3-4
更に木々の影が長さを伸ばした頃。三人は目的地の近くまで来ることができていた。その中にあって、もっともホッとしているのがダヤンだった。
(なんとか、ここまでこれた)
ダヤンはトドロト事務所の新人枠ではありつつも、纏霊術を用いればゴブリンになど負けることは無い。だが、その纏霊術を用いればというところがポイントであり、体術のみであればまだEランクに範疇である自覚があった。
今はその纏霊術を使う事ができない。ダヤンの霊力がそこまで無いからだ。霊力の少なさから継戦能力に欠けるため、そこを体術と共に鍛える毎日を送っているのがダヤンだった。
故に、今は無防備に歩いているのだ、という緊張感がダヤンの心と体を縛っていた。本番はこの後なのだ、ということがわかっていても体に不要に力が入ってしまう気がする。意識してしまえばなおも体に力が入る悪循環だ。慣れない山道を歩いているという事もあり、ダヤンは知らず知らずのうちに疲労をためてしまっている自分に気が付いていなかった。
と、先頭を歩くアルカの足が止まった。ダヤンも足を止め、アルカが指し示す木々の先を見ると、そこには想像通りゴブリンの一団が後進しているところだった。
姿勢を低くして視界に入らないようにするも、心臓の動悸がうるさい。目的地に近づくにつれてゴブリンとの遭遇する確率は上がるとは聞いていたが、それでも遭遇する時に意外と至近距離だったことに驚いたのだ。
(でもそうか。結局ゴブリン達も僕達の目的地から出発してるんだもんな……)
目的地に近づけば出会う確率は勿論、接適距離も短くなるのは当然の理屈だった。だが、前者に対しては想定していたが、後者に対しては油断していたダヤンはわずかにパニックになっていた。
それでも咄嗟に声を抑えられたし隠れる動作をすることができたのは、日々の努力の結果であることは間違いなかった。
目の前の集団は、どうやら目的地としている洞窟から今出てきたばかりなのだろう。やり過ごす事ができたゴブリンの一団と比較すると、やや統率が取れていないように見えた。逆に言えば、寄り道をして脇道にそれるゴブリンがいる確率が高いということだ。
それを考慮したのか、アルカがわずかにゴブリン達から離れる方向に移動することを指示してきた。その事にダヤンは少し安堵する。やはり纏霊術も使わずに敵の近くに無防備に隠れることの緊張感に耐えきれなくなってきたところなのだ。
ソロリソロリとゴブリン達の群れから離れるように移動を開始する。アルカの方に移動しよう、そうダヤンが身をかがめたまま足を進めた時だった。
ガクン、と足の力が抜けた。
それは極度の緊張状態であり、ダヤンの自覚以上に疲労がたまっていたが故の事だったのだが、その突然の事にダヤンは一瞬パニックに陥った。慌てて体勢を立て直そうとして近くの草木に手を伸ばし、体を支えてしまったのだ。
当然それにより、ダヤンが体重をかけてしまった木々がガサガサと不自然な音を立ててしまう。
(しまった!)
慌てて木から手を放し地面に突っ伏すダヤンだったが、それを見逃してくれる程ゴブリン達も甘くはなかった。誰の指示だったのだろう、確かめるべしとしたのかゴブリンのうち数人が三人の元へ向かって来た。
それは、ごまかしきれるほどの距離でも人数でも無かった。
一瞬後、プシュプシュという軽い音と共に、向かってきていたゴブリン数人の額に穴が空く。セーリッシュの射撃だ。突然の音と倒れていくゴブリンの姿に、残ったゴブリンが戸惑っている内に――。
「走れ!」
アルカの号令と共に、ダヤンは足に力を入れて、アルカの示す方へ全力で走り出した。気が付いたゴブリン達の怒号を背に。
***
(これはちょっとまずいかもな……)
銃音を響かせ迫りくるゴブリン達の命を確実に奪いながらも、セーリッシュは内心そう焦っている自分を感じていた。
ダヤンのミスによりゴブリンの一団に気づかれたセーリッシュ達は、強行突破することを選んだ。見つからない事はあきらめ、自分達が消耗しきらない内に目的地たる洞窟へ飛び込む事としたのだ。
これは言ってしまえば想定内ではあった。元々ダンジョン化した洞窟に近づこうとすれば、いずれはゴブリンに見つかる事になるのだ。であれば遅かれ早かれゴブリン達の群れを強行突破するという覚悟はしていた。
想定外であることがあるとすれば、ダンジョンへの距離がやや遠い場所で発見されてしまったこと。そして、ダヤンの消耗が想像以上に激しかったことだ。見つかるとしても何らかのミスの結果であるとは思ったが、体の力が抜けてしまったが故にというのはやや良くないと考えざるを得なかった。
もっとも、この事でセーリッシュはダヤンの事を攻めるつもりは毛頭無かった。まだ経験が浅いダヤンを連れていくのだからある程度のミスは許容すべきという覚悟はセーリッシュにもアルカにもあったのだ。むしろ、こうなってもパニックになり過ぎず、自らの身を守る程度には戦えているダヤンには感心すらしているところだ。
ダヤンは纏霊術の使い手であり、それさえ使えばソルジャー級のゴブリン相手であれば問題なく倒せる。しかし霊力総量の問題で、ダヤンは一定時間しか纏霊魔法を行使できないのだ。だからこそ今はずっと纏霊術抜きでの戦いを強いられている。ともすれば、恐怖から勝手に纏霊術を使ってしまってもおかしくないのに、言いつけを守ってそれをせずに立ち回れているのだから、むしろ大したものだとすらセーリッシュは思っていた。
(それよりも、問題なのは自分だ……)
ダヤンの後ろから近づこうとしていたゴブリンの数匹に向かって、立て続けに引き金を引く。激しい銃音を立てながら射出された弾丸は、過たずゴブリン達の命を奪った。ダヤンの後ろを追いながら、自分に取り付こうとしているゴブリン達をも射殺し、セーリッシュは一行の最後尾として動いていた。
静穏性を高める為に威力を抑えていた先ほどまでとは違い、セーリッシュの放つ弾丸は、角度さえ調節すれば2,3匹のゴブリンをも同時に倒す事ができる威力を誇っていた。が、そこまでの威力の弾丸を作る<弾丸聖成>を使ったところで、セーリッシュの霊力切れは当分気にする必要は無かった。
理由の根底には勿論、セーリッシュが日ごろから鍛えていたというものがある。が、その上<弾丸聖成>による射撃のコストパフォーマンスが高いのだ。まず使用している拳銃は、聖都で研究開発された神聖金属セレスタイトで作られた特注品である。魔力の伝導率が高く、消費が少なく<弾丸聖成>を使用することができる。その上、作成する弾丸自体がそれほど大きいものでもないし、狙いを定めたり射出したりといった分についても、拳銃と自身の腕でカバーできるのだ。威力に対する魔力の消費量としては、極小と言ってよい。
勿論、それでいて敵に当てる事ができなければ話は別だが、セーリッシュの射撃は過たずゴブリン達の急所すなわち頭や胸を確実にとらえていた。銃という武器のヒエラルキーが低い現代となっては、聖都で騎士にまで成り上がったセーリッシュの銃の腕は、大陸一も狙えるのではないかという自負すらあった。
それはセーリッシュが子供の頃から鍛えあげてきたものである。銃を抜き、狙いを定め、引き金を引く。この動作が体に、そして魂に染みついていると感じているセーリッシュにとっては、例え数が多くともゴブリン程度を的として用意されれば、外す事などまずありえないと考えていた。
しかし、セーリッシュが問題だと感じているのも、そうした銃の腕と密接に絡みついているものであった。つまり、自身の精神のコントロールの甘さが抜けきれないという自覚があったのだ。
セーリッシュは聖都のスラム街の出身であった。物心つく頃にはスラム街にいたし、親の顔など見た事も無い。頼れる大人もいなかった子供だけが集まったギャングみたいなものに属し、悪い事もした。
そうした日々を送っていたセーリッシュの一つの転機は、ある闇商人の倉庫に押し入った時の事だ。商人自体はセーリッシュ達のあずかり知らない所で命を落としており、残された倉庫を有効してやろうと乗り込んだのだ。そこにあったのは、大量の銃と弾丸だった。
子供たちは自分達の力を高められると喜びいさんだが、その中でも飛びぬけて器用に扱って見せたのがセーリッシュだった。ギャングのボスはそれを気に入り、率先してセーリッシュに弾丸を供給し、仕事を回し、連れまわした。これによりセーリッシュは四六時中銃と共に生きることになった。恐らくこれほど血と硝煙にまみれた子供時代と送ったものなど、現代においては他にいはしないだろう。
そうして銃の腕が上がっていった背景には、勿論才能もあっただろうが、それと同時に自分たちを陥れようとする大人、殺そうとしてくる大人への怒りが常に共にあった。故に、セーリッシュにとって銃とは、怒りと共にあるものであると染みついてしまった。
――そんなセーリッシュと子供達のギャング団にも終わりが来た。彼らはやりすぎたのだ。子悪党どころではない、聖騎士が乗り込んできて皆捉えられてしまったのだ。如何に銃器の扱いに長けていようと、上位の実力者には全く通じないのだなとセーリッシュはこの時嫌という程叩き込まれた。
その後、セーリッシュはなんと乗り込んできた聖騎士の一人の家に、銃の腕を見込まれて養子として入る事となった。ヤナダハト家。聖騎士とはいえ名門という訳でもなく、結婚後に子供が出来なかったので養子を迎えようとした最中であるとのことだった。
当然セーリッシュは反発したし、なによりスラムのひねくれたガキを養子に迎えようとする男の事を信じる事ができなかった。が、結局のところセーリッシュはヤナダハト家に収まることになった。そしてそこで初めて親の愛を知る事にもなった。今ではもっとも敬愛する人物を聞かれれば養父の名前を上げるし、そこに嘘は全くない。
そして学校にも通わせてもらえることになったセーリッシュは、そこで”外面”を覚えた。スラム街にいる時には舐められないように相手を威嚇して回ることすら自衛の手段だったが、学校でそれをやるとむしろ目を付けられる存在になることがわかったのだ。
自分の容姿が優れているようだと気づけば、身だしなみをキチンとしたし、笑顔を浮かべるようにした。敬語も覚えた。勉強し、成績を高く保つことも覚えた。そうすると、たちまち女生徒からは熱い視線を向けられるようになった。
ここに不幸があるとすれば、セーリッシュはそれらをただの処世術の一環としての”外面”として覚えてしまった事だろう。つまり、そうではない自分の本性が別にあるのだという意識をずっと持ち続けてしまったのだ。
三つ子の魂百までというが、魔法を覚え騎士団に入り聖騎士に上り詰めた今であっても、実際にセーリッシュは戦闘中に一線を越えると、瞬時に怒りに飲まれてしまう。完全に制御できている”外面”でいられる間は問題ない。しかし自らの命が危険に晒されたと自覚した時、もしくは”舐められた”と感じた時にはスラム時代の事を思い出してしまうのだ。特に銃を扱う戦闘中であれば、一瞬で銃を撃ちまくる獣に成り下がってしまう。
上司が理解ある人物でなければ、セーリッシュはすぐに聖騎士など辞めさせられていただろう。その点においては、大変な感謝をしているが、だからこそ協調性の無さを指摘されて出向させられているという現実もあった。
(別に、仲間を撃つとかそういう訳じゃないんですけどね)
冷静にゴブリンの命を次から次に銃弾で奪いながら、セーリッシュは一人ため息をついた。我を忘れるといっても、子供時代から仲間がいたのだ。誰彼構わず敵に回すようなことはしない。
が、計算が全く立たなくなってしまうということが起きえた。つまり今回の場合であれば、ゴブリンジェネラルを倒すまでは霊力消費は抑えろと言われていたが、それを覚えていられるかがかなり怪しいと思えるのだ。
(そうはならないように願いますが……)
幸いな事に、現在は木々が鬱蒼と生える山の中である。平地とは違い、ゴブリン達も一斉に襲い掛かってくるわけにはいかない。故にバラバラに襲い掛かってくるゴブリンを撃つのは比較的冷静にこなせていたのだ。
しかしその木々により視界が遮られている事は、逆に不利にも働いた。ダヤンの目の前にヌッとゴブリンファイターが現れたのだ。突然の事に硬直するダヤン。それに向けて、ゴブリンファイターは手にした剣を振り下ろしてきた。
「いけないっ!」
咄嗟にセーリッシュはダヤンの首根っこをつかみ後ろに投げ飛ばすと共に、銃弾を放った。ソルジャー級たるゴブリンファイターは、目の前の獲物であるダヤンが消えた事で剣を途中でとめ、銃弾を止めてきた。
――そこまでであれば良かった。セーリッシュにも剣以外の所を狙い撃つだけの技量はあるし、相手にすることに問題はない。
しかし――笑ったのだ。ゴブリンファイターが笑った。まるで「大した事がない威力だな」とせせら笑うように。少なくともセーリッシュにはそう見えてしまった。
ともすればダヤンの命が奪われていたかもしれないという危機感。そして、自分が侮られて馬鹿にされたのだという怒り。この二つの感情が瞬時にセーリッシュの心の中を荒れ狂い――何かが、切れた。
「何笑ってんだてめぇぇぇぇ!」
瞬時に拳銃に仕込んでいた魔法を<砲弾聖成>に上書き。引き金を引けば、拳銃の先から銃弾とは比較にならないほどの大きさの魔法の塊が射出された。ゴブリンファイターが剣を防御に回す時間があったにせよ関係ない。<銃弾聖成>の何倍もの魔力を消費して生成された聖なる砲弾は、ゴブリンファイターの剣ごと本人の身体すら貫き、いくつもの木々をなぎ倒すように飛んでいった。
そして、木々が倒れてしまい空いてしまった空間に、ゴブリン達が殺到する。この行動もまた、セーリッシュにとっては自分が良い獲物に見えたが故だ、つまり侮られたのだ、という解釈をしてしまった。
「いい根性してるじゃねーかよぉ、くそがっっ!」
たちまち充填された聖なる砲弾が放たれる音が何発も、山の中を響き渡った。
***
「いいぜ、来てみろや、殺してやるっ!!」
叫びながら<砲弾聖成>の砲弾を撃ちまくるセーリッシュを後ろにしながら、ダヤンは頭をかかえつつ走っていた。
(まずいまずいまずいまずい)
ダヤンの頭の中は悔恨でいっぱいだった。自分のミスがこんな状況を呼び込んでしまった――。アルカとセーリッシュの二人は自分を責めない事は分かっていたが、本人としてはそう割り切れるものでもない。
セーリッシュがこうなるのを、ダヤンは暴走モードと呼んでいた。暴走モードに入った彼は、敵を殲滅しつくすか、霊力が切れるまでは止まらない。実際、弾を撃てなくなって慌ててフォローに入ったことも何度もある。
今回も敵に囲まれれば暴走モードに入ってしまう事は簡単に予想できたが、それを回避できなかったことは痛恨だとダヤンは感じていた。
アルカの後ろを追いかけつつも、しかし横合いからゴブリンが顔を出してくるのを殴り飛ばしている間に、またよっと間が開いてしまって速度を上げる。纏霊術を使えればゴブリン程度の攻撃など気にせずにただ走るのに専念できるが、霊力保存のために使うなと言われている今はそうはいかない。
そう、ダヤンは纏霊術を使っている自分と使っていない自分とで戦闘力に差がある事に焦りを感じていた。ダヤンは現在初心者帯を抜け出して一人前の冒険者として認識される入口に立つDランクである。ただしこれは、纏霊術を使っての話だ。
一度纏霊術を使えば、E,Fランカーとして割り振られる敵の攻撃などほぼほぼ効かなくなる。それ故のDランカーへの昇進ではあったが、自身の実力がまだ足りていないという自覚があるダヤンは、むしろ他ギルドメンバーからの視線をプレッシャーに感じる事になった。
アルカ達はそんな視線気にするなと言ってくれるし、向上のための特訓にも付き合ってくれる。纏霊術を使うための霊力強化もそうだし、体術を磨くことで根本的な実力向上も目指している。アルカとセーリッシュの二人には感謝してもしきれないのがダヤンだった。
だからこそ、今の状況が心に来る。自身のせいで、恩ある二人を窮地へ追い込んでしまった――。それはもはや理屈で納得できるレベルではないのだ。
襲い掛かってくる敵への対処は、道を切り開くのはアルカが、それ以外はほぼセーリッシュが行っていた。ダヤンがやっているのは、たまたま自分に寄ってきたノーマルゴブリンに一撃を喰らわせる程度だ。そう、仮に寄ってきたのがソルジャー級だった場合、ダヤンの実力では及ばない可能性があるのだ。だから彼は、ノーマルゴブリン以外はひたすら逃げに徹するしかできていなかった。
そんな自分がどうしても惨めに感じられる。自分がただのお荷物になっているという現状を打破できればしたい、という思いが募る。
それが――纏霊術を使ってしまえという誘惑に繋がってくる。
確かに纏霊術を使えば、今のお荷物になっている状況だけは改善するだろう。なんなら率先して敵へ飛び込んで蹴散らすことだって可能だ。だがそれは同時に、時間制限付きであり、このあとアルカ達から期待されている仕事の放棄につながる事もわかっていた。
故に今、ダヤンは必死に歯を食いしばりながらも、耐えるしかない。惨めで、お荷物で、何の役にも立てていない自分でいることに、耐えるしかない。だが、そんな彼に対しての纏霊術を使う事への誘惑は段々と強くなっていく。
纏霊術を使う訳にはいかない。そんな事は分かっている。だが、そんな状況に甘んじている事を我慢できるほど、ダヤンは大人には成れていなかった。既に彼はそんなギリギリまで追いつめられていた。
だから――これは偶然でしかない。そう、”それ”がダヤン含めた一行に対して降りかかったのは、”幸運”でしかなかった。だがそれを”ダヤンが耐えた事でつかんだ事だ”と解釈するのは浪漫が過ぎるだろうか?
ダヤン達がいる場所の後方から、ドォンという音が聞こえた。ゴブリン達による攻撃音でも、セーリッシュの放つ砲弾の音でもない、異質な音だ。そして更に、剣劇、雷のような音、などなど様々な音が入り混じり、人間の叫び声も聞こえてきた。
その意味する所は単純だ。ギルドからの援軍だ。今このタイミングに、ギルドからの増援メンバーが間に合ったのだ。
ダヤンの精神が、弱さが、纏霊術の使用へ傾く前に間に合ったのは彼の必死のあがきの結果だった、とするのはやや感傷が過ぎるだろう。しかしそれでも、彼の努力や思いが引き寄せたものであるという解釈が、後に思い返すダヤンの精神の後押しになったことも間違いでは無かった。
ギルドの援軍の到着を察したダヤンがアルカの方を見ると、アルカは一つ頷き道の先を指さした。意図を理解したダヤンは駆け出す。三人の獲物以外の何かの襲撃に慌てふためくゴブリン達の間をすり抜けてアルカの前に至ると、ダヤンはアルカの指し示す方向を向きつつジャンプして体を丸めた。その後ろでアルカは一本の木に手を添えつつ木とは垂直になるように飛び上がり、膝を畳んで足裏をダヤンのそれと合わせる。
アルカは足を延ばしながらブーツの魔法を発動。強化された脚力により蹴り飛ばされることになったダヤンは、まだまだ敵がひしめいている空間へ、砲弾のように放たれることになった。直後にダヤンは<纏霊>を発動。彼の身体を金属の鎧が覆っていく。これによりダヤンは、宙を飛ぶ金属の砲弾に成り代わった。
「グギャッ」
「ガバァッ」
人間大の砲弾となったダヤンはゴブリン達を跳ね飛ばしながら宙を飛ぶ。そしてアルカの蹴りの威力による飛翔が力を失ったら体を広げ地面を足でとらえ、なおも勢いのまま前に走り続けた。目の前にいるゴブリン達をなぎ倒しながら一心不乱にただ前を目指す。
その後ろにはダヤンが作った道ができていた。アルカは後ろに取って返し、敵に砲弾を放っているセーリッシュの首根っこを後ろからつかむ。コートの襟で首がしまりグェッとセーリッシュが苦悶の声を上げるも、それを無視して再度脚力強化の魔法を発動。セーリッシュを引きずったまま、ダヤンの作り出した一直線の道を追うように走った。
走っていたダヤンの視界が唐突に晴れる。それは奇しくも、以前にアルカがマルチナと共に至った場所。眼下にはゴブリンの群れが広がり、一つの洞窟からはまだまだゴブリンが湧いて出てきていた。
ダヤンはそれを確認しながら地面を蹴りつけ、跳躍する。洞窟、つまりダンジョンに向かって真っすぐに。ついで、右腕に魔力を集中すると、ダヤンの右腕の霊的装備である甲冑が二倍程に膨れ上がる。
「弾け飛べっ!」
ゴブリン達の集団がたむろしている真ん中に、ダヤンは空中から飛び込んでいき、ゴブリンを巻き込みつつ地面を殴りつけた。その衝撃で周囲にいたゴブリン達が吹き飛ばされ、一瞬の空白ができあがる。着地したダヤンはすぐに立ち上がり、ダンジョンの入り口である洞窟に向かって駆け出した。
ここまでくれば容易い事。いきなりの事に混乱するゴブリン達をなぎ倒しつつ、ダヤンはようやく洞窟の入り口にまで到達する。
そこでダヤンはクルリと門番のように後ろを振り返った。と、すぐ後ろを走っていた、セーリッシュを引きずったままのアルカがダヤンの横を走り抜けていく。
パァンと走り抜けざまダヤンの肩を叩きながら、アルカが叫ぶ。
「よくやった! 後は足止め頼む、ここは任せた!」
「はいっ!」
アルカからの声に、ダヤンはガツンと装甲に覆われた両手を打ち付けた。
入口は狭く、ダヤン一人で十分守り通す事が可能だ。ここを守り抜けば、少なくともアルカ達が挟み撃ちされることを防ぐことができる。その重要な役割を、ダヤンは”任された”のだ。
途中で誘惑はあった。が、それを振り切って霊力を温存することができた。そして、アルカから頼むとの声ももらえた。
いまやダヤンの心は晴れ晴れとしていた。一心に己の役目に集中できる、全うできるのだとう思いに溢れていた。
「来てみろゴブリン。ここからは、一歩も通さないからなっ!」




