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「え?」
気が付くと、白い天井を見上げている。
ベッドの上だ。だがベッドといっても布団すらなく、柔らかくもないそれをベッドと呼んでいいものかは分からない。腰ほどの高さに設置された白い台の上に寝ている、といった方が正しいかもしれない。
「痛っ……」
身体を動かすと、寝違えたような痛みが走る。
腹を擦ると、――何もない。そこには、大きな穴が開いていたはずなのに。
「……天国とか?」
ボソリと漏らすが、ツッコミすら聞こえない。
ベッド(仮)の上で身体を起こし、周囲を見る。まぁまぁ広い部屋だ。そんな部屋に、ポツンとベッド。電灯すらないのに室内が明るいのは、天井の壁材が発光しているからだろうか。
どこかで見たことがあるような気がする部屋だが、残念ながら俺が住んでる安アパートはここより全然狭いし、病院のようにも見えなくもないがそれにしては物が置いてなさすぎるし広すぎる。
窓すらなく、扉は――
「……あるな、扉」
一つだけ、扉があった。
ベッドから降りて、そちらに近づく。しかし、扉の前に立って気付く。取っ手がないのだ。それでも扉だと判断出来たのは明らかにそこだけ窪んでいて、ちょうどそれっぽい大きさだったから。
とりあえず押してみたが動かない。引こうにも指に引っかかりはないので、手の平を当てて横にスライドさせようとしたがこれも失敗。
窪んでるだけでただの壁なのか――、そんなことを考えていると、「そちらの区画には立ち入り出来ません」と声を掛けられ、「あ、すみません」と反射的に返事をする。
「……ん?」
今、誰かに話しかけられた。
くるり、と振り返る。そこには――
「メイドぉ……?」
メイドさんが立っていた。
髪は黒のロング。銀縁眼鏡から覗く眼光は強く、服装はクラシックメイドといえば良いのだろうか。
ミニスカだったりメイド喫茶に居そうなメイドではない、ガチっぽいメイドさんの着る服を着ていた。
――が、表情があまりにない。なさすぎる。
人形みたいだ。急に背後に立たれていることには驚いたが、あまりの人間っぽくなさに、一瞬置物か何かと勘違いしてしまう。
「こ、こんにちは?」
「こんにちは」
あ、喋れるんだ。そりゃそうか、さっき話しかけられたもんな。
「お名前は?」
「マザー・ハーロット級宇宙戦艦ハーロット・セブン管理プログラム、ハーロットです。どうぞ、お見知りおきを」
「あ、はい、林原海里です……?」
あまりにつらつらと淀みなく言われるので、こちらも返事をし――すぐに「ん?」と首を傾げる。
「今ハーロット・セブンって言った?」
「はい」
「……ってあの、フレーバーカードの」
「フレーバーカードという名称の意味は分かりませんが、先程マスターが取得したカードのことを指しているのであれば、相違ありません」
「マスター?」
俺が、と自分に指を立てると、メイドさんは「はい」と答える。
「……何の?」
「宇宙戦艦ハーロット・セブンの管理権限は、現在マスター――個体名称『林原海里』に委譲されております」
「…………なんで?」
「先程――地球時間にすると561分前にマスターが取得した『ハーロット・セブン』により、マスターが現存する過半数のカードを獲得したことが確認されました。そのため、宇宙戦艦ハーロット・セブンの管理権限が、ハーロットよりマスターに委譲された形になります」
「……えぇっと?」
質問に答えられているはずなのに、しかし意味が分からない。言葉が通じているはずなのに、意図が理解出来ないというのだろうか。
これ以上質問しても、余計混乱するだけだ。なので聞く前に考えよう。
561分前――大体9時間くらい前か。時計はないのが、時間が正常に進んでいるのあれば今は朝5時くらいだろうか。
561分前に取得した『ハーロット・セブン』のカードというのは、女王蟻が落としたカードだろう。
契約探索者は、労働時間中のドロップをすべて会社に報告しなければならないというルールがある。もっとも報告したところで没収されるわけではないのだが、女王蟻を討伐したのは俺でなくリンである。
リンが報告して、後で俺に渡す――というのはルール上全く問題ないのだが、それはそうとしてカード1枚分、報告の手間が増える。それを嫌がって、どうせ後で渡すならと俺が拾ったことにしたがったのだ。
そして、過半数のカードというのは――
「えーと、確認なんだけど、『ハーロット・セブン』のカードは今33枚あって、そのうち17枚を俺が持ってるって認識で良いのかな」
「はい」
「……仮に残る16枚を同じ人が持ってたとして、その人が追加で2枚手に入れたら管理権限はどうなるのかな」
「残る16枚を同一人物が持っていたと仮定すると、その方に管理権限が委譲されます」
不思議な表現に、首を傾げる。このメイドさん、言葉足らずというわけではないが、こちらの発言の意図を読み取る能力が根本的に掛けている。性能の低いAIか何かと話しているみたいだ。
(……って、AIなのか)
そういえば、さっき管理プログラムとか言っていたな。つまり人間ではないのだ。AIで合ってた。
「残る16枚の所持者は?」
「全て別人です。2枚以上保有している人間は、マスターの他に存在しません」
「……そういうことね」
なるほど、特に効果のないフレーバーカード、かつドロップ場所が限定されているというだけでまぁまぁ変な扱いではあったが、俺の他に集めている人は一人も居なかったということか。なるほどな。しゃーないわ。
手放していない人も、集めているから手放していないのではなく、売っても大した価値にならないから売ってなかっただけなのだろう。
何せ出品される『ハーロット・セブン』の落札者はたぶん地球上で俺一人。それも10万程度まで下げられないと落札しなかったので、落札履歴を見た出品者は大体そのくらいの金額で出品してくれていた。
そうなると、すぐに売るものじゃないと判断して倉庫の肥やしにしている人が多く居たということか。もしかしたら値上がりするかもしれないからな。
なるほどなるほど。……よし、そういうことね。じゃあ次の疑問といえば――
腹をさすって、先程――9時間前の出来事を思い返す。
「えっと、率直に聞くけど俺……死んでなかった?」
「生命活動の停止を死亡と断定するのであれば、死亡しておりました」
「それは一般的には死んでるって言うんだよ。……んじゃあ俺、今どうなってんの?」
「医療用ナノマシンを投与し、損傷部位の治療および再生処理を行いました。また血管を通して全身に毒素が回っていましたので全血液を交換、心拍の停止及び血液量の低下によりいくつかの臓器が破損しておりましたので、そちらも再生処理を施してあります」
「…………えっ?」
今、なんかよく知らない言葉が出てきたんだけど……?
「医療用ナノマシン……?」
「はい」
「って、その、それ使えば怪我を治したり出来るってこと?」
「はい」
「死んだとこからも?」
「4類生命体における主要臓器のほとんどは、医療用ナノマシンの体内投与により再生が可能です」
「病気でも?」
「はい」
「…………やっべ」
しっかりと解釈した上で、その言葉が出た。
えっ、いくらなんでもズルだろそれは。といっても、似たようなものはダンジョン産のアイテムであっても存在する。たとえば――
「……ポーションって、ひょっとして」
「実物を分析しておりませんが、医療用ナノマシンが含まれていると推測されます」
「そういうことねー…………」
ダンジョンで消費されるアイテムの中で、恐らくもっとも一般的かつ、もっとも需要が多いもの。
――それが、ポーションだ。
なにせ、俺の所属している企業体――ADFは世界中のポーション生産のおよそ7割を占める超大企業だ。
なお残り3割はモンスターからのドロップであり、事実上、ADFがポーション産業を独占しているといっても過言ではない。
ADFはポーション生産に当たって大量の魔石を必要とすることから、効率よく魔石を集めるため契約探索者というシステムを構築している。
魔石を納品する代わりに日給を支払い、系列病院の無料受診、ポーションを社割で購入出来たりといくつもの特典を受けられるため、契約探索者になりたがる者はかなり多い。
現在の契約探索者の数は、世界中でおよそ20万人を超えるんだとか。海里はその中の一人だ。
怪我の治療を瞬時に行ってくれるポーションは、探索者にとって必須級のアイテムである。まぁさっきは即死だったから使う余裕もなかったけどな! あっはっは!
しかし、笑いごとではない。死亡状態からの治療ともなると、それは並大抵のポーションでは不可能だ。
最高ランクのポーション――エリクサーには飲んだ者を蘇生させられる効能があると聞いたことはあるが、確か10億くらいはするんだっけな。
一般人が手に入るものではないし、ADFが生産してる最高級ポーションであってもそこまでの回復力はない。
俺は、そのランクの医療用ナノマシンを投与された。つまり――
「……その医療用ナノマシンってのは、まだ在庫あったりする?」
「残量は1回分に満たないと推測されます」
「あー……、虎の子の在庫だったってわけか」
「虎の子、という言葉の意味を把握しかねますが、恐らくその認識で相違ないと思われます」
なるほどなるほど。少しずつ分かってきたぞ。今回は俺を治療することは出来たが、二度目はない、というわけだ。まぁ1回蘇生してもらえただけ助かるんだが。
――すると、突然メイドさんにノイズが走る。
ホログラムが消えかけるかのように、じじじ、と走ったノイズは、しばらくすると収まるが、先程までより暗く見える。
「え、何、大丈夫!?」
「予備電力によって作動しておりましたが、あと70秒ほどで予備電力が切れます。現在、スリープモードに移行中です」
「待って待って!? 急すぎない!?」
あぁあれか、電源切った後にほんの数秒だけ動くやつね。それでギリ会話してるってことか、なるほどなぁ。
……ピンチじゃね?
高速で思考を回す。今すべきことは何だ? 絶対聞かないといけないことだけ、なんとかひねり出せ。
「オッケーオッケー! とりあえず質問! こっから出れる!?」
「マスターは通用口モジュールを保有しておりますので、そちらのカードを使用すれば出入りが可能です」
「はい! 使用はどうすれば良いんですか!」
「解放条件を満たしているカードを手にした状態で『iubeo』と発声すれば、モジュールへの移動が可能です」
「オッケー! んじゃ……他のカードには君みたいな管理プログラムは居る!?」
「…………」
しばらく思考するように止まったメイドさんは――
「はい。ですが、電力不足によりスリープモードに入っている可能性が高いと思われます。現在ハーロット・セブン内はネットワークが遮断されているため、他のモジュールの状況は分かりません。――では、失礼します」
すん、とメイドさんは消えた。
まるで、最初から誰も居なかったかのように。




