級骸装士となることは、ハーディにとっては全てをかけた、人生そのものだった。
ハーディにとって両親は、普通という表現をするしかない人達だった。勿論名門ではあるし、実際父親は当代の竜骸を受け継いできた骸装士ではあった。……しかし実際の所は骸装士としては平凡であり、名門だからという理由で竜骸を受け継ぐには失格ではないという消極的理由によって竜骸士になった存在である、という事も知っていた。
だからこそだろうか。ハーディが骸装士としての修行を始め、そして才能があると分かった時に両親は狂喜乱舞した。
『お前がこの竜骸を受け継ぐんだ。ドミニク家の誇りだ!』
子供に浴びせるにはやや時期尚早であるし、念が篭りすぎる言葉ではあったが、ハーディは無邪気に喜んだものだ。だからより一層、骸装士になるための努力に邁進した。父が骸装士としては引退し、自分に竜骸を渡す事にしてくれたのも大きかった。
(親の期待に応えるんだ!)
自らの夢と、親の期待が重なった。ハーディはその事を無邪気に喜んだものだった。
骸装士として引退した父が、何らかのビジネスを始めたと聞いた時には、むしろハーディは
(骸装士じゃない仕事もできて、やっぱり凄い!)
と思ったし、自分はただ骸装士としての実力を伸ばす事だけを考えれば良いのだと思った。
それ自体は間違いではない。親の仕事の心配するのではなく、子供は子供らしく勉強に遊びに邁進すべきだとはハーディは心底思う。
だが仮に遣り直すタイミングを得られるとしたら、やはりここであったのだと今になってハーディは考えるしかなかった。
それはあまりに突然だった。段階的に竜骸を受け継いでおり、そろそろ本格的に竜骸の後継者として正式に認められようとした矢先。
当時高校に行っていたハーディはゼミの教授から、自分の親が捕まった事を知った。
初めは何を言われたのか分からなかったし、何かの誤解があるのだとも思った。しかし話を聞いていくにつれ、ハーディの中で思い当たる事がつながっていき、本当に両親は罪を犯したのだと確信できてしまった。
そもそもハーディと同じく子供の頃から骸装士になる努力をし、そして実際に竜骸を受け継いだ父親が、骸装士を辞めて他の仕事を本当にできたのだろうか、と思えてしまった。実際、ある程度の見込みがあったのだから父はハーディに竜骸を譲って引退を選んだのだろう。才能が無い自分ではなく、才能あるハーディの才能をより伸ばすために。だがその”見込み”が甘すぎた事が全ての問題の始まりだった。
家で両親と食事をする時、少しずつ両親の顔が暗くなっていった事くらいはハーディも気が付いた。だがそれでも、それ以上は踏み込もうとはしなかった。相談された訳でも無いのに、子供が親の事にくちばしを突っ込むべきではないと思ったのだ。それ自体は間違いでは無いのだろうが、思い返してみればそれは両親のビジネスがうまく行っていない証左ではなかったのか。
そうして思い当たるところを積み上げていき、親の罪を確信してしまったハーディが次に感じたのは――恐怖だった。
(竜骸装具が……奪われる!?)
いかにドミニク家が名門とは言え、もはや罪人として裁かれるのは時間の問題だろう。そうなった時に竜骸はどうなる? セイワーズという国を見渡しても12しか存在しない特級骸装具の一つだ。罪人の家には置いておけないと国に没収されてしまうのではないか、とハーディは思い至ったのだ。
それは恐怖だった。なにせ、ハーディは骸装士になるために、竜骸を受け継ぐためにそれまでの人生の全てをかけてきたのだ。それが奪われるかもしれない。確定ではないにしろ、その可能性があってしまう。それだけでもハーディはこれまでの人生で感じた事も無い恐怖に襲われたのだ。
――その後の事は、ハーディもあまり覚えていない。だが気が付いた時には、ハーディはセイワーズから逃げ出していた。国に言れば竜骸を奪われるかもしれない。ならその追ってから逃げるべきだ。その理屈にただひたすらに従ったのだ。
竜骸は本来全身鎧に武器まで含めるといった装備なのだが、まだ修行途中だったハーディはいくつかのパーツのみを身に着けるという軽装として身に纏っていた。それが幸か不幸か、ハーディに竜骸の力を使わせ、国からの脱出を可能にしてしまった。もし全く身に着けていない状況であれば逃げる事も、そう発想する事すらできなかっただろう。
後に冷静に考えれば、ハーディ自体が親の犯罪に関わっていない事さえ証明できれば竜骸を奪われる事には成らなかったのではないか、とも思いついた。だがその時には自分は密出国という罪を犯した後だった。そう、親と同じく自分も犯罪者になってしまったのだという事実にもまた、ハーディは恐怖した。
竜骸を奪われる、ということが確定した気がした。
(でも……この先どうやって生きる?)
今まで骸装士になる努力しかハーディはしてこなかった。当然、セイワーズの外に出た事も無い。そんなことをするくらいならば骸装士の修行をしたかったし、たまの気分転換さえできればよかったのだから近場のみで済んでしまう。
そんな世間知らずの若造が、この先どうやって生きる? しかも全うに生きる事はできない。調べられ、国に連れ戻されてしまえば竜骸が奪われてしまうかもしれない。それだけはハーディは許容できなかった。
思い悩んだ結果、ハーディが至った結論は一つだった。
(――骸装士として生きよう)
結局自分はそれしかできないのだから、そう割り切るしかないと結論したのだ。
名前と身分を偽り、ハーディは冒険者の真似事をする生活から始めた。戸惑いはあったが、これまで積み重ねてきた努力はハーディを裏切らなかった。一部のみを身に着けた軽装とは言え、竜骸を纏ったハーディは並みの冒険者の実力を圧倒していた。
日銭稼ぎはできた。が、国に連れ戻される事を恐れたハーディは、安定した生活を送る事はできなかった。結果として彼は、少しずつそういった事を頓着しない裏の社会に足を踏み入れていった。
ハーディから見たこの世界は”普通の人”が生きるのに最適化されすぎて、自分のような清廉潔白で無い人間が生きるのは難しすぎたのだ。
(骸装士であれれば、それでいい)
ハーディはただそれだけを胸に、その腕を裏社会でふるい続けてきたのだった。
そんな逃亡生活が10年になろうかという頃に至っても、ハーディの生活は安定しているとは言い難かった。セイワーズに連れ戻される事を恐れるあまり、細々としか力を振るってこれなかったのだ。骸装士の腕という意味であれば実戦経験は詰めたものの、安定した生活を送るためには決定的にお金が無かった。
ある仕事で関わったクライアントから一つの提案をされたのは、そんな時だった。すなわち、ハーディの骸装具を作る能力を活用しての、ゴブリンの骸装具を作るという仕事。先ほどのアルカのように訝しんだものの、その報酬にハーディは転んだ。十年の逃亡生活で疲弊した心に、そのギャラはあまりに魅力的だった。
そうして言われるがままに材料を提供され、作った骸装具をメビアの周辺にばら撒く仕事をここ最近してきた。その仕上げとして選ばれたのがソルケ村のダンジョンへ骸装具をばらまくことだった。
近くに村がある事は知っていたし、ゴブリン達の被害を受けるかもしれない事はハーディの頭にも過った。
(……今更か)
だがハーディは一瞬のためらいの後、骸装具をばらまいていた。自分はもう、こんな所にまで来てしまったのだから、と。
――その先で昔なじみだったアルカの事を見かけたのは、偶然でしかない。
「俺は骸装士であって、骸装具技師では無いから低品質なものしか作れなかったがな。まあ、ゴブリン用の低品質のものを作るくらいは問題ない。骸装士に関する技術を振るって、高いギャラが手に入るんだ。そりゃやるさ」
そう嘯くハーディに、アルカは信じられないと言わんばかりに目を見開いて顔を横に振った。
「でも、そんなの。おかしいよ。ねえ、帰ろうよ。地元に帰れば大丈夫よ。だってハーディ兄のご両親は悪いことをしたかもだけど、ハーディ兄は違ったんでしょ? なら帰っても罰せられないって」
それはハーディにとって、遅すぎた言葉。
「あの時はそうだっただろうな。けど、今こうやってゴブリンに武器を渡す実験をしている時点で一線は超えている。それに、もう誰かにコントロールされるのはうんざりだ」
思い出されるのは、必死に竜骸士になるためだけに努力してきたのに、それを親という自分ではない存在のせいで奪われるかもしれないという恐怖。
「もううんざりだ。だから俺は、自分で選んで骸装士としての力を振るう。骸装士として生きる。誰にも邪魔はさせない」
「でもそんな、悪になってまで骸装士にこだわるの? だって、骸装士って正義の味方だったんじゃないの? だから憧れて、だから目指したんじゃなかったの?」
その言葉にハーディは失笑した。確かに一番最初はそうだったのかもしれない。だが今の自分には骸装士として生きる事が全てになっている。それは昔から変わらない。それが奪われるかもしれない選択肢から逃げ続ける事は正しいのだと、ハーディは考える。 そして何より、アルカがそれを口にしている事がハーディには滑稽に思えた。
「は、何を言っている。ではお前はどうなんだ」
***
お前はどうなんだ、と問われた瞬間にアルカの背筋に冷たいものが走る。自分が骸装士を惰性でやってきたのだ、という自覚があるが故に。
「骸装士にこだわっているのはお前もじゃないのか? 良く言ってたよな、特級は無理でも一級骸装士になるって。それが自分の夢だって。……それで、今のお前は何級なんだ。とても一級には見えないぞ」
言われたアルカは体を縮こませた。骸装士は装備できる骸装具によってその等級が知るものにはすぐに知れる。骸装士としてはアルカよりも高みにいるハーディにそれを見通せないはずもない。なにしろ、かつて自分が相談だってしたことでもあるのだから。
「一級には成れなかったんだろ? 器用貧乏に中途半端な扱いをすることはできても、一つの骸装具を極める事ができない。それがお前の霊質だっただろうが。昔思い描いていた骸装士になれなかった私を責めるのならば、何故夢破れたお前が骸装士を辞めていない」
「だって……それは」
「自分で骸装士にしがみついたのだろう? 夢破れても、どんなに惨めても、骸装士でいたのだろう? 何故だ?」
「何故って……」
畳みかけられる問いにアルカは答えられない。それを見たハーディは小さく笑うと、着ていたコートを脱いで足元に落とした。その下にあったのは、竜骸を装備したハーディの姿。全身鎧でこそないものの、確かに竜骸を受け継ぎ装備した特級骸装士の姿。
「教えてやろうか」
暗い笑みを浮かべたハーディが、突如前かがみになったかと思うとアルカに向かって加速した。いつの間にか抜いていた剣を振りかざし、アルカに切りかかってくる。アルカは混乱しつつも咄嗟に骸装具のナイフを抜いて剣を受ける。ギンッ、という音を立てて刃同士が干渉し、ハーディが顔を寄せる。
「それはお前が骸装士にしかなれないからだ」
「くっ」
アルカの筋力では上背も負けるハーディに抗しきれない。後ろに飛んで下がったアルカだったが、ハーディはそれを追おうともせずにただ剣を向けた。
「お前の昔からの夢は一級骸装士だった。ただそれになれなかったからといって骸装士から離れる事ができなかったのは、お前が骸装士になる生き方しかしてこなかったからだ。だからこその執着なんだよ」
「ち、違う。執着なんて、してない」
「しているさ。未だに骸装士でいるのがその証拠だ。それにそんな自分に不満を持っているからこそ、セイワーズにいれなくなったのだろう? 自分が理想の姿ではないと突きつけられるのが辛くて逃げ出したんだろう? それでも骸装士であいるのだろう? 誰よりも骸装士に執着しているのがお前だろうが。そんなお前が、俺が骸装士に執着していることを否定などできるものか」
その理屈にアルカは反論できなかった。確かに自分は骸装士であり続けた。それ以外できなかったから。だから惰性であろうとも力を振るってきた。そんな惰性の力でも人の役に立てるのだと気づいた。
――そうして、自分がまだ骸装士でいていいのだと安心した。
「で、も、犯罪は間違ってる。自首だってできたはずだよ。国外逃亡は良くないけど、ご両親の犯罪の片棒を担いでいた訳じゃないんでしょ? 骸装具だって奪われると決まった訳じゃない」
「逆だよ」
「逆?」
「骸装具が奪われないと決まった訳では無いから、離れているのだろうが。それまで竜骸を受け継ぐことしかしてこなかった私から、骸装具を奪おうとする。そんな理屈を振りかざす所に戻れる訳がない!」
それはハーディの激昂だった。そうだ、仮にアルカも自分から骸装具を全て奪われ、骸装士としての生の全てを否定されたらどうなるのか、全く想像ができなかった。それと同じ恐怖を、それ以上の恐怖をハーディが感じているということを、アルカは想像できてしまった。共感できてしまった。
「もはや戻れないんだよ。今更戻った所で、竜骸が奪われる事は確定している。そんな私を許容してくれるほど、社会は甘くできていない。であれば、このまま生きるしかないじゃないか。世間的に良くない事であっても、犯罪であっても、それでも骸装士でいられなくなる事よりも何倍もマシだろうが」
アルカは反論できない。自分も骸装士である事を夢に見て行き、その結果としてしがみついているのだから。
だが、それでも。
「でも……あたしは、ハーディ兄に犯罪を犯してほしくない」
ポロリとこぼれ出たそれは、アルカの本音だった。かつて自分が憧れ、ああなりたいと願った姿そのものだったハーディが、その理想から外れ犯罪者として生きていく姿など、アルカは見たくはなかった。それはアルカの、少女としての願いだったのかもしれない。
が、それはハーディを失笑させることしかできなかった。
「笑わせる。自分は不格好であっても骸装士にしがみついていられる安全圏にいた上で、骸装士を辞めろと諭すとはな。――それとも、お前が止めるか?」
そう口にしたハーディから立ち上ってきたもの。それは紛れもなく殺気だった。アルカの憧れの存在であったハーディから始めてぶつけられる、明確な殺意だった。
次の瞬間、ハーディが再びアルカに向かって飛び、剣を振り下ろしてくる。筋力では対抗できない事を理解したアルカは身を横に翻すことで躱す、と同時にコートに魔力を流し、鉄針鼠の魔法を発動。コートの毛が逆立ち、ハーディを側面から襲う。
「効かんさ」
ハーディは右手右足をかざす事で防御。その手足にはめられた竜骸によって作られた防具は、鋼鉄の針による攻撃をいとも簡単にはじき返した。
「それならっ」
「お前の攻撃など効かんと言ってるだろうが」
回転そのままにアルカはわずかに跳躍。と当時にブーツの魔法を発動させ、強化された脚力でハーディの胸に蹴りを放つ。が、ハーディは左手でその足を下からかちあげることで防御。その動きで空中にあるアルカの不安定な体勢が崩れる――。
(まずいっ)
即座に横凪に振るわれたハーディの剣に反応し、アルカは再度コートに魔力を流す。魔法で鋼化された毛皮は剣の刃は防ぐものの、勢いまでは止められない。振り抜かれた剣はアルカの小さな体を容易く地面に叩きつけた。
「ガハッ!」
地面に叩きつけられた勢いのまま、アルカは地面の上を跳ね飛ばされていく。ようやく転がる体を止めて体勢を立て直そうとしたところで膝に力が入らない自分に気づく。
そう、結局のところ出力不足なのだ。攻撃力としても、防御力としても。アルカの力では、特級骸装士たるハーディは止められない――。
アルカの背筋に冷たいものが再度走る。それを冷たく見下ろしながら、ハーディが近づいてくる。ゆっくりと、一歩一歩。だがアルカは立ち上がれなかった。身体的ダメージ以上に、ハーディの言葉に衝撃を受けすぎていた。
それでも動かなければならない事は分かっている。骸装士である自分は動くべきであると理解はしている。しかし、体が動かない。
そんなアルカに近づこうとするハーディの動きが止まり、首を逸らした。と、その頭があった空間を何かが飛んで抜けていく。
「――お前の仲間か」
ハーディが見る方に顔を向けると――そこには険しい顔をしたダヤンと、今しがた銃を打ったであろうセーリッシュが駆け寄ってきていた。
***
「アルカさんから離れろっ!!」
駆けつけてきた二人のうち若い方――ダヤンがそう叫びながら、アルカとハーディの間にまず割り来んで来た。ハーディは牽制の為に剣を振るったが、ダヤンが纏霊術を行使して鎧を瞬時に構築し、はじき返す。
「ほう」
「うらぁぁぁっ!」
少し感心したハーディが感嘆のため息を漏らす。そこをダヤンが更に殴りかかってくる。その拳をかわして後ろに下がるが、それを追いかけるようにハーディの後ろから銃撃での援護が飛んでくる。セーリッシュの放った弾丸は過たずハーディの肘膝といった箇所を狙う正確なものだった。
が。
「効かんよ」
ハーディはそれら弾丸を簡単に身を捩る事で回避した。銃の向きさえ分かっていれば、直進しかしてこないセーリッシュの弾丸なぞ、前衛の戦士に通じる筈がない。更にそれを読んで立て続けにセーリッシュが放って来た弾丸も、ハーディは少し身を捩るか手甲ではじくことで防御できた。
セーリッシュの魔法は弾丸を生成する事なのだろうとハーディには読み取れた。そしてそれだけで精確な射撃を行ってくるセーリッシュの腕前も相当なものなのだろうということは分かった。が、それでも自身には通用しないことをハーディは見抜いていた。
そも通常の弾丸と比べれば多少威力は上ではあれど、それでもセーリッシュの弾丸ではハーディの骸装具を傷つけるだけの出力は持っていなかった。これは早く撃つための手法であり、魔力を貯めればより強い弾丸を放つ事ができるのだろうなということは理解するものの、その兆候は感じ取れてしまうため、現在射撃されている弾は威力が弱い事が見て取れてしまうのだ。
更に言えば、そうしたわかりやすさは目の前でなおも攻撃してくるダヤンも同じだった。
ハーディとアルカの間に入り、守るポジションをとる。またダヤンが前衛として突撃しつつも、セーリッシュもまた後衛としての援護を完璧にこなす。それなりに連携が取れた、プロの技術であろうことは見て取れた。
「だが、甘い」
ダヤンの纏霊術は防御力も高いだろうし、鉄の塊で殴られる事を考えれば一定の攻撃力はあるのだろう。だが、ダヤン自身の格闘術が驚異となるレベルには達していない。ゴブリンといった低級の魔物相手であれば問題が無かったのだろう。だが特級骸装士となるべく努力をし、また国を出奔してからも裏社会に身を置いてきたハーディにとっては、わかりやすい大ぶりのテレフォンパンチを繰り出してくるだけの獲物にしか見えなかった。
前衛のダヤンの攻撃は容易く避ける事が可能であり、後衛のセーリッシュの狙いは正確ではあっても威力にかけるのだ。ハーディを止められる戦力ではない、という理解は決して間違いでは無かった。
「僕が時間を稼ぎます。魔力を貯めてください!」
ダヤンがそう叫びながら両の手をガードのために前にかざす。どうやらセーリッシュの魔力を込めた攻撃でなければ通じないと理解して、時間稼ぎをするつもりのなったのだろう。それ自体は批難されるものでもない。先ほどハーディの剣を防御できた事から、耐えられると判断したのだろう。
「が、甘い」
なにしろ――ハーディの手にしている剣は、骸装具ではない。決して悪い品ではないものの、骸装具のような特別な力を秘めたものではない。故に、ハーディは剣は左手に持たせたまま、右手を振り上げた。その腕に着けられている手甲は、竜の牙からできている。つまり、その振り下ろしは竜の噛みつきにも等しく――。
「ダメだ、ダヤン避けろ!」
後ろのアルカのその言葉に反応し、咄嗟に後ろに飛び抜こうとしたのは素晴らしい反応だと言えるだろう。が、ハーディの右手はそれを追いかけるようにダヤンに迫った。
「――<竜の牙>」
竜は巨人な肉体とそれを操るに足る膨大な魔力を有しており、その動作一つ一つが魔力的操作を伴っているものと言ってよい。つまり、竜の動作それ自体が魔法。魔力を流し込まれた手甲はその牙に生前の鋭さをもたらす事となる。その一撃はダヤンの鎧を簡単に切り裂き、肩から腹にかけて体の前面を切り裂いた。もしダヤンが腕を構えたままでいたら、容易く切断したであろう。自ら後ろに飛んだ勢いのまま、声も上げられず血しぶきをまき散らしながら、ダヤンの身体はアルカの方へ転げていった。
「くっ」
セーリッシュがハーディの追撃を阻止すべく銃口を向け連射してくる。が、ハーディはそれを脅威に感じない。射撃手に自ら近づいていきながらも、その弾丸を全て防ぎきってみせた。焦るセーリッシュの銃に、ハーディが剣を振るう。ギィン、という音がして銃が跳ね上げられる。セーリッシュは銃を離さなかったようだが、それはそのまま胴体が無防備になってしまったことも意味する。
ハーディはそのままセーリッシュの腹に向かって前蹴りを繰り出した。
「グハッ!」
セーリッシュの身体がくの字に曲がり、ダヤンと同じように倒れたアルカの元に転がっていく。蹴ったハーディは足先にあばら数本を折った感触を感じていた。ともすれば内臓にまでダメージが入っているかもしれない。いずれにせよ、この場では戦闘不能に思えた。
「が、念には念をだ」
ハーディは剣を鞘にしまうと、両の手をアルカ達に向かって突き出した。右手で上から左手で下から。それは牙と牙で上下から挟み込む空間ができる事を意味する。それすなわち、竜の顎。
「は、ハーディ兄……そこまで、するの?」
信じられないというようにアルカの目が見開き、体が小さく震える。それでもなお、冷え切ったハーディの心は揺るがず、動きは止まらない。
「昔のよしみだ。手加減はしておいてやる。が、邪魔されたくないんでな」
両腕で模倣した竜の顎の間に魔力が集中する。それは竜の口内に超魔力が生じた事を意味し――。
「――<竜の吐息>」
ドラゴンブレス。竜の口腔から放たれた魔力の光が、アルカ達三人を襲った。込める魔力は多少少なくしたし、殺すつもりもない。だが、出力に欠ける三人に抗しきれるものでもない。ハーディが放った光の奔流は、山の斜面を削りながら三人に伸びていく。
「ハーディ兄ぃぃぃぃぃぃぃ!」
ハーディの放った閃光の中に、アルカの叫びが消えた。
――どれほどの時間が経ったであろうか。ハーディの目の前には、抉れてすっかり様相を変えた山の姿があった。アルカ達の姿は無かったが、消し飛ぶ程の魔力を込めたつもりもない。恐らくがけ崩れに巻き込まれて下に落ちたのだろう、とハーディはため息をついた。
「まあ、これで邪魔はされないだろう」
自分が少しほっとしている部分があるのを感じつつ、それがアルカを殺さなくて済んだ事から来ることをあえて無視しながら、ハーディは落ちていたコートを羽織り、骸装具を覆った。




