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2-5

短いので二話投稿(1/2)

 ゴブリン達に違和感を感じていたアルカからの連絡を受けたナナセは、だがすぐにギルドを動かす事はできなかった。それも当然で「何か危険な気配がする」という個人の勘程度を理由に、組織を容易く動かす事などできない。

 アルカに一定の信頼を置いているナナセ達ならともかく、ギルドの幹部であるダニエルを説得することなど不可能だ。結局ナナセは、アルカから追加情報が来るまでに準備と根回しをしておくだけのことしかできなかった。

 そこへ来て、本日のアルカからのスタンピードの連絡だ。ナナセは自分はギルドのメビア支部へと向かうと共に、セーリッシュとダヤンには先行してソルケ村に向かうように指示を出した。

 アルカからの連絡を受けたダヤンは、すぐに助けには行きたいものの情報が足りな過ぎて動けないというギルドにやきもきしていた。そこでナナセから指示を受けた途端に、解き放たれたようにソルケ村へ向かう事にしたのだった。

 そうしてセーリッシュの運転で車を飛ばしてきてみれば、あたりにはゴブリンの死体と血が散乱する地獄絵図になっていた。車がまともに走れない状況で、しかたなしに自分の足で走ったダヤンは、血だらけで地面に転がっているアルカを見つけて、文字通り血の気が引く思いがした。

 結果的にアルカは無事ではあったものの――ダヤンは、ゴブリン達にしずかにキレていた。


 獲物であったアルカの目の前に立った二人、ダヤンとセーリッシュを最初は訝しげに見ていたものの、すぐにこの二人も獲物だと理解したゴブリンは武器を向けてきていた。

 ダヤンはそんなゴブリンに向かって静かに歩を進める。と、ゴブリンの一団の中から、一匹のゴブリンが体勢を崩しながら出てきた。どうやら後ろのゴブリンファイターに蹴られたらしい。新しく来た獲物を見極めようというつもりか。

 わずかな不満くらいはあっただろうに、それをつゆとも見せずにゴブリンは小さなナイフを振りかぶりながら走ってきた。何の工夫もない一撃を、ダヤンはただ真正面から顔面に拳をぶち当てることで吹っ飛ばした。


「ぐぎゃっ」


 殴られて地面に転がされたゴブリンは、しかし潰されて鼻血を垂れ流す顔を手で押さえながら、なんとか立ち上がろうとする。と、そんなゴブリンの様子を見たゴブリンファイターがニタリと笑ったかと思うと前に出てきた。どうやら、ただのゴブリンすら一撃で倒せない程の相手だとみられたらしい。もしくは、ダヤンの身の動きを見ての判断か。

 いずれにせよ、そのゴブリンファイターの考えは間違っていない。自分がこのまま素手ではソルジャー級の相手をするのは難しいことくらいはダヤンにも分かっていた。

 が、ダヤンはただそれだけの男ではなかった。


 こちらに向かい来るゴブリンに対し、ダヤンは静かに構えを取り、魔力を活性化させていく。そして、ゴブリンファイターの刃が届く前に、呟く。


「――<纏霊>」


 活性化していた魔力が、ダヤンの身体の周りで形となっていく。具現化したのは鎧。ダヤンの身体は、瞬時に黒い金属に包まれた。鎧、というよりもやや硬質なスーツといったスリムさをもった鎧。これを作る魔法こそ、ダヤンが習得し成長させてきた霊体具現系魔法である<纏霊>である。

 そんなダヤンの変化など気にしないとばかりに、振りかぶった剣を振り下ろしてくるゴブリンファイター。だがその剣はガキン、という硬質な音と共に鎧にはじかれ、ゴブリンファイターは驚きに目を見開く。

 ダヤンはそのゴブリンファイターの顔面に、鎧に包まれた拳を叩き込んだ。その動きは鎧を着ていなかった時と変わらない俊敏さを持っていたが、その威力は比較にならなかった。ダヤンの拳はゴブリンファイターの顔の骨を陥没させ、首の骨をも砕くことに成功していた。先ほどのゴブリンよりも体力も防御力も強いであろうゴブリンファイターは、ダヤンの拳を同じように食らっただけではあったが、その命を自分が利用したゴブリンよりも早く失う事になった。

 ダヤンが使う纏霊魔法とは、いわば己固有の霊装を創り出し纏う魔法である。そして創り出す霊装は、ただの装備ではなく魔法的な特殊能力を内包する。

 ダヤンが織り込んだのは、”鋼鉄の如き防御力”、”鋼鉄の重さとそれを振るえる力”、そしてそれらを踏まえてもなお”自分の動きを阻害せずに動けること”であった。

 故に、纏霊魔法を使う前と後では、ダヤンの体術、身のこなし、素早さには何一つ差が無い。しかし鋼鉄で覆われた体は敵の攻撃をはじき返し、そしてその見かけの重量そのままの攻撃力を振るうのだ。

 ダヤンは自らの未熟を自覚し、体術についても修行中の身である。そんなダヤンの体術の伸びが、そのまま纏霊魔法使用中のダヤンの戦闘力の飛躍的な増大につながっていく。

 それがダヤンの使う纏霊魔法であった。これはゴブリン達にとってたまったものでは無い。


 と、ダヤンの後頭部に衝撃が走る。ダヤンは気づかなかったがゴブリンスカウトがいつのまにか肉薄し、ナイフを振り下ろしてきていたのだ。が、ナイフが装甲を貫くことはなく、ゴブリンスカウトはダヤンが軽く振るった裏拳に喉を潰されることになった。

 また、そこにゴブリンシャーマンが放った炎が炸裂する。避ける事すらできなかったダヤンは燃え上がり、更にそこに追撃をかけるようにゴブリンシャーマンの炎が次々に襲い掛かる。

 ――しかし、いずれもダヤンにダメージを与える事ができなかった。火を消すためにダヤンが手を振るえば、炎は簡単に霧散してしまった。

 その動作で、ダヤンの視界にアルカの姿が映る。まだ立ち上がれず、血に染まったまま地面につっぷしているアルカの姿。それを再度視認してしまい、ダヤンの怒りの炎に油が注がれる。

 ダヤンにとって、アルカは恩人であった。大した実力も持たず、パーティを首にされてしまいどうしようもなくなったダヤンに、声をかけてくれた。ダヤンにあっている魔法として、纏霊魔法を一緒に見つけれくれた。そして体術の基本も教えてくれたし、事務所で一緒に頑張ろうとも言ってくれた。

 ――これを生涯の恩人と呼ばないで何と呼ぶ?

 そんなアルカを血にまみれさせて倒れさせているのだ。そんなこと、ダヤンに許せる筈もなかった。


 炎を振り払ったダヤンが、走ってゴブリンシャーマンに向かっていく。その動きはアルカが見せるような素早さはない。しかし鉄の鎧をまとっているような鈍重さもなく、ただ普通に走ってくるのは不気味ですらある。

 ゴブリンシャーマンは迎撃しようと炎の球を何度も放ってくるが、ダヤンは避けもしない。体に当たるにまかせてただ走るだけの姿を恐怖に感じたゴブリンシャーマンの顔が固まる。

 そんなゴブリンシャーマンの頭に向かってダヤンは拳を振り上げると、そのまま振り下ろして頭蓋を叩き潰した。


「お前達は――絶対に許さないからな!」


 そのダヤンの言葉は怒りに燃えていた。

 

 ***


「やれやれ、ちょっと熱くなり過ぎてるなぁ」


 気炎を上げてゴブリンの集団の中に突っ込んでいくダヤンの後姿を見ながら、セーリッシュは苦笑した。ダヤンはタンクとしてアルカやセーリッシュの代わりに矢面に立つという役割があるはずなのに、距離が開きすぎだ。これは頭に血が上ってしまったダヤンが犯してしまったミスと言える。


(まあ、無理もないか)


 チラと視線を後ろに投げかければ、そこには血だらけで倒れたままになっているアルカの姿があった。ダヤンにとってアルカは色恋の対象ではなく、あえて言えば崇拝の域に達している存在である。そのアルカが倒れている姿を見れば、ダヤン少年の頭に血が上ってしまうのは分かるので、セーリッシュは軽く言うだけにとどめようと思った。

 そんなセーリッシュは、アルカのそんな姿を見ても大して動揺はしていなかった。セーリッシュが投げた指輪を受け取った後に一連の動きを見て、致命的な傷を受けた訳でも、後遺症が残るような重傷を負った訳でもないと判断できたからだ。これは彼の荒んだ少年時代からの経験談であった。

 アルカが倒れたままになっているのは、単純の体力と霊力を使い果たしているからだ。これらは魔法で回復することはできないことではないが、戦闘中に簡易に行える程簡単でもない。基本的には体力にしろ霊力にしろ、休息でしか回復しないのだ。であれば自然回復させれば良いだろう、くらいに思ってアルカの治療をしようとは思わないのがセーリッシュだった。


 ダヤンとの距離が開いたのに気づいたのか、一部のゴブリンがダヤンを大げさなまでに避けつつ、こちらに向かってきているのにセーリッシュは気が付いた。どうやら瀕死の重傷に見えるアルカを攻撃する方が良いと思っているのかもしれない。


「まあ、やらせないけどね」


 懐から抜き出されたのは銃。セーリッシュがまとっているのと同じ、白を基調としながらも青い線が入ったデザインは、どこか神聖さを感じさせた。セーリッシュは無造作に銃をゴブリンに向け引き金を引く。ピュンという音を立てて放たれた弾丸は過たずゴブリンの額を貫いていた。

 セーリッシュの攻撃を食らって倒れていくゴブリンを見ても、何が起きているのかよく分からなかったのだろう。数匹のゴブリンが何も気にせずに近づいてくる。セーリッシュは腕の角度をわずかに変えて数度引き金を引く。ほぼ同時に放たれた弾丸が、数匹のゴブリンそれぞれのやはり額を貫いていった。


 新界において、銃のヒエラルキーは低い。基本的に低級相手ならともかく、中級以上の相手とするには劣っているとすら考えられているのが新界における銃の立ち位置だった。

 薬莢に仕込まれた火薬を爆発させることで弾丸を飛ばす銃は、指先のわずかな動きで相手を殺傷するダメージを作り出すことができる武器と言える。しかし、直線的な動きでしか放たれない弾丸は、銃口の向きから射線を読み取られやすく、身体強化が当たり前になってくる中級者以上からは簡単に見切られてしまう。

 また、弾丸と薬莢が一体化しているというその複雑な仕組みも問題ではあった。薬莢には魔力付与をしなくてもよいのに、機構が複雑なせいで魔法的強化をしずらく、障壁などで容易く防がれてしまうのだ。弾丸に魔法文字を仕込むなどして威力の底上げをできなくはないが、それはコストがかかるという事になる。

 もちろん、弾丸もそれを飛ばす推進力も全て魔法で構成することができれば問題はない。しかしそれならば銃という武器を使わなくても、直接魔法として放てば良いという事になる。

 よって現時点では新界における銃は、低レベルの相手には無双できるが、中級以上の敵には全く通用しないか、恐ろしくコストがかかるため、あまり使う意味がないという立ち位置なのである。


 なにせ銃の腕を磨いたところで、強くなればなるほど使い物にならなくなっていくのだ。強くなりたいと思っているものほど、銃という武器を選ぶことはない。よって現在において銃の使い手というのは、弱者が自衛のために持つか、自分の習得している魔法が銃という武器と相性が良い場合のみである。

 セーリッシュは後者であった。霊体具現系魔法の<銃弾聖成>により、手にした銃に魔法で作った弾丸を補充して放つのだ。そして昔、弱者であった頃に磨き上げた銃の腕は、この銃という評価が低い武器を実践レベルにまで持っていくことに成功していた。

 近づいてくるゴブリン達の額に簡単に穴があき、次々に倒れていく。その射撃は正確無比であり、熟練の技であることをのぞかせた。少なくともゴブリン、しかもソルジャー級レベルまでであれば、セーリッシュの射撃から逃れる術はなかった。


 そう、ソルジャー級までであれば。


「っ?」


 不意に殺気を感じた方向に銃を向け引き金を引いたセーリッシュは、その弾丸が避けられたのを知った。

 このレベルのゴブリンに避けられる筈はないのだが、と考えたセーリッシュは次々に弾丸を放ったが、その全てをそのゴブリンは避け切ってみせた。


「ああ――そうか」


 そこまで来てセーリッシュは相手の正体に気がついた。ゴブリンコマンダーだ。アルカに忍び寄り攻撃を当てる事に成功した、ゴブリンコマンダーがアルカとセーリッシュを狙って近づいてきたのだ。

 これまでセーリッシュがゴブリンのソルジャー級を相手にしているのをみて、これならば自分よりも格下であると判断してでてきたようだった。

 それはつまり――。


(コマンダー級如きに、舐められた?)


 セーリッシュの心に一筋のヒビが入る。アルカをだまし討ちにしようとしたコマンダー級が、セーリッシュを倒せる相手だと踏んで出てきたという事だ。それは、ゴブリンコマンダーに自分を倒せると思われた事を意味していた。


(――いいぜ、やってやるよ。やってやろうじゃねぇか)


 次第にセーリッシュの心が怒りに染まっていく。なるほど今のやりようではコマンダー級をとらえられないのかもしれない。しかしそれでも、彼にはいくらでもやりようがあるのだ。当て方でも、威力でも。

 彼の口元の笑みが、次第に嗜虐の形に歪んで行き――。


「どけ。あたしが止めてやる」


 背後からアルカの声がかけられた。


 ***


「……もう、大丈夫なんですか?」


 アルカの声にゆっくりと振り返ったセーリッシュの顔には、いつもの涼しげな笑顔が戻っていた。


「一撃当てるくらいならな。動きを止めれば簡単にやれんだろ?」

「――任せてくださっても構いませんよ?」

「あたしだって一撃入れられて頭に来てんだ。やりかえしぐらいさせろ」


 そうアルカが言ったのは嘘ではないが、セーリッシュを止めるための行動であることもまた事実だった。

 セーリッシュは普段は良いのだが、戦いの中で一線を越えると怒りで我を忘れる事があるのだ。別に普段であればそれはそれで構わないのがが、これで力を使い切ってしまうであろうアルカの後に残されるのが、頭に血が上ったままのダヤンとセーリッシュの二人になってしまうとあっては、面倒なことになりそうだとアルカは思わざるを得なかった。

 

 身体が疲労で限界なのは確かだった。体力も霊力も回復しきっていない。しかし、一撃だけならばなんとかなるというアルカの言葉に嘘はないつもりだった。

 目の前で姿を潜めようともしないゴブリンコマンダーに向かって歩を進めるアルカ。その歩みは、先ほどまでの素早さはなく、むしろ遅いとすらいえるレベルだ。

 だからだろう、ゴブリンコマンダーもアルカを脅威とは判断せずに、良い獲物が来たとほくそ笑んでいるようだった。


 アルカとゴブリンコマンダーの距離が一定以上縮まった時――ゴブリンコマンダーの姿が消えた。

 正確には素早い動きで翻弄し、アルカの死角へと移動して隙を伺ってい始めたのだ。普段のアルカならばともかく、今の彼女にその動きに追従するだけの体力は残っていない。アルカは気配をさぐり、その場に留まることしかできなかった。

 そしてある瞬間、ゴブリンコマンダーがアルカの隙を見つけたと飛び込んでくる――。


「甘ぇよ」


 アルカは体力を失った。しかし、ゴブリンコマンダーの動きを認識できない程に疲労に溺れている訳でもない。アルカはゴブリンコマンダーが近づいてくる方向と距離を正確に把握し、先ほど届けられた指輪に魔力を注ぎ込んだ。

 ゴブリンコマンダーがアルカへと振り下ろしたナイフを遮るように光り輝く魔法障壁が顕現し、防ぎきる。むしろナイフによる攻撃によりゴブリンコマンダーの体勢がわずかに崩れる。

 そしてその隙を見逃すアルカでは無かった。


「食らっとけ!」


 アルカは取り出していたナイフを両手で持ち、渾身の力でゴブリンコマンダーの横っ腹に突き刺す。刃先が腹部に少し刺さった程度で止まり、奥に入っては行かない。いつもであれば容易く切り裂くこともできたであろうが大量のゴブリンの血で鈍ったナイフではこれが精一杯だった。

 当然、そんな一撃ではゴブリンコマンダーに致命傷を与えることなどできはしない。逆にアルカが彼の攻撃範囲に入ったことにもなり、それを思ったゴブリンコマンダーの顔に嗜虐の笑みが浮かぶ。

 が、次の瞬間にアルカは骸装具であるナイフの魔法を発動。

 アルカのナイフは、呪縛蛇と呼ばれた魔物の牙から作った骸装具である。呪縛蛇は毒蛇の一種であり、天敵を攻撃したり獲物を捕らえたりする際には、噛みついて毒牙から毒を流し込む。その流し込む毒が、毒液ではなく、呪詛レベルの束縛の魔力なのだ。

 呪縛蛇に噛まれ、流し込まれた呪縛の魔力は、筋力を弛緩させ動きを束縛する。同様にアルカが発動させた魔法は、わずかにゴブリンの体内に入り込んだ刃の先から、呪縛の手を伸ばしていく。アルカを攻撃しようとしていたゴブリンコマンダーは、突然身体を動かせなくなったことに戸惑うしかない。

 そこに、セーリッシュの銃口が向く。


「さすがアルカさん。有言実行ですね」


 放たれた弾丸は過たず、恐怖に震えるゴブリンコマンダーの頭部を吹っ飛ばした。

 至近距離いたアルカはまき散らされた血やらなにやらを浴びる事になってしまったが、それはもう今更だろうと諦めていた。

 倒れていくゴブリンの身体からナイフを抜き取り、軽く振って血をぬぐいながらあたりを見渡したアルカは、もう相当数ゴブリンが減っているのを見てとった。


「……後は任せていいか?」

「ええ、お任せを」


 いつもの笑顔でニコリと答えるセーリッシュの言葉を受け、アルカはそのまま後ろに倒れこんだ。地面に大の字で横たわり、大きくため息をつく。


「あー、しんどかった」


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