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「もーこのへん、1000年以上前に荒らされた後だかんね。なーんもないよ」
「1000年? いま1000年って言った?」
「うんにゃ、1000って言ったよ」
「…………この船いつからあんの?」
「んーとー、ハーロット船団は4000年かけて2000億光年くらい先にある惑星に向かって旅をする予定だったんだけどー、道中で色々トラブっちゃってーので船団から離脱したのが1712年前でー、出発は1892年前かな?」
「うおぉ、スケールがデカすぎて全然頭に入ってこねえ……」
正直に返すと、「ウケんだけど」と笑われる。応対する分にはマジで人間にしか思えないんだよなぁ。
クレイはハーロットと違って表情があるし、動きもある。人間と言われたら、まぁ信じられそうだ。
まぁ何もないところから突然無音で現れた時点で人間なはずはないんだけどさ。プログラムって最初に自己紹介されたし。
「ごしゅはさー、何しにここいんの?」
「待ってごしゅって何?」
「ご主人様でー、ごしゅ」
「異文化すぎる略称やめろ!」
宇宙戦艦のプログラムが日本語喋ってる時点でまぁまぁおかしいんだけど、インプットされてる日本語もおかしいだろ。この日本語力あってあの喋りって、ハーロットはどんだけ真面目だったんだよ。
「えー、別によくね? それともハーロットみたいにマスターとか言おっか?」
「なんで知ってんだ?」
「や、あの子人型知的生命体のこと全部マスターって呼ぶし」
「それはそれで大雑把すぎる!」
もうちょっと他に呼び名あるだろ!
「ハーロットの2号インテリジェンスなんて、思考能力そのものがないよ。感情で動作コロコロ変えられたら困っから、感情を理解する概念そのものを入れてないわけ。んーでー、ごしゅは何しにここへ?」
「何って……、いや、何しに来たんだろうな」
「ヤバ、そんなんも分かってないの?」
手叩かれると音も聞こえるんだけど、ホログラムなんだよな? 影もあるし、どうやって投影されてんだろ。
「ダンジョンで死んだと思ったらこの中で治療されてたんだよ。んでそん時はこのモジュール入れなかったけど、頑張ったら入れるようになった」
「あー、なるなるー」
人差し指をピンを立て、くるくる回す。そのジェスチャーなんなんだ。可愛いけどさぁ。
「んーね、生身ならちょっと任せたいことあんだけど、い?」
「ん? まぁ俺に出来ることなら」
クレイがびしっ、と人差し指を向けた先は、――扉だ。もちろん、どこに繋がっているか分からない、固く閉ざされた扉。
「そこね、このモジュールの電源とか保管スペースあるとこなんだけどー、ちょっと入ってくんね?」
「……別に良いけど、自分で行けばいいだろ?」
「ほれちょんちょん」
人差し指を俺の鼻に近づけ――あれ?
「……触れない?」
指が、素通りした。
突き刺さってるように見える。なのに、触られている感覚はない。
「そゆこと、投影してるだけなんよー」
「あー、なるほどなぁ」
外から大ジャンプしないと出入り出来なそうなこの案内所みたいなとこ、そもそも人が入る設計じゃなかったってことね。というか、ホログラム的な投影だと思うんだけど、上から投影してるのか下から投影してるのかも分からん。まぁ宇宙戦艦だしな。そんくらい出来るよな。
無音で突然現れたのも、つまりそういうことなのだろう。
「んで、行って何すればいいんだ?」
「んーと、入ってくれればオッケーオッケー。人感センサー的なので電気付くはずだから、後はこっちでやんよー」
「あぁ、そんくらいなら余裕だ。……扉は開けてくれるんだよな」
「もちもち」
褐色のほっぺをむにむにしながら言われ、「ずっり」と声が漏れる。俺にも触らせろよそのもちもちほっぺ。
ともかく、再びジャンプで案内所を出て指定された扉の前に向かうと、ひとりでに開かれる。中は暗いが何か、什器のようなものがあるように見える。
中に入ると、ぱちっ、と電気が灯る。他の部屋のように壁材が光っているのではなく、天井に吊るされた電球が光ったのだ。ちょっとここだけアナログなんだな。
それなりに広い部屋で、医療モジュールよりは少し狭いだろうか。とはいえ什器が並んでいるだけで、商品の在庫が置かれているわけでもない。
本当に、何もないのだ。――だが、次の瞬間。
――部屋にあった什器が、どろり、と溶けた。
「えっ」
溶けた什器は床の排水溝に吸われていき、あっという間に何もない部屋の出来上がり。あれ幻覚だった? さっきまでこの部屋に色々あった気がしたんだけど――
「あー、ギリ足りたわー」
そんな声に、振り返る。いつの間にか案内所を出たクレイが、部屋のすぐ前に立っていた。出れたんだな、あそこ。
「足りたって、こんだけで良かったのか?」
「そそ。あーしじゃ権限なくてさ、入れんかったのよ」
「入れないって……、吸血鬼みたいだな」
「え吸血鬼って何? 血吸うの? 野蛮すぎん?」
「言われてみるとそうだけど……フィクションの存在で、家主が許可されてないとこには入れないって弱点があんだよ」
「あー、あれか|ディスゴアフィラゴアイアディスクリア種《注:翻訳不能概念です》みたいなアレね」
「待って今の何!?」
今変な声聞こえたんだけど!? 明らかにクレイの声じゃないしハーロットの声でもない謎の声が頭にっ、頭に直接流れてきたんだけど何!? 普通に怖いよっ!!
「あー、ごめんごめん。4類生命体が理解出来る概念じゃなかったげ?」
「すげえ馬鹿にされてる気がするけど、マジで聞き取りすら出来なかったからそうだと思う……」
「まーいーのいーの。ごしゅのお陰で、さー」
――つんっ。
手を伸ばしたクレイが、俺の鼻先につんと触れた。
温かくて、柔らかい指だった。
「え?」
「ほーら、触れたー」
笑うクレイは、嬉しそうに身体を揺らす。ダメだ、俺この子のこと好きになっちまう。




