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「――もうちょっと付き合えや」
そう口走ったアルカはだが、そこまで余裕がある訳でもない。が、それを押し殺すようにアルカは前に出た。
ゴブリンの轢死体と焼死体が転がる道路の上で、殺気立ったゴブリンが群がるようにアルカに殺到する。アルカはその先頭のゴブリンに向けて前蹴りを放つ。同時に骸装具であるブーツの魔法を発動。生体強化系魔法により増大した脚力でアルカに蹴られたゴブリンが、同じく殺到していた背後のゴブリン達を巻き込んで後ろに吹っ飛んでいく。
(これくらいが関の山ではある、けど)
村人が逃げるまでの時間を稼ぐ、という目的を叶える程度には継戦できるだろうとアルカは踏んでいた。全てのゴブリンを葬り去るという目的であれば、アルカには無理だという自覚はあった。一対一ならばともかく、群がる敵を倒していくのを繰り返すしかないアルカにとって、大群という敵は非常に厄介なのだ。
だからこそガソリンを積んだトラックで突っ込むといった小ネタを仕込んだし、一定の効果が出た事に胸をなでおろしてさえいたのだ。
村人が避難できたら、それをアルカに報せてくれるようにはなっている。だからそれまで耐えきればよい、というのがアルカの考えだった。
帽子を手にし、魔力を込めた上で投擲する。ゴブリン達は密集していたため、真空の円刃となった帽子は、複数のゴブリンを引き裂くことに成功。次いで、背後から白い棍棒で殴りかかってきたゴブリンの一撃を体を逸らして回避、と同時にその首筋にナイフを滑らせて動脈を切り裂く。
息をつく間もなく左右からゴブリンが迫るが、アルカはその場で回転。翻るコートに魔力を通し、鉄針が面となってゴブリン達を襲い、武器ごと体を抉っていく。
敵が多いということは、常に全体を把握しておく必要があるということだ。また、アルカは自身の一度の攻撃では数匹程度しか巻き込めない事に、今更ながら舌打ちする。
(――骸装士の才能、無いんじゃない?)
子供の頃に同級生から投げかけられた心無い言葉が一瞬頭に浮かぶ。もっと沢山の敵を攻撃できる骸装具を使えれば、という思いがどうしても拭いされない。もはや呪いのようにアルカの心に時折響く言葉。
それに反発し、相手を喧嘩でとっちめる事ができた間はそれでも良かった。しかし、強力な骸装具を使えない事を自覚してしまえば、反論の言葉すら紡ぐことすらできずに、アルカは黙って不満と不機嫌をまき散らす事しかできなくなっていた。
再度迫りくるゴブリンの心臓をナイフで一突きしながらも自分でも、
(こんな時ハーディ兄だったら、竜骸の力で一掃できるんだろうな)
という言葉を頭にちらつかせてしまう。
そんな自分が嫌だった。だから地元を出た。
しかし今、結局大群を相手にせざるをなくなってしまえば、頭に浮かんでしまうのは否定できなかった。
(――いや、これくらいなら、倒しきれる!)
アルカはかつて尊敬したハーディの事を頭から追い出しながら、冷静に残りのゴブリンを数えていた。最初のトラックによる攻撃で、結構多くのゴブリンを巻き込む事ができたことは幸いだった。少なくとも進軍していたゴブリン達の6割以上は削れたのではないだろうか、とアルカは見ていた。
(だったら行けるか――いや、行く!)
下手に長引かせて自分の体力や集中力が低下するのを待つのもうまくない。ゴブリンの数が減ったことを見て取ったアルカは、覚悟を決めた。
懐に左手を突っ込む。取り出した指に挟まれていたのは、光魔蝶の羽根ペン。それに魔力を注ぎ込みつつ、アルカはゴブリン達の最後の集団に向かって振った。生じた光の粒子の塊がペンから飛び、ゴブリン達の中心でブワッと広がる。本来は蝶の魔物が逃げをうつために使用していた魔法だが、これも使い方というものだ。
「グギャッ!?」
突然の光量に視界を奪われ混乱するゴブリン達の中に、アルカは躊躇せずに突っ込んだ。光量を調節する能力をもった骸装具である眼鏡のおかげで、ここはアルカの独壇場だ。
「悪いけど、さっさといなくなってくれ」
無茶苦茶に手足を振り回すゴブリンに近づいては、その胸にナイフを突き立てる。首をナイフで切りさく。腹を引き裂く。アルカの短剣が振るわれるたびに、確実にゴブリン達の命が失われていく。
ようやく視界が戻ったのか、一匹のゴブリンが目をこすりながらあたりを見渡す。その目の前に、アルカはいた。
「残念だけど、お前が最後だ」
言いざま、ブーツの魔法を発動。強化された脚力で、正面からゴブリンの顎を蹴り上げる。反応することすらできなかったゴブリンの首が骨ごとちぎれ飛んでいった。
*
「ふう、これでひと段落か?」
ゴブリン達が道路に現れた山の入り口を見ながら、アルカはナイフを軽く振った。ついた血が飛び地面に線を描く。
これでスタンピードが終息したともゴブリンを倒しきったともアルカは考えてはいない。しかし、どこに人間の村があるか分からずに、それを探らせるための部隊だったのではないかと推測位はできる。そこから、少しの時間は稼げるのではないかと安堵の気持ちをアルカが抱いてしまったことは、仕方がない面もあるだろう。
が、背後に唐突に現れた炎の塊に気づくのが遅れたのは、アルカとしても痛恨ではあった。咄嗟にコートに魔力を通して裾を跳ね上げる。鉄の硬度と化した毛皮が、飛来する炎の球をはじくのに成功。あたりに火花がバッと散るのを、アルカは手を掲げ顔を守りながら、その奥にあるものを確認する。
「――新手か」
当然と言えば当然だが、人間の村を探すゴブリンの部隊は一つではなかったらしい。アルカがトラックでひき殺したのと同じくらいの規模のゴブリンが、より村に近いところから道路に次々に姿を現していた。そして、アルカは背後に現れた炎が、魔法の炎であったことに気づき口元を歪ませる。
その新手の部隊でもっとも近い位置にいたゴブリンに向けて、帽子を投擲。これまでのゴブリンであれば容易く真空の刃で切り裂けていたが、そのゴブリンは身をかわして見せた。
「変異種か」
目の前に現れたのはゴブリンの変異種だけで構成された部隊だった。いや、変異種というよりも上位種と言った方が良いかもしれない。
ゴブリンなどの妖魔は、半霊生物とされる。半霊、すなわちその肉体は、純粋に生体と呼べるものではない。そして半霊生物の特徴としては、成長ではなく進化とも呼べる変化をすることだ。
例えば人間の場合、子供から大人へ成長しても、羽が生えてくるわけでもない。しかし半霊生物の場合、生えてくる可能性があるのだ。それは半分が霊体であるからこその混沌が成せるものであり、これは進化という表現がより適切であるだろう。
そしてアルカの目の前にいるのは、それぞれの役割に特化した進化をしたゴブリン達、一般にソルジャー級と呼ばれるゴブリン達であった。
先ほどまで相手にしていたゴブリンとは違う。身体的なバランスにせよ、そしてその能力にせよ、比較にならないレベルでの力を持つことになるのだ。アルカに対して炎を放ったのはゴブリンシャーマンと呼ばれる部類、アルカの帽子をよけてみせたのはゴブリンファイターと呼ばれる奴らだろう。
もっとも、それでも一対一であればアルカは負ける気はしない。これまで何体も葬ってきた事もある。が、ソルジャー級であることがこの場においては重要な意味を持ってしまう事はアルカにはわかってしまう。
ただでさえ体力の心配をしてたのだ。そこに、より集中力をもって挑まなければならない相手が現れるのだ。とても一筋縄で行ける相手ではなくなったと言わざるを得ない。
チラリと携帯端末に目をやるが、まだ避難完了の連絡が来ていない事を確認し、アルカはゴブリン達を見やった。
どうやらソルケ村の方へは向かわず、アルカを敵としてみてくれるらしい。ヘイトを買う囮役としては十分な働きをしているな、とアルカは皮肉気に笑ってしまう。
(ここでとりうる選択肢は二つだ)
一つは当初の計画通り、村人避難完了の知らせが来るまで、耐え続ける事。しかしこれは相当厳しい事になることは目に見えていた。体力も集中力もこれまで以上に使うであろう相手に、簡単にできることだとはとてもアルカには思えなかった。
一つは即撤退する事。自分の命を危険に晒してまでやる事なのか?という疑問はどうしても付きまとう。ここまでやれば十分なのではないか、とも。なにせアルカはラペルから、Fランカーとしてただのゴブリン退治を依頼されただけの立場なのだ。仕事としてはこれ以上をやる義理はない。それに、連絡が来ていないとはいえ、避難がある程度済んでいるかもしれないのだ。であればなおさら戦う理由などありはしない。
(……いや、希望的観測にすぎないか)
村人達全員を車に乗せて避難させられている訳でもない。であれば波の如く押し寄せるであろうゴブリンの群れが村人たちに追いつくのは時間の問題としか言えないだろう。――アルカがここで撤退を選ぶということは、即村人の死に繋がると言っても過言では無かった。
(じゃあ……もう一つの希望的観測に従うしか、ないか)
村人を見捨てる、という選択を取れなかった時点で、アルカには囮役として戦い続けることしか道が無かった。そんなアルカのもう一つの希望的観測とは――仲間が助けに来ること。
マルチナ達に言った通り、アルカはナナセに救援を要請していた。それが到着するまで耐えきれるかどうか。耐えられるだろう、仲間が助けに間に合ってくれるだろう。それは希望的観測という言葉を使いたくなるくらいには、不正確な情報で期待だった。
(まあでも、やるしかない、かな)
アルカは一つだけため息をつくと、改めてナイフを構えた。
「さ、ここからは我慢比べだ」
そう嘯くアルカの頬に、一筋の汗が流れた。
***
ゴブリンの死体が散乱していた。トラックによる轢死体、焼死体が転がる上に、喉を割かれた死体、首の骨を折られしたいが積み重なっている。どれほどの時間が経ったのか、アルカにも既に自覚が無いほどに、まだ戦いは続いていた。
「キシャァッ!」
「……何言ってるかわかんねーよ」
ゴブリン同士なら通じるのかもしれないが、人間に通じる言語ではない。アルカにはただ怒っている事はわかるゴブリンファイターの一撃の鋭さは、ただのゴブリンとは一線を画す。が、それでもアルカはわずかに身を逸らせるだけでかわして見せた。その動きの延長で、逆手にもったナイフをゴブリンの眼窩に突き立てる。ナイフの先が致命の部位に届いたと分かったアルカは、即座にナイフを引き抜き、他ゴブリンに向けていましがた命を奪ったゴブリンの身体を蹴りつける。
「……ちっ」
その際にわずかに身体がふらつくのを自覚し、アルカは舌打ちをすると少し大きめの一歩で後ろに下がった。その肩は大きく上下し、汗だくとなっている体は、ゴブリンからの返り血で赤く染まっていた。
既にアルカは限界に近かった。
アルカは特級はもとより、一級の骸装具も持ってはいなかった。扱えないという意味ではなく、使いこなせないと見なされて入手を許可されなかったのだ。それは骸装士としては屈辱的な事だが、今の状況ではむしろそれが有利に働いている面もあった。
生体において如何にに大きな力を生み出すかを示すのが筋力だとすれば、如何に高威力の魔法を使えるかを示すのが魔力となる。同様に生体における耐久力やスタミナを霊力、身体をどれほど精緻に自由に動かせるかを示す器用や敏捷を、幽体を操作する能力として幽力と呼ぶ。
アルカのように特級、一級の骸装具を扱えないというのは、強大な魔力を振るう事はできないということであり、逆に言えば霊力を使いすぎることなく効率的に用いる事が出来る事を意味する。それもあり、アルカはここまでゴブリンの大群と戦い続けてこられた、という意味は大きい。
しかしそれも限界に来ていた。
どれほど効率的に動こうが疲労は溜まる。魔法を使うための持久力である霊力は、生体における体力と同じく、休息によってしか回復しない。体力も霊力も駆使してゴブリンを倒し続けてきたアルカは、どちらも限界に達していた。
「っ!」
背後から魔力を感じて目を向ければ、少し離れた所にいるゴブリンシャーマンが周りを他ゴブリン達に守らせながら、こちらに向かって霊体具現系の炎の球を射出してきていた。その顔は、自分が安全圏にいる事を確信しているかのようにニヤついている。
「うざっ」
アルカは帽子を手に取ると、魔力を通して投擲。発動した理力具現系魔法により外周に真空の刃を顕現させた帽子は、飛来する炎の球を切り裂き中間地点で爆散させた。
と同時にアルカはブーツの生体強化魔法を発動。強化した脚力で目くらましとなる爆発を跳び越すように跳躍し、着地地点には密集したゴブリン達の中心にいるゴブリンシャーマンの顔面を選ぶと、勢いのまま押しつぶして地面との間で頭蓋骨を砕き殺した。
そこに、炎の球を切り裂いて魔力を使い切った帽子が飛んでくるのを上から畳むように掴む。再度魔力を流し込むと、畳まれた帽子に生じた真空の刃は半円となる。アルカは扇形の刃となったそれをもったまま、体を回転。密集したゴブリン達の首筋を真空の刃でなぞると、彼らは首から血を噴出させながらその場に崩れ落ちた。
少しよろけながら体の回転を止めたアルカは、魔力の供給を止め帽子をパンと一振りして形を直し被ると、一息ついた。
「あたしも、よくやるよ」
アルカが自嘲したのは、これが”立派な骸装士”になるために磨いた技術だったことを思い出したからだった。言い換えれば、その”立派な骸装士”になることを諦めた日から、鍛え上げる事を放棄した技術だ。それでも体に染みついた技は適格にアルカの身体を動かし、ゴブリン達の命を効率的に刈り取っている。
(……惰性なのにな)
そう、惰性である。アルカにとってギルドでの仕事は、身についた技術を使ってもっとも簡単に稼げる職業だったから、以上の意味はない。故に人々を救う事も、ダンジョンを制覇することも、一旗揚げて有名になる事にも、全く興味がない。それを惰性でやっていると言わずして何という?
だがそんな惰性での働きで、マルチナ達を救えているし、村人を守るための囮だってやれているのだ。
(しかも、こんなに血みどろになってな)
惰性で生きていると言いつつも体力の限界まで仕事をしてしまっている自分の滑稽さに、アルカは自嘲の笑みをこぼした。
ギルドメンバーとしての自覚は足りなくとも、目の前で死にそうな人がいれば助けるし、自分が村人の避難の時間を稼ぐことができる実力があると分かれば、申し出てしまうのがアルカだった。
アルカはそれを自分の善性だとは思わない。ただただ、惰性の実力が故にできてしまうからやるだけだ。そう自覚しているにも関わらず、必死に戦ってしまっている自分の行動の矛盾が、アルカを自嘲させる。自分は何をやっているんだ、と。
(まあでも……救えているのなら、良かったな)
それは確かにそう思うのだ。そして、それも悪くない、という感じてしまう自覚もあった。
(惰性だろうがなんだろうが……救えるってのは)
必死に一流の骸装士など目指さなくとも。そういう惰性から選ぶ生き方も、ありなのかもしれない。
アルカはボンヤリとそんなことを考えてしまった。が、戦場での集中力を欠いてしまった自分に気づいて、慌てて周りを確認する。
しかし。
(攻撃されていない――というか、少なくなってる?)
アルカは改めて周囲を確認し、ゴブリン達の数が相当減っている事に気が付いた。自分がどれほどのゴブリンの数を相手にしていたのかはもはや覚えていないが、相当な時間相手にした筈だとは思う。また、村人達の方へゴブリンの群れが移動したという可能性も自分の中で否定する。数匹レベルまでは分からないが、それ以上の数で移動するのを見過ごさない程度には、アルカは気を張っていた自覚があった。
(もしかして、意外とやれちゃいそうか?)
繰り返すがアルカは体力も霊力も限界に近い。しかし、限界に近いというだけで、まだ動けるという事は間違いがない。しかも相手はゴブリンのソルジャー級が関の山だ。であれば、ここで目の前のやつらを倒しきるという選択肢だって生まれてしまう。
仮に目の前のゴブリン達を全て倒したところで、スタンピードが収まる訳ではない。こいつらはあくまで人間の集落を探すために放たれた斥候のようなものだ、というのはアルカにも分かっている。だが、一旦倒すことで体力を回復させ、仲間が合流する時間を作ることができるのは、今のアルカにとってはこの上ないメリットであった。
(――やれる、か)
視界に入るゴブリン達の数。上位種はソルジャー級どまりである事。自分の体力と霊力の残り。そして自分の昔取った杵柄に過ぎない能力が存外有効であること。これらを合わせて考え、アルカは敵を殲滅しきる選択肢を選ぶこととした。
比較的近くにいる一団を見て、姿勢を低くする。飛び込んでやろう、と相手に対して意識を集中したアルカは、ふとふと一匹のゴブリンの視線に気が付いた。自分ではない、自分の背後の何かを見ているよな――。
「っ!」
その意味に気づいて身をひるがえしたのと、いつの間にか背後に忍び寄っていた巨大なゴブリンが手にした棍棒を振り始めたのはほぼ同時だった。
(何故気が付かなかった!)
脳内で自分を叱咤する声が響くも、アルカの身体は動きを止めない。ゴブリンからわずかにでも遠ざかろうとする方向へ軽く飛ぶと同時に、コートを翻させてその端をそれぞれの手で持ち、魔力を流す。一瞬後、ゴブリンの強烈な一撃がアルカの身体を跳ね飛ばした。
「があっ!」
防御力を高めた幕で受けたことで、直接的な打撃を受けることだけは避けられた。だが、衝撃を殺しきる事はできず、小兵であるアルカの身体は容易く地面に叩きつけられた。更に勢いのまま地面を転がっていくアルカ。その様を見たゴブリンは、ようやくアルカを攻撃でとらえる事ができたが故か、ニンマリと笑ったようだった。
(しくった……!)
転がっていた身体をようやく止めたアルカは、それでも何とか体勢を立て直そうとした。が、いきなり足からガクンと力が抜けて膝立ちになってしまう。単なるダメージの問題ではない。攻撃は食らったものの、幸いにして骨折などの重傷には至っていない。しかしダメージにより、これまで騙しだましやってきた体力の一線を越え、疲れが一気に噴き出てきてしまったのが問題だった。
汗が噴き出して息が荒くなる。膝も笑ってしまいまだ立てない。それでもアルカはそんな自分の身体の状況と同時に、周囲の確認も怠らなかった。
(あれは、ゴブリンスカウトから進化したコマンダー級か)
アルカを弾き飛ばした一際大きな体格のゴブリン。普通のゴブリンの矮躯を子供と見まがう程というのであれば、彼はやや太めの成人男性という程の大きさだ。むろん、その強さは一般の成人男性など遥かに凌駕する、ソルジャー級のゴブリンを従えるほどの地位にあるゴブリンコマンダーと呼ばれる存在であろうとアルカは見てとった。
ゴブリンから進化してソルジャー級になるように、ゴブリンコマンダーもまたソルジャー級からの進化種ではないかと言われている。ソルジャーであった際の特徴で、ゴブリンコマンダーとしての能力の特徴もややことなるのだと現在の研究ではなっているとアルカは聞いた事があった。
目の前のゴブリンコマンダーは、ゴブリンスカウト、すなわち身が軽く身を潜め気配を殺す事に長けている存在からの進化だったのだろう。アルカが戦っている間も姿を見せずに隠れ、必殺のタイミングに奇襲することを選んだのだ。
ゴブリンスカウトからの進化種とは言え、コマンダー級ともなればその膂力はソルジャー級であるゴブリンファイターの力など遥かに超える。その力で攻撃されれば、疲労困憊にあったアルカなどひとたまりもない。またそんなアルカであったからこそ、集中力が少なくなったところを狙われるといった失態に繋がったともいえる。
(ちょっと図に乗ろうとしたらすぐこれだ……)
惰性がどうのと言っておきながら、少し色気を出そうとしたら窮地に陥っている。そんな自分に皮肉気な乾いた笑いすらこみあげてくるアルカだったが、そんな自嘲をやっている暇など無かった。
ゴブリンコマンダーはもとより、ここを勝機とみた他ゴブリン達までにじり寄ってきているのだ。そんなゴブリンのソルジャー級の中で、ゴブリンシャーマンが杖をこちらに向ける。
(あ、ちょっとやばい)
身をかわす程の体力がまだ回復していない。そんな汗だくのアルカに向かって、ゴブリンシャーマンが炎の球を放ってくる。
このままでは危ない。どうするべきか。と、アルカが脳内で対策を必死に考えていた時だった。
「アルカさん! これナナセさんからです!」
聞き覚えのある声がその場に響く。そして、ゴブリンの炎を追い越すように投擲された何かをアルカはキャッチ。受け取ったものが指輪だと分かると、すぐに左手の指にはめる。
迫りくる炎を前に、アルカは目を閉じて指輪に神経を集中した。
こんな場面で渡される指輪なのだ。ただの指輪であるはずがない。そう、自分に渡されるのであれば骸装具なのだ。
そんなアルカの確信通り、魔力を通せば指輪が骸装具であるとアルカには分かった。――アルカは、決して上級や特級の骸装具を使う才能は無かった。あったのは、どんな骸装具であろうとも一定レベルまではすぐに使いこなせるという器用貧乏さだ。
が、それが故にアルカは理解できた。ただの骸装士であれば、いきなり渡された骸装具を発動させることなどできはしない。しかしアルカだから、”七骸”と呼ばれるほどに様々な骸装具を容易く使いこなすことができるアルカだからこそ、この指輪の魔法を発動することができた。
アルカはこの指輪の由来も、どんな魔獣から作られたものかも知りはしない。しかし、魔力をどうとうせばどんな魔法を発動できるのか。それを直感的に理解できた。故に、魔力を注ぎ込まれた指輪が、魔法を発動させる。
発動して生じたのは、光る盾。霊体具現系防御魔法として発動した障壁がアルカの前に現れ、ゴブリンの炎を防ぐ。炎は派手な音を立てたものの、光の盾を揺らがせることもできずに、消え去った。
次の瞬間には魔法障壁は消え去った。アルカの魔力の限界が来たのだ。が、その代わりに二人の人影がアルカを守るように前に立つ。アルカにとっては見慣れた二人の影が。
「ったく、遅せーよ」
現れた事務所の仲間であるセーリッシュとダヤンに、アルカは地面につっぷしたままそう憎まれ口をたたいた。




