22
猫屋敷は、俺の過去を知っている。
だが、おかしい。俺は15年前――探索部の皆と活動していた頃に、それらしき人物と交流した記憶はない。
身長が低すぎるし、顔だって幼すぎる。これだけ特徴があるなら、会っていれば覚えていたはずだ。
老けて顔が変わったとか化粧の有無で分からないとかいうのは、大人の女性にしか通用しない。良いとこ中学生女子くらいにしか見えない猫屋敷が、当時からあの外見でなかったはずはない。
俺たちは誰も配信なんてしていなかったし(当時はダンジョン配信自体ほとんど見かけなかったが)、他校の探索部と関わることもなかった。
ダンジョンを攻略したことなんて、これを話すとヤマトが死んだ時の話をすることになるので、俺たちの誰かがしたとも思えない。
でも、猫屋敷は、忘年会のあの日――酔っぱらって口にしたのだ。
「海里くんさぁ、そんなで昔、荻窪どうやって攻略したワケ? メンバーが強かった?」
酔っぱらってわけのわからないことを口にしたのだと思って、後日素面の時に「俺のこと、前から知ってたのか?」と聞いたら、猫屋敷は頷いて言った。
「荻寺工業高校の探索部でしょ」、と。
だが、それ以上は話してくれなかった。
どうして知っているのか。人に聞いたなら誰に聞いたのか――
もうメンバーと交流などないのだから、隠す必要などない。でも、猫屋敷は頑として答えなかった。
だから、諦めた。俺じゃない他のとこから漏れたのなら、それを止めることなど出来ないから。
「ごしゅ、考え事?」
「ん? 昔のことをな」
「そんでその命中精度、すげーわ」
「そうか? まぁ慣れだろ」
通い慣れた蟻塚――荻窪ダンジョン。
だが、今日の狩場は上層ではなく中層だ。敵は『フォルミナス・ソルダ』。魔石のランクは通常個体の『フォルミナス』と同じDだから、然程人気はないエリア。
それでも、安定した狩りが出来れば多少ドロップ効率は良い。もう少し下に降りても良かったが、キャリバーが湧きに混ざってくると俺やクレイの行動パターンが変わってしまうので、ひとまずソルダ狩りでコンビネーションを鍛えようと思ったのだ。
「なーんかさー」
「なんだ!?」
「ごしゅのそれ、ハーロット・セブンの実体弾に似てんだよねー」
「……なんかその言い方だと非実体弾もありそうだな」
「あるある、ビーム的な?」
「ビームかぁ」
それは流石に撃てねえ。
『射撃魔法』は、魔法ではあるが物理属性である。使用者の知力を参照し、敵の精神力でなく耐久力を参照した魔法攻撃であるが、フォルミナスくらいだと物理も魔法もどちらの防御力も大差ない。
むしろ魔法に求められているのは大抵魔法属性による攻撃だから、普通のパーティで使われないのも当然だろう。
「情報参照元が……、原子量が……、」
クレイがよく分からないことをぶつぶつ言っているうちに、次の湧きが始まった。「『射法――』」と唱えたところで、クレイが急に口を挟む。
「|データ参照プロトコルを起動。《Initiating data reference protocol.》|格納庫761番を解錠《Unlocking Storage Seven-Six-One.》」
「待って待って待って何!?」
銀球にノイズが走る。すぐに見慣れた銀球に戻ったが、一瞬変な形に見えたような――
「いーから、うってみ?」
「あーもう! 『発射』ッ!!」
よく分からんものに『重複』とか『九重奏』を掛ける勇気はなかった。
詠唱途中で割り込まれたので、発動したのは軌道を制御出来る『射法・偽』ではなく直線軌道の『射法』だ。それも分割してない一発球。
巣から溢れるソルダの群れを通り越した銀球は、軌道を制御出来ず壁に向かって飛んでいく。――だけど、なんだかいつもと違う。
――音、だろうか。
そんなことを考えた、次の瞬間。
銀球が壁に直撃し――
――どがぁあああああああん、と。
大爆発した。
「うおわああああああああ!?!?!?!?!?」
爆発の余波で俺も吹っ飛ぶ。そのままノーバウンドで壁に向かって飛んでく俺を、クレイがキャッチしてくれた。あったけえ。でも今のはお前が悪い。
「今の何ぃ!?!?!?!?!?」
湧き始めていたソルダの群れが、一撃で消し飛んだ。それどころか、球
間違いなく『射法』の威力ではない。というか『射法』が爆発なんてするわけがない。でも今、なんかすげー爆発したよね?
あまりの破壊力に、穴から出てくる前のソルダも葬ってしまったようだ。爆風のあったエリアからソルダは湧かず、反対側――クレイの向いていた方からだけ湧く。
「ちょ、ちょっと今の何!?」
「おぉー」
「おぉーじゃなくて!? 何したんだよ!?」
「|ルワダクライステレィア《注:翻訳不能概念です》弾、さっき管制モジュール見た時結構在庫あったから試してみたけど、やっぱ無から弾取り出す魔法じゃないねー」
喋りながら器用にモップを動かし、ソルダを葬りながらそう答える。。
「ごしゅのそれ、次元断層から同質量の物質を取り出して撃つ魔法っぽ? 分からずに使ってたん?」
「え、あ、うん」
「ぷぷー、これだから陸で生きてるような人類ちゃんはー」
「あれっひょっとして馬鹿にされてる!? なんかよくわからん高次元から馬鹿にされてる気がするなぁ!?」
宇宙人ジョークって結構ハイコンテクストというか、一瞬馬鹿にされてるかすら分かんなかったんだけど今の間違いなく地球人類まとめて馬鹿にされた感じだよね? こ、この宇宙人がよぉ……。地球人の語彙はカスだ。
「で、でも待て! さっきの球はヤバいって!!」
「え、何が?」
「方向によってはクレイ巻き込むしっ、あと俺も巻き込まれるし!!」
「あー、まぁ確かに? んじゃ切り替えすれば?」
「……切り替え?」
「そ。参照元切り替えるだけだから、んーと……たぶんさっきのでハーロット・セブンがローカルに保存されてるはずだからー……」
「もうちょい低威力の弾で頼む!」
さっきみたいな大爆発起こされても困るんだよ。ちょっと間違えたら地球破壊爆弾出てきそうだな。
「ほいなー。んーじゃ、79番か218番かな? 79番が対人鎮圧弾頭、218番が対宇宙船用の質量弾ね」
「……どうすれば良いんだ?」
「詠唱の、『射法』の後に格納庫79って追加するだけよー」
「……思ったより簡単だな!? ホントにそんなんで良いのか!?」
「とりま、やってみよー」
びしっ、とクレイがモップを向けた先には、再びわらわらと湧いてくるソルダの姿。
うっし、覚悟を決めよう。まずは対人鎮圧弾頭の方から――
「…………『射法・格納庫79』」
言われた通りに詠唱すると、通常の銀球とは明らかに違う――子供の握りこぶしほどのサイズの弾丸が現れる。
すっと息を吸って、角度を決め――
「――『発射』」
射出。先頭の一体の頭部を目掛けて、一直線。
飛翔した弾丸は、先頭のソルダの頭部に触れた――次の瞬間。
ぱぁん、と。
弾けた。
ソルダの頭が、ではない。弾丸の方が、だ。
数mはある風呂敷のように大きく広がった弾丸が、先頭のソルダだけでなく同時に湧いた10体ほどを巻き込みながら、壁にべちゃっ、と貼りついた。
なるほど、鎮圧ってそういう。ネットとかゴム弾とかじゃなくて、質量で押しつぶして動けなくするタイプね。なるほど。鎮圧どころか死ぬわ。
圧死したソルダがまとめて塵になり、広がった風呂敷弾も消えた。残されたのはカードと魔石。
「いやいやいやいやいや!? 殺意高すぎねえ!? 対人!? あれで対人!?」
「艦内で白兵戦になった時用の鎮圧弾だからねー。ちなパワードスーツ用ね」
「それを! 先に! 言えええええ!!」
暴徒鎮圧とかだと思ったんだよ! まさか普通に殺す気満々の威力とは思わんだろ! 殺意が高すぎる!! あとやっぱ弾丸にしてはデカすぎると思ったけど手持ちの銃で撃つやつじゃないよね!?
だが、駄弁っている余裕はない。ソルダはどんどん湧いてきている。のんきにドロップ回収をしている暇すらないほどだ。
「どうにでもなれよ……! 『射法・格納庫217――発射』ッ!!!!」
「あ、」
「なんだ!?」
「ごしゅ番号間違えてるー。ぷぷー」
「え?」
いつもより少し大きい球が飛んでいく。湧き始めていたソルダに直撃し――
ごおおおお、と燃え盛る。
なるほど、焼夷弾ってわけ。……っていや熱い! クソ熱い!!!! 10mくらい離れたここまでクソ熱いッ!!!!
「あはは、まさか|ディフロスタイトフレム《注:翻訳不能概念です》弾使っちゃうとか、ごしゅはおっちょこちょいだなぁ」
「ごめんて! あれ大事なやつだったりしない!?」
「まぁ在庫は結構あるから大丈夫でね? んでもー」
「でも、何!?」
「あれしばらく消えないよ?」
「……しばらく?」
嫌な予感がするな。
さっきから、火の勢いが落ち着くどころかどんどん燃え広がってんだよね。なんか火、近づいてきてない? 気のせいかな? 今すぐ逃げたい。ソルダは湧けど湧けど炎に突っ込んでる。あれが飛んで火に入る夏の虫ってか。
「ここの大気下だと、短めに見積もって……20時間くらい燃えるかなー?」
「燃えすぎだろ!!!!!!!!」
「あはははは! ごしゅ慌てすぎウケる」
「ウケてる場合じゃねえからな!? 消し方教えてくれね!?」
「消し方……って言っても、残しといても良い気がするけど。勝手に倒してくれんじゃん?」
「カードとか魔石まで燃えてんだよ!!!!」
「あー」
「あー!?」
なんでそんなこと思い当たらないかなぁ!? レベルカンストしてると経験値なんて入らないし、ドロップ拾わないとタダ働きだ。あと単純にっ! 熱い!!!! そのうち一酸化炭素中毒とかで死なねえ!?
「んーじゃ、761番で良いかな?」
「……信じるぞ。『射法・格納庫761――発射』!」
見慣れた銀球が飛翔する。……あれ、見慣れた銀球だな?
なんか、ついさっきも見たような――――
どがあああああああん!!!! パート2ッ!!
爆風に吹っ飛ばされる俺! 柔らかいクッションに受け止められて白昼夢を見そうになる俺! 「あははははは!」爆笑してるクレイ! 何わろてんねん。
「これさっきのだよねぇえええええ!?!?!?!?!?」
「いやほら、爆風で吹っ飛ばせばいいんじゃね? って」
「それはそうだけどさぁ!? なんか……クレーターかな!?」
確かに炎上コーナーはなくなったよ。代わりに円形だった広間が楕円系になったね。アホか。
まぁダンジョンについた傷は自然に修復されるものなので、放っておけば元の形に戻るとは思うが――
まさかナパーム弾を吹っ飛ばすためにもっと威力高い爆弾使うとか思わないじゃん。家が火事になったから爆弾で吹っ飛ばしました! とかまともな思考じゃ出来ねえよ。アメリカか?
「番号忘れちゃった? 217番じゃなくて218番格納庫ね?」
「今の衝撃で圧死弾の数字も忘れたよ!!」
「ウケる、そっちは79番だって」
「ありがとう! もう手にマジックで書いた方が良いかなぁ……!?」
次は218番、218番だな。質量弾とか言われたから、たぶん普通にデカい球が飛ぶだけのはずだ。そうに違いない。
……よし、次の湧いてきた。今度こそまともな弾でありますように。
「『射法・格納庫218』っ!!」
よし次は間違えなかったぞ! 生み出されたのは、『重複』を3回くらいしたサイズの銀球だ。いや銀じゃないな。灰色で光沢もない。まぁ少なくともこれまでの弾とは違う。
「『――発射』!!!!」
真っすぐ飛んで行った球は、ソルダの群れに突き刺さり、そのままボウリングのピンのように薙ぎ倒していき――――
突き刺さり――――
突き刺さり――――
突き刺さり――――
突き刺さり――――
突き刺さり――――
壁に極大な穴を開けていった。なんかこれ連打してるだけで新しい道作れそうだな。
「なんか……さっきまでのと比べるとだいぶマシな気がするなぁ!?」
感覚バグってるかな? 大爆発とかナパーム弾とか圧死弾と比べるとだいぶ現実的というか、貫通力が高すぎるだけで爆発も炎上も変形もしなかったし……。
宇宙戦艦の弾にしては、だいぶマシだ。というかこれまでの3発がなんかおかしかった。これ、『射法・偽』で軌道を操作すればだいぶ使いやすそうだな。
「218番ならたぶんごしゅ使い切れないくらいあると思うよ?」
他の方向からこちらに向かってきていたソルダをモップで吹っ飛ばしながら、クレイが教えてくれる。
「使い切れないって……、流石にそんな量ないだろ」
「格納庫に重層圧縮して保管してあんだけど、えーっと……、7000万発くらいはあったかな?」
「多すぎねぇ!?」
「ややや、だって戦艦だよ? 弾の補給が出来ないかもしれない前提で2000年かけて旅する前提だからさ。乗ってんのも職業軍人ばっかだったし、そもそもが外敵と戦う船なわけ」
「……あー、そう言われてみると少ない気がしてきた。でも弾ってナノマテリアルで作るんじゃないのか?」
「やー、それは結構厳しくて。ナノマテリアルの原料って決まった惑星でしか取れんのよ。だから基本的には艦内で再利用する前提だけど、ほら弾ってうちっぱじゃん?」
「まぁ回収は出来ないわな」
「そゆこと。再利用しないんならナノマテリアルで作らんほうがコスパ良くなるんだよねー」
「な、なるほどな……俺の知らない宇宙事情だ……」
クレイは笑いながら「んだよねー」と同意してくれるが、撃ち漏らしの始末で手を動かし続けている。
こうも普通に喋りながら戦うの、人間には厳しいんだよなぁ。俺も武器持って戦ってたことあるけど、武器振る時って腹に力入るから呼吸止まるんだよね。
でもクレイは全くそんな様子はない。モップ振り回しながら普通に喋ってるけど、そもそもの話として呼吸とか必要なんだろうか。いやそれを言い出したら宇宙戦艦で普通に呼吸出来てるのも意味分からねえんだけど。




