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「えー、本日お集まり頂いたのは、皆さんもご存知と思いますが、ここ最近の荻窪ダンジョンの異変についてです」
ADF契約探索者のうち、東京を拠点に活動している者――の中から選りすぐられた300名程度が集められた場で、東京本部局長の男性が話し出す。
「フォルミナスしか現れないはずの上層で、1日のうちにレジーナとアサシネイトの出現、更にその数日前から毎日のようにソルダが発見されております。数にしてはそこまで多くありませんが、我々が東京に支部を置いてから、これほどまでに異変が重なったケースはありません」
『フォルミナス・ソルダ』。通常個体であるフォルミナスの上位個体だ。
レベルは40程度、ファーストランクでも一対一なら余裕で戦えるような相手である。とはいえ、フォルミナスのような数湧かれてしまえば、まともに対処出来る契約探索者は片手で数えられる程度しか居ないだろう。
荻窪ダンジョンの中層にはフォルミナス・ソルダの巣もあるのだが、魔石のランクはCになるし、ADFはCランクの魔石を収集していないので、そこで狩りをしている契約探索者は居ないはずだ。
「これを第二次迷宮災禍の予兆と断定。荻窪ダンジョン初期化のため、ボスの討伐を決定しました。日程は4日後、パーティメンバーの選定は――」
ざわつく探索者を横目に、先程売店で買ってきたプロテインバーを齧る俺。
ダンジョンは、最奥に居るボスを討伐すると初期化される仕様がある。
一度しか出現しないユニーク個体であったり、長年の探索によってズレまくったモンスターの出現周期であったり、採取ポイントが初期化されるため、攻略され再構築されたダンジョンは、しばらくお祭りのような有様になる。
日本では、2年前――難攻不落とされていた新宿ダンジョンが攻略されたのが記憶に新しい。なお荻窪ダンジョンが攻略されたのは15年前の一度だけだ。
15年前――荻窪ダンジョンの第一次迷宮災禍では、ダンジョンの外にまでモンスターが溢れる、狂奔現象が起きた。探索者の死をどこか他人事のように考えていた無辜の民が、大勢死んだ。
パーティメンバーの名が呼ばれていく。
なお通常の契約とは違う特別任務となるため、パーティメンバーに選ばれた者は、最高級のポーションが無数に配布され、ADFの所有している高レアカードや装備も貸与されるらしい。
こんな暢気に構えているのは、自分が呼ばれるはずもないと分かっているからだ。
なにせ俺は、契約探索者の中でも珍しいファーストランク。レベルが50になってから、15年以上経っている。
レベル上限解放をしていないことに、大した理由はない。上げなくても狩りが出来るから、というのが一番大きいが。
若い頃は『上限解放』を入手してもステータスが最も重要とされるタンク担当のメンバーに譲っていたし、パーティが解散されてからしばらく入手機会はなく、契約探索者になってからは『上限解放』のドロップしない荻窪ダンジョン上層でしか活動していないためである。
ファーストランクとセカンドランクの違いは、レベル50とレベル60の差。たった10の差とはいえ、ステータスアップやスキルスロットの増加など、いくつもの恩恵がある。サードランクにもなると、ファーストランクの倍近いステータスになるのも珍しくない。
げんに、局長に呼ばれているのはサードランクばかり。そもそもフォースランクの契約探索者など数名しか居ないので、サードから選ばれるのは当たり前といえば当たり前だが。
主力となるサードが何人も抜けることから、しばらくは残ったメンバーの負担が増えること(つまり残業だ)、シフト調整が必要になることなどを説明され、解散となった。
会議室を出たところで、背中を小突かれるので振り返る。
「お、リーダー様」
「その呼び方はよせ。私はリーダーなんてガラじゃない」
そこに立っていたのは、リンだ。明らかにうんざりした様子である。
「一番強い攻略経験者がリーダーになるのは当然だろ。シフトの穴は埋めといてやるから安心しろ」
「まぁ私のシフトを埋められるのは海里だけだろうが、攻略経験者は私だけじゃ――」
「……公式には、リンだけだろ」
今回呼ばれている契約探索者の中で、ダンジョン攻略経験がある者は公式にはリンを除いて一人も居ない。というのも、契約探索者というのは一般的に、上を目指すのを諦めた者がなるものだからだ。
未知のダンジョン攻略による一攫千金狙いを諦め、コツコツと毎日低レベルモンスターを狩ることで安定した生活を手に入れる。それが契約探索者というもので、俺も類に漏れずそのパターンである。
難攻不落とされていた新宿ダンジョンを攻略したパーティのエースアタッカーであったリンが、リーダーになるのも必然と言える。
「そもそも私は指揮とかしたこともないんだが!?」
「だろうな、馬鹿だし」
「おい馬鹿って言う奴が馬鹿なんだぞ海里のばーか!!!!」
「ガキがよ……」
会議室を出たところで駄弁っているので、普通に人目につくのだが――
リンも、会議室から出てくる他の契約探索者も、別に気にした様子はない。というのもここに集められたような面子は、メディアで徹底的に隠されているリンの素の性格を知っているからだ。
「いうてリーダーなんて名目上で、どうせ中じゃ小木野さんにぶん投げるんだろ」
「…………何故分かった」
「ずっとチラチラ見てただろ」
「…………鋭いな、流石海里だ」
「褒めんなよ。誰でも分かんだろ……」
会議室出てすぐ脇のところにある喫煙コーナーで煙草を吸っている五十路手前の男性――小木野さんが、「え、俺?」と指を差す。話は聞こえない距離だろうが、俺とリンに見られていることに気付いたのだろう。
小木野さんは国内ADF契約探索者の最古参かつ、ダンジョンが生まれた当初に結成された自衛隊の精鋭チームに所属していたベテランの元自衛隊員である。
40代で探索を続ける者は非常に少ない。というのもステータスは元の肉体をベースに強化されるため、肉体強度の高く鍛えやすい、10代20代が大半を占めるからだ。
それでも、俺のように30代の探索者が居ないわけではないが、40代ともなるとほとんど居ない。元から肉体強度に依存しないスタイルでないと、まず10代と混ざって戦うことなど出来なくなるだろう。
小木野さんのスタイルは『とにかく足を動かして、とにかくデカい威力の魔法をぶつける』移動砲台型の魔法使いで、足を動かさず照準を定める固定砲台型の俺とは真逆のタイプである。
フォースランクになってから20年を超える、日本国内においてもトップランクの実力者。経験豊富で頭も切れる、性格も冷静――まさに指揮官にぴったりの逸材である。
そんな小木野さんを差し置いて明らかにリーダーには不適格なリンが選ばれたのも――
「大方、リンが選ばれたのはメディア向けだろ。新宿ダンジョンを攻略した天才美少女が、次は荻窪ダンジョンを攻略する――、まぁ100ぱーウケるだろうからな」
「……だろうな」
「ADFのスポンサーも年々減ってきてるって聞くしな。確実にウケる話題は出来る限り提供したいんだろ」
「そうなのか?」
「ネットの噂レベルだよ。上場してないから実際のところは分からないが、2年前から減ってるって噂はある」
「…………」
流石のリンでも2年前のことは忘れていないのか、無言で頷いた。
ドイツにあるADFのポーション工場で、魔石の取り扱いを失敗したとかで大きな爆発事故があったのだ。それは工場の敷地だけでなく周辺1キロ以上を消し飛ばすほどの威力で、死者数は2000人を超えたという。
これまでADFが作ったポーションによって救われた命の数を思えば、死者2000人なんて大した数ではないといえばそうなのだが、メディアは手のひらを返したようにADF叩きを始めた。
その余波で全く関係ない日本国内のスポンサーも減ってるとか、根拠がないわけでもない噂はネットの至る所に転がっている。
「……海里は」
「ん?」
「私が死ぬとは、思わないのか」
いつもとは違う、弱弱しい声で、リンは聞く。
「思わない」
だから俺は、答えた。リンが死ぬはずないと。
「何故だ? あの時だって、海里に助けられなければ――」
「俺が居なかったらリンは一人でも対処出来ただろ。つまりあれは俺のせいだ。俺のせいで俺が死にかけた。そんだけだ」
「ちが――」
「違わないんだよ。……分かってんだろ、リンも」
「…………」
リンは、レベルアップボーナスの全てを力に振り、戦闘に直接関係ないスキルは一つも取っていない脳筋タイプの探索者だ。
愛用の三叉槍の等級は、そこまで高いわけではない。それでも剛力の彼女が振るえば低レベルモンスターは一撃で塵と化し、『自動反射』のスキルで防御面にも優れている。ただ戦うだけに特化したバーサーカーだ。
あの時俺を殺したフォルミナス・アサシネイトなど、普通に戦えばリンの敵ではない。
たとえ群れであっても余裕で倒しきれただろう。だが、状況が最悪だった。一人で対処出来ない俺のせいで、リンの命まで危なかったのだ。
「あの時、『帰還の書』を海里が使えば良かったんだ」
「……あー、言われてみるとそうだな。その発想はなかった」
「なんでだ!?」
「なんでって……、咄嗟に身体が動いたんだよ。仕方ないだろ」
「…………ばかっ」
「分かってるよ」
小さく握った拳を、俺の胸にこつんと当てる。いつもの馬鹿みたいなガキではない、しおらしい態度だ。
「……なんだ、ボス倒せるか不安なのか?」
「…………そうじゃない」
「じゃあなんだ」
「…………わかれっ」
「分かんねえよ馬鹿が……」
はぁ、と溜息を吐くと、煙草を吸い終えた小木野さんがこちらに近づいてきて言った。
「リンちゃんはね、林原くんが心配なんだよ」
「…………え、俺ですか」
「そう、リンちゃんが居ないうちは荻窪のトップは林原くんになるからね。知ってると思うけど、異変は下だけに起きるんじゃない。下がおかしくなればなるほど上もおかしくなっていくのがお決まりだ」
「……いや、俺がトップって、そんなの等級だけでしょう。経歴も大したことないし……」
「それでも、心配なんだよ。分かってあげよう、ね?」
「……はい」
小木野さんはそれだけ言うと、「青春だねぇ」なんて笑いながら会議室に戻っていった。作戦の打ち合わせでもするのだろう。
小木野さんもADF契約探索者ではあるが、俺やリンのように魔石集めはしていない。これは下っ端の仕事なのだ。まぁ普段何してるのかは全然知らないが。
「つってもなぁ……。俺とかただ荻窪の蟻狩りに特化してるだけだし」
「レジーナの装甲を削ったのは、間違いなく海里だろう?」
「そうだけど、あれ耐久力相当落ちてたからな。リンが1時間戦ってなかったらノーダメだよ」
「でもっ!」
「でもじゃない。落ち着けって。俺が誰か庇って死ぬキャラに見えるか?」
「……見える」
「それはリンの目が節穴なんだよ」
「げんに私は庇われたが!?」
「そうだったか? ま、そういうこともある。俺はリンの方が心配だね。帰って来た時腕とかなかったら流石に泣くぞ」
「腕くらい生えるぞ」
「プラナリアかなんかか?」
「海里は飲んだことなかったか? レア7以上のポーションはな、欠損部位も再生されるんだ」
「うわ気持ち悪い……」
「気持ち悪いってなんだ!? すごいだろ!?」
「すごいはすごいけど、もう人間やめてねぇ……?」
だって、レア7のポーションってダンジョンの直ドロップだろ? ADFのポーションって最高級でもレア4相当のはずだし。
なお俺は4すら飲んだことがない。だってあれ1本200万とかするもん。レア7って何? 国家予算で買える?
「つってもなぁ、リンがアレキ抜けて結構経つだろ。そんなポーション残ってるのか?」
「ADFから提供されるらしいぞ。詳細は知らんがな」
「マジかよどんだけだよ……」
「レア7のポーションがどれだけ優れていようと、それを薄めてレア1のポーションに変えることは出来ない。ADFにとっては魔石の安定供給の方が優先されるんだろう」
「だからってなぁ……、売ったらいくらになるんだよそれ……。それで魔石買った方が安くねぇ……?」
リンは「知らん」とあっさり答える。まぁリンも使ったことはあっても買ったことはないのだろう。
『上限解放』やレア7のポーションのような希少なアイテムは、売買よりも自力でドロップすることが基本とされる。それは売買を前提とすると額が大きくなりすぎて金策の方が主目的となってしまうからと言われている。
自分やパーティメンバーが使わない装備品やスキル、アイテムを売ることはあるのだが、誰でも使える『上限解放』やリンが使ったような高レアポーションは、探索者をやめない限り、売る必要がまずないのである。
「無事帰ったら、一つ聞かせてくれ」
「結婚はしねえぞ」
「そうじゃない」
リンは、覚悟を決めたように小さく頷いた。
「あの場をどうやって切り抜けたのか、話してもらう」
――あぁ、そうか。
聞かれないから、興味がないのだと思っていた。――違う。
俺が話そうとしなかったのを感じ、聞くのをやめたのだ。
(ったく、馬鹿なんだか賢いんだか)
リンは、バカだけどアホではない。
学業成績は知らないが、IQが低いわけではないのだ。ただ、興味のないものに興味を示さないだけ。
命を繋ぐための生存スキルを一つも取っておらず、殴り続けることしか考えていないステータス――戦闘スタイルなどバーサーカーそのものであるが、考える力がないからそうしているのではない。
ただ、それが最適だと理解しているからなのだ。
どれだけ強大な敵であっても打ち合える、圧倒的な力によってのみ成立するカウンタースキル。それだけで、彼女を最強たらしめている。
「……分かった。その時までにはもうちょい、調べておくよ」
「? どういう意味だ」
「まだ分からないことの方が多いんだよ」
「私に手伝えることはあるか? 命を救ってくれた例くらいするぞ」
「……いや出発4日後だろ。手伝う時間なんてあるのか」
「どんな作戦であっても私の行動は変わらんから作戦立案に参加する必要はない。当日までフリーだ」
「…………そうか」
「おいなんだその目は!? 私は今同情されるようなこと言ったか!?」
「どんまい……」
「どんまいじゃなくて!?」
ともかく、4日もリンがフリーならば、利用出来ることはある。
――こいつの知名度を、日本国民ならば誰もが知る顔と名前を、全力で使ってやろうじゃないか。




