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(身体が、軽い)
慣れたと思っていた。
槍を2本持つスタイルは、ほとんど自然に生まれたものだ。
同じレア6の槍が同時に2本ドロップしたのを見て、当時のパーティメンバーが、「いっそ2本持てるんじゃない?」と言い出した。試してみたら、案外持てた。
槍に速度低下のデバフが付いていても、それまで持っていた片手剣より重く取り回しづらい槍を2本持っているから、そういうものかと然程気にならなかった。
二槍流になってから、手数は減らないし攻撃力は数倍に上がった。良いことずくめなので、特に装備を更新することもなくずっと続けてしまった。
でも、槍はもう折れた。
――役割を終えたのだと、今なら分かる。
あの槍は、私を英雄にするためのものだった。
私はもう、英雄ではない。ただの、廣重麟だから。
「……はっ」
小さな笑みが零れた。
隣でモップを振るっていたクレイが一瞬こちらに視線を向けてきたので、頷きで返すと視線を外された。こちらの意思など読めるのだから、口で伝える必要はない。
剣を、振るう。
さくりと、剣は何の抵抗もなく装甲を刻む。
敵は、――なんといえば良いのだろう。
……工場、だ。
正直、ここまで非生物なボスは初めて見た。
先の戦車もだいぶ非生物だったが、中心部は生身で装甲を被っているような構造だったので、あれはまぁ、金属のカタツムリのようなものだろう。
工場のクレーンの先端には機銃が付き、戦車のような砲塔があれば、飛行機のジェットエンジンのようなものもついている。
脚部は、キャタピラだ。そのサイズは、――大体30mくらい。
――デカい。
デカいだけなら他にも居るが、正直どこが弱点で、どこを狙えば良いのか、さっぱり分からないサイズだ。
コアとなりそうな部分も見当たらない。とりあえず手近なところを切ってはいるが、ダメージを与えられているかは分からない。
機銃ごと切り落としたはずのクレーンが、いつの間にか再生していた。銃口が海里の方に向いた瞬間、私より先にクレイがヘイト上昇スキル――『熱視線』を発動させる。視線を向けるだけでヘイトを上昇させる、回避系タンクがよく使うスキルだ。
このサイズならば、攻撃の連携は必要ない。巻き込む心配はないからだ。どちらかがヘイトを切らした瞬間に、片方がヘイト上昇スキルを使うだけ。
――非常に、やりやすい。前衛が二人になっただけで、ここまで楽になるとは。
「海里!」
柄から左手を放し、クレーンに指を向けて叫んだ。
「オッケー!」
再生されたクレーンの先端に新たに生まれたのは機銃――でなく、ひどく大きな砲塔であった。
10m以上あるクレーンだ。その先端の砲塔は、偶然下に降りてこない限り届かない高さである。まぁ跳躍すれば余裕で届くが、その間は下部のカバーをクレイ一人に任せることになってしまう。
私が声を掛けるより前に、海里も気付いていたのだろう。
砲塔が生まれた瞬間に、鈍色の弾丸がそれを打ち砕いた。
「……ははっ!」
――楽しい。
思えば、噛み合った連携とは心地の良いものだ。
それは、近接同士の連携であっても、距離の離れた者同士の連携であっても。
ジェットエンジンが唸りを上げた。青白い炎が、後方に噴射される。キャタピラが、全体を押しとどめるために逆方向に高速回転をする。
して、エンジンが全開になった瞬間――、突進。
目に見える速度ではない。それこそ、銃弾のような突進だ。
30mを超える工場が、邪魔な後衛を圧し潰そうと身体を前へと飛ばす。
海里の動体視力で追える速度ではない。回避など不可能だ。
――だから、止める。
クレイには、言わなくとも伝わる。
跳躍し、工場の正面に降り立ったクレイが、モップを床に突き刺し構えた。
――して、直撃。
爆音。轟音。鼓膜を破るほどの大音量。
工場は動きを止め、しかしエンジンは猛噴射を続けている。
突進を受け止めたクレイを中心にクレーターが生まれ、どがん、どがんと地面は陥没していく。
よほどの壁役であろうと、あの突進をただ受け止めることなど出来るはずもない。だが、私もクレイも、壁役構成にはしていない。必要に応じて、壁役の使うスキルを使うだけの攻撃手だ。
自身の物理防御力を極大上昇させるスキル――『金剛身』。突進を力で受け止め、被ダメージはスキルで耐える。――私も、昔はよくしたものだ。
工場の後方――ジェットエンジンに向かって、剣を振るった。
距離は5m。だが、――届く。
『衝撃刃』。ただ、斬撃を遠くに飛ばすだけのスキル。
普通ならば、大した威力にはならない。――だが。
唸りを上げていたジェットエンジンが、切断され爆散、炎上する。
このスキルの良いところは、スキルに設定された固定ダメージはなく、単純に振った時の威力の斬撃を飛ばすだけのスキルというところだ。
つまり、力に全振りし、更に筋力増強スキルを大量に重ね、『勇者状態』まで重ねられている私の通常攻撃は、並みのスキル攻撃よりも遥かに高い威力となる。
二対のジェットエンジンのうち片方が止まったことで、突進の威力はぐんと落ちる。その隙に、クレイがその膂力を持ってはじき返した。
――あぁ、ちょうどいい。
ぐるりと半回転した工場は、もう一つのジェットエンジンを『衝撃刃』の射程圏内に収めてくれた。――切断。
口に出さなくとも、こちらの思考が伝わる。
それ自身はひどく気持ちの悪い能力だが、こと近接の連携においては非常に優秀だ。それがあるだけで、連携の素人であっても完璧に相手の思考を読んで動ける。
もっとも、私はクレイが何を考えているかなど分からないが。
――故に、
「リンチャン!」
その声。反響定位によって、こちらからは工場の影となって見えないクレイが叫ぶ意味を理解する。
爆風を避け、クレーンを踏み台に跳躍。ついでに機銃を膾に下ろし、クレイが音で指示したものを見る。
――主砲だ。中央あたりに位置している、戦車の上に載せられているようなそれが、光を収束していた。
(先程までの実体弾とは違う光。方角は9時。そこに居るのはクレイと――海里)
貫通属性を持つ属性攻撃と推定。ならばと、腰のホルダーに手を触れて目的のカードを具現化する。
手の中に現れた錫杖を、――投げた。
主砲に直撃した錫杖は、僅かも刺さることなく弾かれる。――だが、触れただけで充分だ。
強制的に聖属性に変換させられた主砲は、その光を急激に萎める。しかしそれで攻撃を止めることはなく、収束を終えビーム砲が放たれた。
倍率は、聖属性の特性により強制的に1倍だ。クレイはモップを回すと前に突き出し――まるでバットでボールを打ち返すように、ビームを受け止めた。
後方に居た海里が「うぉあ!?」と声を漏らす。射線上に自分が居ることに、クレイがビームを止めてようやく気が付いたのだろう。
慌てて射線を退くのをクレイは見ることもなく、モップを引き抜き自分も屈んで回避する。
主砲がそれを追って動こうとする寸前、私が間に合い主砲を切断した。
光を周囲にまき散らし、主砲は爆散する。
跳躍し回避し、再生を始めたクレーンに足を掛けて再び跳躍。中空から全体を見下ろし、工場の情報を伺う。
「主砲の右後ろっ!! 高エネルギー反応にゃっ!!!!」
そんな声が響く。
流石に驚きそちらを見た。――猫屋敷みや。自分はボス戦では役に立たないからと、ボス部屋に入っていなかったはずの彼女が――
天井にぶら下がっていた。
短剣を天井に刺し、チェーンでぶら下がっていることに気付いたのは、その僅か0.03秒後。
(間に合うか――)
『宙歩』を足場に、空中で止まる。
剣に力を込め、指定座標を見やる。
(…………どこだ!?)
主砲の、右後ろ。――何もない。
そこまで近くないのか? だが離れたところにはクレーンの根本がある。もしそこを指定するなら、クレーンと呼ぶはず。
落下しようとする身体を押し留めるため足場を掴み、目を見開く。集中し、指定場所を狙おうにも――
分からない。だが、僅か1秒にも満たない逡巡でも、クレーンの先に取り付けられた機銃が空に向かって銃弾を放つには充分すぎる時間であった。
「にぉわあああああ!?!?!?!?!」
猫屋敷は悲鳴を上げ、空に短剣を刺しながら、天井を逆さに走る。
猫というよりゴキブリのようだと言ったら、たぶん怒るだろう。
――ともかく、分からない弱点より分かる脅威を優先する。足場を蹴り、クレーンを切断した。
クレイは工場の真正面に立ち、海里を庇い動きを止めている。今弱点を狙えるのは私か海里だが――
「なんとか避けろっ!!!!」
海里が叫ぶと同時に、バスケットボール大の弾丸が――主砲の脇に直撃した。
――して、爆発。爆風の範囲が想定より広い。着弾の瞬間にクレーンを蹴り反対方向に跳ねていなければ、巻き込まれていたかもしれない。
工場の動きが、明らかに鈍った。
再生を終えないまま私を殴りつけようとしたクレーンが、明後日の方向に向かう。唸りを上げていたジェットエンジンが、ガリガリと地面を削り続けていたキャタピラが止まる。
「次っ! 左後ろ2本目のクレーン下っ!!」
「モグラ叩きか!!」
目は見えない。だが、何かがそこにあるのだ。
これは、私やクレイのように直接物理攻撃しか持たない者には相性が悪い。魔法のような範囲属性攻撃で大雑把に狙うほかない。
このような、体内で弱点部位を移動させ、そこを狙わないとダメージが通らない大型ボスは稀に存在する。主にスライムやウーズのような、半透明な身体を持つモンスターだ。
なるほど、ダメージが通らないと思っていたが、そこを狙わないといけないということか。
クレイは――
「おっけ!」
言わなくても伝わる。なんと楽なことか。
クレイが唯一打点を出せる海里を守り、私は足を止めず狙えるところを狙う。ただ、それだけの単純な連携だ。
「負ける気が、しないなぁ!!」
気付けば、笑っていた。
命を賭した戦闘中に笑うなど、不本意なのに。
でも、どうしてか、
時折、笑ってしまうのだ。




