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ひとまず、ダンジョンに挑む前にクレイの前衛としての能力を知りたい。
海里にそのことを伝えると、検証班で私とクレイ、調査班で猫屋敷と海里の2グループに分けて別行動をすることになった。
最寄りのダンジョンに向けて歩いていくすがら、ずっと黙っていたクレイが振り返り聞いてくる。
「あーしらは何するわけー?」
「……その間の抜けた喋り方、どうにかならないのか」
「んー? ――ならないわけではありませんが、外見から想定される喋り方ではないと推測されます」
「なんだ、普通に喋れるじゃないか」
じっと、見定められるように見られている。
前髪に隠れているとはいえ、目は雄弁だ。
髪の僅かな隙間から見える目が、私のことをじっと見ている。一挙手一投足見逃さないと言わんばかりの、凝視だ。何せ瞬きすらしていない。
他の連中は気にならないのだろうか――、と考えたが、恐らく動体視力の関係でこの目が見えていないのだろう。
「やっぱナシでー」
「何故だ?」
「リンチャンもさー、ほらもうちょっと肩の力抜いて、目力抜いてぇー」
「や、やめ――」
顔をむにむにしてくるので、反射的に振り払おうとしたが――
その身体は、まるで地に根を張った大樹のように重かった。体幹を一切ブレさせないまま、私の顔や肩を揉み続ける。こ、こいつ、出来る。
私が長年続けていた剣道に体重の優位性はない。体重40キロでも面を叩き割る勢いの膂力を発揮する者も居るし、逆に100キロを超えていても小枝のように鍔迫り合いで吹き飛ぶ者も居る。筋肉質でも力が強いわけではないし、一見ひ弱に見える女性が、防具を着けるだけで修羅に化けるのが剣道だ。
――その感覚から、それなりに異常だが、ありえない領域の存在ではないと判断していた。
宇宙人だとか、そんな話を海里から聞いた。今のところ、宇宙人でしかありえない――たとえば身体が軟体だったり腕が沢山あったりといった身体的特徴が見られないので、まぁ、そこのところはどちらでもいい。
「貴様は、何が目的だ?」
「貴様て、武士?」
口元に手を当ててくすくす笑われるが、目は全く笑っていないし、視線は一切外れていない。
「答えろ」
「ごしゅが死ぬまで一緒に居るのが目的でー、望みはしいて言えば、ごしゅが楽しい人生を迎えられること、かな?」
「ご、ごしゅというのは、海里のことだよな?」
「そだけど? ごしゅ認定に不満ありあり?」
「…………」
平然とした様子で返される。ご主人様ということくらいは、流石に分かる。だが、少なくとも海里はメイドにご主人様とか言わせるキャラではない。……と思う。たぶん。きっと。
ならば、こいつが勝手に言ってるということになるだろう。嫌がっていればやめさせたいが、たぶんだが海里は嫌がっていない。私もメイド服を着ればもう少し――
「あー、良いかも? 一緒にメイドさんやる?」
「……ん?」
「堅物な子がメイド服着て慣れない手料理とかお掃除とか定番じゃね?」
「…………待て、何を言ってる?」
「や、メイド服着たいんでしょ? 買い行く?」
「そんなこと言ってない」
「…………そだっけ?」
おかしいな。
何かがおかしい。
思えば、最初からそうだった。
この女には、気配というものが存在しないのだ。たとえ視覚情報に頼らなくても、普通は呼吸だったり、衣擦れだったり、動作だったり、体臭だったり――、何かしらの情報が届くはずなのに。
それが、何もないように思える。
ただ気配が薄い、存在感がないと言われればそうなのだろう。だがこいつに関していえば、まるで、そもそもこの場にいないかのような――
「あー、ごめんごめん、リンチャンはちょっと感じるタイプだったかー」
「待て」
「んー?」
「私は今、間違いなく何も口にしていない。貴様は何が分かったんだ?」
「存在感がないって言ったでしょ?」
「言ってない」
「…………そだっけ?」
なんだ、こいつは。
煙に巻こうとしているわけではない。ただ単純に、口から出す言葉も、思考も――
まるで、すべて聞こえているのが当たり前のように、話している。
そんなの、――ズルじゃないか。
「や、ね? リンチャン――てかこの星の人、言語に頼ってるわけじゃん?」
「? 当たり前だろう。言語によって詳細なコミュニケーションが取れるからホモサピエンスは発展したのだと習ったぞ」
「んじゃ仮に、言語を使わなくても意思の疎通が取れる存在が居たら?」
「……それは草とか虫のような、か?」
「や、逆逆。んー、なんて言えば良いんだろ? 目的の感情をピンポイントに相手に伝える手段があれば、それは別に発声言語って形じゃなくても良いわけじゃん?」
「…………?」
「あ、ダメだ伝わんね」
お手上げ、と言わんばかりに手を挙げられる。宇宙にもこのような動作が広まっているのだろうか。それとも真似をしているだけか?
まるで、人の心などはなから理解していない機械が人を模しているかのような、そんな気色の悪さを感じる。
人の形をしたロボットが人のマネをしていると、人は気持ち悪く感じる。たしか、不気味の谷というんだったか。
「合ってるよ」
「……何がだ」
「んだから、あーし、広義でも定義でも人じゃねーし?」
「…………そのようだな」
うぅむ、流石にここまで来たら理解せざるをえない。
こいつは、――クレイは、
――思考を読めるのだ。
それも、読心術なんてもんじゃない。恐らく、呼吸レベルで自然に。
こんなのと普通に会話が出来る海里が信じられない。どこかで気色悪く思えるもんじゃないのか。
「んー、や、ごしゅにはそう思われたくねーし」
なんて、思考に返事までされる。それをなんとも思っていないことが、これまでのやりとりで分かってしまっている。
「何故だ?」
「何故って、しゅきぴに気味悪がられるの、やじゃね?」
「……やだな」
「そゆことー」
指でハートを作って、にかっ、と笑う。
――まぁ目は全く笑ってないのだが。目も笑え。気持ち悪い。
「つまり貴様は、海里にはよく見られたいからそれをしないが、そうではない私にはしているんだな」
「うん」
「舐められてる……のか? いや、どうなんだこれは」
どうせ思考が読まれてるんなら、考えても口に出してもどっちにしても変わらないか。
「そも、こっちが地だよ?」
「? 思考が読めてそれを前提に会話することが、か?」
「そそそ。あーし、わっかりやすく言うとでっけーモールの案内所に立ってるアレなわけ」
「アレか」
「アレアレ。んでさ、目的地分かってりゃふっつーに自分の足で歩きゃ良いのに、案内所で何か聞くってことは困ってるわけじゃん? 困ってる人は困ってるから助けてやんないとなわけよ」
「まぁ、そうだな」
「何を探してるかも、ここにあるかも分からないものを探してる人に、全部口で説明さすのダルくね?」
「ダルいな」
あ、なんか分かってきた。
これ、ひょっとしなくても……親切心か?
…………いやキモいな、普通に。
「キモいはひでー」
「普通に気持ち悪い。思考に返事をするの、頼んだらやめてもらえるのか」
「そこまで嫌ならやめよっか?」
「頼むからやめてくれ。吐き気がする」
「りょっ」
びしっ、と敬礼を返された。やめろと言えばやめるのか。あまりによく分からないな……。
というか、海里にそれをしたら気味悪がられるのが分かっていたということは、どうしてそう思われるかも分かっていたということだ。なのに、海里以外には当然のようにする、か。
(……分からない)
この女の考えていることが、まったくもって分からない。
「んでもさ、なんか不自由じゃね? 発声言語なんかに頼ってたら方言とか国の違いとかでぜんぜん通じなくなっちゃうし」
「そういうものだ。折角地球に居るんだから、不自由さを楽しめ」
「……なるなる、現生住民のありがたきお言葉~」
「私はアボリジニか何かと思われてるのか……?」
ともかく、そんなしょうもない雑談をしているうちにダンジョンに到着する。
新宿に向かっても良かったが、アクセスしやすい場所柄か、あそこの上層は昔から人が多い。周囲に誰も居ないところの方が性能を見るには適しているので、巣によって隔離されている荻窪が最適だと判断した。
そして、クレイの性能を確認し、メンバーの中で前衛の経験者があるのは私だけなので、独断でスキル構成を考えていく。
――ともかく、しばらくは連携の訓練が必要そうだ。
前衛二人でどちらも長物、どちらもSTR全振りの純正攻撃手――
こんなの、ワンミスで仲間殺しだ。




