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「ここに私が居ても、特に利益はないな」
ふと、納得したかのようにリンが言う。
さっきまで宇宙空間眺めてワクワクしてた奴の顔とは思えない。完全にいつものリンに戻っている。
「……まぁ、確かにそうだな」
「じゃあ海里」
「帰るか?」
「帰る前に、一つ頼みがある」
「なんだ? 俺に出来ることなら――」
リンは、俺とクレイ、猫屋敷を順に見て、小さく頷いた。
「私と、ダンジョンを攻略してくれ」
あまりに急な提案に、咄嗟に返事が出来なかった。
ダンジョン攻略? え? リンと? 実力差――は、そっか案外ハーロット・セブンの弾で埋められるか?
「……待て、急になんだ。どこ行くんだ?」
「場所は、那須」
「那須? って、栃木か。なんかあったっけ」
「公には発表されていないが、迷宮災禍の予兆がある。……近くに住んでる以前のパーティメンバーが教えてくれた」
苦虫を嚙み潰すような顔で、リンは言う。いつも自信満々なリンにしては珍しい顔だ。
というのも、リンの性格なら、かつての仲間に助けを求められたら一人でも突っ込むタイプのはずだ。
それをしなかったということは、出来なかったということで――
「あー、聞いたことあるにゃー」
猫屋敷がスマホを開く。
宇宙はもちろん圏外ではあるが、JDP製のスマホはネットワークに繋がっていない状態でもローカルにダウンロードしておけばダンジョンの情報を開くことが出来るのだ。
「構造上あと20階くらいはあるはずだけど、途中のフロアボスが強すぎて全然攻略進んでないとこにゃ」
「構造上?」
「ほらこれ。逆円錐状になってるにゃ。同じ構造の他のダンジョンから考えると20階くらいは残ってるはず、って感じ?」
「なるほど……、推定難易度は?」
「もちSにゃー」
「…………きっついなぁ」
難易度S。ここまで来ると、30年近く一度も攻略されていなかった新宿ダンジョンのような、難攻不落のダンジョンが該当する。
ちなみに荻窪はBだ。15年前に一度しか攻略されていないが、サードランクのパーティであれば最下層までは行けるというところから、この難易度が設定されている。
もっともボスの回避不能かつ一撃必殺の全体攻撃は完全に初見殺しのため情報が後に残らず、15年間誰にも攻略されていなかったわけだが。
「17階のフロアボスが、その……」
「フロアボス……10mくらいの蜘蛛型モンスって書いてあるにゃ」
「ひっ」
リンは急激に顔を青白く変色させ、耳を覆う。あ、そういえばこいつ――
「そういえばリン、蜘蛛恐怖症か」
「…………そ、そうだ」
過呼吸にでもなりそうな顔で、小さな声で返事をした。
「すまん、言葉もかなりキツい」
「…………くm」
スパーンと、リンの平手が猫屋敷の左頬を打つ――その瞬間。ぱしっ、と瞬間移動して割り込んだクレイが止めた。
ぶわっ、と風圧。髪がフードが外れるほどの突風に、猫屋敷は震えながら冷や汗を流す。
「あっぶね、顔取れるわ今の」
「ひっ!?」
素の悲鳴を漏らす猫屋敷は、殺意の波動に目覚めたリンに睨まれ縮こまる。
「猫屋敷、こいつガチでキレるから、フィジカルで勝てるようになるまで揶揄うのはやめとけ」
「一生無理なんだけどっ!?」
「……殺すぞ」
「よ、弱気になってるとこ珍しくてつい……」
流石に肝を冷やしたか、猫屋敷は「ごめん」と頭を下げる。
しばらくするとリンは平静を取り戻したようで、深呼吸をしてからこちらを見た。
「……そういうわけで、頼まれたところで私には倒せないんだ」
「理解した。でもそれ、もしかして強すぎるフロアボスがそれなのか?」
「いや、それはもう少し下だな。確か詰まってるのは……23だったか」
「リンだけだと途中で詰まるから、攻略以前の問題ってことか……」
リンが弱弱しい態度を取るのも当然だ。強さとか関係なく、そもそも苦手だから見ることすら出来ない敵。
正直、虫は全部虫だろ、と思う俺にとっては、特定の虫だけが苦手という感覚は分からないわけだが。
「詳細は調べる気にもなれないが、障害物が多すぎる広いマップで、敵は逃げてばかりで攻撃を当てることすら難しいらしい。だが海里なら、届くだろう?」
「そりゃ届くには届くだろうけどなぁ……」
『射法・偽』の方なら、最初にルートを決めて射出する以外でも、視線誘導が可能だ。よほど移動速度が速すぎない限りは当てられはする――と、思う。
とはいえ、ハーロット・セブンの弾を使わない限りロクなダメージを与えられないとは思うが。だってこれまで一度も倒されたことないってことだろ? それ、ハーロット・セブンの弾で倒せるもんなのか……?
これまでオーバーキルにも程がある威力を見てきたけど、相手は雑魚モンスターばかりだ。まともに格上と戦ったのは、荻窪ダンジョンの最下層に突入した時くらいか。あの時も、どいつも俺かクレイの攻撃で一撃だったから、威力がどのくらいなのかは分からない。
「そこから先が全部それ系のモンスだったにゃら、リンちゃん役立たずになるんじゃにゃい?」
「……いや、少なくとも23までは違う」
「なら、なんとかそこ超えればリンが暴れられるってことだな」
リンは頷いた。ならば完全遠距離タイプの俺が適任ということだろう。
ハーロット・セブンの弾を使えることまでは詳しく話していないが、それでもリンは、俺の目を見て言うのだ。
「海里になら、任せられる」
その言葉は、確信に満ちていて。
――俺は、ヤマトの、リンの兄貴の意思を継いでいる。リンはそう確信しているのだ。
そんなわけ、ないのに。
リンは誤解しているんだ。俺は、ヤマトにはなれない。
あいつのように人を引き付けることもなければ、人を導くことも出来ない。出来るのは、ただの自己犠牲だ。
――でも、
「うっし、やるか」
ヤマトじゃなくても、
俺にだって、
――助けを求めてきた女の子を手伝うくらい、出来るんだよ。




