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「これが契約探索者の辛いとこだな……」
海里の歳は今年で33、無精髭の目立つ老け顔なせいで40代にも見られる、独身男性。
紺色のツナギは土埃で汚れており、手には武器一つ持っていない海里を外で見かけた者が、探索者であるとはまず思わないであろう。良いとこ道路工事の現場に居る日雇い労働者だ。
「T36……そろそろか」
ダンジョン内に区画番号など存在しないが、海里の属す企業体――アーケイン・ダンジョン・ファーマ――通称『ADF』は契約探索者を効率的に扱うため、とある基準でダンジョンを区画整理している。
脳内マップに照らし合わせながら指定エリアに向かい、先程まで狩りをしていたのとほとんど同じ構造の部屋に飛び込むと――
「はぁ!?」
そこに居たのは、巨大な女王蟻。
名は『フォルミナス・レジーナ』。レベル70を超える、大型ボスモンスター。
当然、レベル20のフォルミナスしか出現しないような初心者向けエリアに出てくるモンスターではない。
「海里かっ!? 来てくれると思っていた!!」
足先までを覆う黒いウェットスーツのようなSFチックな服を着ている女が、こちらに気付き声を上げる。
「リンか! 俺以外は!?」
「全員撤退した後だ!」
「……あーっ!!」
ポニーテールを振りながら、2本の三叉槍を振り回すその女の名は、廣重麟――通称『リン』。
歳は19。海里よりは一回り以上も下の契約探索者だ。
「手伝いはするが――、一撃でも後ろに流したら俺即死だからな!? マジで気を付けてくれよな!?」
「分かってるっ! タンクは任せろ!!」
足一本一本が俺の胴体よりも太い女王蟻の攻撃を三叉槍で流しながら、リンは叫ぶ。
『二槍流』なんてスキルは存在しない。単純に彼女は『片手槍』スキルを二つセットしているだけだ。
まともな頭であれば、そんな真似は出来ない。そもそも人間の身体は、身の丈以上に長い槍を2本振るえるように作られていない。
だが、リンはしてみせた。――もっとも、高レアの同じ槍を偶然2本ドロップしたとこから閃いただけらしいが。
広間と通路を繋ぐギリギリのところに立ち、海里はスキルを使用した。
「『射法・偽・重複』」
頭ほどの銀色の球体が現れ、膨らんでいく。
海里の愛用するスキルは、魔法攻撃系『射撃魔法』に属す通常攻撃魔法――『射法・偽』。
魔力を消費して球を生み出し射出するという、非常にシンプルな魔法だ。
海里はそれにいくつかの付属スキルを組み合わせ、フォルミナスを倒した時のように分割したり、分割せず塊のまま射出したりといくつかの攻撃パターンを使い分けている。
両手で抱えきれないほど大きくなった銀の球を、――「『発射』ッ!!」
――放った。
女王蟻の攻撃を捌き続けるリンに当たらないよう、球は放物線を描き飛ぶ。
この魔法の軌道は全て術者がコントロール出来るという特徴があり、海里が直線にしか飛ばないが威力の高い『射法』でなく『射法・偽』を愛用しているのはそのためである。
巨大な質量弾は女王蟻の装甲の薄そうな脇腹に直撃、砕け散った。
「あーもう!? 効かねえのかよ!?」
だが、装甲が削れもしなければ苦しんでる様子もない。ノーダメージというほどではないだろうが、大したダメージは与えられていないだろう。
そもそも海里のレベルは50。レベル70の女王蟻を崩せるほど、海里の火力は高くない。
「足りないっ! まだだ!!」
リンが叫ぶ。その言葉は、海里に言っているというより、自分を鼓舞するように叫んでいるようだ。
盾一つ持たず、両手の槍による受け流しと回避だけで無被弾を続けるリン。彼女の技量は、若くして海里を遥かに上回っていた。
難攻不落とされていた新宿ダンジョンを攻略したパーティの若きエース――廣重麟。
2年前、彼女がADFと契約すると発表された時は、ニュース番組がそれ一色に染まり、SNSのトレンドも埋め尽くしたほどだ。
記者会見で、彼女は言った。「妹を救ってくれたADFに、恩返しがしたかった」、と。
同期の契約探索者は、皆がリンの存在に感化され、それまでの記録をゆうに上回る成果を上げ――
――そして、そのほとんどが契約を解除した。
リンの熱意に、彼女が上げてしまった高すぎるハードルに、誰もが付いて行けなかったから。
「ったく、バーサーカーがよ……ッ!」
恐らく、リンはこの場で一時間以上戦い続けている。
近場で救援要請があったら、自分の持ち場を離れてでも救援に行くはずだ。ノルマを優先してメッセージを無視した、海里と違って。
人を救いたいから? ――否。
彼女は、ただ――
「……足りねぇ、足りねぇんだよ」
海里も、気付けばリンと同じ言葉を漏らしていた。
何かが足りない。そう考えているのは、リンだけではないから。
「リンっ!!」
「任せる!! なに、失敗すればまたやり直せばいいさ!!」
「……ああ!」
言葉などなくとも、海里の意図が伝わった。
それは嬉しい反面、二人がこのような状況に陥るのは一度だけではないということを示している。そして、そのうち半数近くは、失敗して逃げ帰っている。
「『過剰供給』」
すっと、血の気が引いていく。
まるで、貧血で倒れる前のように、身体がずんと重くなり倒れそうになるのを必死で堪える。
残存魔力を遥かに超える魔力を無理矢理引き出す――つまるとこ、借金をするスキルだ。
「『射法・重複・重複・重複――――』」
直線にしか飛ばない『射法』。
常用している『射法・偽』より威力は高いそれに、『重複』という強化スキルを無数に重ねていく。
分割されることなく巨大化した銀球は、海里の身長をゆうに超えるサイズとなり――
「――『発射』」
その言葉と同時に、魔力を失った海里は床に膝をつく。
直線に飛んでいく巨大な銀球は、今まさに女王蟻と打ち合っているリンの背中に直撃――
する寸前に、リンは身を翻した。3メートル近い大ジャンプ。後ろを見ることなく、音と声だけで銀球を回避したのだ。
――して、女王蟻の顔面に直撃した銀球は砕け――
頭部の固すぎる装甲に、ぱらり、とヒビが入る。
「剥がれたぞ!」
「分かっている!!」
リンは空中を、跳ねた。
ピンボールのように何もないところで跳ねたリンは、頭部の砕けた女王蟻に両の三叉槍を振るう。
叩き付けるように、振るい続ける。いつしか頭部装甲が剥げ、体液が飛び散り、必死の抵抗を見せる女王蟻の前脚が、リンに届く寸前――
――ぱきん。
命の灯を切らした女王蟻が、塵となって大気に還った。




