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「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
深く頭を下げるウェイターに軽くうなずいてみせながら、ナナセはレストランの中に入っていった。メビアきっての高級ホテルの中にあるレストランは、この街に住むナナセでさえ来たことが無い程の格の高さを示すように、広い空間、敷き詰められた絨毯、そして品の良い調度品等、何から何までが上品さを感じさせていた。
アルカに怒りの声をぶつけられたナナセだったが、時間に迫られていた事もあり追いかける事もできず、ラペルとの待ち合わせに向かう事を余儀なくされていた。
アルカ達への救援をギルドに依頼する際に、その場にたまたま居合わせたラペルが言葉を添えてくれたのだ。そのお返しと言ってはなんだが、と食事の約束を持ちかけられれば、ナナセも断る事はできなかった。
声をかけてくるウェイターを軽く手で断りつつ、レストランの中を見回す。一番目を引くのはステージ上で歌っているエルフの吟遊詩人だろうか。長い金髪とエルフ族特有の長い耳。整った顔立ちと、華奢な体型にドレスを纏っている。額を隠す大き目のサークレットと、長耳につけているピアスについた宝石がやや時間帯に合わないものの、手にした竪琴を奏でつつ美しい声で静かな歌を歌う彼女は、それだけで一枚の絵の様だった。
視線を転じれば、テーブルの一つにラペルの姿があるのに気が付く。いつも通り高級そうなスーツに身を包み、携帯端末で会話している様子は、それこそエリートサラリーマンそのものという風体に思えた。まだまだ話そうだなと思ったナナセは、ラペルの会話が一段落するまではと少し壁際に避けて待つこととした。
ラペルとナナセの出会いは、ディアニス・エンタープライズの入社後のパーティの事だった。新人だけで親睦を深めよう、と声を上げて皆をまとめ上げたのがラペルだった筈だとナナセはうっすらと覚えていた。
その頃からやることが如才なく、同期の間でも評判は悪く無かった。ディアニス・エンタープライズに入社する人間であれば誰しもが一定の実力とプライドを持つが、その中で彼はコミュニケーション能力が高いのか、誰に対してであっても友人として打ち解けていた。
(私とは逆だったな)
対してナナセは技術者としてのみ入社したつもりがあり、同期との親睦を深める事にもあまり意味を感じていなかった。パーティへ参加したのもただ飯を食うためという、一流企業に入った身としてはやや低俗と言われても仕方がない理由ではあった。とはいえ本人は自分の事にはルーズなので、少し良い食事をしようと思えば、誰かがおぜん立てしてくれた何かに乗っかるしかないと自覚していたのだ。
そんな会場の端でもくもくと食事をしていただけのナナセにも、ラペルは声をかけてきた。爽やかな好青年、というイメージをそのまま体現したように会話を繰り広げてくるラペルに、自分のような会話がつまらない相手にこうも話を転がせるなぞ凄いな、とナナセは見当はずれなことで関心したものだ。
結局その後もナナセは配属された部署でひたすら技術者として働いていたが、それでも最低月に一回はそういったパーティなどの他人と接する場を作ってくれたのはラペルだった。自分でもコミュニケーション能力の低さを気にしていたナナセは、そんなラペルに少し感謝していたのも確かだった。
(会社を辞めた私にまた声をかけてくるなんてな。マメな奴だな、ほんと)
と、ラペルがナナセに気が付いたようだった。携帯端末に一言二言指示した後に電源を切り畳むと、こちらに手を上げてきた。ナナセが静かに寄っていくと、ラペルはいつもの爽やかな笑顔を見せてきた。
「すまない、ちょっと仕事の電話でね」
「だろうな。こんな時にも仕事とは大変だな」
「とは言え、こんな時間にこんな所で食事をするだけの自由をもらえてるのは感謝してるさ」
促されて座り、ファーストドリンクとして注文したワインが到着した所で、ラペルが自身もワイングラスを掲げてきた。
「最初はどうなる事かと思ったけれども、起きたスタンピードも解決してくれたということで感謝しているよ。乾杯」
「乾杯」
口にしたスパークリングワインの香りが思いの他心地よく鼻孔をくすぐり、ナナセは
(こんなのにも高級なものってあるんだな)
とまたおかしな方向で感心していた。
***
都会を主張するようなコンクリートの道をトボトボとアルカが歩いている。車が近くを通り風が髪の毛を揺らすが、アルカが気にした様子はなく、ただただその目は暗く、地面を見つめていた。
ナナセを振り切って事務所を飛び出してしまったアルカは、一言で言ってしまえばわかりやすく落ち込んでしまっていた。その理由は大きく二つあった。
(姉さまに怒鳴ってしまった……)
アルカにとって、ナナセは尊敬すべき存在だった。それに反抗したなど初めての事で、ナナセの物言いよりも自分の言動の方にショックを受けてしまっていた。
少し歳の離れた姉であるナナセは、アルカが物心ついた時から”凄い”存在だった。
涼しい顔をして大人顔負けの問題をひょいひょい解くし、学校での成績のずっとNo.1だった。運動は苦手なようだったが、そんなことナナセの魅力を損ねる事になるとはアルカは考えていなかった。
セイワーズの大抵の子供がそうであるように、アルカが骸装具にはまり始めた頃、ナナセが練習していた骸装具を貸してもらい、アルカの方がその場でうまく扱ってしまった事があった。もしかしたら姉に怒られてしまうかもしれない、と思ったアルカが恐々とナナセの顔を見上げると、彼女は笑みを浮かべてアルカの頭を撫でてくれた。
『凄いな。アルカはあたしよりもずっと骸装士の才能があるんだな。じゃあ、骸装士のことはアルカに任せたよ』
その言葉が、アルカが骸装士の道を歩くための決定的な一言になった。
骸装具を扱う練習をピタリとやめたナナセは、空いた時間で情報系の勉強を始めた。それは世界的に見ても先進的な分野であり、才能を発揮していったナナセはやがてセイワーズからアルメリアの大学への留学生となる事となった。姉と離れ離れになると知った時は、アルカはガン泣きしたものだ。最後には納得させられひどい顔でナナセを見送り、そのことすらも後悔するという日々が続いたりもした。
そんなナナセが大学でも優秀な成績を収め首席で卒業し世界的一流企業に就職したと聞いた時には、アルカからナナセに対する尊敬の念は膨れ上がるばかりだった。
だから、何らかの理由がナナセが世界的企業であるディアニス・エンタープライズを辞めたと聞いたときも、ナナセに何かしらの理由があるのだろうと思っていたし、尊敬の念が薄れる事もなかった。
こうして思い返してみれば、骸装士になる夢の最後の一押しをしてくれたのもナナセであれば、自分どころか他人も認めざるを得ない程の実力を示したのもナナセであり、アルカにとっては自慢の姉以外の何物でもないのだ。
そんなナナセに、男の影がちらつくのはアルカにとっては想定外の事でありすぎた。解釈違いがすぎた、と言い換えても良い。冷静に考えれば自分が間違っているのはアルカも理解はできるものの、突然出てきたラペルに反感を持ってしまったのも、ラペルがどうこうというよりもナナセがとられてしまうという危機感から来たものであるのが大きかった。
だから自分が大事な話をしようとしてる時に、ラペルという第三者の話が混ざりこんでしまう事にイラつきを感じ、思わず叫んでしまったのだ。
そう、大事な話をしている時に。
(ハーディ兄……)
先ほど話していたこと、つまりハーディ・ドミニクに関する事だ。
思い起こせば、幼少期のナナセとの楽しい思い出の中には、常にハーディの姿があった。
ハーディは本当にただの近所に住んでいた人、でしかない。それがアルカが本格的に骸装士を始めるにあたって、一番身近にいた骸装士になるべく努力している人がハーディだったから、アルカの方から絡みに行っていた事を思い出す。
今から考えれば若干ハーディの両親は驚きというか若干迷惑という感情をうっすら顔に漂わせていたような気もしてくる。が、子供に怒る事は名門としてするべきではないと判断したのか、ハーディとアルカの交流を邪魔するようなことは無かったし、そのうち家に呼んでくれるようにもなった。
家族ぐるみ、というのは親同士の交流は少なかったようだが、少なくとも子供同士つまりハーディ、アルカ、ナナセの三人は仲良くやっていたと思う。
それが最初に崩れたのはナナセが留学でいなくなってしまった時だ。物心ついた時からずっと一緒にいた最愛の姉がいなくなってしまった事の影響は大きく、結果としてアルカが骸装士にそれまで以上にのめりこむ事に繋がった。だがこのころには既にアルカは自分の才能の限界を感じ始めており、その壁を突破する方法を思案してもいた。だからこそ、自分の先に確実にいることがわかるハーディへの尊敬と依存が強くなってもきた。
その挙句がドミニク家の犯罪、そしてハーディの失踪である。
それはアルカにとってあまりにも大きな心の傷となった。そしてそれが故なのだろう、ハーディの事を思い出す事を辞め、遠ざけるようになったのは。思い出す度に心がつらくなるのだ。ならば、思い出さない方がよっぽど良い。
そうアルカが考えたためなのだろう。ハーディの近況についてアルカが全く聞いた事もないと聞いて、ナナセが驚いたのは。もしかしたら地元ではそれなりに知られている事なのかもしれない。
が、あの憧れのハーディ兄が、犯罪者として有名になってしまっている。そのことは、改めてアルカの胸に重くのしかかる傷となっていく。
(でも、なんで……)
アルカにとっては失踪の前日までは、それまでのハーディだったのだ。頼りになる、兄の如き存在だったのだ。それがいきなり失踪したと聞かされ、混乱するしかなかった少女は、状況を何も理解していなかった。そして理解を拒んできた。
(聞きたい……)
何が起きたのか。何故いなくなってしまったのか。そして、今まで何をしてきたのか。それをハーディに直接聞きたい、という思いがアルカの中で強くなっていく。
しかし曲りなりにも彼は今犯罪者、と少なくとも思われている存在だ。会いたいと言ったところですぐ会えるわけではない。
ではどうすればいいのか。
そんな事を考えていた時だった。アルカの記憶の片隅にうずくものがあった。
「そうだ……そう言えば……」




