23
近くのドロップを回収していると、突然甲高い音が鳴る。
一瞬ビクリ、と身体が震えてしまったが――、ウエストポーチの中のスマホからだ。
メッセージ通知ではない。スマホを取り出し確認すると、支部からの緊急回線だ。
「もしもし?」
緊急回線なんて、よほどの事情がないと使われない。何があったんだと、応答すると――
『海里くん! 今どこ!?』
「猫屋敷か? ……今18階だけど」
『ごめん説明は後! 動けるなら今すぐ下降りて!』
「下って……、何階だ?」
『最下層よっ!!』
その、切羽詰まった声に――
流石の俺も、スイッチが入る。
俺を見ていたクレイに向かって、外を指差す。コクリと頷かれるので、カードの回収もせず広間を出た。
「何があったんだ」
『いきなり7人帰ってきたの! うち3人は死体でね!』
「つーことは……、攻略メンバーの残りは?」
『6!』
「そんな状況なら普通は撤退だろ。他のメンバーはなんで帰らないんだ?」
『……よく分かんないけど、久保田さんが生きたまま持ってかれたから追いかけてるんだって。知ってる?』
「…………」
そういえば、昔も見た。
かつての荻寺高校探索部の回復職、神林のスキル――『霧の帳』は、一部のモンスターから見えなくするスキルだ。
俺たちが最下層に駆け下りている時、探索者であろう人を運ぶフォルミナスの姿を時折見かけた。肉体が残っているということは死んではいないはずだが、運ばれていく人は微動だにしていなかった。
恐らく麻痺毒か何かを注入されているのだと、赤野が話していたっけ。
『霧の帳』は再使用に数時間かかるスキルで、中から攻撃してしまうと強制解除されてしまうため、俺たちはその人を助けられなかった。ただ、無事でいてくれと、祈ることしか出来なかった。
「あぁ、15年前にも見たことがある。迷宮災禍中の異常行動だろうな」
『……あるのね。じゃあ――』
「運ばれてる最中は生きてるはずだが、どこに運ばれたかは知らない。これ以上被害が増える前に撤退すべきだ」
『そう、思うのよ。でも今、下に居る誰にも繋がらなくて。だ、だから、海里くんに……』
その声色から、猫屋敷が震えていることが分かる。
こんな状況で、ただの契約探索者でしかない俺に掛けてきたこと。それも、支部の緊急回線なんて
――混乱しているのだ。
誰に頼れば良いかも分からず、俺に掛けてきた。
現役探索者の中で唯一、荻窪ダンジョンを攻略したことがある、俺に――
「分かった。ともかく急いで降りるが、座標データとかは分かるか? 今最下層の何割進んでるかとか、確認してくれ」
『え? ……分かった。ちょっと待って』
通話状態のまま、猫屋敷がどこかへ行く。
緊急回線は固定電話からしか掛けられないのだ。というかただの契約探索者でしかない猫屋敷は使えないはずなのだが、もうこの際それは置いておこう。
しばらく待つと聞き取りを終えたか、猫屋敷が戻ってくる。
『久保田さんが連れてかれたのは、C7あたり。最後に撤退してきた人はC17あたりまでは行ったって』
「オッケー、んじゃ切るぞ」
『…………ごめん、お願い』
「任せろ」
通話の切れたスマホをウエストポーチにしまい、ふぅ、と溜息を吐いてクレイを見る。
「悪い、クレイ。付き合わせちまって」
「いやいや、気にしないでよー。あーしだってほら、結構楽しんでるし?」
「……そっか」
やせ我慢ではない、本当の笑顔で返されて、こちらも微笑む。
「ちょっと弾、借りるぞ」
「どーぞどーぞごじゆーに」
すぅ、と息を吸う。
「『過剰供給』」
魔力なんて、いくつあっても困らない。んじゃ、10億くらい借りておくか。
「『射法・格納庫218・重複』」
灰色の弾丸が、ぼごん、と肥大化する。――まだ、足りない。
「――『重複・重複・重複』」
よし、大体人くらいの大きさになったな。これを――
「『発射』」
真下に向けて、放った。
岩盤を掘削するような異音を立てながら、地面に突き刺さった弾丸は闇に飲まれていく。――音は、まだ止まらない。
「クレイ」
「うぃー」
「着地任せる」
「りょっ!」
説明しないで良いの、本当に楽だなぁ。
クレイは俺をひょいと、お姫様抱っこすると――
――ぴょんと、
弾丸が抜けていった穴に向かって、飛び降りたした。
「うおおおあああああああああ!?!?!?!?!?!?!」
普通に落下! 自由落下! っていうかこれ、ノリでやっちゃったけど大丈夫かなぁ!?
すっと、視界が開けた。次の階層に辿り着いたのだ。
――だが、落下は止まらない。もっと下まで抜けていったようだ。
「うおおおおおおおお!!!!!!!!」
「あはははははははは!!!!!!!!」
叫びながら落ちる俺、爆笑しながら落ちるクレイ。
3階分ほど落下すると、岩盤の途中で足がつく。どうやら弾丸はここで消えたようだ。
すぐに次の弾丸を生み出す。「『射法・格納庫218・重複』――」
穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる。穴を開ける。落ちる――――
魔力がガンガン削れていく。だが、前借りしてるので大丈夫。
弾丸だって、7000万発もあるのだ。ちょっとやそっとでなくならない。
ひたすら穴を開け続け、落下を続け――
ようやく、地面に足を付けた。ここが終点らしい。
「クレイ、ここ何階か分かる?」
最初は景色で数えてたんだけど、そのうち頭から抜けたよね。50くらいまでで限界だった。
「うんにゃ、18スタートだから72かな?」
「うっし、最下層着いたか」
「今のアリなん?」
「知らんが、無しだろ」
「んだよねー」
クレイは笑っている。流石に地面に穴を開けてダンジョンの下に進むのが反則なのは分かっているのだろう。
だが、ありえない話ではない。洞窟のような構造の荻窪ダンジョンでは一般的ではないが、新宿を再現したビル群が主体の新宿ダンジョンでは壁を壊して進むというテクニックが存在するし、階段を下りれば下の階層に行けるのであれば、穴を掘っても下に降りられるのは道理である。
とはいえ、試した人は居ないだろう。地面に何メートルも穴を開けられるほど高威力かつ貫通力の高い攻撃手段など存在しないし、ダンジョン自体についた傷はすぐに修復されてしまうので、スコップとかで穴を掘ったところで無駄だ。げんに上を見上げると、降りてきた穴はもう塞がり始めている。
ダンジョンとは全く別次元の法則――宇宙戦艦の弾丸だからこそ成しえた、完全なチート。こんなの二度とやる気はない。
「こっからはどうするん? 全方位に穴開けまくって更地にする?」
「……まぁそれも考えたが、誤射する未来しか見えないんだよなぁ」
「あー、そっかここ人居るんだ」
今ここまで降りてくる間、真下に人が居たら俺が知らないうちに掘削されてしまったことだろう。まぁ、居なかったことを祈るしかない。
少なくとも、最下層――攻略パーティが居るのはこことはだいぶ離れたエリアなので、6人まで減ってしまったメンバーを更に減らしたことはないと思う。
「んじゃ、普通に攻略するぞ」
「りょっ!」
ダンジョン最下層の攻略をするのは、人生で二度目だ。
けれど、どうしてだろう。
15年前と違って、随分と心に余裕があるように思えるのは。




