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3-1

短いので二話投稿(2/2)

「なんだこりゃ」


 シャワーから上がったアルカがタオルで頭を拭きながら冷蔵庫を覗くと、入っていたのは炭酸飲料とカロリーバーのみだった。元々ディアニス・エンタープライズの研究者達の建物だったとはいえ随分なラインナップだなと思いながら、それらを取り出す。

 バタンと足先で冷蔵庫を閉じつつ、炭酸飲料の蓋を開ける。プシュッと景気が良い音を立てたペットボトルを、アルカは口にあてて中身をグビグビとあおった。炭酸特有の強烈な刺激が喉をくすぐるが、それが今の疲労した身体には何よりも心地よい刺激に感じられた。また大量に入っているらしい糖分もまた、体にしみ込んでいくようにアルカには思えた。

 とりあえず一本を飲み干してしまったアルカは、もう一本をと冷蔵庫から取り出しながら、ダヤンとセーリッシュに声をかけた。


「そっちはどうだ。汚れ落ちそうか?」


 二人には血に汚れた骸装具を洗ってほしいと頼んでいたのだ。他は着替えを持って来ていたのでどうとでもなったのだが、骸装具だけは替えが利かない。血の汚れを落とす必要があったが、さすがに疲労困憊のアルカは二人に頼む事にしたのだ。本来は自分の道具は自分でメンテしたいところだが、今は仕方がないと割り切っていた。


「大体は落ちましたが、ここにある洗剤だけだとどうしても――ってすいません!」


 コートの汚れを落とそうとして悪戦苦闘していたダヤンが顔を上げてアルカに答えたが、その途中で顔を赤くして慌てたように顔を戻した。なんだ、と思ったアルカだったが自分の服装が原因かと思い至った。空調が利いていたのでタンクトップに短パンというラフな格好のままでいたのだが、少年ダヤンにはいささか刺激が強かったらしい。

 そんなダヤンの反応には面倒くさい奴という感想しか抱けないのがアルカだった。


「大体でいいよ。後で何とかするから。そっちの方は?」

「ああ、ナイフとかは大丈夫です。他もそれなりに。やっぱりコートと帽子が一番血を浴びてましたからね」


 タオルで髪の毛をふきながらセーリッシュに話を向けると、彼はキレイに磨かれたナイフやペンを見せてきた。そつなくこなす様子にイラっとしてしまうのは、さすがに良くないなとアルカは自分でも思う。


「さて、ではこれからどうするかを話しましょうか」

「姉さまに連絡は?」

「しましたよ。私達がここに来る前にもギルドに話してましたし、ギルドの人員が来るのは確実です」

「いつ頃か分かるか?」

「それは、なんとも。恐らくあと数時間の間かとは思いますが」

「幅があるな」


 アルカはカロリーバーを箱から取り出して齧りだした。ディアニス・エンタープライズとは違うが世界的企業が創ったもので、一つ食べるだけで一日分のカロリーが取れるのだそうだ。日常食べるものでもないが、今はこんなものでもありがたかった。歯ごたえはいささか頼りなく物足りないが、ほんのりと香るチョコレートの匂いと甘さは、企業努力の賜物だろうなとアルカは感謝した。


「で、敵の方ですが……恐らくジェネラル級がいますね」

「だろうな」


 セーリッシュはゴブリンコマンダーよりも上位種の名前を口にした。ソルジャー級を束ねるコマンダー級を、更に従えてくる存在だ。


「規模感から言ってまだ一匹程度だと思いますが、それでも彼が率いるのは軍隊レベルの数となります。たった三人で相手にするものでもありませんよ」

「そりゃ……そうだな」


 カロリーバーがどうにもパサパサして呑み込めず、アルカは炭酸飲料で流し込んだ。


「こちらに人間の村があると認識はしてしまっているでしょうからね。幸いこの付近にはこの村しか人の住む場所はありませんが、逆に言うとここに殺到しそうということです」

「来ても何もないけどな」

「それでも近くにいるかもしれませんからね。とりあえずは来ますよ。それに、作戦行動だってとってくるでしょうし」

「え、ゴブリンジェネラルってそんなに頭良いんですか?」


 顔を赤くしたままコートを洗っていたダヤンが口を挟んできた。


「まあそれなりに知能は高いよ。妖魔とはいえ、上位種になればね」

「もしかして、会話できたりするんですか?」

「できる訳ねぇだろ」


 ダヤンの疑問をアルカは切って捨てた。言葉とは他者とのコミュニケーションの道具である。大多数を占める下位種のゴブリンが知能故に言語を使えない以上、上位種が話したとしても伝わらないのだから、言語の必要性は薄い。また、ゴブリンは種として短命であるが故に伝承も極めて難しい。つまり、発生も発展もできない以上、言語という文化を持ちようがないのだ。

 上位種の知能であれば教え込めば人間と対話可能になるのではないかという学説もあるそうだが、そも敵対種であるゴブリンを相手にしたものとはいえそんな実験ができるはずもなく、机上の空論レベルの話ではあった。


「できたとして何を話すんだよ。どうか帰ってください、か?」

「うるさい死ね、とか言われそうですね」


 クスクスと笑うセーリッシュに、ダヤンの顔が先ほどとは違う理由で赤くなる。


「まあ会話できるかどうかはともかく、こっちの数が少ない事はすぐにわかるだろうし。消耗戦をしかけられたらどうしようもない」

「そうですね……すいません、僕あまり継戦能力無くて……」

「問題ないとは言わねーけど、今は気にしなくて良い。けどまぁ、このまま真正面からぶつかれる相手じゃないってことは確かだな」


 アルカは箱に残っていたもう一本のカロリーバーに手を伸ばした。


「そうですね。そこで提案というか確認なんですが――逃げるという選択肢もありますよ?」


 その言葉にアルカの咀嚼が一瞬止まった。その選択肢がある事に驚いた、というよりもその選択肢を意識から外していた自分に気が付いたからだ。モギュモギュと咀嚼を再開するアルカに、セーリッシュが言葉を重ねた。


「まず私達の現状の戦力では、厳しい事になることは間違いありません」


 多数の敵を相手にした場合の相性が悪い、というのはアルカだけのものではない。ダヤンもセーリッシュも、同様に多数を一瞬で屠れる技を持っているわけでもなければ、継戦能力に長けている訳でもなかった。


「そして今回の依頼はソルケ村を襲ったゴブリンの退治です。この対象は数匹レベルの話であり、スタンピードなんて当然依頼対象ではありません。なので、アルカさんには対処をする義務などはありません」

「……まあ、あたしはそうだけどよ。お前はどうなんだよ。聖神教の神官だか騎士だかなんだろ?」


 聖アルメリア合衆国においては、三柱の聖神を崇める聖神教が国教とされている。セーリッシュは本来その聖神教が抱える騎士団に属する騎士なのだ。であれば国を脅かす妖魔ゴブリンを倒すことは義務になるのではないか、とアルカは聞いたのだがセーリッシュは静かに顔を振った。


「いえいえ。大昔じゃあるまいし、教えに殉じて勝ち目のない戦いに突っ込んでいけ、という時代じゃありませんよ。それに今私はトドロト事務所に出向している身です。なので事務所の都合を優先しますよ」


 ニッコリと笑って見せるセーリッシュのうさん臭さに、アルカは辟易とした表情を顔に浮かべた。


「まあそんな訳で撤退もあり得ますが――どうします?」

「却下だ」

「その理由は?」

「敵の数と進軍速度が読めない。最悪ソルケ村の避難先に被害が及ぶ可能性がある」

「それはそうかもしれませんね」

「あと、ギルドがどれくらいの人員をよこすのかも分からん。来たはいいが数が多すぎて対処できないとか、時間をかけすぎてゴブリンの増殖が想像以上の規模になった、なんてことになったら目も当てられない」

「――それだけですか?」

「まだ必要か?」

「ちょっと前のアルカさんなら、それでも自分の仕事じゃないからと撤退の選択肢を選んだんじゃないかと思って」


 ――それはそうだ。言われてアルカは自分でも納得してしまった。骸装士として大成することを諦めて、惰性で仕事をこなすことだけを選んでいただけのアルカであれば、すでに仕事をはみ出しているスタンピードへの対処なんてやらなかったかもしれない。


(だが――)


 脳裏に走るのはソルケ村の住人。そこに住んでいたというマルチナの笑顔。そして何より、ゴブリンコマンダーが率いた一団をほぼ一人で耐え抜いたという事実と達成感――。


「うるせぇ。妖魔退治はギルドメンバーの本懐みたいなもんだろうが。なんか文句あるか?」

「いいえ、ありません。聖神に仕える身としても、妖魔退治は本懐みたいなところがありますしね」

「――うさんくせぇ」


 ニッコリと笑って言って見せるセーリッシュにアルカは顔をしかめた。


「となるとどうなったって、そのジェネラル級とダンジョンコアだけをピンポイントで狙って倒して壊す、という方針ですかね」

「まあ、そうせざるを得ないだろうな」


 方針があらかた決まれば後の話は早かった。奇抜な作戦をできるほどのカードがある訳でもなし。とりうる中での最善を選ぶしかなければ、必然的にできることは一つしか残らなかった。

 自分の知る情報を共有した後、アルカは大きな欠伸を一つした。立ち上がってペットボトルとカロリーバーのゴミをゴミ箱に投げ入れると二人に背を向ける。


「じゃ、少し仮眠する。その間に骸装具は乾かしといてくれ。起こすタイミングは任せる」

「はい」

「わかりました」


 二人からの応えを後頭部に受けながらアルカは寝室に入り、ベッドに倒れこんだ。長くは時間は使えないがわずかな休息でもありがたい。アルカの意識は急速に薄れていった。


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