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「み、三十路を殺す気かにゃ……」
息荒くして階段に座り込んだ猫屋敷が、壁にもたれて呼吸を整えるリンをきっと睨む。
流石に全力バトル後の長時間全力疾走は疲れたか、リンも悪態を吐かない。まぁ、見下すようにして鼻で笑いはしたが。
全力疾走したら撒けるはず――、その予想は当たっていた。時折群れに遭遇することもあったが、一切足を止めることなくリンが切り捨てていった。そのお陰で、バトルは最初だけで済んだ。まぁ俺はマジで役に立ちそうにない階層だからあっさり終わって良かったけどさ。
「お、お前らこんな状況で、……すまん、流石に休憩させてくれ…………」
三半規管が、ヤバい。自分の足で立っていられず、階段にへたり込む。
おかしいんだよ。自分の足で2時間走ってた時でも何故か分からんが体力持ったのにさ、お姫様抱っこで運ばれてたら死にそうなんだよ。
だってほら、ジェットコースターがずっと続いたら体力関係なく酔うだろ? それだよそれ。今俺、重力のありがたみを感じてるね。地面が下にあるって……最高だ……。
唯一平然とした様子のクレイが、もしゃもしゃとプロテインバーを齧ってる。俺は今何かを口にしたら吐くと思う。
「無理に返事しなくてもいーんだけど、分かる人いたらおせーてー」
皆が視線だけクレイに向ける。
「ワイトフロイド値――まぁ言葉の意味は気にしないでいーんだけど、この下、めっちゃ高いんだよね」
「……? 高いってのは、どうなんだ? 良いことなのか悪いことなのか……」
「えと、荻窪? あすこのいっちゃん下よりだいぶ高め? これがいーことなのかはあーしには分かんないんだけど、この階段の……、こなへん、こなへんで急に3倍くらいになる感じ?」
クレイは階段を降りていき、下の階層数段手前で止まった。
「…………ヘルプ」
駄目だ、分からん。リンと猫屋敷に視線をやると、猫屋敷が「あー……」と漏らす。
「リンちゃん、」
「……なんだ」
「上の階層、体感何ブロックくらいあったかにゃ?」
「…………336」
「えっ」
即答ではなかったが、リンは少し思案し答えた。
ブロック区分は、ADFの契約探索者が真っ先に覚えなければならないマップの読み方だ。これはADF独自の規格であり、一般の探索者が使うことはない。
マップデータに上から格子状の線を書き、そこに英数字で区画番号を付けていく。そうすることで誰がどこに居るか、他の契約探索者とバッティングしない場所はどこか、誰がどこに居るのかを外からも判断出来るようになっているのだ。
荻窪のように小部屋が複数ある構造ならあまり必要とされないが、それ以外のダンジョンではADFは魔石効率が良い湧き場の管理までしているので、こういうものが必要になってくる。
「そんなにあった? ここ、位置的には中層だよな?」
「中層と思われていただけ、ということか」
「たぶんにゃー。さっきのピーが何かはよく分かんないけど、ブロックの減り方が極端すぎるかも?」
「……え、お前ら初見のダンジョンでもブロック意識してんの?」
リンと猫屋敷は視線を合わせ、して俺を見て――頷いた。
……おいおい、何も考えてないのは俺だけかよ。
階段に羊皮紙のような紙を広げた猫屋敷は、まず筆ペンで円を描く。次いで自分たちの通ってきたルートを一筆で書くと――
いや迷路すぎるだろ。よく一筆で書いたな。覚えてたってこと? 本職の斥候ヤバすぎる。
「このルートが236ブロックあったと仮定すると、分割は416。そうにゃると――」
ぴっ、ぴっ、と線を引いていく。あっという間に円形マップを区分けする格子状の枠が作られた。
「もう1個上の階層、わたしの感覚だと755ブロックマップに思えたけど、リンちゃんは?」
「755? いや、800はあっただろ。恐らく804だ」
「んにゃ、やっぱりかぁ」
「よし、つまりどういうことだ?」
賢い二人だけで話すなよ、寂しいだろ。
猫屋敷が羊皮紙を撫でると、筆ペンで書かれた跡はあっさりと消えた。そういえばこういうアイテムも昔に寺内が使ってるの見たなぁ。
新しく猫屋敷が書いたのは――
「このダンジョンか?」
「正解にゃっ!」
それはダンジョンの断面図だ。
広めの逆三角形だが、最後に急に先端が鋭くなっている。下にぴぴっ、と2本線を引かれて、ようやく二人の会話の意味が分かった。
「ここ2階層で急に狭くなったんだな!?」
「え、さっきから二人ともそう言ってることない?」
「クレイっ!?」
お前は俺の味方であれよ! 寂しいだろ。
「そゆことにゃ。もう一回形が変わる可能性もそりゃーないこともないけど……、狭くなってったマップが下に行って急に広くなるなんて、リンちゃんこれまで見たことあるかにゃ?」
「いや、円柱状のマップが広がることはあったが、円錐状のマップが広くなるのは見たことがないな」
「んじゃ、これまでの規則通りなら――」
猫屋敷が、びしっ、と階段の下を指す。
「すぐ下か、も一つ下が最深部ってことにゃ!」
「うおぉ……、いきなりかぁ……」
「どする?」
猫屋敷が見上げたのは、リンだ。このメンバーの要である。
基本的に、ダンジョンに潜ってからの活動方針はリンが決めている。体力無限の10代後半が30代の2人に合わせてくれるわけないのだが、まぁなんとか着いて行ける程度だ。
「仮眠を取らせてくれ」
「おっけー、ならちょっとスペース開けてにゃー」
猫屋敷がカードを取り出し、ぽいっと投げる。階段に落ちたカードは、ぼんっ、と音を立てて広がった。
――テントだ。それも、ワンタッチで広がるタイプの。
転がり落ちそうになった倒れそうになったテントは、段差に対応するため、ばしゅっと自動的に足が伸びて水平になる。二人分くらいの広さはあるだろうか。
「うおすげえ……なんだそれ……」
「あれ? 海里くん使わなかった? 階段しか安全地帯ないようなとこで使わない?」
「し、知らねえ……」
そういう時、普通に階段で寝てたわ。
ヤマトが「俺一番下っ!」とか言って一番下の段で寝てさ、寝返り打って下の階層に落ちても起きなくて、気付いたらモンスターに囲まれたまま寝てて爆笑したことあったなぁ。
「助かる。……海里」
「ん?」
「一緒に寝るか?」
「年頃の娘と一緒に寝れるかよ……。俺たちは気にせず一人で休め」
「…………そうか」
少しだけ寂しそうな顔をしたリンは、それ以上何かを言うことなくテントに入っていった。
――して、すぐに寝息が聞こえてくるので、出来るだけ離れようと上の階層スレスレまで歩く。
「……猫屋敷」
「にゃ?」
「あれあと3つない?」
「あるわけないでしょ」
「だよなぁ……」
となると、まぁ階段しかないか。……落ちないかなぁ。
つっても、2個前の階層でしっかり寝て起きてからまだ半日も経ってない。別に寝なくても平気だろうが、身体を休ませはしたいんだよな。
「ごしゅー」
クレイが声を掛けてくるので、そちらに視線を向けると――
階段に座ったクレイが、ぽんぽんと膝を叩いてる。
…………えマジで?
「マジで?」
「まじまじ」
「…………良いの?」
「いーよいーよ」
「…………」
猫屋敷が俺のことをじっと見ている。
まるで、毛虫か何かでも見つけたかのような顔で――
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「ごしゅこないならネコチャン来る?」
「え良いの? んじゃ――」
「おい待てクレイの膝枕は俺のだぞ!?」
「はぁ!? 女の子に手も出せないチキンの癖にっ!」
「言ったなぁ……!?」
なんてやってると、クレイが無言で下を指差す。あ、うるさくしたらリンに悪いですね、はい。
「んじゃ、失礼して……」
膝に、頭を――ぽん。
うわぁ、や、やわらけえ。芯があって暖かいビーズクッションかな? なんか頭が包み込まれていくようだ。
クレイが頭を撫でてくれる。なんだろう、赤ちゃんになった気分だ。幼児退行する大人の気持ちがちょっと分かってきちゃった。
しばらく風呂なんて入ってないのに、なんか女の子みたいな匂いがする。落ち着くなぁ……。
いや、でも眠気なんて感じないからこのままじゃただ膝枕を堪能してるだけの変態じゃ――




