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短いので二話投稿(2/2)
「……ただいま」
「ああ、おかえりアルカ」
ギルドにてダニエルから散々質問責めにあった後、アルカは漸くトドロト事務所に戻ってこれた。体力を回復する時間はあった筈だが、精神的に不安定であり、体の疲れは全く抜けていなかった。
少し古びたいつもの事務所の扉を開けると、そこにいたのは珍しくちゃんとした服を着たナナセだった。その顔を見て、ようやくアルカは少し安心して心の強張りが解けるのを感じた。セーリッシュとダヤンも自宅に帰っているらしく、久しぶりに姉妹の二人であうのだ。どうしたって安心感を感じてしまう。
「姉さま。なんか、久しぶりな気がします」
「ああ、大変だったな」
ナナセがかける労わりの言葉が染み入るようで、アルカは事務所のソファに腰掛けると疲労がドッと出るのを感じる。勢いこんで座ったために舞い上がった埃にさえ、少しの懐かしさを感じてしまう程だ。
「それで――その」
「聞きたい事があるのか?」
アルカが言いよどんでしまうのは、自分が導きだしたのと同じ結論を姉ナナセが出してしまうのではないかという恐れからだった。そうあって欲しくない、という思いがアルカの口を重くしていた。
しばらく沈黙が続く。ナナセの顔を真っすぐ見る事もできず、どうしても踏み出せないアルカの代わりに口を開いたのはナナセの方だった。
「骸装具の件でしょ? 多分、アルカの考えている通り、ハーディの仕業だと思うわよ」
「!?」
言われて顔を跳ね上げて姉の顔を見るアルカ。ナナセの顔は、至極当然という様子で話ており、驚いている様子は微塵も感じられない。元々考えていた、というよりもそれ以前から想定し理解していたような口ぶりであるとアルカには感じられた。
むしろそのアルカの反応に、ナナセの方が眉間にしわを寄せた。
「ちょっと待って。もしかして、ハーディの事何もしらないの?」
「ハーディ兄、の事?」
「ああもう。そうか、だから話がかみ合わないのか」
頭をかいたナナセが煙草を取り出して火をつけ、テーブルに灰皿を置きながらソファの対面に座りつつアルカの顔を覗き込む。
「セイワーズを出た後のこと。その後、何をしているか」
「知らない。……調べた事もない」
「なるほどね」
アルカにとってはハーディは、幼い頃の憧れであり、それを裏切った相手でもある。故に、目の前からいなくなった後には思い出す事すら忌避していたのだ。その後の事など知る由もない。
それを知ったナナセが話してくれたハーディの事は、アルカがこれまで全く想像もしていなかったことだった。
ドミニク家による骸装具の技術流出。その発覚はセイワーズを大きく揺さぶった。セイワーズの名門十二家の一角であるドミニク家の、華々しい見かけに隠されていた凋落。そして何より、国の秘匿技術とされていた骸装具の技術が他国に漏れたとあれば、それは国際問題にまで発展する程の重みをもっていると言わざるを得なかった。
しかし結果から言えば、この件はそこまで大きくなる事は無かった。ドミニク家への取り調べ並びに調査から、流出した情報がまだ初歩に限ったものであると分かった為である。無論、初歩であっても禁止行為であることには変わりないためドミニク家は罰を受ける事になったが、少なくとも骸装具の技術を保持するという意味においては、セイワーズという国の面子は保たれる結果となったのだ。
が、こうなるとそれ以上に問題となったのが、ハーディの事だった。ドミニク家の犯罪が発覚した直後、ハーディは竜骸装具の一部を装備したまま、国を出奔したのだ。
ハーディが竜骸装具を受け継ぐ為に幼少の頃より努力しているのは皆が知る事であった。そのため、ドミニク家の犯罪発覚により竜骸が奪われる事に恐怖を抱いて逃げたのだろう、というのが当時の調査結果だった。
ドミニク家に代々伝わる骸装具、通称竜骸は全身鎧に武器を含めた、複数の骸装具のワンセットである。常に全てを装備して回るものでもないが、当時はハーディは一部を軽装という形で身に纏っており、修行に励んでいたらしい。そしてそのまま親の犯罪の発覚をしり、逃走したとのことだった。
このドミニク家のみならずセイワーズという国としての宝でもある竜骸装具の持ち出しは、両親の引き起こした情報流出以上の問題となった。国の恥を大っぴらにすることもできず、セイワーズは密かにハーディの居場所を探った。
もしこの時、ハーディが発見されてセイワーズに連れ戻されていれば、問題はそこまで大きくならなかったかもしれない。ハーディ自身が犯罪に関わっていない事は分かっていたし、戻ればむしろドミニク家の次期当主として認められていた可能性もある。
しかし、ハーディはそう想像するだけの冷静さを持てる若さでは無かったし、そしてセイワーズからの追っ手をまいてしまえる程度に優秀だったことが不幸だったと言える。
結局セイワーズはハーディを見つける事ができず、捜索を打ち切らざるを得なくなった。不名誉な事に、セイワーズから特級骸装具が一つ消えた、という結果になったのである。
ハーディをとらえる事はできなかったが、セイワーズは調査の手を尽くした。その結果、ハーディは犯罪者と扱われ、裏社会を転々とする事ができなくなった。
一部とはいえ、竜骸を使いこなすその力は本物である。ハーディはその力を振るい、マフィアのボディガードなど、裏社会の仕事を細々とこなすという生き方に堕ちたらしい。
そして幼少の頃より骸装具を受け継ぐべく努力をしていたハーディは、その一旦として骸装具の作成についても勉強をしていたとのことだ。
「つまり――金に困ったハーディが、骸装具作成の技術を金にしようとしたというのは、普通に考えられる事なんだ」
煙草を灰皿に押し付けながら言うナナセの言葉に、アルカは混乱していた。全く情報を仕入れてこなかったアルカにとって、兄と慕ったハーディがそんな状況に陥っている事を初めて知り、心が乱れるしかなかったのだ。
「で、でもそんな。ここにハーディ兄がいるって決まった訳じゃ……」
「これ、ここ一か月以内に撮られた写真らしい」
ナナセに渡されたのは、メビアのどこかの店の防犯カメラの映像らしかった。画素数が少ない画像をアップにしたと思しき荒い画像には、やや険しい顔をした男が映っていた。そこには確かに、アルカが覚えているハーディの面影があった。
ハーディが関わっているかもしれない、と考えたナナセが事務所で色々調べた結果、見つけてきた画像とのことだった。
「そういう訳で、ハーディが関わっている可能性が非常に高いと考えざるを得ないんだ。技術流出が出来そうな人間が、ここにいる事がわかった以上はね」
そのナナセの言葉はただただ冷静な響きを持っていた。アルカ程ではないが、ナナセもハーディとは多少なりとも関わりがあった筈なのに。それでいてこのあまりに冷静な言葉にアルカが思ずカッとして顔を上げる。
「いくら何でもそれは言いすぎ――」
初めてナナセの顔をしっかりとみたアルカは、そこでようやくナナセが外行きの服装をしている事、普段は滅多にしない薄化粧をしている事に気が付いた。
「ど……どこかに出かけるんですか、姉さま?」
「ああ、ラペルに食事に誘われていてな」
その言葉は、アルカから冷静さを奪い去った。ハーディが関係しているかもしれないのに、こんなにも自分が混乱しているというのに。
(よりにもよって、あのラペルと食事に?)
その思いは、グチャグチャになった思いがアルカの口から飛び出した。
「あんまりです! 姉さまの……姉さまの――馬鹿っっっ!!!」
最愛の筈の姉に怒りの声をぶつけると、アルカはソファから身をひるがえし事務所を飛び出していった。




