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短いので二話投稿(1/2)
「ったく、正気には戻ったか?」
洞窟に入って少しして、アルカは掴んでいたセーリッシュを床に放り投げた。地面を転がされたセーリッシュは少しせき込んでいたが、やがて立ち上がるといつもと同じ笑顔を浮かべて振り返った。
「失礼しました。大丈夫です、ご心配をおかけしました」
「心配はしてねーよ」
つい先ほどまで本性であるキレた姿を見せていた以上、この笑顔が外面であることはこの上もなくわかり切っているのだが、それを微塵も感じさせないような彼の笑顔に、アルカは胡散臭いという印象をなおも強くした。
「それより、特大のを一発撃てるだろうな?」
「一発は問題ありませんが、それ以上は――」
「なんだ、霊力を使いすぎたのか?」
そこまでキレて消耗したのかという避難の色がアルカの声に宿ったのがわかったのか、セーリッシュが押しとどめるように両手を前に出した。
「違いますよ。霊力的な問題というよりも、場所の問題です。二発以上撃ったら、多分ここ崩れますよ」
「まあ、そりゃそうか」
言われて周りを見渡す。洞窟と呼んだが、それよりは洞穴という方が正確なように見える。ダンジョンコア型のダンジョンは、元々存在した洞窟なりがベースになる。よって構造もダンジョン化前のものに依存する。ダンジョンコアによる浸食が進めば性質が変化することはあれど、作り自体には影響しないのがコア型ダンジョンの特徴でもあった。
恐らくここは熊か何かの魔獣の巣穴だったのだろう。やや広めに作ってはあるものの道自体は一本道のように見えた。奥もそこまで広くはないから、埋まれたゴブリンは洞窟前の広場にたむろすことになったのだと推測できた。
「じゃあさっさと仕留めに行くぞ。ダヤンにいつまでも守らせておく訳にもいかないしな」
「彼は嬉しそうでしたけど?」
「馬鹿か。いくぞ」
ダヤンの心情を口にしたセーリッシュに、だからなんだと返したアルカは、歩を前に進める事にした。
ダンジョンの中は、当然灯りなどない。が、アルカには骸装具の眼鏡があるし、羽ペンの骸装具で光の粒子を進行方向に飛ばすことでセーリッシュの視界も確保していた。おかげで二人は問題なく一本道を進んでいく。たまに出てくるゴブリンは、光の粒子に照らされて姿が浮かび上がった瞬間にセーリッシュが弾丸を放つことで即座に対処していた。
やがて二人が至ったのは、少し広くなった空間だった。天井も高く、これまで進んでいた道からは信じられないくらいに広がった空間。
そこにいたのは数匹のノーマルゴブリン。奥に鎮座されているのが黒き禍々しき揺蕩う闇を纏った石――ダンジョンコア。そして、その前に一際大きな存在がいた。身長はアルカの二倍はあるだろうか。筋骨隆々といった態で、子供の如きノーマルゴブリンの面影など残っていない。ゴブリンジェネラルであった。
その手には歪な形をした大きな棍棒が握られていた。木ではなく、何らかの骨で作られていそうなそれにアルカはわずかな違和感を思えたが、それにしてもアルカの身長程の大きさを誇っており、振るわれたそれにあたったならば、アルカでは瞬時に潰されてしまうだろうと思えた。
「どうします? 意外に防御力も高そうですよ?」
「舐めんな。前と同じだ。お前は特大のを準備しとけ。あたしがあいつの動きを止めてやる」
「……了解しました」
「これが落ちる前に――行くぞ!」
アルカが魔力を込めていた羽ペンから光の粒子を天井に向かって放つ。天井にあたった光の粒子は、広間中に弾け飛んで全体を明るく照らす。その光の粒子が全て地面に落ちるまでに終わらせるべく、アルカは地面を蹴った。
アルカも、ダヤンも、セーリッシュも。多数相手には決して向いているとは言えない。が、ゴブリンジェネラルと言えど一匹相手ならば、決して相手にできない訳が無い、というのがアルカのプライドであった。
ゴブリンジェネラルは、低位のゴブリン達とはその肉体の在り方までもが完全に違った。このレベルまでくればソルジャー級の時の名残すらもありはしない。全てを高レベルで体現するもの。それがゴブリンコマンダーすら遥かに凌駕した存在であるジェネラル級なのだ。
光の粒子によりいきなり光の中に入る事になったゴブリンのノーマル級はその明暗差についていけずに動けていない。しかしジェネラルだけは雄たけびを上げながら、アルカに向かってとびかかり棍棒を振り下ろしてきた。その速度、棍棒に込められた威力も桁違いなのは見て取れたアルカが身をかわすと、地面をたたくことになった棍棒はそのまま地面を陥没させてあたりに土の破片をまき散らすことになった。
「ウゴァァァァ!!」
知能は低くはないが、完全にアルカを獲物とみての事だろう。叫び声を上げながら再度魔力をにじませた棍棒が横に振られるのを、アルカはその場で飛び上がることで回避。顔の近くまで飛んだところでブーツに込められた身体強化系魔法を発動。強化された脚力でそのままジェネラルの顔を蹴とばした。
「ガッ」
しかしアルカの蹴りは、わずかに体勢を崩すだけで本質的なダメージを与えられなかったようだ。言ってしまえば女学生の平手程度の威力としか通じなかったのだ。
それを確認後、アルカは地面に着地すると同時身体を回転させ、抜いていたナイフをジェネラルの太ももに突き立てる。
「これも、ダメか」
アルカのナイフは太ももに直撃したのは間違いない。しかし魔力により強化された肌が、刃を全く通さなかった。防御力が高いとはそういうことだ。半霊生物たるゴブリンのジェネラルともなると、刃すら通さない強靭な皮膚すらもつようになるのだ。
舌打ちをしつつ一旦間合いをとったアルカをジェネラルが見る。が、すぐに視線をアルカの後ろにいるセーリッシュの方に向けた。
侮ったのだ。
アルカの攻撃は二回もジェネラルに直撃したものの、いずれもダメージを通す事ができなかった。つまり、ジェネラルにとっては優先度が低い相手に成り下がったのだ。
それはアルカにとって屈辱的な事ではあっても、「ま、惰性でやってるからな」と自分を納得させることができることでもあった。
「でもま、やりようはあるんだよな」
アルカはコートを脱ぐと、その首のところをつかむと再度ジェネラルに向かって突進する。自分から注意を逸らしたジェネラルに誅すべく、アルカは鞭のようにコートを振るった。鞭のようにとは言ったが、所詮ただのコートである。ゴブリンジェネラルの太い脚にまとわりついたものの、それでダメージを与えられるものでもない。
が、次の瞬間にアルカはコートに魔力を流し込む。と同時にブーツの骸装具も起動させ、瞬時にその場を飛びのきコートを引き抜いた。アルカに引っ張られたコートはまとわりついたジェネラルの足を高速で撫でるようにほどけていく。と同時に発動された物質強化魔法によりコートの毛が鋼鉄の針となる。それがジェネラルの足を擦っていくというのは、例えるならば鉄製のやすりで肌をこするようなものだ。
決して致命的なダメージを与えられるものではない。しかし高速で引き抜かれたコートは皮膚を削り、ゴブリンジェネラルに激痛を与える事に成功した。
「グギャァァァァッ!?」
自分にダメージを与えることができない、と判断した筈の相手から与えられた激痛に混乱するゴブリンジェネラル。それは決定的な隙であった。
「さすがアルカさん。またしても有言実行」
そしてそんなゴブリンジェネラルに銃口を向けるセーリッシュの姿があった。
***
アルカがゴブリンジェネラルと戦っている間、セーリッシュは少し移動しつつ聖言を唱えていた。
新界において最も信徒が多い宗教は、実在した三柱の聖神を奉じる聖神教である。聖神教はアルカ達がいる聖アルメリア合衆国の国教でもあった。
三柱の聖神は、それぞれが一つずつ神器を信徒に与えていた。すなわち聖剣、聖典、そして聖杯である。
聖神教には、この三種の聖神器の名を冠する騎士団がある。セーリッシュはその内の一つ、聖典騎士団に属する聖典騎士と呼ばれる存在だった。
聖典騎士の団長は聖典を与えられ、配下の聖典騎士には聖典の紙片が与えられる。
紙片。
そう、新界以前から伝わる故事に、昔聖女が魔物の脅威から民を救うためにもっていた聖典の紙片を与える事により皆に聖神の加護を与えたというものがあった。それに則り、正式に聖典騎士に任じられた際にその証として聖典から紙片を切り出し与えられるのだ。
聖神器としての聖典は、物質ではあるものの本質的には霊的な存在である。よって聖典そのものを損なうというよりも、聖神器との繋がりを各騎士に持たせることになると言える。
聖典騎士の序列が上位になればなるほど、より多くの紙片が与えられ、より多く聖神器との繋がりを持てるということになる。
セーリッシュは聖典騎士序列七位。数ページ与えられた聖典の紙片を通し、聖神器の力にアクセスすることができる。
「――<聖典降臨>」
セーリッシュが唱えると、その左手に高密度の魔力が発生。やがてそれが光り輝く一冊の本の形をとる。それは高密度の情報の塊であると共に、高密度の魔力リソースでもある。聖典騎士はその力を己の力としてふるう事が可能なのだ。
セーリッシュは降臨した聖典を右手の拳銃に重ねる。それにより<砲弾聖成>により膨大な魔力が注ぎ込まれ、より強力な砲弾が顕現していく。
そしてそのタイミングでアルカの攻撃によりジェネラルの動きが止まった。
「さすがアルカさん。またしても有言実行」
言いながらセーリッシュは狙いを定め、引き金を引いた。聖典の力を込められた聖なる砲弾が拳銃から放たれる。ゴブリンジェネラルはそれを防御すべく体内の魔力を活性化させ、霊的な防御力を高めた。が、聖なる砲弾はそれすらも容易く飲み込み貫いていく。
ゴブリンジェネラルの身体は着弾と同時に瞬時に光の中に蒸発していく。砲弾はそのまま貫き、その背後にあったダンジョンコアをも直撃した。コアの暗黒の輝きが拮抗したように見えたのも一瞬の事。
ダンジョンコアは聖典の輝きに抗しきれず、そのまき散らした瘴気を浄化されながら砕け散った。




