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「海里、悪い。後任せるわ」
『勇者』の持つ、全員分のダメージを肩代わりする特殊スキル――『勇者の盾』で全体攻撃を受け止めたヤマトは、それだけ漏らすと俺の胸に触れ――――
「ここまで付き合わせちまって悪かった。最後の頼みだ。……俺の代わりにさ、皆を生かして帰してやってくれ」
ぱきん、と。
ヤマトの身体が、砕けた。
冷たくなるはずの心が、熱湯を注がれたように熱くなる。
高熱でも出したかのように、身体が暖かくなる。
説明など受けなくとも、すべてを理解した。
ヤマトが最後に残したのは、『勇気分配』。
自分の持つすべてを他人に分け与えるスキル。存在だけは、以前から知っていた。けれど、使う日は訪れないと、そう思っていたのに。
「ヤマト!?」
真っ先に反応したのは、つい先程まで詠唱を続けていた赤野だ。
パーティ内で最高火力を出せるお前が、詠唱を止めちゃ駄目だろうが。
「ど、どうするの!?」
「タンクが居ないんじゃ逃げるしか――」
「嫌あああああああああ!!!!!!!!」
混乱するパーティメンバーを横目に、俺は一人だけ冷静になっていた。
――託されたから。
皆を、後を、そして、家族を。
「……『過剰供給』」
先程、ボス部屋のすぐ手前で手に入れたばかりのこのスキルがどれほど無法な力を持っているかは、スキル説明を読むだけで分かった。
魔力を任意の数値まで借金出来る。本当に、ただそれだけのスキルだ。
けれど、戦闘能力を魔力量に依存している、俺みたいな状態異常使いや、魔法使いにとっては――
これは、値千金のスキルなのだ。
(いくつでもいいや。……んじゃ、とりあえず1億くらいあればいいだろ)
「『呪詛・停滞・重複』」
指を向けた対象に、行動不能状態を与えるデバフ効果を入れる。普通なら、持って1秒。ボスなら0.3秒くらい拘束出来れば御の字か。
けれど、今の魔力量なら――
「俺が、止める」
自分から出たとは思えないほど冷たい言葉に、焦る皆がこちらを見た。
最初に冷静さを取り戻したのは、寡黙な寺内だ。言葉ではなく行動で示すと言わんばかりに、身の丈ほどに大きい弓を引き絞り、矢を放つ。
つい先程まで、節を狙わないと固い装甲に弾かれていたはずの矢が、巨大な蟻の瞳にぐさりと突き刺さる。
跳ねあがった威力に寺内は一瞬驚いたようだが、すぐに次の矢をつがえた。成すべきことは、それだと言わんばかりに。
「ちょっと!? あんたらなんで落ち着いてるの!? や、ヤマトが――」
「赤野、うるせえ。帰りたいなら一人で帰れ」
端的に、寺内が返す。その言葉でようやく冷静になったか、神林がバフを撒き、久米が覚悟を決めたように剣を握り、駆け出した。
(届いてるよ、ヤマト。――大丈夫)
託されたのは、俺だけじゃない。
全員だ。
俺たち全員、あいつに後を託された。
だから――
「あぁもう! 死んだら化けて出てやる! 『赤き魔神よ、焦熱の王よ——我が呼声に応え、世界を焔で染め上げよ! いざ解き放て、劫火煉獄!』」
炎の魔神が、巨大蟻に襲い掛かる。
悶え苦しむ蟻の王は、やたらめったらと手足を振り回す。その隙をついて久米は手を、足を切断していき、再生しようとする断面に寺内が的確に矢を撃ち込んでいき再生を阻害する。
勇者が5人になったようなものだ。たとえファーストランクであろうと、ステータスを跳ね上げる『勇気分配』状態によって、俺達はセカンドランクを通り越して、全員サードランク級のステータスを手に入れていた。
そうして、俺たちは勝利した。
勇者を失った俺たちは凱旋をする気にもなれず、初期化したダンジョンの前で途方に暮れて立ち尽くす。
最初に口を開いたのは、ヤマトといつも張り合っていた久米だ。
「帰るか」
「……あぁ」
寺内はそれに乗り、神林も小さく頷くと二人に着いていく。
俺も立ち上がり、くるり、と振り返る。ダンジョン前に立ち尽くした赤野は、何も言わず、俺を睨んだ。
荻寺工業高校探索部は、死者を出したため廃部となった。
俺たちは、あの日のことを誰にも話さなかった。
一度だけ、ヤマトの家族に会いに行ったけれど――
「もう、あなたたちの顔も見たくないの。本当にごめんなさい」
ヤマトの母親にそう言われ、俺たちは何も言えなかった。
それで、終わりだ。
いつの間にか、ヤマトの家族は引っ越していた。家には売地の看板が立てられ、一月もすると他の家族が入居していた。
子供たちの冒険は、終わった。
探索部がなくなっても探索者ライセンスが失効したわけではないので、それから俺は寺内と久米を誘って何度か探索に行ったけれど、調子は出なかった。
そのうち、寺内が行った。「抜けるわ」、と。
久米は、「悪ぃ、他のパーティ探してくれ」と、誘っても断るようになった。
神林はヤマトが誘っていただけで本人は元からあまり乗り気ではなかったので、ヤマトが居なくなってからは話すこともなくなった。
赤野は――
「ねぇ」
卒業式の日、俺は赤野に呼び出された。
クラスも違う。部活もなくなれば、俺と赤野の繋がりはない。あの日から卒業まで、ほとんど話すことはなかった。
「なんだ」
「あんた、あの時ヤマトと何を話したの」
俺は、ヤマトの最期の言葉を皆に伝えていなかった。
だって、あれは――
「何度聞かれても、答える気はない」
「もう良いでしょ? 時効よ時効。どうせ二度と会わないんだから、最後くらい教えて」
「…………」
俺が何も言わないことに腹を立てたか、赤野は何か叫ぼうとし――、
しかし、思いとどまって頷いた。
「……まぁ、良いわ。どうせ大したことじゃないでしょうし」
「あぁ」
「あんたはまだ、続けるの?」
「……さぁな」
「進学もしない、就職もしないのはあんただけ。いい加減、現実を見なさいよ」
「…………」
現実を、か。
見れないよ。そんなの。
だって、俺は託されたんだ。
――ヤマトの、夢を。
だから、俺は――
(『勇者』…………)
俺のスキルスロットには、いつの間にかそのスキルがあった。
21/20。スロットをオーバーしてまで、無理矢理に。
(……ははっ)
どうして俺なんだよと、言ってやりたかった。
でも、それはもう言えない。
「じゃあな」
「えぇ。いつか私たちが大人になってまた会えたら、あの日のことを話しましょうか」
「……あぁ。また、いつかに」
それきり、赤野と再会することはなかった。
寺内と久米は成人式で会ったし、神林はすぐ近くに住んでいたから、時折大学に通う姿を見かけた。
けれど、話しかけることはなかった。
俺たちの関係は、あれで終わった。
それから15年。未だにダンジョンから抜け出せないのは、俺一人。
『勇者』のスキルは、いつまで経っても発動しない。
あの日以来、俺に勇気を授けてはくれない。
仲間を庇って死ぬことも、死んでも仲間を鼓舞することも、俺には出来ない。
だって、俺は勇者ではないから。




