侯爵領都ビュラードにて
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―――値上がりした通行料を支払ってイェンリン達はビュラー侯爵領の都『ビュラード』へ足を踏み入れた。
「うわぁ~!本当に大きな街ね」
外壁門から入ったところに通じる大通りを見渡して、イェンリンは素直に感想を口にする―――
「……でも、首都は此処よりも更に大きいってこと?」
そこですぐに隣に座るゴンドゥルへ問い掛ける。
「ああ、そうだよ。カウスラーの国王ボードカリバン=カウスラーは侵略に心を侵食されちゃいるけど、それと同時に国を豊かにすることにも貪欲な強かな王だよ」
「……カウスラー王」
ゴンドゥルの話を改めて聞いて、ゴルゴダ村があの様な惨劇に巻き込まれたのは元を辿ればボードカリバンであるとイェンリンの中で明確な道が刻まれた。
だが、今は妹のエリシラと幼馴染マルクの漸く見つけた痕跡が何よりも最優先だ。
「アルヴィト。二人は本当にこの街に連れて来られたの?」
「ええ、それは間違いありません」
荷台に乗っているアルヴィトが『全知』スキルを発動しながら、此処まで見てきた二人の誘拐の幻影を見ていた。
「ですが……申し訳ありません」
しかし突然アルヴィトがイェンリンに謝った。
「どうしたの?」
「この街に入るまでは人が行き交う痕跡も少なかったので、まだ追い掛けられたのですが……この人の多い街に入られては、七年前まで遡ると人の幻影が多過ぎて……」
そう言って苦しそうな表情に変わるアルヴィト。
「追跡するのが困難になったんだね?」
「痕跡を探すことは出来るのですが……それにはこれまで以上に時間が掛かります」
「そんな……」
何かが口から飛び出しそうになったイェンリンだったが、これほどまで協力してくれているアルヴィトに無理を強いることは出来ない。
「―――だったら、先にギルドを覗いてみようか。ギルド登録しておけば、通行料も安くなるみたいだし♪」
ゴンドゥルがそう提案するとブリュンヒルデが声を上げる。
「ちょっと待て。ギルドに登録する時には、あのギルドカードとやらに情報を《情報入力》させるのだろう?そんなことをしたら、イェンリンの素性も我等の素性も丸分かりだぞ?」
「……あっ……確かに」
この大陸のギルドへの登録時には、必要な情報を金属の小型の板に移して証明とすることが必要になる。
「ギルドカードって確か……名前やClassが記入されるのよね?」
イェンリンは放浪していた七年の間に、ギルドのこともある程度は知識として身につけている。
「そうだよ。登録するとイェンリンの名前と一緒に『紅神龍委の御子』ってClassが記載されて分かってしまうのさ」
「秘密にしておいた方がいいの?」
その問いにゴンドゥルは顔を少し顰めながら答える。
「う~ん……悪いことじゃないんだけど、イェンリンが御子だと知れると良からぬことを考えるヤツ等が寄って来るかも知れないからねぇ……」
「それは……面倒ね……」
その説明だけでイェンリンはゴンドゥルが何を言いたいのか理解出来た。
「ゴンドゥル達が登録するって訳には……いかないわよね?」
「それこそ『紅の戦乙女』だって分かっちまうよ。ギルドがひっくり返るほどの大騒ぎを起こしたいのならいいけど」
「収拾がつかなくなる……そうなると登録は無理よね」
イェンリンの言葉にブリュンヒルデが頷く。
「そうだな……それにカードは登録した者のLevelで色が変化するように出来ている。Level.60以上の者が登録すると漆黒の色になって普通の人族ではないことが一目瞭然だ」
「色まで変わるんだ!?益々それは目立つわね……」
「仕方がない。アルヴィトにこの街での手掛かりが見えてくれないと先にも進めない。今日は宿を探すことにしようか」
「賛成!―――あっ!でもその前に、商人ギルドって魔物の素材の買い取りもしてくれるのよね?」
ゴンドゥルの提案に同意したイェンリンが、突然そう問い掛ける。
「ああ、やってくれるぞ。此処に来る時に倒した魔物の素材を売ろうと言う訳か」
その問いに答えたブリュンヒルデがイェンリンの考えを先に述べると、
「その通り!それで宿代の足しにもなるでしょう?」
「良い子だ♪ それじゃあすぐに商人ギルドまで行こう」
得意気に答えたイェンリンの考えにゴンドゥルが馬車を商人ギルドへ向けて走らせるのだった―――
―――侯爵領の都『ビュラード』の中心地にある多くの貴族、大商人の邸宅の並ぶ通りがあり、その一番奥の広大な土地を有した城があった。
領主である侯爵マイベン=ビュラーの城。
その荘厳な城の侯爵の部屋で、一人静かに執務をこなして書類と向き合う男の姿があった。
―――マイベン=ビュラー侯爵
既に五十を迎えるその大貴族は、且つてのハリタス海洋自治領侵攻の際に手腕を王に認められ、こうして広大な領土を手にするまでに至った策略家でもある。
七年前にマイベンの元へ進軍してきた王国戦士団の団長ブラッセン=ガッドナッドの企みを察しながらも、その行いを止めることなくハリタス海洋自治領への進軍を許した張本人でもあった。
―――しかし、
そのブラッセンは進軍中の村の一つで討ち取られてしまい、それにより王国戦士団は瓦解の憂き目に遭う。
だがそれを見逃さずに自軍へと取り込み、王にはブラッセンの戦死を伝えて大義名分とし、戦士団を加えた軍の侵攻を次々に進めていった。
そして遂にハリタス海洋自治領の首都メイローズを陥落させたことで王より広大な領地を拝領するに至ったのだ。
王家に連なる公爵家を除けば、カウスラー王国で今一番の勢力を有するのは間違いなくマイベンである。
そして執務を進めているところで、部屋の扉がノックされる音が響いた。
「……入れ」
静かに答えたマイベンに、ゆっくりと扉が開かれると、
「失礼致します―――侯爵閣下」
「何か用事か?―――オリネシア」
扉から現れたのは―――
―――亜麻色の長い髪を靡かせ、
澄んだ蒼い瞳でマイベンを見つめる美少女が立っている―――
細い身体だが金属のライト・アーマーを纏い、女騎士といった出立で入室してきた少女をマイベンは感情の伺えない顔で迎える。
「―――先頃この街で元ハリタス海洋自治領の残党と思しき者達が、治安を乱している件についてです」
そう告げた彼女の後ろから、もう一人の人影が入室する。
「お前はいつもそのような話ばかりだな?偶には年相応に街で服や宝石でも買いに出てはどうだ?お前もそう思わないか?―――ギャバンよ」
オリネシアの背後から姿を現したギャバンと呼ばれる背の高い若い青年―――
―――短髪の藍色の髪に蒼い瞳をした青年。
全身に鎧を纏い、見た目とは裏腹に高身長の上に筋肉質な逞しい身体つきをしている―――
「閣下……オリネシアはそのようなことに興味を抱きません」
「そうです。服や宝石などは貴婦人のために用意される物……わたくしのような血に染まった者には似つかわしくありません」
そんな二人の返事を聞いてマイベンは溜め息を吐く。
「フゥ……私は別にお前達がそこまで任務に縛られることはないと、そう言いたいだけだ。この街の治安維持に貢献してくれていることには感謝しているが」
「養って頂いた侯爵閣下のために、御恩を返すのは当然のことです」
それが何も間違っていないといった口振りでオリネシアが言葉を返すと、マイベンはもう一つ溜め息を吐きながら、
「それで?先ほどの報告の続きを聞こう」
オリネシアが報告しようとしていた内容を促した。
「はい―――元ハリタス海洋自治領の残党と思しき者達が、このビュラードの北区画にある屋敷に集結しているとの報告がありました」
「―――誰の屋敷だ?」
「今は誰の物でもない廃墟だそうで、最後に貴族が住んでいたのは六年も前のことだそうで、その貴族も今は血筋も絶えて相続する者がいなかったようです」
「そうか……先の戦争で貴族も幾人かは命を落とした。そうした貴族の空き屋敷が今でも点在しているからな」
「それにつけ込み、持ち主がいない屋敷を利用しているようです」
オリネシアの報告にマイベンは暫く黙って何かを考える。
「……改めて、そのような屋敷は整理して此方で管理するとして、お前の考えはどうなのだ?」
「その屋敷に屯している者達は凡そ百名……その程度であれば兵を動かすまでもありません。わたくしとギャバンで十分に殲滅出来ます」
まだ成人して間もないオリネシアの言葉は、同じ年頃の娘であれば口にすることなどないだろうものだった。
しかしそんな異様な状況であってもマイベンは顔色一つ変えることはない。
「お前達なら、本当にそれが可能なのだろうな。しかし、そこにいる百名がすべてだとは言えまい?」
「それはそうです。ですので、数名は生かしておいて他の仲間のことも吐かせると致しましょう」
それこそうら若き乙女の口にする台詞ではないと、頭では思っているマイベン。
「ハァ……お前達の活躍で私のビュラー侯爵領は平穏に保たれている。お前達が我が領土を守護してくれているからこそ、都も発展することが叶ったと言っても過言ではない」
「……侯爵閣下」
マイベンの言葉は嘘ではない―――
―――この二人を養うことになり、その成長と共に示される力は他の者達を寄せつけないほどの力だ。
「しかし、軍から兵は連れていくのだ。百名も相手がいるのならば……その後始末も手が掛かる。それまでお前達二人でする心算ではないのだろう?」
「それは……確かにそうですが……」
そこまでは考えていなかった様子のオリネシアが少し顔を歪ませた。
「構わん―――ギャバン。軍に寄って三百名を引き連れて行け。お前達に限って取り逃がすことはないだろうが、兵の訓練としても覚悟を持たせるにしても丁度よい」
(特に最近は戦らしい戦もなく、このような小競り合い程度のことしか兵を派遣出来ぬからな……)
マイベンは戦争でのし上がってきた貴族だけに、平時の平穏も大切だが、有事の際の緊張感と覚悟を持たない兵士ほど扱い辛いものはないと考えていた。
「―――承知致しました。その様に手配致します」
マイベンの言葉にギャバンが返事をすると、途端に不機嫌そうな視線をギャバンに向けるオリネシア。
だがギャバンはそれも慣れたことのように無視を決め込んでいた。
「話はそれで終わりか?」
「はい……以上です」
「ではオリネシア=エックス!ギャバン=ゴルゴダ!―――我が領地に仇成す者共の討伐を命じる!!」
「ハッ!―――我が『剣聖』の名に懸けて、使命を果たして参ります」
マイベンに告げたオリネシアが礼をして退室すると、ギャバンもそれに続いて執務室を後にした。
そしてゆっくりと執務机の椅子から立ち上がり、窓の外へ目を向けるマイベンは、
「……『剣聖』……私の下に『剣聖』が来るなどと、誰が想像していたであろうか」
独り窓に映り込んだ己に向かって呟くのだった―――
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