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ドロップを回収しボス部屋に戻ると、中央にワープゾーンが現れていた。光る床を踏むだけで入口に戻される仕組みだ。
リンはしばらく起きそうにないので、壁にもたれるとカードを見る。
ハーロット・ワン。クレイ曰く、ハーロット船団の母艦であったという。
「前に調べたけど、『ハーロット』ってあんまいい意味ないんだよねー」
床にドロップカードを並べて整理しながら猫屋敷が言うので、そちらに視線を向ける。
「そうなのか?」
「娼婦とかそういう感じ。流石にこれ、翻訳されてるのかにゃ?」
数枚で規則性を把握したか、クレイも自分が拾っていたカードをエプロンのポケットから取り出し猫屋敷と一緒に並べながら頷いた。
「んね。原語だとウィドゥトゥハ――、すっげー雑に表現すると『身体を売ってる人』って意味なんだけど」
「……普通、自分たちの船にそんな名前つけるか?」
「そりゃあねー、あーしの生みの親――テフィリアリア星系人なんて、母星を捨てて入植可能な新惑星に旅することを決めた人たちなわけよ。だからハーロットの名前は、自分たちに科した罰、って言えば伝わるかなー?」
「「あー……」」
なんとなく分かった。酷い名前を付けることで、自分たちの行いが正統なものではないと、認めているということだ。
身体を売る人。娼婦。それらを表現する言葉を当てたことの意味も、分かる。
きっと母星を旅だった彼らにとって、自分たちの行いはそれほど非道なものだったのだろう。
「あーしは宇宙生まれだから星に住んでた時代のことは知らないんだけどね、会話ログ見た感じ、まー結構な数の人を母星に置いてったみたいで」
「うぉお、ノアの箱舟みたいだな……」
「のあ? あー、そっちにも居るんだそういうの」
「そっちにも!? いや、神話だよ。だからたぶん実在の人物じゃなかったような……聖書だっけ?」
ヘルプ、と視線を猫屋敷に向けると、溜息交じりに答えられる。
「旧約聖書の『創世記』の方が確かに有名だけど、元ネタはシュメールの洪水伝説にゃ。ギルガメッシュ叙事詩は知ってる? それの元ネタ」
「な、なんとなく名前だけは知ってるぞ」
「……ま、内容は似たような感じにゃ。創世記で神話テイストがガッツリ入ったけど、元ネタの方はただのメソポタミアの災害あるあるネタにゃ」
「へぇー。えっと、……話が逸れたな。クレイの方の星にもそういうネタあったんだな」
「うん、たぶんあれでしょ? ごしゅの方も偉い人が船作らせて役に立つ人間と動物乗せて旅立つ感じ」
「……確かそんなだ」
猫屋敷も頷くので、まぁ大体合ってるっぽいな。
こういう話、他の星にもあるんだなぁ、ちょっと面白いわ。
「ハーロット船団が、まさにそのノアの箱舟ってわけ。テフィリアリア星系って、近いうちに恒星が寿命迎えること分かっててさ。延命措置も色々試してたんだけど、そのうちあーこりゃ無理だわってなってー、船作って外宇宙に逃げだすべーってなったの」
「……どんくらい置いてったんだ?」
「さぁ? そなへんの情報はあーしの読めるとこには入ってなかったんだよね。ハーロットなら知ってるかもしんない? んでもまぁ、人口のほとんどは置いてってると思うよ。船団全部入れてもそんな人入れねーし」
「…………そっか」
それで、自分たちの乗る船に、身体を売って生きていく人を表す名を付けたのだ。
地球人よりずっと文明レベルが高いはずの宇宙人の気持ちが、たったそれだけの出来事で分かった風になってしまう。日本人の共感能力、ちょっと無駄に高すぎるな。
「んーで、計算通りならハーロット船団が出発してから700年くらいで地表に住んでるテフィリアリア星系人は全滅したはずで、生き残りは全員宇宙に居たわけよ」
「そうなるな」
「んーで、ここにハーロット・ワンのカードがある、と」
「あるな」
「こりゃ全滅したわ」
クレイは、笑いながら言う。
前髪から微かに覗くその瞳は、軽い口調とは裏腹に、どこか悲しそうだった。
ハーロット・ワンの居住モジュール。見た目は、ハーロット・セブンのものと何ら変わりはない。
けれど、それがここにあるということは、きっとハーロット・セブンと同じような状況になったのだろう。
即ち、乗員がすべて居なくなり、管理プログラムが全権を掌握した状態である。
「……ワンがあってセブンがあるなら、他にもいっぱいあるんじゃなくて?」
猫屋敷の疑問は最もなので、クレイの返事を待つと――
「んーと、ぶっちゃけそれはないかな? ハーロット船団ってワンが一番偉くて、セブンが一番下なのよ」
「あ、そうなんだ……」
「この星の言葉で言うとー、国王的な? めっちゃ偉い人は皆ハーロット・ワンに乗ってて、そーゆ人にとって下の船ってまぁ、ゴミみたいなもんなわけ」
「そ、そうか」
ガチガチの階級社会怖いよ。でもあれだよな、人間をランク付けして就ける仕事とかも決まってるわけだもんなぁ……。
「武装とか人の数もハーロット・セブンとは桁違いだから、ハーロット・ワンが潰れたこの状況で他の船が残ってる確率はまぁ、0かなぁ。理由は全然分かんないけどね。文明レベルがより上のとこに襲われたのかもしんねーし、ゲコクジョー的な? 反乱で殺されたのかもしんねーし、ハーロット・セブンと同じようにモンスターの卵でも孵化したのかもしんねーし。やー、まー、あーしにとっては自分ら捨てて逃げった母艦だから、ザマーミロって気持ちも割とあるし? そんな気に病むほどじゃないっていうかー」
そんな、やけに長尺に喋る様子を見てるだけで。
クレイが平静ではないと、俺には分かる。だから、床に座って手を広げてやる。
「……よし、とりあえずこっち来い」
ちょっと恥ずかしいな。――まぁ、クレイはノータイムで「ごしゅー!」なんて叫びながらダイブしてきたわけだが。
抱きしめてくるので抱き返してやると、クレイが「しゅきしゅき」なんて恥ずかしげもなく言いながら頭を擦りつけてくる。なんか犬みたいだなぁ。犬飼ったことないけど。たぶん飼ってたらこんな感じだろう。
――まぁ、そのまま1時間くらいクレイが離れてくれなかったわけだが。
「おい、離れろ」
そんな冷たい声を聞いても、クレイは視線を一瞬そちらに向けただけで離れようとはしなかった。
「お、リン。起きたか」
「あぁ、……終わったか」
身体を起こし、ワープゾーンの方に視線を向けながらリンは呟く。
お前が寝てる間にもう一波乱あったんだよと話してやりたい気持ちもあったが――
「帰るか」
何より、今は家に帰りたい。
――15年ぶりの冒険は、こうして幕を下ろした。




