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「……安全地帯なら飯くらい食うか」
「ご飯とか持ってきてる系?」
「一応あるぞ。軽食くらいだがな」
ウエストポーチから取り出したのは、プロテインの入ったチョコバーだ。
別に鍛えてるとか意識高い系じゃなくて普通に味で選んでるだけだけど、15年以上前から、軽食といえばこれだった。
契約探索者は一度ダンジョンに入ったら8時間は出ないものなので、普通にコンビニで買ったおにぎりとかサンドイッチ持ち込む奴もいるが、俺は入る前と出た後にガッツリ食べ、中にいる8時間は軽食だけで繋いでいる。そのため、ウエストポーチの中身に入ってる食べ物は非常食くらいだ。
「んね、これ貰っていい?」
「おう食え食え」
「あざー。んー……あ、ナッツ入ってるうめー」
包装紙を破り、チョコバーをもしゃもしゃと齧ってるクレイを見てるいると――
「ちょ、ごしゅ何笑ってんの?」
「……や、すまん。普通に飯食えるんだなって」
「いやま、ナノマテリアルって言っても実体ベースだかんね」
「あ、普通に飯で燃料補給する感じなのか?」
「そそ。まーないならないでなんとかなるんだけど」
「ないならないでなんとかなるんだ!?」
「代わりに身体がちょっとずつちっさくなる」
「代わりに身体がちょっとずつちっさくなる!?」
待ってどういうこと!? どういう仕組みなの!? 痩せるとかじゃなくてスケールが変わるの!?
「肉体構築してるナノマテリアルを燃料にすればカロリーは作れっからさ。んでも船戻ってもナノマテリアル残ってるわけでもないし、それは最終手段にしたいかなーって」
「……最初にちゃんと聞いとくべきだったな。なんか飯食わないでも平気だと思ってた。すまん」
「あー……、そっかそのへん、常識のすり合わせもしてなかったっけ。ごめんて。んま、人より燃費は良いからこれ1本で数日持つかな」
「燃費良すぎだろ! 俺の方こそ悪かった。あれ、トイレとかは?」
「といれ?」
「…………排泄行為はしないのか?」
そう問うと、クレイはフリーズする。意味が分からないと、そんな顔で。
宇宙を背景にした猫画像みたいだ。あれ、そんな顔されるようなこと言ったっけ?
「え……、そんな……出したらもったいなくね? 内循環系は? 再給環炉くらいはあるよね?」
「ねえよそんなもん!!!!!!!!」
地球人なんだと思ってんの!? っていうか言葉喋れるし地球のこと色々分かってる癖に人体の構造とか分かってなかったのな! こいつらの元マスターがタコ型宇宙人の可能性出てきたぞ。
「あー、そっか……。4類生命体って排泄機能すら残ってんだ……」
今日一の気付きみたいな顔で返され、こちらとしても困る。あと――
「……その、ちょいちょい言われる4類って何?」
「コロニーを形成出来て、言語でコミュニケーションを取れる最低ラインの生命体……的な?」
「わぁ……、そう言われるとそうなんだけどなんとしてでも反論してえ。じゃあ逆にハーロット・セブンの元乗員は何が出来んだ?」
「んーと、次元を折りたたんで広くしたり物質を概念から圧縮したり? そもハーロット・セブンも全長1キロくらいしかないけど内部空間は20kmくらいまで拡張されてるしね。次元干渉出来ないなら3類にもなれないかなー」
「あ、そういう系……」
ちょっと想像とスケールが違ったわ。なんかもう、ここまで来るとクレイとかハーロットが人型なの奇跡だろ。
モジュールの広さ的に相当広いんじゃないかと思ってたけど……20キロもあんの? 品川区くらいあるってこと? バカ広すぎるだろ。全エリア掌握するのにモジュールカードいくつ集めりゃ良いの?
「てかさー、あーしよく分かんないんだけど」
「……ん? 何がだ?」
「ごしゅがつえーのはあーしでも分かるよ、なんでこれ、攻略に誘われなかったん? 誘われたみんながごしゅよりつえーとか?」
「いや、俺はここの上層に特化してるだけだから――」
「じゃないでしょ」
クレイは、俺の言葉を遮った。
そんなことされるのは初めてで、面食らう。
前髪の下に隠れている目が、俺をじっと見つめている。
「……なんでそう思うんだ?」
「やだって、ふつーにココでも戦えてんじゃん。ソロは無理だろうけどさ。そんなん呼ばれた人みんな一緒じゃないん?」
「…………まぁ、そうだな」
「ハブられてる系? シメちゃろか?」
「やめなさい。……俺が下層でも戦えること、他の連中は知らないんだよ」
「へ?」
クレイは首を傾げた。
――そう、俺はADFにスキル構成を偽って報告している。自分を、ずっと弱く見せるように。
上層にだけ特化したファーストランクと思われているのが、一番都合がいいのだ。
そうすれば、死ぬかもしれないところに向かわされないで済むから。
まぁ結局自分から顔突っ込んでんだから意味ないだろと言われたらそうなんだけど、たぶん俺が攻略パーティに入っていたら、とうに死者の仲間入りをしていたことだろう。
「なんで隠してるん? 真の実力は隠しておきたい的な?」
「……仕事が増えるからだ」
「あー……」
苦笑いするクレイも、どうやら察してくれたらしい。
折角契約探索者になれたんだ。安定した生活を捨てたくはなかった。
本当は最下層でもちょっとは戦えるくらいのスキル構成ということを知られたら、救援要請だって優先的に送られてくるだろうし、時間外労働だってさせられる。
今回のダンジョン攻略は稀だろうが、間違いなく仕事は増えるだろう。
もちろん危険手当は貰えるし、救援要請を受ければ特別手当もある。そのくらい分かっているが、雑魚に一発食らっただけで死ぬほどの低耐久の俺が、危険を冒してまで稼ぎたいとは思わなかった。ただ、それだけの話である。
「上層でしか狩れないと思われてた方が、俺としては都合がいいんだよ」
「……そゆことね。知ってる人はそんな居ない感じ?」
「リンと猫屋敷、偶然知った奴が他に3人くらい居るが、そんな程度かな」
「んじゃ、今回でみんなにバレちゃうんかなー」
くすりと、クレイは笑う。
まぁ、そう言われてみるとそうか。仮にボスに先に辿り着いて先に倒すなんてことが出来ればバレない可能性はあるが、ここのボスはそこまで弱くはない。勇者の力がなかったら、絶対倒せなかっただろう。
リンを含めた6人が、今もどこかで戦っている。もしかしたらもうボス戦が始まっているかもしれない。先回りをするには初動が遅すぎた。
『射法』で援護なんかしてみろ。一発で俺とバレる。
そもそも射撃魔法なんて使う奴は滅多に居ない。顔を隠して、身体を隠してたところですぐに俺と判断されてもおかしくはない。あと『射法』に自動誘導機能はないから、標的を見ないと当てることなんて出来ないしな。
「ま、そん時はそん時だ。全員を黙らせればいい」
「実力で?」
「それは無理だ。今のメンバーで倒したってことにしてもらうだけで良いだろ」
「ふーん……? や、ごしゅがそれでいーならいーんだけどー」
若干不満げな声を漏らされるが、結局それが最善である。まぁ猫屋敷が俺に緊急回線を繋いだことはすぐに知られるだろうし、なんなら通話ログも残るはずだが――
常識的に考えて、地面を掘削して18階から72階まで降りるなんて想像出来る奴は居ない。どれだけ急いで降りたところで数日かかるはずだ。
実際、攻略パーティも1週間以上かけて最下層まで辿り着いてるわけだし、ソロが真っ当なルートで降りればもっと時間はかかるだろう。
15年前に攻略した時だって、モンスターと一切エンカウントしなくなる特殊スキル――『霧の帳』で身を隠した上で、最下層に辿り着くのに丸二日かかったほどだ。
だから――
「追いつけちまったなぁ……」
先遣隊により更新されたマップデータをチェックしていたら、すぐに気付いた。
最下層の構造が、15年前と変わらないことを。
そして当時のマッピング担当は俺で、偶然最下層の構造を覚えていた。だからどこにボスが居るかも分かっており、最短ルートを進めたから。
故に、追いつけた。
追いつけてしまった。
――こんなことなら、追いつけなければよかった。
一度だけ見た、予兆なく放たれる巨大蟻の全体攻撃――
サードランクのタンク――ヤマトすら一撃で殺すほど、高威力かつ防御不能の音波攻撃。
ボス部屋に足を踏み入れた瞬間、リンたちは、まさに初見殺しのその大技を食らう寸前で――
これまでと違う、巨大蟻の態勢。たったそれだけのごく僅かな情報から、リンが防御姿勢を取った。
――が、無理だ。リンの耐久ステータスは俺に並ぶほど低く、目に見えない音波は『自動反射』の対象外である。
思わず、手を伸ばした。
「ごしゅ!?」
焦るクレイは、俺が何をするか分かったのだろうか。
「――――『勇者の盾』」
それは、仲間の傷を肩代わりにする、勇者専用のスキルだ。




