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「あぁー!?」
全身から力が抜け、床にへたり込んだ海里とは対極――リンは、悔しそうに叫んだ。
「どうしてくれるんだ!? 倒しちゃったじゃないか!?」
「倒しに来たんだから倒すのは当たり前だろ!?」
「たーりーなーいー!!」
「マジでうるせえなあバーサーカー!?」
「あと4時間くらい戦わせてほしかったんだが!?」
「死ぬだろ!?」
「私がっ! 死ぬわけないだろう!?」
「いや死ぬからな!? 前大怪我したの忘れたのか!?」
「あの時はありがとう愛してる!!」
「それ誰にでも言うのやめようねぇええ!?」
「誰にでも言うわけないだろうが!!!!」
――こんな感じで、リンは元気満々だ。
悔しそうにひとしきり叫ぶと、慌ててドロップを拾う。先程までのDランクのものとは比べ物にならないほど巨大な、人の頭ほどの大きさのある魔石に槍をコンと当て『自動取得』スキルを発動させるが、リンはそこで足を止める。
「……どうした?」
「海里」
「なんだ」
リンは、何を言うでもなく「ん」と槍で床を指す。
床に転がる俺の位置からは、何があるか分からない。重い身体を気合で持ち上げなんとか立ち上がると、そこにあったのは一枚のカードだ。
「……おいまさか」
「私は見ていない」
「横領だぞ」
「知らん」
「…………ありがとよ」
わざとらしく目を逸らしたリンの足元にあるカードを、拾う。
『ハーロット・セブン』
そのカードには、そう書かれていた。
「半年ぶりの自ドロ……ッ!」
説明を読むと、そのカードは宇宙戦艦ハーロット・セブンの医療モジュールらしい。確かにちょっと医療モジュールっぽさはあるが、未来的な白い部屋に、巨大なベッドと天井から大量のアームが吊り下げられているそこは、現代の医療施設とは明らかに違う内観である。
さて、この世界に宇宙戦艦は存在するでしょうか?
――否である。
宇宙開発など数十年前に廃れたし、精々が通信衛星を飛ばしている企業があるとか、そんな程度。他の星に人が降り立ったなんてニュースすら、海里が物心ついてから一度も見ていない。
宇宙より広大な世界が広がる、ダンジョンという空間が見つかってしまったからだ。
きっと、ダンジョンが見つからなければ宇宙開発だってされていたかもしれない。だが生憎、この世界線にはダンジョンがある。宇宙よりよっぽど身近で、よっぽど研究しがいのあるテーマだ。
ハーロット・セブン。このカードは、巷では『フレーバーカード』と呼ばれるカードだ。
効果はなく、世界観を補完するために存在するとされているが、正直ダンジョンと宇宙戦艦に何の因果関係があるかはさっぱり分からない。
ダンジョン内で手に入るカードには、5種類の分類がある。
1つ目が、1度きりの効果を発動させるスペルカード。
2つ目が、装備アイテムを取り出せる装備カード。
3つ目が、素材や消費アイテムを取り出せるアイテムカード。
4つ目が、特殊なスキルを習得できるスキルカード。
5つ目が、消費も出来なければ素材にもならず、持っていたところで何の効果もないフレーバーカードだ。
フレーバーカードには、宇宙由来のものが多くあるわけでもない。むしろ、『ハーロット・セブン』を除けば、少なくとも海里の認識内では1種類もない。
ほとんどのフレーバーカードは異世界の風景であったり異世界の建物であったり、そういったどこかにはありそうなものなのに、ハーロット・セブンだけは違う。明らかな人工物、それも時代背景や世界観すら不明な謎のカードで、ここ、荻窪ダンジョン以外でドロップ報告がない。
つまり荻窪は宇宙にあるってことだ。アホか。
「何枚目だ?」
「17」
「…………なんの意味もないカードを、よくもまぁそこまで集めるものだ」
呆れたように、リンが呟いた。フレーバーカードの良さが分からないなんて、まだおこちゃまだな。まぁ実際、外見以外は大体小学生男児くらいなんだが。
カードホルダーを取り出し、先程のカードを差し込むと、思わず口角が緩んだ。17枚目。合計何枚あるかも分からないカードだが、この調子ならいつかコンプリート出来る日が来るかもしれない。
『条件を満たしました。ハーロット・セブンの管理権限を委譲します』
急に、そんな声が聞こえてきた。
まるで、頭の中に直接流れたような――
「ん なんか言ったか?」
「なんの意味もないカードを、……何故二度言わせる。いやがらせか」
「違くて、その後」
「後?」
疑問を向けてくるリン。言われてみると、リンの声とは明らかに違った落ち着いたトーンだった。
くるり、と広間を見回す。リン以外の人影など――
カチ。
カチ、カチ、カチ。
本当に、微かな音。
金属同士がこすれ合うような、そんな音が聞こえてくる。
音に集中していなかったら聞き取れない程度の小さな音で、リンは気付いていない。
巣穴から、
黒銀の装甲を持つ小さな蟻が、姿を現した次の瞬間。
カードホルダーから、一枚のカードを抜き取っていた。
スペルカード――『帰還の書』。使用するとダンジョンの外に帰還する、強制転移の効果を発動させる。
そのカードを、リンの背中に押し当て――「『解放』」発動した。
「なっ!?」
ほんの一瞬で何をされたか理解したリンは、俺の方に手を伸ばし――
して、消えた。――次の瞬間。
――ぐさり。
腹から、銀の杭が飛び出してきた。
いいや、違う。刺されたのだ。
ゆっくりと、首を回す。体長1mほどしかない黒銀の蟻がいつの間にか背後に現れ、サソリのように尻を持ち上げ、そこから出る針を俺に突き刺していたのだ。
直径10cmほどの針は、たった一撃で相手を死に至らしめる。
『フォルミナス・アサシネイト』。
黒銀の装甲を持つ以外では、通常個体のフォルミナスとは変わらない外見の異常個体。
だが、そのレベルは先程倒した女王蟻をゆうに超える90台。
15年以上ダンジョンに入っておきながら、未だレベル50の壁を越えられていない俺にとって、まともに相手が出来るはずのないモンスター。
刺された腹から、すぽんと針が抜けた。全身に毒が回り、顔から床に倒れ伏す。
痛みすら感じることが出来ない。床に倒れ、カチ、カチ、カチ、と歯を鳴らす蟻が、じっと俺を見下ろしている。まるで、死ぬのを待っているかのように。
最後に残された力で、カードホルダーを出来るだけ遠くまで放り投げようとし――
ぱさり、と手の上に落ちた。そんな力は、もう残っていなかったらしい。
探索者が死ぬと、身に付けていたすべての装備と共に消え、死体すら残らない。
だが、触れていないものは装備していないとみなされるため、カードホルダーを身体から遠ざけようとしたが、どうやらもう遅かったらしい。
手から、力が抜ける。もう、ピクリとも動かない。




