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家に帰ると、メイドが居た。
クレイじゃない。いや、クレイも居るが。
「か、海里」
「…………なんだその格好。頭でも打ったか」
「褒めろっ!!!!」
「……お、おう、…………可愛いと思うぞ、格好は」
「格好は!?」
ドンキとかに売ってそうな、いかにもなメイド服を着たリンが、家の中で待っていたのだ。
まず最初に思ったのは「不法侵入?」だったけど、隣にクレイが居たのでまぁ察した。
だって俺の家の扉、スマートキーなんだわ。鍵かけるのよく忘れるからさ、工事しないでもスマートキーに出来るやつ扉に付けて、スマホで鍵の開け閉め出来るようにしたんだよね。
それをさぁ、スマホの通信内容すら分かるような、他人のスマホの遠隔操作まで出来るようなハイテク宇宙メイドの手にかかれば、鍵かかってないようなもんだよね。
「か、海里はメイドが好きなんだろっ!?」
「そうでもないが?」
俺の肩を掴み揺さぶるリンの顔は、真っ赤だ。慣れないことをしてる自覚はあるのだろう。
うん、まさか俺もリンがメイド服を着るとは思わなかったよね。そういうキャラじゃないじゃん。
「ごしゅ、ちゃんと褒めたげてよ」
「……ギャップが良いな。堅物な女がメイド服着て恥ずかしそうにしてるの、結構良いと思うぞ」
「だ、黙れっ!!!!」
「褒めたのに怒られるの!?」
理不尽すぎるだろ。逆に何を求めてたんだよ。
今日リンとクレイを二人にするの、実はちょっと心配だったんだよね。
だってリン、ほら、あれじゃん? 大体イノシシじゃん? クレイは何考えてんのか全然分かんねーし、化学反応で爆発でもすんじゃないかと結構心配してた。
けど、なんかどうやら仲良くなったっぽい。メイド服オソロで着て人の家に不法侵入するくらいだからな。いや仲良くなっても不法侵入はするな。
「こう……見比べてみると、クレイのメイド服は思ったよりちゃんとしてたんだな」
「んでしょー? かなりナノマテってるし」
「ナノマテってる!?」
クレイがドヤ顔で返してくる。ナノマテリアルって動詞にしていいんだ。
でも実際、リンとクレイの服は、構造自体はほとんど同じに見えるが明らかに生地のレベルが違う。リンの、なんかテカテカしてるし布が薄いんだよな。メイド服をちゃんと見ることなかったから気付かなかったけど、こうして比べると一目で分かる。
「てか知んなかったんだけど、この国、なんでふつーにそこらへんでメイド服買えんの? 本職なんてどこにもいなくない?」
「…………知らん。なんで買えるんだろ」
クレイの疑問はもっともだが、日本人はコスプレが好き、というくらいの認識の俺が納得させる答えを用意できるはずもない。
本当になんでメイド服とバニーガールと警官っぽいのとナース服はそこらじゅうで買えるんだろうな。そこら中で売るほど買う奴いんの? ここに居たわ。
「……き、着替える!」
ばん、とテーブルを叩いたリンがそう宣言をする。
「そ、そうか」
「…………駄目か?」
「い、いや、別に良いぞ着替えて」
リンが困ったような視線をクレイに向け――、クレイは頷いた。何が通じ合ってんだよ。信号とか送ってる?
「い、良いのか、本当に着替えるぞ?」
「いや、そうだな。……着替えたいなら着替えてくれ」
「…………まぁいい」
「良いんだ…………」
リンが何考えてんのか全然分からねえ。今日日宴会芸でも見ないぞ。
「と、ともかく。そっちの進捗はどうなんだ」
「あー、迷宮災禍の予兆の方はさっぱりだ。ADFの支部あのへんないしな。とりあえず基本データだけ頭に叩き込んできた。リンは詳しく知ってるか?」
「大して知らん。詳細を聞くとどうしても例のボスの話をされることになるからな」
「……そうか。なんならその、リンのパーティメンバーに俺が聞くでも良いが」
「男嫌いだから無理だ」
「……りょーかい。んじゃ、クレイはどうだった? 調整で荻窪行ってたんだよな」
そう問うと、リンはクレイの方を見た。どこからともかく取り出されたモップを、ドヤ顔で構えているクレイを。
「そのままでもサードランクの攻撃手くらいの性能はあった。だが、動きに変な癖があるな」
「癖? ……あったか?」
「ハーロットにも聞いてみたけど、あーしに入れられてる格闘術のプログラムって護身術に毛が生えたくらいだから、そのせいじゃないかなーって。んでねー」
「何回か殺されそうになった」
「おい!?」
まぁそりゃそうか。二人とも長物持って近接だもんな。仲間殴ることもあるよな。
そのため、近接職ばかりのパーティはあまり多くない。モンスターが馬鹿デカければ問題ないが、人型くらいまでのサイズのモンスターを3人とかで囲むのはかなり厳しいのだ。
もっとも、普通のパーティならそのうち一人は耐久力に優れた壁役だし、耐久一切振らない攻撃手なんてほとんど居ないので仲間殴っても一撃で死ぬなんてことはありえないはずだが――
「……まぁお前らのステだとそうなるか」
かたやSTR全振り&攻撃のことしか考えてないスキル構成、かたやSTR全振り&スキル無しの戦闘メイドだ。よほど高度な連携を成立させなければ、二人を同時に攻撃に回すのが難しいようだ。
「連携の訓練には時間がかかる。私もワントップに慣れてるから猶更だ。……なので、『自動反射』を仲間にも発動する設定にした。海里も気を付けてくれ。鉄球を肌スレスレに飛ばされると、自動的に反撃しかねん」
「わ、分かった。気を付ける。他は? スキルとか」
「もう揃えた」
「……早いな。金は後で払うから――」
「いや、頼んだのは私だからな。それはこちらで持つ」
「そ、そうか……」
干支一回り以上離れた女に奢らせちゃった……。でも無理に押し付けたところで受け取らないだろうしなぁ。
「それに、どうせ海里が払える額ではない」
「ぐっ……」
干支一回り以上離れた女にこれ言われてホント大丈夫?
「そのうち家計は一つになるのだから、どちらが払っても関係ないだろう?」
「ん?」
あれ、変なこと言われたような――
……まぁ、いつものことか。
猫屋敷に言われた言葉がフラッシュバックする。俺は身近なところに居る女を異性として認識してないとか、そんな感じで色々罵倒されたものだ。
つっても、ちゃんと女ってことは分かってるんだよ。
リンもな。普段はダイビングで使われそうなウェットスーツっぽい服を着てるのでほとんど肌を露出していないが、ドンキで売ってそうなペラペラのメイド服からは所々肌が覗いている。押さえつけないと胸、思ったよりデカ――
……めっちゃ見られてる。年頃の女性の胸を凝視するのはやめようね。それは明確にセクハラだ。
「か、海里」
「なんだ」
嫌な予感しかしねえ。
「胸、好きなのか」
「嫌いって言う男が居たら殴っていいと思う」
リンは無言で拳を振りかぶった。
「待てっ! 違う違う違う! 俺は違う! 尻より胸派だっ!!」
何言わせんだよ。
「な、なら見てればいいんじゃないか」
「それはまごうことなきセクハラだろ」
「見られてる側がそう思ってなければ成立しない」
「……思ってない? 本当に?」
「…………」
顔を赤くしたリンは、すっと目を逸らしてきた。え、思ってないの? マジで?
俺、……見ちゃうよ?
「……そうジロジロ見るな」
「はい」
胸を隠されるので、大人しく床の染みでも数えよう。調子に乗りました、すみません。
「と、ともかく、だ。話を戻すぞ」
「あ、うん」
「この家、三人で住むにはいくら何でも狭くないか?」
「戻ってねーんだよ話がさぁ!!!!」
「? 戻しただろう」
「そんな直近に戻すんじゃなくてもう少し前の会話に戻さない!?」
こいつこんなキャラだったっけ!? いや、こんなキャラだったような気もする。でもなんか、こういうキャラではあるがこういうことはしてこなかったというか――
確かに俺の部屋は狭い! 独身男性の部屋として見れば10畳ワンルームは狭すぎるわけではないが、ずっと引っ越してないから荷物も多い。キッチンスペースもダイニングも服も収納もベッドも全部をこの空間内に収めてるから、同じ平米のLDKとかと比べるとかなり狭く見えるだろう。
まぁどう考えたって三人暮らしには狭すぎる――、それはそうとして。
「クレイっ!!」
「ほいほーい」
「……リンに、何吹き込んだ」
「ん? なんも?」
「それは流石に嘘だろ!」
いつもはプロポーズの先に進まれることないんだって!
「や、マジで特に何も? 一緒にメイド服着るー? くらいは言ったけど、無理くり着せてるわけでもないし?」
「……え、マジで?」
「まじまじー。あーしのおっぱいはガン見してもいーよ」
「あ、うん」
「反応かりー」
そう言われてもなぁ、いや見るが。見ていいんなら見るが?
こうして見ると谷間が、長い。あれだ、真円より楕円に近いんだろうな。流行りだよな、長い乳。
どうやって肌焼いてるのかとか、服の下はどうなってるのかとか気になるけど、まぁ人間じゃないからカラーチャートで色変えられるとか言われてもそこまで驚けないな。よりにもよってなんで褐色肌選んだのかはマジで分からないが。
「おい」
と、谷間の長さを目算で測っていると横から手が出てきて俺の目を覆う。
「……なんだ」
リンが、怪訝通り越して若干怒ってるくさい顔で俺を見ている。
「見すぎだ」
「ガン見して良いって言われたし……」
「それはそうとして見すぎだ。他に見るものあるだろう」
「……足とか?」
ニーソの上に載ってるむっちりした肉とか、ミニスカとの境界にある絶対領域(そういえば最近あんまり聞かないな)とか――
「違う、違うっ!!」
「ち、違うか」
「私を見ろッ!!!!」
「ジロジロ見るなっつったじゃん!」
「言ったけどっ!!」
目を覆っていた手が、ぐしゃりと握り込まれる。俺の顔を、めしめしと。
アイアンクローってそんな軽率にかまして良い技だっけ!? 痛いんだけど!?
「待てマジで痛いっ!!」
「うるさい黙れ!!」
「割れる割れる割れるっ!!」
クレイは「ウケる」とか言ってないで助けてくれ! ごしゅのピンチだよ!!
しばらく痛みに悶えていると、リンはようやく手を放してくれた。
真っ赤な顔で、俺を凝視し――
「海里」
「……なんだ」
「結婚するぞ」
「しねーよ! なんでこの流れでその台詞が言えるんだよ!! 俺今普通に走馬灯見えかけたよ!」
「うるさい! するったらするもん!!」
「しねーよ! 幼児退行すんな!!」
俺の肩を揺さぶるリンが、どうしていつもより押しが強いのか――
まぁ、考えるまでもない。クレイの影響だろう。どう影響したのかはさっぱり分からないが。
しばらく止めてくれなかったクレイが、リンの腕にそっと手を沿える。やっと助けてくれたか、と思ったら――なんか耳打ちしてるな。何言ってんだ?
「……なるほど」
そして、リンは両手を放した。顔はまだ赤いが、何かを決めたようだ。
「海里」
「……なんだ」
「新居は荻窪が良いか?」
「まぁその方が潜りやすいけど……、引っ越さないからな?」
「分かった」
「マジで分かってる!?」
こいつ、本当に分かってるんだろうか。というかクレイは何をアドバイスしたんだ? あの状態のリンが元に戻るとか、生半可な言葉ではないような気はするが。
気にはなるが、だからといって何か出来るわけでもないのでとりあえず今考えるのはやめておこう。




