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「海里っ!!!!」
どがあああああん、というオトマトペが正しそうだ。
俺の腹を使って衝撃吸収するリン。くの字になって吹っ飛ばされそうになる俺。首根っこ掴まれて飛んでいくのを止められる俺。衝撃を殺し器用に着地したリンは――
「馬鹿っ!!」
そう叫ぶと、俺を抱き締めた。
涙と鼻水を、俺の服で拭くようにして。
「……悪い、つい癖でな」
思わず漏れた言葉に、リンは言葉でなく行動で返す。
抱き締める――といえば良いのだろうか。万力のような力を込め、人を素手で千切ろうとしてんじゃないかって勢いで押さえつける。
「待てっ、ギブ! ギブ!! ちぎれる!!!!」
「海里なんて上と下で別れてしまえば良いんだ!!」
「流石に死ぬからね!?」
「死ねっ! ばか!!!!」
「酷い!!」
叫ぶだけ叫ぶと、ちぎれる一歩手前まで込められていた力は、すっと抜ける。
そして、俺の顔を抑える。両手で、ぎゅっと握って。
何か言おうとするのを先んじて、こちらから口を開いた。
「……アサシネイトは?」
「3時間前に討伐した」
「あぁ良かった。あんなの上層に徘徊されてたら仕事どころじゃないしな」
「海里は、どこに居たんだ?」
「…………ちょっと死んでた」
「はぁ?」
いやまぁ、リンの反応も仕方ないよ。でも正直に言った方が理解出来ないだろうしなぁ。
黒銀の蟻――フォルミナス・アサシネイトの能力、それはその名の通り暗殺に特化したもの。
『初撃必殺』というスキルの効果により、アサシネイトの最初の一撃は必ず相手に通る。それも人間が絶対に耐えられないほどの猛毒を付与した攻撃で、数多くの探索者を葬ってきた。
蟻塚と名高い荻窪ダンジョンにおいても、上層で出現するのは1年に1回もない。
一撃目をなんとか防ぐ手段さえあればそこまで恐ろしい敵ではないのだが、あの時は違った。俺かリン、どちらを狙うかすら分からなかったのだ。
リンと一対一であれば、対処出来たろう。リンの持つ最大の防御にして最強の攻撃スキル『自動反射』さえ発動させれば、アサシネイトの攻撃であれど迎撃出来たに違いない。
――だが、あの場はダメだ。リンが敵を認識しておらず、かつ誰を攻撃するか分からないような状態では『自動反射』は発動しない。アサシネイトの存在に気付いたのが俺だけで、どちらを狙っているか分からない時点で、負けは確定であった。
そして俺はリンと違い、アサシネイトと一対一で勝てるほど強くはない。
俺が狙われたところで俺は死んだし、リンが狙われたところでリンは死んで俺も死んだ。それが分かっていたのだから、リンだけを逃がすというあの判断は、間違ってはいなかったはず。
もっとも、そんなことを考えてから行動したわけではないのだが。
「……やっぱり、ダメだな私は」
「え、そうか? レジーナとアサシネイト倒せたんならボーナス結構出るだろ」
「違うっ!」
「違うかぁー」
「……また、私の前で人が死ぬのを、止められなかった」
「…………」
涙をぽろぽろ流し、リンは嗚咽を漏らす。
彼女は、妹を救われたという理由でADFへの契約を希望した。
――だがそれは、ずっと昔の話で。
リンの妹は、とうに死んでいる。それも、リンが小学生の頃に。
救われたというのは、肉体ではない。――心の話だ。
ADFにとっては、ショッピングモールで試供品の低級ポーションを配り、知名度の拡大を図っていただけ。エナジードリンクがイベントで無料配布されるような、そんな程度のプロモーションに過ぎなかった。
リンはそれを貰い、幼い頃から万病に犯されていた妹に一口飲ませた。――すると、妹は言ったという。「あぁ、痛くなくなった」、と。
結局、低級ポーションに病を治す力などなく、妹は亡くなったという。
でも、その時の妹の顔が忘れられないと、リンは語っていた。
これから苦しむ人を、一人でも多く救いたい。リンは、そのために名誉を捨て、一人の契約探索者としてADFに所属している。
更なる名誉を求めて別のダンジョンを攻略するなり、功績を活かしてアドバイザーであったり教官であったりになることだって出来た。でも、彼女はそうしなかった。
自らをADFの広告塔として使えるよう、メディアに露出し、契約探索者の数を増やしていった。
それは、ポーションの更なる流通のために。
「……海里」
「なんだ」
「結婚しよう」
「しねーよ」
「何故だ!? 私はこう……結構モテる方だと思うが!? 私と結婚すれば将来安泰だぞ!?」
「そりゃあなあ、そのツラで日本最強クラスとか、まぁモテるに決まってんだろうけど」
「けど、なんだ!?」
「好みじゃねえ」
「…………チッ」
露骨に舌打ちしたリンは、ようやく俺から離れる。
こいつ前から幼稚園児みたいなノリでプロポーズしてくるんだよな。一回り以上離れたオッサンに何を求めてんだか。
「風呂入って寝てえ……」
「ん? なんだウチ来るか?」
「行かねえよ、未成年の女の家にオッサンが入ったら事案だろうが」
「いや成人はしてるからな!?」
「成人してようが、ガキはガキだ」
ぽん、と頭に手を載せると、くすぐったそうに身体を悶えさせる。
日本最強クラスの探索者とは思えない、小さな身体。
支部からダンジョンまで――1キロ以上の距離を、ビルの上をジャンプしてショートカット出来るほどの、超人じみた身体能力。
日本に3人しか居ないフィフスランク――レベル上限を4回突破しているバケモノだろうが――
俺にとっちゃ、まだ子供だ。成人年齢が20歳から18歳に引き下げられようが、子供の精神性が変わるわけでもない。
「報告とかめんどくさいから、それだけやっといてくれ」
「あぁ、役所に届けておく」
「婚姻届じゃねえからな!?」
「? 何故だ、必要になるだろう。こんなの早いか遅いかの違いしかない」
「ならねえんだよ!?」
「…………チッ」
チヤホヤしてるメディア連中は、リンの素顔を知ってんのかね。
オッサンにわけわからんアタックしかけてくるような女だぞ。別に俺はリンに何かをしたつもりもないのに。ったく、どんだけ惚れっぽいんだよ。
「……帰るわ」
「あぁ、別れのキスは必要か?」
「要らねえ。んじゃおやすみ」
「……おやすみ」
ダンジョンを背に、家に向かって歩く。
ふと視線を感じたので振り返ると、何か言いたげなリンが、拳を握って俯いていた。
(悔しかったんだろうなぁ)
たかがファーストランク――レベル上限を一度も解放してないような俺に助けられたことが、よほど悔しかったのだろう。
通常、探索者のレベル上限は50である。
毎日探索をしていれば、ソロでも5年あれば上限に届くだろう。しかしいくつかの条件を満たすと、上限が10ずつ増えていく。
中でも最も大きな壁となるのが、『上限解放』というスペルカード。特定のモンスターからしかドロップ報告のないカードだが、最初の上限解放は2枚集めるだけで良い。だが次は4枚、その次は16枚、次にはなんと256枚。
上限解放をしていない者がファーストランクと呼ばれ、そこから上限解放をした回数でセカンドランク、サードランクとステップアップしていく。リンのフィフスランクとは、レベル上限解放を4回した者――累計で278枚集めたという証だ。
正直、1枚すら持っていない俺には到底現実的とは思えない。なおシックススランクに必要なのは65536枚になる計算なので、人間の寿命じゃまず無理だ。
たった2枚で良いので、セカンドランクはかなり多くいる。探索者全体の3割ほどだったか。
サードランクも4枚なので、こちらは上位5%くらいになるが、そこまで珍しくない。
問題は、16枚必要となるフォースランク。
フォースの壁と呼ばれ、よほどの資金力があるか、類まれな幸運の保持者が狂ったように狩りをするかのどちらかでしか超えられない。
フォースで一気に減って数えられる程度しか残らないので、ネットではフォースランクのTier表とかがあるくらいだ。
フィフスなんて、もう人間やめてるとしか思えない。一体、何をどうすればそこまで集められたんだか。




