31
「……二人してなんだよ、いや確かに今は手に入らないけど――」
「か、海里くん? 重複の市場価値知ってる?」
がしり、と俺の肩を掴んだ猫屋敷が、ガンギマリした目で見つめてくる。ちょっと怖い。語尾消えてんぞ。
「価値? つっても7つとも大昔の自ドロだぞ?」
「ここしばらくチェックしてないけど、半年くらい前で3億くらいまで上がってたはずにゃ」
「なんで!? 昔は300万くらいで買えたよな!?」
「10年くらい前からドロップしなくなったにゃ。よくあることにゃ」
「……マジでか」
昔は当たり前のように手に入ったものが、いつの間にかドロップしなくなる――ドロップテーブルが変わる、なんて言われる現象だ。
もっとも、代わりに似たようなスキルが新しく入手出来るようになったりするものなので、昔の探索者が今より強いなんてことは全然ないが、若干性能が違ってたりして構成によっては旧スキルじゃないと成立しなかったりはたまにある。
『重複』までその対象だったとは、全然知らなかった。しばらく狩場が違うから出ないもんだとばっかり思ってた。
溜息を吐いたリンは、教えてくれる。
「ロシアでデバフ魔法に重複を載せれば抵抗の高いボスにもデバフが通るという情報が出回ったのが原因だな。そこから世界中で買い占めが起きたのを覚えている」
「……いやそんなん15年前から知ってたけど……やってたし……」
げんに俺は普通にデバフに重複載せて使ってたしなぁ。
あれ、でもそういえば誰に教えてもらったんだっけ? 自分で勝手に見つけたような気もする。ラスボスはともかく、階層ボスすら滅多に倒さないパーティだったのであんまり実践することはなかったが。
「……海里はデバフ魔法なんて使えたのか?」
リンが首を傾げて聞いてくる。そういえばリンには昔のスタイルについて話してなかったっけ。
「つっても『呪詛』だけだぞ」
「カースか……、レベルは?」
「下級が9、中級が7、上級が4」
「…………それでなんで射撃魔法なんか使ってるんだ。専属でも充分仕事はあるレベルだろう」
「そうは言われてもなぁ……」
だって、呪詛ってダメージソースにならないんだよな。
デバフ魔法の中でも、呪詛は状態異常の付与に特化したものだ。状態異常の付与率や倍率に知力を参照するため、魔法使い構成をしている探索者がサブで持つことが多い。
他のデバフ魔法は参照ステータスがなく固定値で発動するものがほとんどだが、そういうのは総じて付与率が低いか、効果が低いか、再使用時間が長いかのどれかである。
15年前組んでいたパーティには壁役と主攻撃手と副回復職を兼任出来た勇者が居たからデバフ専属でパーティにいれたが、6人パーティで火力を一切出せない専属状態異常使いが入る隙間はあまりない。デバフを入れるくらいなら火力スキルを持った方がパーティに貢献出来るからだ。
それこそ、先日荻窪ダンジョンを攻略した時のように、6人を超えるパーティ――レイドを組む時にようやく出番があるくらいだろう。
「呪詛使いなんて、状態異常使いの中でも相当古い構成にゃ。持続ダメージも
にゃいし」
「だよなぁ。知力全振りで火力出せない職とか、全員で火力出す今の環境じゃマジで邪魔だ」
「? そうなのか?」
「……リンちゃんのパーティがおかしいだけにゃ」
猫屋敷が溜息を漏らすと、リンは困った顔で「そこまでではないと思うが……」と漏らす。
「新宿時代のリンってどんなパーティ組んでたんだ?」
「ワントップアタッカーにゃ。タンク無し前衛1」
「それはお前のパーティがおかしい!!!!」
「効率的だろう!?」
「それ死ぬんだよ普通はさぁ……!」
ワントップ――パーティで前衛を一人だけにするという特殊な編成だ。
大抵の場合、というか基本的には壁役が一人、残りが後衛という編成となる。
ワントップアタッカーとはつまり、壁役を置かずに前衛を攻撃手一人だけにするということで、一撃でも後ろに逸らしてしまえば後衛は即崩壊するため、前衛の攻撃手は壁役でもないのに敵愾心を稼ぐための挑発スキルを持つ必要がある。
火力を出しづらい壁役はパーティに居ない方が火力が上がるから理想の編成のように思えるかもしれないが、まぁ、普通はそんなんしたら死ぬから机上の空論だ。
「……そっか、リンは『自動反射』があるからワントップでもそうは死なないのか……」
「でも魔法攻撃はどうしたにゃ? 挑発入れたら即死するんじゃ……」
「後衛5人がダメカ20%ずつ入れて、100%軽減だ」
「「脳筋…………」」
「うぅ…………」
そういえば魔法攻撃に対するダメージカットは乗算じゃなくて加算だから、20%カットを5人が入れれば100%カットにはなる。確かに、それはそうだ。
だが、あまりに理想的すぎる。ダメージカットのバフは一発食らうごとに計算されるため、どんな弱い魔法攻撃を受けてもそのたびにダメージカットを掛け直す必要がある。一人でもかけ忘れれば80%――、20%しか食らわなかったところで、耐久に振っていないリンにとっては致命傷のはずだ。
そんなピーキーな編成で難攻不落の新宿ダンジョンを攻略したって、一体どんなパーティなんだよ……。
「そ、そんなことより! 海里の話だろう!?」
「……あ、そうだった。えーと……、今は重複が高いって話だっけ」
「「そう!!」」
「でも他に外すのもなぁ……」
「いやカースで良いだろう」
「カースで良いにゃ」
「……でも結構頑張って育てたんだぞ!?」
「金で買える」
「お金で解決出来るにゃ」
「…………それはそうだけどさぁ!」
なんか、違うんだよ。確かにずっと使ってないけど……違うだろ! 頑張って育ててきた相棒みたいなスキルをそんな簡単に捨てろって……。
…………でも1億7000万か。思い出と1億7000万を天秤にかけてみよう。
ガクンッ、と天秤が金に傾いた。ダメだこりゃ。天秤壊れてるわ。
「まぁいいにゃ。リムーバー買ってくるにゃ。何外すにせよ、リムーバーがあれば後悔はにゃいはず」
猫屋敷が立ち上がると、リンも頷いた。
「おい待て、リムーバーって結構いい値段するだろ」
「金は出す。とっとと買ってこい」
「なんでリンが俺のリムーバー代出すんだ!?」
しっし、と手を振るリンに、猫屋敷が眉間に皺を寄せる。こんな狭いとこで喧嘩はやめてくれ。
「金ならある」
「……自分のために使えよ」
「生憎、今の構成に他のスキルを入れる隙間はない。出来て装備更新だが――」
「そうそう、あるだろ更新」
「レア7の片手槍なんて、買うくらいならドロップ狙った方がマシだ」
「……それもそうか」
言われてみると、そうか。
装備のレアリティは、基本的には7が最高レアという扱いである。今普通にドロップしてるけど、それはそれとして。
レア8や9も存在はするが、たいていはボスの討伐報酬かつドロップ率が低すぎるとか、世界に1本しかないユニーク武器とかそういう類のもので、取引サイトで売買されることはまずない。いいとこオークションだ。
レア7の時点で数億から数十億で取引されるのもザラだから、8とか9は一体いくらで取引されることやら。
「つってもリンの槍、大して強くないって言ってなかったか? レア6だろ?」
「レア7に比べると攻撃力は高くないからな。ただ自動修復付きだし耐久値も高いから、雑に使っても壊れないんだ。レア7の槍には似たものがないから、装備更新は考えていない」
「……そういう」
武器の耐久値とか考えるのが面倒になって無手のスタイルに落ち着いたんだよなぁと昔を思い出していると、俺たちの話を黙って聞いていた猫屋敷が扉に触れ、「ところでここ、どうやって出るのかにゃー?」と聞いてくる。
「……あ、そうか俺経由でしか出れないか」
「買えたら呼ぶから――、ってここ圏外にゃ……」
「お、んじゃあーしもネコチャンに着いてくよー。したらごしゅに連絡出来るとおも?」
「え、そうなのか? んじゃ任せるか。リンは艦内……見たいよな?」
「見たいっ!!!!!!!!」
声がデケェ。あとクレイ、今普通にネコチャンって呼んだよね? 猫屋敷もまんざらでもなさそうな顔してるからまぁいいか。
「……んじゃ、買い出し任せた」
「うぃうぃー、まっかせられましたー」
自分を除いた二人をどうやって外に出すか分からなかったが、ともかく入る時と同じようにイメージするだけで二人は音も立てず消えた。まぁたぶん大丈夫だろう。これで宇宙空間に放り出されたとかだったら普通に殺人だな。
して、リンが――
「話がある」
真剣な顔で、俺を見て言った。




