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(速すぎんだろ……)
正直、甘く見ていた。
謎スペックのクレイはともかく、リンをだ。
リンのスキル――『宙歩』。それ自体は、然程珍しいものではない。
空中の指定座標に、本人にしか触れられない透明の足場を作るだけのスキルだ。ただし、その名の通り空中を歩くのは少々――というかかなり難しい。
スキルの通り、足場が目に見えないこと。そして持続時間が非常に短いからだ。
つまり、足を着ける瞬間に足場を出すくらいの速度感でないと、歩く動作なんて行えない。だがそんなのを戦闘中に意識し続けるのはかなり難しい――、故に、精々が高いところに攻撃する時の段差として使う程度。
――だが、リンはどうだ。
空を駆け、飛び跳ねる。まるで、空を飛べるかのように。
槍を持っている時、あそこまでの動きは見せなかった。それは速度低下のデバフが入っていたからかもしれないし、単純に槍2本が重かったからかもしれない。
目にも止まらぬ速度で宙を舞うリンは、ひどく楽しそうに笑っていた。
攻撃動作は1秒にも満たない。恐らく0.何秒とか、そんな世界だ。
構えも、切る動作も、足を地に着ける動作も、何も見えない。ただ、空に軌跡を描くほどの速度で飛び回り、時折クレーンや、主砲や、エンジンを切断していく。
敵があまりに巨大すぎることから、タンクをクレイに任せ、遊撃に切り替えたのだろう。口にも出さずこの連携が出来る二人には驚かされるが、まぁこの二人なら仕方ないか、と思える。
「『射法・偽・格納庫761・重複――発射』」
擲弾に乗せられる重複は、一回で限界だ。これ以上は流石にリンを巻き込む。
『勇者状態』が7倍補正になったところで、爆風の範囲が広がったわけではない。ただ、威力が上がっている。
リンの低耐久では爆風を受ければ即死だろうし、風は見て避けれるものでもない。――たぶん。恐らくは。
なので、確実に巻き込まないように、それでいてダメージを与えるため魔力を上乗せする――、その限界が、重複1回だ。
バケットホイールエクスカベーター――世界一巨大な掘削機のような見た目をしたボスは、正直どこが弱点かも分からないほどデカい。
初めは適当に攻撃をするしかなかったが、ずっと見に回っていた猫屋敷が、ようやく弱点を見つけた。――つっても、そこに何があるか、俺の視界からはもちろん見えないわけだが。
掘削機の背中が爆発。こちらまで熱が届く。ほんの一瞬――1秒程度だけ動きを止めた掘削機は、その隙を見逃さなかったリンによって、クレーンを根本から切断されていく。
クレーンの先端に取り付けられていた機銃が火を噴く寸前――、切り落としたクレーンを足場に跳躍したリンが、断末魔のようにやたらめったら弾丸を吐き出す機銃をなますに下ろした。
して、次に灯ったのは主砲だ。あまりにデカすぎて、俺からでも見える。
グギギギギ、と異音を鳴らしながらこちらに砲塔を向けてくるが、俺は逃げない。だって、主砲と俺の対角線上に居る、クレイが――
目にも止まらぬ速度で飛翔した巨大な弾丸を、クレイが振り回したモップの先で僅かに逸らした。
というか、俺の目にはモップが消えたようにしか見えなかったが、すぐに背後の壁に着弾音。一瞬立っていられないほどの揺れに襲われるが、なんとか次の『射法』を発動させ指示を待つ。
「右一番後ろのキャタピラにゃぁー!!」
機銃に狙われながら天井を駆ける猫屋敷が、そう叫ぶと同時に弾丸を射出させる。
身を翻そうとした掘削機だったが――、いくらデカかろうが、全部位が鉄骨で繋がっているせいだ。目の前のパーツを手でむんずとクレイが掴むと、キャタピラはガリガリと地面を削るだけで進めなくなる。
そして、空から飛び降りたリンが、指定されたキャタピラに上から切りかかった。
「――『発射』」
すぐにリンが居るところを目掛けて擲弾が飛ぶ。こちらを見ることもなく、リンはその場を離れた。
二人によって押し留められ逃げ切れなかったキャタピラは再び爆発を受け、一瞬だけ動きを緩めた。
(……猫屋敷、ちゃんと仕事はするんだな)
正直、彼女がこの戦闘に参加するとは思えなかった。
ADF契約等級は最低ランク。俺と真逆で魔石狩りに一切特化してない構成故だ。
彼女がADFに入れたのは、パーティ全員で加入したからだ。だが、そのパーティは数年前に解散し、今ADFに残ってるのは猫屋敷ただ一人。
ソロでまともに戦える斥候は、非常に稀である。何せスキルスロットの半分以上を非戦闘系スキルで埋める必要があるからだ。
確かにモンスター感知系のスキルはソロでも便利ではあるが、別にピン刺しするだけでもそれなりに機能はするので必要ならそのスキルだけを取ればいい。だが、本職の斥候である猫屋敷は、それらのスキルを外さずに残していたのだ。
まぁ、スキル一つ一つは安くないがリムーバーよりは高いとか、そういう打算的なものもあったかもしれないが――
ともかく、こんな危険なだけで実入りの少ないボス戦に挑むようなキャラには見えなかった。
それでも参戦したのは――
(1000万のパワー、すげー……)
間違いなく、報酬を先に貰ってしまったからだ。
お金を貰ったからもう仕事は終わりと、逃げ出すような奴ではなかった。先に貰ってしまった以上、嫌でも働く――
そういう奴なんだ。あいつは。
(……ったく、)
「馬鹿ばっかだなぁ」
誰に言うでもなく、独り言ちる。
聞こえるはずのないクレイが一瞬こちらに視線を向けてきたように思えたが、気のせいだろう。動き続けるクレイの背後――掘削機の対角線上に居るのが一番安全だ。クレイは、絶対に俺を守ってくれるから。
リンと二人で戦っていた時は、ひどく焦ってしまった。けれど、クレイが一人いるだけで――
(マジで、楽だ)
こんなに落ち着いていられる。
一つ前のボス戦で壁役のロールをしていたリンだって、攻撃を後ろに流すような真似はしなかった。それでも、だ。
クレイの後ろに居ると、安心できる。落ち着いて、攻撃に専念出来るのだ。
「にししっ」
なんて、クレイが笑った気がした。
聞こえるはずがない。幻聴だ。けれど、後ろから時折見えるその横顔は、ひどく嬉しそうで。
(楽しいなぁ)
一歩間違えれば命を落とすかもしれない、次に何をしてくるかも分からないボス戦。誰かがワンミスしただけで、恐らく全滅するこの状況。
それが、どうして楽しく思えるのだろう。
ひょっとしたら、ヤマトは――
ずっと、こんな気持ちで戦っていたのだろうか。
勇者は、俺に確かな勇気を与えてくれる。




