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「…………は?」


 リンは、驚いた様子もない。

 ただ無言で、何もなくなった両手をじっと見つめている。


「お、おいリン!?」

「なんだ?」

「槍……」

「壊れたな。むしろ長持ちした方だろう」


 あっさりとした顔で、こちらを見ている。

 まるで、こうなるのが分かっていたかのように――

 笑うでも怒るでも悲しくでもなく、自然体でリンは言う。


「……どうすんだ?」

「どうしような」


 苦笑すると、リンは床に落ちているカードを拾う。偶然それが高レアの片手槍だったら――、と考えたが、しかしそうではないようだ。

 ぴしっ、とこちらに投げてくる。トランプ投げでも練習していたのか、放物線を描いて飛んだカードは俺の胸にこつん、と当たった。

 レア6のスキルカードだ。見覚えはあるが、そこまで高かった記憶はない。武器を買い直せるほどの戦利品では、断じてない。


「……終わった?」


 扉の隙間から、猫屋敷がこっそり顔を覗かせる。

 きょろきょろと部屋を見回し、ゆっくりこちらに近づいてきた。


「あぁ、どのくらいかかった?」

「んー……2時間と20分? まぁまぁかかったにゃー」

「……二人だとキッツいわ。んでクレイ迎えに行かなきゃなんだけど、問題があって――」

「槍が折れた」


 端的に、リンが言う。

 猫屋敷は「え゛っ」と声を漏らし――


「……んにゃ、そういえばリンちゃんって剣スキル入れてなかった?」

「あるにはあるが3年くらい使ってないし、普段剣なんて持ち歩いてないぞ」


 困った顔でリンは返す。そっか槍の前は剣使ってたのか。そのへんは聞いてなかったな。


「えーと……確かこのへんに……」


 ごそごそとポーチを漁っていた猫屋敷が、1枚のカードを取り出すと、すぐにカードは剣へと変わる。

 重そうにそれを抱えた猫屋敷は、「ん」とリンに差し出した。


「貸したげる」

「……何だこれは」


 首を傾げたリンは、剣を受け取って掲げる。

 シンプルな刀身に、柄には金の装飾。一見、なんの変哲のないロングソード。


 だが、それは――


「……あー」

「海里くんなら分かるかにゃー」

「…………久しぶりに見たよそれ」

「二人でしたり顔をするな。なんだこれ? ただのロングソードか?」

「いや、」


 口を開き、言い淀む。

 ――同じものではない。だってあの剣は、()()()と一緒に消えたのだから。


 ただ、同じ名前の武器というだけ。

 なら、別に良いか。


「……ヤマトがずっと使ってたのと、同じ剣だよ」


 剣の名前は、『勇気の剣(ブレイブ・ソード)』。

 なんとなく勇者っぽいからと、勇者(ブレイバー)になった当初からヤマトが愛用していたものだ。

 その名前とは裏腹に、勇者(ブレイバー)と特段相性がいいわけでもない。レア6の片手剣としては、むしろ平凡な部類に入るだろう。


 それでも、それを持っているのが勇者(ブレイバー)というだけで。

 俺たちには、確かな意味があったのだ。


「なるほど」


 リンは静かに頷くと、剣を見た。

 ヤマトはそれを、片手剣として使っていた。もう片手に盾を持つ壁役(タンク)スタイルだったからだ。

 だが片手剣にしては少々柄は長い。リンは両手で柄を握った。

 

 ――して。


 振るった。


 風を切る音。ピタリ、と止まる剣。

 それだけで、素人の振り方ではないと、一目で分かる。


 普通、現代の日本人は剣など握ったことはない。ダンジョンで剣を入手し、最初に感じるものは『重さ』だという。

 武器スキルを習得したところで、剣道や剣術の有段者になることはない。だが、今の動きは間違いなく――


「借りる」

「そこまで耐久値高くはないから、壊さないで欲しいにゃー」

「あぁ。……なんで持ってたんだ?」

「リンちゃんが欲しがるかにゃーって、いつか交渉用にね」

「…………そうか」


 その言葉に、違和感を覚える。

 リンが欲しがる――、ということは、猫屋敷はリンとヤマトの関係を知っているということだろうか。

 だが、どうして? 少なくとも俺は話してないし、リンが自分から仲良くない相手に話すとも思えない。

 猫屋敷は何故かヤマトのことを知っているようだが、どうやってヤマトとリンと結び付けたのだろう。名字すら違うというのに――


「んま、そんなことよりさ、クレイちゃん迎えにいこ?」

「……だな。海里、クレイに連絡は取れるのか?」

「いや。……スマホくらい渡しとくんだったな。まぁ入口まで戻ればいいか」

「スマホ…………」


 猫屋敷が、そう呟くと首をくるりと回す。――壁だ。曲がりすぎて方向感覚は消失しているが、そちらにクレイが居るのだろうか。


「クレイちゃんってさ」

「ん?」

「スマホの電波、見えるのかにゃ?」

「……まぁ、見えてんのか聞こえてんのかは分からないけどな」

「それにゃらー」


 スマホを取り出した猫屋敷が、メッセージアプリを開く。

 ぶるる、とポーチに入れていた俺のスマホが鳴った。取り出し開くと、猫屋敷からのメッセージだ。


『終わったよー』


 意味が分からないメッセージ。だが――


「たぶん伝わったんじゃないかにゃ?」

「……いや、どういう根拠で?」

「ほら、JDPジャパン・ダンジョン・プラクティクスのスマホってダンジョン内のなんだっけ、ナントカって磁場を経由して外の基地局まで電波を飛ばしてるって話にゃん? だからふつーの無線通信とは違ってこう、近距離にあっても相互通信はしてないはずで――」


 駄目だ分からん。リンも「???」と首を傾げてる。良かった、分からないのは俺だけじゃないらしい。

 猫屋敷の言葉を信じて、しばらく待っていると――


 30分くらい経った頃だろうか。

 遠くから、ガンガンと何かが当たる音が聞こえてくる。石弾が壁にぶつかる音だ。つまり、この階層の別の侵入者が? ――ありえない。


「……え?」


 そして、そちらに首を回すと――


 通路の向こうから、クレイが飛び出してきた。

 ()()()()()、直角に。

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